13ー1
「話はわかったけど、なんでうちに来たのぉ?」
そう言いながらフロールが卓上にカップを並べる。
お茶と一緒に出されたお茶受けが、花中庸らしいパッケージの試作品にしか見えないことに、本当に根っからの商売人だよな、と思いながらありがたく食べることにした。
現在地は王都の西区。
商業の中心地らしく、フロールの実家があるのもここだった。
普段のフロールは北区で下宿しているというが、今日は用事があるから帰るというのを聞いていた。
場所は聞いていたけれど、フロート商会の本店は思っていた以上に大きな店だった。
目立つのに品が良い大きな看板もあるし、西区のいたるところにフロート商会の支店やその名を冠した露店が軒を並べている。
働かなくても暮らしていけそうな、大きな店の息子だって言うのに、商売熱心なフロールはすごいと思う。
どう声をかけたらいいか悩んだ末に、店に入って店員にフロールの不在を確認した。
それからは周囲のぶしつけな視線を感じることになったけれど、白くなってからは顔を隠すなと言われているので、我慢するしかなかった。
王都は花中庸真っ盛りで、季節的にもフード付きのオーバーコートを着ていると怪しい人物扱いになる。
偽装用の魔術具も使えないし、これからはずっと他人に見られるしかないのか。
自然と表情が険しくなるのを感じる。
頼むから誰も話しかけてこないでくれ。
幸いなことに、視線が集まっていても話しかけてくる人はいなかった。
それでもフロールが来てくれるまでの数分が、数時間に思えた。
「ロキュスは大叔父さんの家で働いているし、クサンデルはちょっと問題がある(サッセン隊長が見逃してくれないと思う)、アルナウトだと取材されそうだ」
「そっか、そういう考え方になっちゃうんだねぇ」
ふんわりとした笑みを浮かべて、少しだけ視線を空中に向けたフロールは席を立つ。
「分かった。
とりあえず今日はうちに泊まればいいよぉ、父さんに友達が泊まるって言ってくるから、ちょっと待っててねぇ」
浮かべている表情と同じように、ふわふわとした動きで部屋を出ていくフロールの後姿を見ながら、今までのゆるふわが演技だと知られているのに、まだ続けるんだな?と思ってしまう。
一人で残されたフロールの自室には、ぎっちり詰まった大きな本棚と机、あとは一人用の寝台しかない。
本部で借りている私室と同じくらい殺風景な部屋だが、床には分厚い絨毯が敷き詰められているし、窓にかかっているカーテンは誰の趣味なのか花柄だ。
最低限の家具は明らかに高級品に見えるので、オレの私室にある扉が壊れたロッカーや、治療室のお下がり寝台と比べてはいけない気がする。
お下がりとはいえ、寝台はいいものだ。
ちょっとスプリングがヘタれているから、音がうるさいけれど。
出されたお茶受けは見慣れたシリアルバーではなく、しっとりとした食感の分厚い焼き菓子だった。
見た目は露店で売っているものにそっくりで格子模様、でも露店売りのものがザクザクならこっちは生地がしっかりとしていて、歯ごたえもザクザクではない。
噛みしめるとじゅわりと蜂蜜の味が染み出し、口の中が幸せになる。
これだと砂糖とミルクを入れたコーヒーには甘すぎるかもしれない。
一緒に出されたお茶は酸味の強い紅茶で、甘くて味の濃い焼き菓子と一緒に食べるにはぴったりだと思った。
空腹じゃなかったはずなのに、すごく染みた。
しばらく部屋の中でのんびりしていたら、扉を叩く音がした。
「はい」
フロールが自分の部屋に入るのにノックするのか?と思いながら返事をすると、扉が壊れそうな勢いで開かれた。
「本物だあああ!!」
「まさかそんな本当に?」
「待ってよー」
「っ!?」
室内になだれ込んで来た複数の人影に思わず構えてしまう。
「ちょっと!兄さんたち、ピム!ヨー君がびっくりしてるじゃないか、ちゃんと挨拶してよぉ」
のんびりしつつ口を尖らせるという器用な真似をして、布の塊を抱えたフロールが最後に部屋に入ってきた。
「ヨー君、これはうちの兄さんたちと弟なんだけど、ちょっとだけ付き合ってもらえないかなぁ?」
手に持っているものをオレに押し付けながら、フロールがゆるい笑顔で微笑んだ。
兄弟をこれって言うのはどうかと思うが、そんな困ったような顔をされると、こっちが困る。
これで断ったら、嫌なやつじゃないか!
