13ー6
花月の半巡りが過ぎる頃には、ロキュスにあきれた顔をされることが増えていた。
これまでに覚えられなかったのは、なんでなんだよ?と。
やる気の有無、と言っていいものか。
命がけになれば、大抵のことはなんとかなるものだ。
やらなければ殺されるとなれば、大抵のことはできるようになる。
つまり、気持ちの問題なのかもしれない。
もう一つは、国家資格の試験勉強が必要なくなったのが大きい。
学院での勉強以上に意味の分からないことを詰め込むのは、本当に苦痛でしかなかった。
実働隊本部と学院の往復生活は変わらないけれど、クサンデルたちと街中を歩ける余裕ができたことで、一時期は破裂寸前だった心も落ち着いた。
以前の自分が追い詰められていたのだと、今なら思える。
そうでなければ、あれだけ涙もろくなっていたことに理由がつけられない。
今でも歴史や地理に苦手意識はある。
自分が生きていくのに必要な知識だと思えないからだろう。
それでも、ロキュスがオレのために教材を考え、図書館や図書室で資料を集めてくれていることを、三人に教えられて知った以上、手を抜くわけにはいかない。
友人が、ロキュスがオレのために骨を折ってくれている。
それを知ったことは、大きな動機になった。
友人から向けられる無償の好意に、同じだけのものを返せる自信はないけれど、応えたい。
そう思ったんだ。
アルナウトはなんとかいう新聞社に顔を出すのか、数日おきにいなくなる。
一度オレが顔を出したいと言ったら「癒着を疑われるから!」と断られた。
ズタボロの姿を見たはずなのに、未だにオレに権力とか社会的な影響力がある、と誤解してる?のかもしれない。
それ以外は、以前に行っていた、ヨドクス・ギュエストを貴族から守る、を真剣に考えてくれているのか、いつも一緒につるんでいる気がする。
運動が苦手で、どうやら体力もないロキュスを巻き込んで、学院内で筋力トレーニングをしようと話したら、知らないうちに、循環特化型魔術研究会の訓練に引きずりだされていた。
ちょっと待ってくれ。
みんなが魔力の循環を練習している横で、筋力トレーニングをしろと?
本部のような設備がないから自重トレーニングとストレッチくらいだとしても、居心地悪いぞ。
「ギュエスト部隊長!」
「やめてくれ、ください、学院では肩書きなしで呼んでほし、ええと、呼んでください」
一応、マルクル隊員は臨時講師なんだから、学院生のオレを学生扱いしてもらわないと困る。
「お手本を見せて欲しいのですが」
「……」
できないことはない。
拒否する理由もない。
腹減るんだけどな、と思いながら手のひらを合わせるのではなく、指先だけを触れ合わせる形で魔力の循環を行う。
体内の魔力循環を効率よく回すことが目的なら、拵臓から指先まで流して拵臓に戻すから、血液循環に近い。
とはいえ、普通に生きていて血液の流れを感じることなんてないから、手から手に魔力を流す方が体感しやすいのは否定しない。
心臓がドキドキと動くのは感じられても、流れる血液の流れなんて分からないだろう。
手を離して、魔力が見えるように脳内回路に負荷をかける。
指先から吹き出した黒い靄と共にもわり、と圧迫感のような魔力の放出を感じたのか、学院生たちの表情が変わった。
「魔力は大気に放たれたのちに分解されて魔素となる、大気を汚染して生態系を壊すから、本来なら外に出すものではない。
効率的に体内のみで循環させることが求められる」
もちろんこの後は、魔法で周囲の魔素を還元した。
指先から魔力を出すなんて初めてやったけど、案外できるものだなーと思っていたら、マルクル隊員にどうやってやるのか詰め寄られた。
無理やり圧力をかけて、指先から魔力を体外に押し出しただけだって説明しても、普通の人間には指先から血液を吹き出したりできないから、理解できないようだった。
今のオレなら、全身から魔力を放出させたりできるんだろうか。
魔力を大気中に垂れ流すだけで、周囲を生き物が生きていけない環境にできる。
どう言い繕っても生物兵器だなと、落ち込んだ。
そんな風に過ごしていたけれど。
楽しい。
学院に通うことが、友人たちと過ごすことが。
フライドポテトの屋台で、マヨネーズを大盛りで、と、目を見開いてオレを凝視している店員に頼んだり、定番の焼き菓子屋台で買ったワッフルをおやつに、クサンデルの家でコーヒー飲みながら宿題をしたり。
クサンデル料理教室も再開された。
なぜか、場所がヴュルフさんの家ではあるけれど。
オレとクサンデルだけならともかく、ロキュスとアルナウトも料理したい!習いたい!って騒ぐから、ヴュルフさんに場所を相談したらこうなった。
フロールに材料を提供されることになった。
その上、なんか知らないけれど、料理風景を撮影させてくれ、とフロールの兄の……名前……お兄さんから言われた。
料理作ってるところを撮影?
なんのために?
なぜか、ヴュルフさんから許可が出た。
一応、貴族の家としても、かなり格式高い家のはずなのに。
オレも含めて庶民を簡単に招き入れて良いのだろうか。
あ、ロキュスはヴュルフさんの家の見習いだったか。
そんなわけで、オレはベイクドポテトを作れるようになった。
いつかは自分が好きな味のアップルパイを作れるようになりたいと、近頃は思ってる。
フロールに「マージンは期待してて」と言われた。
一体、裏で何をやってるんだ。
勢いよく羊の皮を脱ぎ捨てすぎていて、もう被りなおす必要がないと思うんだ。
そんな風にのんびりと日々が過ぎていく。
実働隊に戻っても、訓練以外やることがない。
未成年で学院生のオレが、実働隊の運営に関わる必要はないから、出動任務がないと敷地内に引きこもっているしかない。
ヴュルフさんの言葉通り、このまま実働隊から離れられないなら、いつかは運営関係も押し付けられそうな予感はある。
現状で戦うことしかできないオレが、総隊長のように人の上に立てる人物になれるのか、書類仕事がこなせるようになるのか、自分でも分からないのだ。
少なくとも、書類仕事に飽きた!とバーピーをする大人にはなりたくない。
貴族関係者としての振る舞いは、知識と練習とヴュルフさんを交えての実践のおかげで、かなりマシになってきた。
気をつけていないとすぐに綻びの出るような、付け焼き刃のマナーや立ち居振る舞いではあっても、ヴュルフさん曰く、戦うだけの野生児ではない、簡単に騙すことができない、と思わせることが重要なのだという。
そういえば、完璧な貴族らしいと思っていたヴュルフさんだけれど、クサンデル料理教室の後の実食会で、学生と同じような食べ方を披露していた。
ナイフなんてなし、スプーンと指があれば!みたいな。
ええ、オレが習ってるマナーは!?とショックを受けていたら、ニコニコと「いや、学生の頃を思い出しますね」とか言ってるし。
フロールが後で「ここでは気を抜いていい、って言いたいんじゃないのかな?」って囁いてくれた。
また気を遣わせてるのか、オレって進歩してない……と思ったけれど、いつか、ヴュルフさんに恩を返せるようになりたいって、気合いを入れ直すきっかけになった。
ありがとう、みんな。
オレは、幸せ者だ。
次章、次話は未定です
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