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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
十三 成長に伴う苦悩
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94/96

13ー4

 





 その日の夜はゆっくりと考える時間をもらい、翌日、朝一でヴュルフさんと一緒に本部へ戻った。

 私室で学院の制服に着替え、必要ないと思いながら替えの戦闘用制服を手提げ鞄に入れる。


 まだ、答えは出ていない。


 オレは自分で何かを決めたことなんてない。

 自分で決めろと言われても、何をどうしたらいいのか、全く分からない。

 やりたいようにしていいなんて言われると、逆に困ることを知った。


 転移魔術具を使い北区支部へ行っても、もう誰も絡んでくることはない。

 顔を隠していないから他人と見間違えようがないし、隊員たちには近づかないようにと通達されているんだろう。


 その中にマルクル隊員の姿がないことに、少しだけ安堵を覚える。

 そもそも支部内で話しかけられても、なんと答えたら良いか分からない。


 循環特化型魔術研究会は、今どうなっているんだろうか……これはアルナウトに聞いたほうが早いのか?


 遠巻きに見られながら、その視線に含まれる熱に焦がされるような気がする。

 なんなんだろうな、この視線は。

 恐れているでもなく、哀れんでいるでもなく……よく分からない。


 ただ、一つだけ分かることがある。

 オレは支部の隊員たちに仲間だとは思われていないし、オレも思っていない。


 寿命に関しては不明だが、成長が止まるという人の枠を外れたオレが、本当の居場所を見つけるのは難しいのかもしれない。

 だからこそ、ヴュルフさんは自分の意思で決めろと助言をくれたのだろう。

 自分で決めた道なら、後悔も少ないだろうと。


 流されるままに生きてきて、先のことなんて何も考えていなかったツケを払うことになった。

 一晩でそう考えられるくらいには頭も冷えた。

 とりあえず、フロールに心配と迷惑をかけたことを謝らないといけない。




「おはよう」

「ヨー!」

「よかった、来てくれたんだね」

「おはよぉ、ヨー君」

「おはようございます」


 教室の扉を開くと、驚くように立ち上がったクサンデルに続き、フロール、アルナウト、今日も教師モードのロキュスがこちらを向く。

 それだけでなく、なぜか周囲の級友の視線まで集まっているのを感じながら、自分の席へと歩いた。


「何か、あったのか?」


 視線を集めるのは未だに慣れない。

 白くなってもう半巡りになるのに、人に見られていると思うと硬直してしまう。


「大変なんだ、イルギジャラン帝国の特使が学院に来てる」

「……なんで」


 なんで、と口にしてしまってから、何が起きているのかを察することができた。


 今回の王都襲撃からの流れで、オレの出自が周辺国家に広がったと言うのは教えられた。

 国民の前で公開処刑をされるような犯罪者にプライバシーなんて必要ない、とばかりに。

 そして、間違いなくイルギジャラン帝国が口を出してくるだろう、と。


 両親の出身国であるイルギジャラン帝国において、オレは両親のせいで望まずに亡命者になったと考えられている可能性があるらしい。

 干渉を避け、オスフェデア王国の国民であると言い切れるように、公的な特使資格を取って欲しいと上から通達されたのだよ、とヴュルフさんに言われたけれど、オレは天才じゃないので、無理なものは無理だとしか答えられなかった。

 試験なんて、この世からなくなってしまえ。


 それで、なんで一足飛びに学院に特使とやらが来たんだ?

 オレだけだと言いくるめられるから?

 否定はできない。

 人同士の会話で駆け引きなんてしたことない。


 相手を吹っ飛ばして済む問題なら、簡単なのにな。


「ヨー、どうする?」

「資格がなくて貴族でもない俺たちじゃ間には入れないです」

「逃げたらどうかな?」

「それこそ大問題になりそうだけどなー?」


 四人と一緒に特使に会わずに済む方法を考えるけれど、何も思いつかないまま、始業の鐘が鳴り響いた。


「おはようございます。

 ギュエストさん、この後で教職員室まで来てくださいね」

「はい」


 今日も通常通りの不安そうな表情のラウテルさんを見て、ものすごく申し訳ない気持ちになった。

 普段はともかく、今朝のラウテルさんの抱える不安は、間違いなくオレが原因だろう。


 これで逃げる選択肢はなくなった、か。


 ため息をつきたくなるのを堪え、大事にならないことを祈るしかできなかった。




  ◆




 一時限目の講義が始まるまでの間で、教職員室を訪れる。


「ヨドクス・ギュエスト入室いたします」


 どこでもこれで問題ないだろう宣言をして、扉を開くと、視界の隅に綺麗なつやをまとったダークレッドが見えた。


「……ムーンさん」

「お久しぶりです、ギュエスト様」


 客人用のソファが並べられた一角に、以前見たときよりも元気に見えるムーンさん、自称オレの従姉妹がいた。


 実働隊の制服ではないけれど、明らかに制服という形と色味の服装をしている。

 首元は詰まり、ぴったりと体のラインを見せているけれど、色気を感じさせない堅苦しい服。

 帝国の制服なのかもしれない。


 その姿が健康そうであることに安堵し、同時に処刑されたはずでは?とも思う。

 あれ、処刑される可能性がある、だったか?

