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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
十一 公開処刑
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11ー7 公開処刑

 





 目が覚めたら、また一人になっていた。

 ヴュルフさんが来てくれたと思ったけれど、夢だったのかもしれない。

 十六にもなって小さい子供みたいに泣いてしまうなんて、夢じゃないと恥ずかしすぎるし、誰かに頼ろうとする自分が情けない。


 窓の外は朱色に染まっていた。

 太陽は見えないけれど、朝焼けではなく夕方だろうと思う。

 朝特有の青みがかった明け空ではない。

 気絶なのか昏睡なのか判断できないけれど、意識がない時間が長すぎて、体内時計がおかしくなっている気がする。


 ぼんやりしていると戸を叩く音がして、返事をするより前におっさん治療術士が顔を見せる。

 両手で抱えるようにして、大きなお盆を持っているので、足で強引に扉を開いたらしい。


「飯だ」

「……」


 押し付けるように渡されたお盆の上、深皿の中に入っているのは丸い粒が浮かんで見える、どろりとした茶色い何か。

 なんだ、これ?と思っている間に器の中にスプーンを差し込まれた。


「よく噛め」

「……はい」


 逆らっても無駄なんだろうなと、寝起きでぼんやりしたまま器の中身を口に運ぶ。

 器の中身は、焦がしたような香りのするほんのり甘い粥状の何か、だった。

 丸い粒がプチプチもちもちする。

 空腹すぎるのか、食べた気がしない。


「こいつも飲め」


 昨日に引き続き、謎の薬なのか栄養剤なのかも次々と渡される。

 こっちの方が食事よりも量が多くないか?


 不味さの方向性が違う薬?を何本も飲んで、混ざった後味の悪さに苦しんでいると、顔を覗き込まれていることに気がついた。

 おっさんのいかつい顔が、普段よりもさらに不機嫌そうに見えるのはオレのせいなのか。

 何もしていないつもりなのに。


「明日の朝にはここを出る、動けるな」


 確認じゃなくて断定された。

 ここがどこなのかは知らないけれど、問題ないだろう。

 外傷と骨折は魔法で治したけれど、落ちてしまった筋肉を元に戻すにはトレーニングが必要なので、どこにいても変わらない。


「はい」


 まあ、この治療術士のおっさん相手に何を言っても敵う気がしない。

 未だに名前を覚えていないけれど、ヴュルフさんとは違う意味で怖いおっさんだ。

 説教にしても総隊長とは違う方向で、懇々切々と語ってくるんだよな。


 あ、あれだ、物語で出てくる、近所のカミナリオヤジってやつかもしれない。


 今いる場所がどこかは不明とはいえ、王都内の治療院には違いないだろう。

 同じ階層に入院患者がおらず、隔離されているようなのは気になるけれど、出られるなら長居する必要は感じない。


 それでも、ここを出られると言われて全然嬉しくないのは、元の生活に戻れないと思っているからなのか。

 まさか戻れないよな?

 身に覚えのない犯罪者扱いされて、公開処刑されそうになった後で、今までと同じ生活に戻るなんてありえない。

 どう考えても、戻してもらえないだろう。


 外見が変わっただけでなく、精霊に関わったことで、実働隊にも学院にも居場所がなくなったとしたら、オレはこれからどうやって暮らしていけばいいのか。

 いや、これからも国に利用されていくことは変わらないのかもしれない。

 借金の返済がなくなったからと言って、オレが国に飼われている事実は変わらない……よな?

 後見人はヴュルフさんだし、違うのか?


