13ー2
目が覚めたら、周囲が暗かった。
勉強が途中だった!と飛び起きてから、そこが本部の私室でないことに気がつく。
どこだ?
焦りながら周りを見回してみれば、寝台の横の書き物机にメモが置いてあった。
〝起きたら部屋を出て右二つ目の部屋に フロール〟
そうか、ここはフロールの家だった、と安堵の息をついて、部屋の中を改めて見回す。
客室として用意されているのだろう室内は、今は書き物机の上の明かりしか灯されていないので暗い。
カーテンの外も暗いので、夜になっているのだろう。
久しぶりにゆっくりと時間を気にせずに寝た気がするな、と思いながら、自分が寝台の上で目覚めたことにようやく気がついた。
もしかして、運ばれた?
うわ、恥ずかしい。
もうすぐ十七歳だっていうのに、遊び疲れた小さな子供みたいに寝台に運ばれるなんて。
とにかく、メモの通りに動いてみよう。
体を起こして、寝ていたせいでしわになってしまったシャツを撫でてみる。
これで服を寝間着に変えられていたら、本当に子供扱いだなと思いながら、簡単に寝台の上掛けを整える。
ベッドメイキングっていうのをロキュスに教わった。
庶民は自分たちで、貴族の家では使用人がすることらしいけれど、今までそんなのしたこともなかった。
寝台を綺麗に整える必要性は分からないけれど、掃除されて整頓された寝室に案内されるってことは、賓客としてもてなされている、ということになるから、メイキングの有無を確認することが必要らしい。
うん、これ以上は無理。
これも練習が必要だな。
ぐしゃぐしゃでなければいいか、と部屋を後にした。
入室時のマナーは、基本的に本部で習ったのと同じでいいはずだ。
右に二つ目の部屋の両開きの大きな扉を叩くと、はい、とくぐもった声が聞こえたので、声を張る。
「ヨドクス・ギュエスト入室いたします」
扉を押し開くと、一斉に複数の視線が集まる。
一応、覚悟はしていたので怯むことなく無表情を維持することに成功した。
「ヨー君、良かったぁ。
お腹は空いてない?」
何が良かったんだ?
長い机の周り、奥から二番目に座っていたフロールが、一番奥に座っている男性に視線を送ってから立ちあがり、こちらへ向かってくる。
「お気遣いいただいたことに感謝する」
「ヨー君、いつもと同じ話し方でいいよ?
ここにいるのはうちの家族だけだけだよぉ」
実働隊の関係者ではないから、と略式敬礼を思いとどまっただけでは足りないらしい。
室内には、フロールの両親らしき男女、祖父母らしき男女、そして紹介された三人の青年と少年。
一人だけ壁際に立っているのは使用人らしい、きっちりとしたベスト姿の男性。
知らない相手の方が多いのに、普段通りと言われても困る。
学院、特に教室では安全を確認したので、気楽に行動できるようになったけれど、ここはまだ敵地かもしれないのだ。
「失礼だが、周辺を調べさせていただいても構わないだろうか」
「……ええ、もちろんですとも」
答えたのは、フロールの父親だろう男性。
返事がもらえるまでの沈黙の理由は気になるけれど、ここが安全かどうかを調べたい。
さっきまで安全確認もできていない場所でぐーすか寝ていたってことは、忘れてもらえると嬉しい。
「『××××××××××××××××』」
意識を向けると、意味もわからないままの魔法が口から溢れでた。
シライソンキが与えてくれた記憶の中には、魔法に関してのものがない。
それなのに、オレはその時に必要だと思える魔法を思いつく。
自分がどんどん人でなくなっているような感覚を覚えるし、知識も記憶もないのにどこから魔法が出てくるのか不思議で仕方ない。
魔法による周囲の検索?が終わって安全を確認し終える。
使用人だと考えられる人影が複数、広い家の中には散見されるけれど、敵意を持っていそうな、または身を潜めていそうな者はいない。
意識を周囲に戻すが、しんと静まり返ってしまった室内の雰囲気に気がついた。
あれ、オレは何か失敗したのか?
