12ー2
芽月十八日、藍の日、総隊長から内々に辞令が下った。
今年中に国家資格の特使特権……覚えきれなかった……を取得して、イルギジャラン帝国に特使として派遣されろ、という。
今年って言われても、もう四巡りしか残ってない。
派遣する、じゃないのは総隊長がそう言ったからだ。
されろって、どういう意味だ?
それに、特使って何をする人だ?
周囲の環境が変わるのが劇的すぎて、混乱している間にどんどん話だけが進んでいく気がする。
いつもと同じで拒否権はないんだろう。
書面としての正式な辞令が下されるのは、一巡りは先になるそうだ。
フロールが見せてくれた年間予定表通りなら、あと一巡り半もすれば、今年度の全課程の履修が終わり、学院が雨季の長期休暇に入る。
学院生としては長期休暇中に職業訓練を受けたり、就業案内や相談を行うらしいが、オレは帝国に派遣されることになるので、事前に資格を取っておけということらしい。
学院の年間予定とか知らされてない!って思ったのはオレだけか。
相変わらずオレ自身の気持ちは完全に無視だ。
借金がないとしても、オレが実働隊から給料をもらっている以上、上からの命令には従うしかない。
今はそれにシライソンキから受け取った任務が増えたけれど。
そちらは大して手間でもないから問題はない。
早めに伝えられたのは、今のうちに特使として相応しい教養と振る舞いを学ぶため、だと言われた。
つまり、学院に行きながら実働隊の規則を学びながら、特使としての知識と礼儀作法も学べと?
王都外出張がなくて暇だ、なんて一瞬でも思ったオレが悪かったのか。
興味がないことを覚えるのは苦手なのに。
魔物の駆除なら徹夜でも頑張るけれど、人相手の駆け引きなんてできないししたくない。
そんなオレの内心なんてお見通し、といわんばかりのヴュルフさんの説明が始まる。
その内容に題をつけるなら〝オレでも分かる特別使者のお仕事〟ってとこだろう。
オレが白い精霊を受け入れた、というのは公開処刑の場に集まっていた各国の上層部に見られている。
つまり、隠しようがない。
精霊といえばイルギジャラン帝国。
そしてオレの両親は、イルギジャラン帝国国民だった。
しかも母親の場合、正規の手続きを踏んでの出国ではなく、貴族子女でありながら庶民の中でも最下層の戦災孤児出の傭兵と駆け落ちをしている。
身柄を引き渡せ、と言われてもおかしくない、とヴュルフさんは対策を考えていたらしいが、ここでオレがただの白い精霊ではなく、シライソンキを宿したことが功を奏した。
シライソンキは白い精霊の代名詞と言われているほど、知名度の高い精霊らしい。
はるか昔の白い精霊がシライソンキと名乗ったのが、長い時間の間にどこかで白い精霊=白い尊貴になったらしい。
過去のシライソンキが、オレの中にいるらしい同名の精霊と同一存在かは不明。
まあ、兎にも角にも病室での話し合いにより(ゆ、夢じゃなかったんだよ、最悪だぁ)シライソンキの任務は急ぐものではないため、オレの人生を最優先でということになった。
とりあえず成人する年齢までは、普通の子供と同じように過ごすことを、大陸全土に発布したのだ。
成人までは精霊として行うべき任務も最低限で構わないらしい。
シライソンキの機嫌を損ねないように、これは揺るぐことのない決定事項だという。
って、それ初めて聞いたから。
その上でどう考えても、精霊のオマケ扱いされてる。
まあ、命を助けられて、友人たちの命も助けてもらっているので、文句を言う気はない。
オレが生きるも死ぬも精霊の気まぐれ次第なのかと思うと、複雑な気持ちにはなる。
その決定のせいで、雰囲気が最悪でも学院にも通わないといけないし、実働隊に所属させておくために階級を上げたらしい。
一隊長のままだと、国内外を問わずにどこかに引き抜かれかねなかったって、それを先に説明してほしかったな。
偶然にも実働部隊部隊長という肩書きが空席だったからいいものの、そこに誰かが座っていたらどうするつもりだったのか。
そんなことを思っていると、穏やかな表情を浮かべているヴュルフさんに「肩書きなどいくらでも作れますよ」と柔らかい笑顔で言われた。
あの、オレの大叔父さんの目が笑ってないです。
ヴュルフさんが後見人でいてくれるのは頼もしいし、守ってくれようとしているのを感じるんだけど、気合が入りすぎてて怖い。
元から細かったのに、やつれるように痩せたせいなのか、目の奥が笑っていないと鬼気迫って見える。
総隊長が諦めたような顔でヴュルフさんを見ているのって、もしかして、本当に諦めてるんだろうか。
とにかく今は、知識を詰め込むのが最優先だ。
どこかにいい教師役がいないかな。
——なんて考えていたせいだろうか。
「白い尊貴であらせられますヨドクス・ギュエスト様に御目通りいただけましたことに、感謝の意を示させて頂きます」
「……」
「私はオスフェデア王室付き儀典技官の長ダーフィット・スロースが長子、ディーデリック・スロースでございます。
平日期間、及び学院に滞在中は父に成り代わりまして、ギュエスト様の礼儀作法の講師をさせて頂きたく思います」
そう言いながら、何を考えているのかわからない表情と、見たこともない変な姿勢で固まるのは、見知らぬ学院生。
青緑の髪はありふれた色で、特に目を引くような容姿でもない。
名乗りから思うに多分貴族で……その、ギテンギカンノオサってなんだ?
