12ー1
芽月十五日、赤の日。
実働部隊部隊長への就任から五日目。
オレはあっさりと日常を取り戻していた。
学院に戻って三日目になるが、未だに信じられない。
「おはよう、ヨー」
「ヨーくんおはー」
「……おはよう」
色々とやらかしてしまった以上、何もかもが前と同じわけではないものの、周囲の細やかすぎる気遣いで、フェランデリング学院に戻れることになった。
というか、説明されてもよくわからなかったが、通わないといけないらしい。
成績も半分より上にいろとか言われたけど、テスト苦手なんだよ。
もう完璧に特別扱いされていて、居場所がない。
授業中だってさ、先生が半泣きなんだよ。
昨日なんて「こんな低俗で稚拙な内容、もう理解しておられますよね!?」って突然、高度魔術学(実践)の教員に問い詰められたし。
確かに理解はしてる、と言うよりも教科書の内容を全肯定できないので「自分を加味せず、四組全員のための講義を頼みます」って言ったら、教員が泣きながら教室から出ていってしまった。
言い方がいけなかったのか?
「……はぁ」
「大丈夫か、食堂行くか?」
「試食あるよ?」
「……ありがとう」
思わずこぼれてしまった、ため息ひとつまで拾われてフォローされる生活が、すごく辛い。
オレは近づくな危険!と書かれる必要がある猛獣じゃないし、ちょっと魔法や魔術や精霊やらに関わっている以外は、そこらの十六歳と何も変わらない……と思う。
特別扱いなんてしないで欲しいのに。
クサンデルとフロール以外は、遠巻きに見ているだけで声もかけてくれない。
アルナウトとロキュスには距離を取られてしまった。
なんて声をかけたらいいのか、話しかけられなくて、近づくこともできない。
フロールは見事なまでに今まで通りで、逆に演技だろ!って言いたいけれど、正直すごく助かっている。
食堂で受け取ったシリアルバーの代金は、ギュエスト隊長として受け取って欲しい、と頼んだらあっさりと了承された。
少額すぎて拒否されるかと思っていたら「お金に関してはきっちりしないとねぇ」とのんびり口調で言われた。
フロールはのんびりと草を食んでいる羊のような外見とは裏腹に、ちゃんとオレの周りへの影響を考えてくれていた。
結構前から、オレの正体にも気がついていたらしい。
ギュエスト隊長の話を振ると面白いし、秘密を暴露しても一文の得にもならないから、って気がつかないふりをしていたけれど、竜種の王都襲撃の際はそうも言ってられなかったと言われ、クサンデル以外にはバレてないと思ってたのに!と落ち込んだ。
っていうかオレの反応で遊んでたのかよ!
フロールに言わせると「ギュエスト隊長がもっと露出していたら、みんなでも分かったと思うよぉ」って、えーー。
演技力がないのは自認していても、それはあんまりひどくないか!?
ヴュルフさんに、オレを助けようと動いていた人々の名前や、肩書きを教えてもらって初めて知ったけれど、王都でも指折りの大商会の息子ってだけはある。
いつもオレが焼き菓子を買っていた露店も、フロールの実家が母体らしい。
本人に言わせると「成人したら追い出される三男だからねぇ、見抜かれない程度にがめつくないとねぇ」らしい。
ふんわりした雰囲気が演技だとしたら、フロールは敵にしたくないなと思う。
ヴュルフさん並みに内心が読めないって怖いし、穏やか羊系の外見だけは、眠い猫のヴュルフさんといい勝負になりそうだ。
クサンデルはオレの正体は知っていたけれど、処刑とか精霊とか色々あったせいで、少し身構えられているような気がする。
なんかこう、常に見守りつつ見張られているような、そんな気を張っているような雰囲気になってしまう。
警戒するのは仕方ないとしても、今までと同じゆるい学院生活をしたいのに。
髪と瞳の偽装をしてはいけないと言われているので、学院内で一人だけの白が目立って仕方ない。
薄めの水色髪の学院生もいるから、意外と目立たないだろうと思っていたのに、オレの髪の毛はおかしかった。
陽の光を浴びると、竜種の体液みたいに七色に光る。
意味わかんねー。
白いのに七色に見えるとか、髪の毛どうなってんだよ。
髪の毛がべたついてるわけでもないのに、ヌメッと光っていてものすごく気持ち悪い。
そういえば、血も七色に光る油みたいな色になった。
治療術士のおっさん曰く「オレの血液中の魔力濃度が高すぎて、飽和しているせいでうんちゃら〜」って言ってた。
そういえば、悩まされていた目眩もなくなった。
これは特異体質のせいで高負荷状態だった魔力回路が、原因不明の理由で再構築されて正常になったから、と考えられているらしい。
魔力に生命維持を頼りすぎている特異体質も、あの黒賤たちがお前の体をそうしたと言われても驚かん、っておっさんに言われた。
治療術師のおっさんが、一度シライソンキと直に話をしたいというけれど、あのヴュルフさんと話した夢?の後から一度も外に出てこないので、本当にオレの中にいるのか?と疑いだしている。
全部夢だったと思うには、油みたいな気持ち悪い髪と瞳の説明がつかないので、現実なのは間違いない。
ここ数日、学院から帰ったら本部の治療室に立ち寄るように、と言われている。
ちなみにおっさんと話した後は、前から会話をしろと言われていた男性と話す。
学院の話とか、オレが森にいた頃の話とか、好きな食べ物の話とかそんな話をしてみる。
淡々と話を聞いてくれるので、ついついこれまでに食べたアップルパイの味のランキングを披露してしまった。
ちなみにオレはシナモン多めが好きで、ホイップは絶対に必要だと思う。
この男性の服装を見ると、本部にいる治療士や治療術士と同じだけれど、首から提げている階級章?みたいなものが、見たことのない模様だった。
おっさんとも違う。
そういえば、他の治療士とか治療術士の階級章?の模様を知らないかもしれない。
おっさんのことは置いておいて、実働部隊部隊長とかいうなんの役にも立たない肩書きのせいで、出張任務に出られないようになってしまった。
部隊長には、直接引き連れることのできる部隊が存在しないのだ。
普通は八つある隊の指揮をとる肩書きだからな、って総隊長に言われたことで困っている。
指揮ってなにをするものだろう?