「あとで着替えを持ってくる」

「はい」


 お盆を持って出ていったおっさんを見送って、ここから抜け出したら……と一瞬だけ思う。

 抜け出して何をするのか、これからのことを何も思いつかないので実行に移す気はないけれど。

 十二歳程度の子供の姿だと、他国に逃げても働き口を見つけるのは難しいだろう。


 国外に逃げてどこかで働くにしても、髪と瞳の色を変えないと目立ってしまう。

 外見偽装用の魔術具は、学院長に預けてそのままだ。

 新しく買おうにも外見偽装系の魔術具は、用途上の理由で身分証明書が必要だし、買えるだけの金も手元にはない。


 あ、そうだ。

 ヴュルフさんが鞄の中に入れてくれたというハムサンドはどうなったんだろう。

 講義中に隠れて食べておけばよかった。

 鞄の中で腐ってカビだらけになっていたらどうしよう。


 何もかもアンヌンツィアータのせいなのかと思うと、また腹が立ってきた。


「『×××××××(ウァ——ォ—ィ———)×××××××(ィ—ェ—ィ—ゥ———)×××××××(——ィ———————)×××××××(————ゥ———ェ—)××(ィ—)』っ!!」


 思いついた言葉が口から溢れるままにすると、気分がすっきりした。


「ふぃー…………って、今のはなんの魔素結集魔法だ?!」


 すっきりした頭で改めて考えてみると、今のは、なんの効果がある魔法だったんだろうか、ということに行き当たる。

 うわ、今まで以上に感情の制御が必要かもしれない。

 怒った勢いで、どんな現象を引き起こすか分からない魔法を連発するようになったら、それこそ人間兵器扱いされそうだ。


 まさかの事態に頭を抱えてみるが、こういうときに限ってシライソンキは答えない。

 変な記憶はいらないから、魔法の知識を与えてくれよ!

 そもそもお互いに自己紹介も満足にしていないと気がついたものの、体はオレ一つで二人分の中身が入っている?っていう考え方でいいのか?と不安になった。

 え、オレって今どうなってんだろ?