背筋を伸ばしてわずかに腰を屈めて、目を伏せているそいつがいつまでも動かないので、どうしたらいいんだ、と思っていると背後にいた学院生が同じ姿勢のまま睨んできた。
腰を屈めて目を伏せているのに、視線がほぼ同じ高さってどういうことだよ、と思いながら、作法も礼儀も知らないのでそのまま待つ。
お貴族様の礼節なんか知らない、むしろ教えてくれ。
いやでも、ちょっとこいつに教わるのは無理な気がする。
せっかく美味しいご飯を食べて、土を入れ替えた校庭で遊ぶかーってのんびりしてたのに。
クサンデルとフロールが、必要以上に気を使ってくれるのを申し訳なく思うけれど、教室にこもっているのは辛い。
実働隊本部にいる時は缶詰で勉強しているんだから、学院にいる間くらい好きにさせてほしい。
「申し訳ございませんが、姿勢を正させていただいても構いませんでしょうか?」
「好きにすればいい」
「失礼をさせて頂きます」
何が悪いわけじゃないけれど、個人的にこのスロースって奴は好きになれそうにない。
ヴュルフさんやフロールのように、裏で色々と必要な策を巡らせている感じじゃなくて、オレに対して表面だけ取り繕っているような感じがして落ち着かない。
しかし、顔を上げたスロースの瞳は、つい先ほどまでとは別人になっていた。
昏く光る瞳を間近で見たせいで、思わず無表情になってしまう。
これ、この感じは、知ってる。
「白い尊貴であらせられるギュエスト様は、一国の主席と同等のお立場でございます。
下々の者に対しての振る舞いを覚えていただかなくては、赴いた先で恥を晒すことと相成ります。
今のような場合は「待ってくれ」頭を——」
話しているのをさえぎったことがいけないのだろう、黒みがかった青緑の瞳を光らせるスロース。
「自分にも都合がある。
まずは、こちらの余暇予定を伺うべきではないのか?」
学院では使わない不遜な口調に変えて告げると、一瞬だけ眉をピクリと震わせてスロースは姿勢を正した。
こちらを見る目には、燃えたぎる炎が見える。
ある意味すごく分かりやすい。
「今は余暇ではないと申されますか?」
「今は確かに昼休みだが、学院生として休息を過ごすことは余暇には当たらない。
そもそも誰からも紹介されていない貴公を、教導役と信じる理由がない。
正規の手続きを踏んでいれば、後見人を介して紹介がなされるはずだ。
違うか?」
長いせりふに緊張して呼吸が浅くなり、口が渇く。
事前にヴュルフさんに「貴族が接触してきても断るように」と言われ、断りの定型文からの発展をいくつか覚えさせられたんだが、これで本当にあっているんだろうか?
本当に昼休みに現れるとは思いもしなかった。
覚えただけの言葉を間違いなく繰り返す、って意外と大変だ。
ヴュルフさんの説明では、ここでこいつの言葉を受け入れてしまうと、なし崩しに既成事実として教導役だと開き直られてしまう、かもしれないそうだ。
それは困る。
信用できない人物を教師にしたくない。
クサンデルが料理の教師で本当に良かった。
こいつが本当にオレに礼儀作法を教えてくれる気なのかは知らないが、とりあえずその目に灯した「こいつ気に入らない」って炎を消してくれないだろうか。
多分、お貴族さま万歳しろってことだろう。
貴族というのは人の上に立って最も苦労する人々であって、ただ上で寝そべっているわけじゃないはずだ。
オスフェデアみたいな小さな国で貴族ですって踏ん反り返っていても、なんの得もないだろうに。
貴族社会には興味ないから、巻き込まないでくれよ。