学院の週明け朝礼みたいに隊員たちの前で何か話すのか?
あの王都襲撃以来、魔物の暴走が一度も起きていないというので、出張任務自体がないとはいえ、複雑な気持ちだ。
本部に缶詰なのは他の隊員も同じ、とでも思わないとやってられない。
他に変わったのは、ニュマンとフィンケの二人が直下の部下になり、〝実働隊本部、実働部隊部隊長補佐〟とかいう肩書きに変わった。
うん、長い。
途中で舌を噛むんじゃないか?
ヴュルフさんの〝実働隊本部、統括部隊部隊長〟を聞いた時も思ったけれど、正式な肩書きを呼ばないといけないとなったら息切れしそうだ。
あとは、第一隊の控え室が使えなくなって、本部の最上階に実働部隊部隊長執務室とかいう部屋が作られた。
とりあえず倉庫になっていた空き部屋に、机と椅子を三人分運んだだけの部屋で、とりあえず本棚とソファを頼んでおいた。
オレが抜けた第一隊の新しい隊長には、子供達のために昇進を拒んでいたヘインシウスが就任して、クロンメリンとオンナが副隊長になった。
近い内に隊の人員も補充されるだろう。
ヘインシウス大丈夫かな。
まだ一番下の子が三歳だってのに。
上級隊員が全員抜けてしまった穴は大きいが、他の部隊からの異動でなかったことに少しだけ安心している。
上三人が丸ごと変わってしまうと、方針も変わってしまう。
部下たちが、オレが抜けたせいで苦労するのは見たくない。
第一隊の控え室に入る用事を思いつけないので、本部に戻ってきてから元部下たちと話をする機会がとれずにいる。
一度だけ屋内鍛錬場に行ったら、集まった視線だけで色々と穴が空きそうになった。
何で誰も話しかけてくれないんだよ。
学院に通う以外では、治療室、最上階の自室と実働部隊部隊長執務室、総隊長執務室の四箇所を往復しているだけだ。
実働部隊部隊長として覚えるべき実働隊の規則とか規範とか、今まで勘違いしていたことを全部一から覚え直さなくてはいけない生活は辛い。
総隊長が直々に勉強に付き合ってくれるのはいいとしても、相手がおっさんばかりの対面生活が辛い。
ちゃんと確認を取らなかったオレが悪いんだけど、実働隊は国家運営じゃなかった。
騙してたのかよ!!って思わず言ったら、総隊長が初めに説明しましたよ?とヴュルフさんに氷の微笑みを向けられた。
ぜんぜんまったくこれっぽっちも覚えてない、寒いから!!すいません!!
突然見知らぬ場所に連れてこられて、巨体のおっさんたちに囲まれた初日のことなんて、緊張していたことしか覚えてない。
食堂や風呂場に行っても、誰からも避けられている気がする。
ニュマン補佐とフィンケ補佐は何か任務があるのかでずっぱりだし、ヘインシウス隊長以下、第一隊隊員の姿を見かけない。
全員無事だったのか?って聞きたいだけなのに。
学院にもっと通いたいと思っていたのに、居心地が悪いせいで全然楽しくない。
思わず愚痴ったら、おっさん治療術士に「講義を受けるのが本業だ、このアホたれ!」ってげんこつを落とされた。
そりゃそうなんだけど、そういうことじゃなくて。
おっさんの説教が終わると入れ替わってくれる謎の治療術士?の男性は、いつもと同じように淡々と話を聞いてくれた。
美味しいコーヒー(ミルクたっぷり)をありがとうございます。
何を話しても聞いてくれるので、最近の治療術士のおっさんは暴力的だが、何か変なものでも食べたのか?病気か?と聞いてみたら、なぜか困った顔をされた。
なんで?