 総隊長がなんか言ってたけれど、そんな細かいところまで覚えてない。


 自称叔父の掃除屋ジェレマイアに襲われたとき、ムーンさんは国の機密を漏洩している。

 面倒ごとに関わりたくなかったオレは、ムーンさんが本当にオレの従姉妹なのか、確認をとろうともしなかったし、掃除屋にも興味を持たなかった。


 でもそれを今は後悔している。

 ヴュルフさんがオレの大叔父だと分かり、サイクス伯爵家の血統によるものらしい意固地な性格を自認した今は、もっと話をしておくべきだったと思った。


 まさかこんな風に再会するなんて。


「申し訳ありません。

 本来であれば面会の場を設けるべきなのですが、緊急でお伝えすべきことがございましたので、失礼をお許しください」


 帝国式の淑女の礼なのか、見たことのない優雅な振る舞いで、ムーンさんが膝を曲げる。


「……」


 無言で頷くオレ。

 口調からして持ち上げられているんだから、偉そうに頷いておけば良いんじゃないか?


 アルナウトに貴族向け知識の教育は受けているけれど、国外の貴族との外交?の所作はまだ習っていない。

 試験が合格したら叩き込むよ、とは言われている。

 つまり試験を受けなくて良くなったので、貴族階級知識、マナー教室もなくなる、かもしれない?

 これが儚い願望なのはわかってる、それでも考えるだけなら自由だ。


「帝国上層部から、ギュエスト様へ国際法廷への出廷要請が出されることになりました」


 ……意味不明ですよムーンさん。


「大陸全土に騒乱を起こしている黒賤の関係者だという疑いと、白貴であることの証明を求められることになるでしょう」


 さらに意味が不明です。


「すでにオスフェデア王国の上層部には通達されていると思います。

 ギュエスト様、一つ提案なのですが、イルギジャラン帝国に移住されませんか?

 そうすれば出廷要請の取り下げがなされるはずです」

「……貴女は、それで良いのか?」

「はい、私にはもう後がありませんから」


 目的は分からないけれど、ムーンさんは最初から、断られる前提で話している。

 それだけは分かった。


 深い森を思わせる緑の瞳には、強い光が灯っている。

 人の内心を察することなんてできなくても、彼女が何らかの覚悟を決めていることくらいは感じ取れた。

 ムーンさんに何があったのかは知らないけれど、以前と同じだと思っていると、やり込められてしまうかもしれない。


「断固拒否する、自分がどこで生きていくかは自分で決める。

 そうお伝え願いたい」

「かしこまりました」


 返事を聞いてしまうと、彼女と自分は同じ根源の血を引く者なのだ、と分かってしまう、感じてしまう、痛感する。


 多分、ムーンさんがここにいるのは、従姉妹であり以前に接触しているから。

 移住に対して、オレの口から「イエス」が欲しいから、だと思う。

 本当なら、駆け引きが予定されていたんじゃないか?とも思う。


 困ったことに、今のムーンさんと話すことは嫌じゃなかった。

 自分の決めた道を歩く。

 そう決めたムーンさんが眩しく見えた。

 ほとんどの人には間違いなく嫌がられるし、集団の中においては異端でしかないのだろうけれど。

 一つだけ心配なのは、拒否の回答を持って帰るムーンさんが、処罰を受けるのではないか、ということ。


「失礼いたしました、では、次は法廷でお会い致しましょう」

「貴女も来るのか?」

「はい、ギュエスト様の親族として付き添わせていただくことになっております」

「それは少し保留にしてもらいたい」


 ヴュルフさんに、何か方策があるかもしれないので、この場での返答は避けておく。

 何よりも見知らぬ他人ばかりの場所に行かなくてはいけないのなら、保護者にはムーンさんよりもヴュルフさんが良い。

 いざという時に守ってくれるか分からない相手の同伴なんて、美人だろうがマッチョだろうがお断りだ。


 ムーンさんに同族意識は持ったけれど、信頼はしていない。

 何かことが起こった時に、彼女は自分の中の基準に従って動くはずだ。

 オレがそうであるように。


 サイクス伯爵家か、ああ、本当にろくでもない血をオレに与えてくれたものだ。


 もっと上手く生きられればいいのに。

 と思うのと同時に、このままでもいいと思っている。

 そんな自分にげんなりしながら、最後まで杓子定規な態度を崩さなかったムーンさんを見送った。



 

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