 うろたえて困っている間に、部屋に来た治療士らしき人から荷物を受け取り、許可を取ってシャワーを浴びる。

 うわ、手足が細くなりすぎだし、下腹がげっそり削れて肋骨の数が数えられる、自分の体なのに気持ち悪い。

 膝と肘の骨の形が分かるってどういうことだよ。


 髪と瞳の色の違和感のせいで気がつかなかったけれど、ひどい外見になってる。

 どこから見ても栄養が足りていなくて、不健康にしか見えない。

 ものすごく痩せてしまっているように見える割には、体は今まで通り動くのが不思議だ。


 もらった布袋の中には、新品の下着からシャツ、スラックスまで揃っていた。

 試しに着てみたけれど、制服を頼んだ時のサイズを参考にしているのか、着丈はぴったりだった。

 幅が余っているのは、体型が戻ればちょうどいいのだろう。


 そして、実働隊の制服でも学院の制服でもない服を渡されたということは、そういうことなんだろう。

 これから、オレがどんな扱いになるのかが分からなくて怖い。


 何も考えたくなくて、ねまきがわりの背開きの服姿で寝台の上で丸くなる。

 膝を胸元に引き寄せて、両腕で足を抱え込む。

 どくりどくりと心臓が動いているのを聞きながら、思う。


 もしも物語のように何もかもやり直せるとしても、どこからやり直せばいいのか見当もつかない。

 神様がこの世にいるのなら、オレが生まれなかったことにしてくれないだろうか。


 そんなことを考えながら、ゆっくりと微睡みの中に落ちて言った。




  ◆




  ◆




「此度の〝黒い卑賤による王都襲撃事件〟での働きを鑑みて、ヨドクス・ギュエスト第一隊隊長を、本日付けで実働隊本部、実働部隊()()()に任命する。

 総員ヨドクス・ギュエスト実働部隊部隊長に敬礼!」


 ザザッ!と土を踏む音と共に、数百人の目が一斉にこちらに向けられ、一糸乱れぬ最敬礼が掲げられる。

 実働隊本部の屋外鍛錬場の入り口で、オレは思わず背後にいるヴュルフさんを振り返ってしまう。


 助けてください、と必死で視線に懇願を混ぜ込んでみたものの、お仕事モードの眠い猫顔ヴュルフさんは、眠そうなのに生真面目という矛盾した表情でオレの視線を避けた。

 いや、一瞬だけ何か言いたそうな顔してたかも。


 なんなんだよ、これ。

 誰か説明してくれぇ。






 朝、おっさん治療術士による簡単な体調の検査をした後、本部で使っている馬車に乗せられた。

 賓客とかが乗る馬車で、隊員は使えないので今までに乗ったことはない。


 オレの服装は、白い長袖シャツと白い丈長のパンツに、白い薄手のオーバーコートで、足元も白いショートブーツ。

 品質に関しては普段着ている服よりも高価だろうし、おしゃれなんだと思う。

 でもさ、なんで全身真っ白なんだよ、全身上から下まで白ずくめっておかしいだろ。


 髪と瞳が白くなったのにもまだ慣れてないっていうのに、なんで服まで白を着ないといけないんだ。

 服は汚れの目立たない灰色や鼠色が一番だと思う。

 汗染みは目立つけど。


 そんな普通に胡散臭い格好で、どこに連れて行かれるんだろうか、と思っていると馬車は真っ直ぐに実働隊本部へと向かった。


 え、なんで?もしかして、本部に連れていかれてから、荷物と一緒に放り出されるってことか?

 貯金は引き落とせるはずだよな、もし無理なら家なし一文無しになってしまう。


 嫌な予感を感じつつも、できることなんて何もないので無言を貫いた。

 普通なら隊員の出入りしない正面出入り口に馬車は止まり、そこにいたヴュルフさんについてくるように、と無言で伝えられ。

 無人の一階の広間を通り、そのまま流されるまま屋外鍛錬場まで歩いてきたら……こんなことに。



 視線が向けられたせいで無表情を維持して固まっているが、オレの顔はむき出しだ。

 ゴーグルもなければフードもかぶってない。

 渡された中庸物らしいオーバーコートには、フードが付いてなかったんだよ。


 百人以上の視線を向けられて、頭の中が真っ白になる。

 どんな顔をすればいい?


「ギュエスト実働部隊部隊長、就任挨拶をどうぞ」


 ヴュルフさんがこちらに差しだしてくる拡声用の魔術具を、受け取りたくないと思っているのは伝わっているのだろう。

 とどめの一言を突きつけて、ここから逃げ出すのは無理だって言いたいのか。


 何が目的でこんなことをするんだ?

 実働部隊の部隊長?

 それって実質、総隊長直下の肩書きってことだよな。

 そんな肩書きを未成年の上に、犯罪者扱いされたオレに押し付けて、どうしようっていうんだよ。


 こんなときはなんて言うんだったか。

 四年前の隊長就任ではお披露目がなかったから、全然わからない。

 物語の偉い人が言っていたように言えばいいのか?

 不遜に言わないといけないんだよな、それとも丁寧?

 ああ、もうどっちでもいい!


「本日付けで実働隊本部、実働部隊部隊長を拝命したヨドクス・ギュエストだ。

 見ての通り不慣れで経験も足らない身ゆえ、この場にいる全ての方の力を貸してもらいたい。

 これからもよろしく頼む」


 ど、どうだ!!

 ……頼むから、静まり帰らないでくれぇ。


 ドッ!と地面が揺れたような気がした。

 気がつけば屋外鍛錬場に併設されている観覧席がどこまでも青い色で埋め尽くされている。

 耳をつんざくような歓声が、屋外鍛錬場にわんわんと反響する。


 ま、まさか、今のこれ、観客が入って見られてたのか?

 なんだよこれ、何がしたいんだよ。


 ああ、なんか突然に前にラムセラール(三バカでヲタク)の言ってた言葉の意味が分かった。

 〝はずかしぬ〟って恥ずかしくて死ぬって意味か……。


 公開処刑かよ!!



 

公開処刑されました(; ̄ェ ̄)

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