どこにいても周囲の視線を感じるし、本部に戻ってきても勉強、勉強、勉強。
もう体調は戻っているのに、体が元に戻るまでは王都の外に出せない、と総隊長に言われてしまった。
おっさんと話した後は、鍛錬するか寝るまで勉強してろ、って言われて素直に従いたいと思うか?
相手は違ってもおっさんと常に一対一、もしくはボッチってひどすぎる。
これならまだ隊員たちの肉の壁に迫られる方が良いと思ってしまう。
部下が相手なら逃げられるし。
どうでもいいことだけど、総隊長は書類仕事に煮詰まると、突然仁王立ちになって筋力トレーニングを始めるという奇癖を披露してくれた。
突然無言で立ち上がったかと思うと、猛烈な勢いで(※)ヒンズースクワットや(※)バーピーを始められるのはかなり怖い。
こもっていても筋肉が盛り盛りになるわけだ、と思いながら、実働隊の規則教本を横で読み続けるのは、平常心を保つ精神鍛錬になっている気がする。
本の内容?理解できるか!
フンハッ!フンハッ!って躍動するおっさんと一対一でいる時点で、集中なんかできない。
あと、ヴュルフさんはいつも総隊長の執務室にいるわけじゃない、ってのも判明した。
もしかして統括部隊部隊長の執務室とか、どこかにあるのかもしれない。
他にも変わったことがある。
前ほど空腹に悩まされなくなった。
これは魔法の影響らしく、今までは魔力を体内で動かした時に、魔力に生命依存をする特異体質のせいで代謝が促進されて、生命維持に必要な栄養まで使われてしまい、すぐに空腹を覚えたのではないかと考えられるらしい。
シライソンキから受け継いだ任務の一環で、大気中の魔素を魔力にして利用しているせいで、体内の魔力を動かす頻度が減ったため、腹が減らなくなったのだろう、と言うのがおっさんの所見だ。
特異体質と、オレ以外に使えない魔法の検証は実質不可能なので、真実は知りようもない。
魔法を使っても体内の魔力を動かすことがないので、空腹にならないのではないか?と考えておくことにする。
魔法を誰かに教えようにも、術式があるのかすら理解できていないものなど、どうやっても教えようがない。
魔法を使っていることについてだが。
これは正式に総隊長に許可を取っている。
シライソンキから引き継いだ精霊の任務として、定期的に大気中の魔素を魔力に還元?して、身体強化系の魔法として発動している。
魔素結集魔法は意味不明の謎多重発音だけで発動できる。
属性特化型魔術は脳内に記憶構築した魔術術式に、体内の魔力を流し込むことで発動する。
人が内在魔力を使用して、体外放出系の魔術を発動した場合、具現化した魔術と共に周囲に魔素を撒きちらすことになる。
人の持つのは魔力なのに、なぜ魔術発動で魔素が大気中に散るのか。
魔素汚染を解消して戦況をひっくり返そうと、昔から多くの研究者が調べているけれど、原因は全くわかっていない。
とにかく、魔素が増えると大気が汚染される。
これだけは間違いない。
精霊的に大気汚染はよくないということで、外から取り込んだ魔素で魔法を発動すると、結果として大気中の魔素が減るのだ。
魔術具による測定の結果、魔素結集魔法の発動で大気中に撒かれる魔素の量はごくわずかだという。
誰か、この理由も調べてくれないだろうか。
魔素を減らすことが白も黒もない精霊の最終目的で、命を助けられた身としては協力するしかない。
なぜ魔素を減らすのか、という記憶は与えられていない。
そこを知られるのは困るんだろう、と勝手に思っている。
白の穏健派の場合は、肉体を持たない精霊として、己の存在を削りながら魔素を魔力へ還元?して、大気中の魔素を減らしているらしい。
黒の過激派の場合は、世界に魔素を増やす一番の存在である人の絶対数を減らして、大気中の魔素総量を減らそうとしているらしい。
どっちにも巻き込まれたくないが、最前列に立っているような気がするのは間違いじゃないと思う。
黒の監視という任務については、話し合いができていないので保留になっている。
※:ヒンズースクワット
腕を振りながら行う自重スクワットの一種
通常のスクワットよりも膝を痛めやすいので、初心者は注意が必要
※:バーピー(バーピージャンプ)
スクワット・腕立て伏せ・ジャンプを一連の流れに組み込んだ複合エクササイズ
初心者は故障を起こしやすいため、注意が必要
オレにかまわず授業をどうぞ(教科書の内容が実践面で考えると間違ってます)ってガチの前線要員が、一般人の教師に言ってはいかんと思う
◆
生きてます
週一になりますが、十二、十三、までは更新できると思います
そのあと、エターになる……
_(:3 」∠)_
月光さんが楽しくて