目の前で揃って目を輝かせている三人を紹介され、フード付きのオーバーコートの大切さを思う。
初対面の複数の人に囲まれた時って、本当にどうしたらいいか分からない。
仕事だとでも思っていないと、笑顔なんて浮かべられない。
「初めましてギュエスト様、カスペル・フロートです、いつも弟から話を伺っております」
「はい」
手を差し出されたけれど、握手をするべきなのか分からないので、返事をした。
差し出した手を握らなかったからか、困った顔をされてしまいさらに困った。
「初めましてギュエスト様、マールテン・フロートと申します、以後長くお付き合いいただければ幸いに存じます」
「はい」
イケメンの満面の笑みが眩しすぎて、顔を背けたくなった。
同じだけ破壊力のある笑顔は浮かべられない。
「はじめましてギュエストさま、ぼくはピム・フロートです」
「はい」
フロールを小さくして、腹黒?さを無くしたような少年は、オレとほとんど同じ視線の高さだった。
三人からの自己紹介を受けたものの、なんて答えるのが正解なんだろう?
助けを求めるようにフロールに顔を向けると、いつもと同じふんわりした表情のままで肩を小さく震わせている。
本性を知った今だから、その反応が何かわかる。
「なんで笑ってんだよ!」
「ごめん、ヨー君がすごい人見知りだって知ってたけど、目の前で初対面の人への反応を見てると面白くてっ」
ちょっとだけフロールの素を暴いて、人で遊ぶな!と続けようとしたところに、カスペルと名乗った一番年上のように見えるフロールの兄が動いた。
「フロール、お前……」
なんだ?
怒っているのか?
そうだよな、友人で遊ぶなんてひどいよな!
「最高じゃないかっ、逸材を見つけてきたことを褒めてやるよ!
ウンウン、ギュエスト様の素顔も悪くないぞ、むしろいける!一見すると気弱そうで幼い顔立ちがいい!年上女性向けに、寝所では純情な(あと二年で)合法ショタ路線で売り込めるじゃないか!!」
はぁ???
「フロール?どう言う意味だ?」
全く会話の意味がわからないんだが、オレを年上女性に売り込む?
なんだそれ?
オレは売り物じゃないぞ?
「カスペル兄さん、それは後にして、とりあえずヨー君に挨拶したなら出ていってくれない?
今からお悩み相談室をするんだからさぁ」
「ぼくもっとギュエスト様と話したい!」
「フロール、ギュエスト様が本当にご友人だと言うのなら、私たちにとってもご友人になっていただけるのではないでしょうか?」
「はいはい、また後でねぇ」
何が起きているのか分からないまま、あっという間に三人はフロールに追い出された。
しばらく扉の外で言い争うような声がしていたけれど、すぐに戻ってきたフロールは笑顔だった。
なんか怖い。
「ごめんね、ヨー君がお店に来てくれたから、下が大騒ぎになっちゃってるんだぁ」
「!、悪かった」
「いいよ、従業員入り口の場所なんて知らないでしょ?
まさかこっちに来てくれると思ってなかったからさぁ」
なんだか裏を多分に含んでいるような発言だけれど、オレが邪推しすぎなんだろうか?
他に行ける場所がないから仕方なかったとはいえ、早まったかな。
「あ、そうだ、実働隊の制服は目立つから、着替えてもらえないかなぁ」
「……なんか、すまない」
「あはは、うちの宣伝になるから、むしろどんどん制服で来て欲しいくらいだよぉ」
「そうなのか?」
もう勉強なんてやってられるかー!と勢いだけで本部を飛び出してきたものだから、実働隊の市街地用制服のままでフロート商会まで来てしまった。
目立つに決まっているよな。
白髪だけでも目を引くのに、実働隊の制服を着ていたらオレだって宣伝しながら歩いているようなものか。
「お下がりで悪いけど、サイズは多分それでいいと思うよぉ」
「いろいろ申し訳ない」
「気にしないでいいよぉ、着替えている間にお茶のおかわりを用意してくるね」
先ほど渡された布の塊は、前開きのシャツとパンツだった。
フロールがいない間に着替えをさせてもらい、制服はたたんでおく。
紛失の可能性を考えて、階級紀章は着替えたシャツに付け替えておく。
勢いだけで本部を出てきてしまったけれど、この後どうしよう。
ヴュルフさんに連絡しておいた方がいいよな。
それとも総隊長?
魔物の駆除ならともかく、試験勉強漬けの生活なんて無理だよ。
他の国に特使として出向けって、なんでオレなんだよ。
もっと交渉ごとに堪能で、会話が得意で人当たりがいいやつにやらせればいいのに……フロールみたいな。
すごい疲れた。
フロールを待って椅子に座ったまま、いつのまにか寝てしまったらしい。