「……えーと、ヨー君、お腹は空いてる?」
「あ、ああ」
お互いに硬直していたのを打ち壊してくれたのは、フロールだった。
気のせいじゃなく笑顔が引きつっているけれど。
「バシュ、晩餐の準備を頼むよ。
フロート商会自慢の食材をたっぷり使って作ったって、ヨー君に自慢したいからねぇ」
バシュと呼ばれたベスト姿の男性にフロールの右横の椅子を引かれ、ここに座ってくださいませ、という言葉が聞こえそうな態度で示される。
断る理由もないので、大人しくそこまで歩いて行くけれど、すごく視線を感じる。
椅子に座ると同時に、先ほどの言葉に対しての意見を述べてみた。
「……フロール、自慢すると言われても困るんだが」
オレは美味しい料理を食べるのは好きだけれど、美食家ってわけではない。
評論を求められても困る。
「ふふふ、ヨー君の味の好みはすでに調べてあるから、期待値を上げられても大丈夫なんだなぁ」
「いつの間にそんなことを調べたんだ?」
「ヨー君がギュエスト隊長だって気がついてすぐ」
「……そういえば、いつ、自分がギュエストだと気がついたのか聞いてもいいか?」
「ええと、けっこうすぐだったかな?一巡りもしてなかったかも」
「早っ!?なんでだよ!バレないようにしてただろ?」
思わず話し方が砕けてしまい、口を手で押さえる。
割と早くから、フロールの中身が外見と違うかもしれないと思ってはいたけれど、そんな前からバレてたのか?
オレの好みを調べると言っても、学院では日替わりばかり食べていた気がする。
そこからどうやってオレの好みを見抜いたっていうんだ?
「だって、ヨー君は演技が下手すぎるよぉ」
にこにことした笑顔で告げられた言葉に打ちのめされながら、演技の勉強なんてしたこともないのに、隠し通せるわけなかったのか?、と思ってしまった。
「フロール、ギュエスト様を困らせてはいけないよ」
「父様、大丈夫ですよぉ、ヨー君はすごく心が広いので、これくらいの発言で怒ったりしません」
なんかやけに確証ありげな口調で言い切り、なおかつにこにこしているフロールを見ながら、ここに逃げてきたのは失敗だったかもしれない、と後悔し始めていた。
◆
食事前の騒動については置いておいて、食事自体はフロールの言葉どおり素晴らしい内容だった……と思う。
食事の前にカトラリーが何本も揃えられた時点で、期待できなくなった。
高級な店で出てくる料理のように綺麗に飾り付けられた食事が、高価そうな金彩の皿に盛られて一皿ずつ出てきた時点で、オレは味わうことを諦めてしまった。
正直、ロキュスに叩き込まれている最中の、テーブルマナーを思い出すことに精一杯で、味がよく分からなかった。
食べてる間でもすごく視線を感じるせいで、食べた気がしなかった。
間違いなく美味しいのだろうし、オレ好みの味付けや料理内容だと思う。
気遣ってくれていることは分かるけれど、マナーが付け焼き刃でしかないせいで、緊張しっぱなしだった。
「——父様、言っておいたはずですよね?」
静かな食事の最中に、やけに低いフロールの声が響いた。
なんか、話し方まで普段と違うような気がする。
「いや、それはそうだが……すまない、フルー」
慌てたように、最奥に座るフロールの父親が手に持っていたカトラリーを置き、卓上のベルを鳴らした。
オレが入ってきたのとは違う扉から、ベストを着た若い男性が入ってくると、フロールの父親が何かを耳打ちした。
そして、しばらくして。
「大変お待たせいたしました」
突然、白い服を着た笑顔の女性が、おとないと共に室内に入ってきた。
その手に持った大きな銀盆の上には、湯気を立てるポテトフライの大皿。
バシュと呼ばれていたベストの男性の手によって、オレの目の前に並んでいたカトラリーは手早く片付けられ、手際よく小皿に大盛りのポテトフライと交換された。
その横にはスパイスソースとマヨネーズの皿まで並べられ、新しいナイフとフォークが一組だけ揃えられて、使われるのを待っている。
え?なんで?
コースで出てくるような料理の途中で、ポテトフライが入るのは普通なのか?
「失礼いたします」
ポテトフライの横に置かれた皿にはコロッケサンド……すごく美味そう。
でも、ナイフとフォークでサンドを食べるのは、オレにはまだ難易度が高い。
「ヨー君、熱いうちに食べよ!」
普段とは違う、明らかに気を使っているようなフロールの声に顔を上げてみれば、コロッケサンドを両手で持って、豪快に丸かじりする所だった。
フロールのキャラじゃないその姿を見て、察することができた。
……オレのテーブルマナーが、見ていられないほど酷かったのか。
食事の内容を変えさせてしまうほどの不快感を与えて、迷惑をかけてしまったらしい。
「晩餐の最中に申し訳ありませんが、失礼させて頂きたい」
フロールに気を使わせたことが、家族揃っての晩餐をめちゃくちゃにしたことが情けなくて、その場に残ることなんてできなかった。
「え、ヨー君、待っ——」
背後からかけられる声を聞かないように、フロールの家からも逃げだした。




