9ー5 拉致監禁……された?
最上階の支部長室に入って、そのまま転移陣を起動しようとした時、背中に激痛が走った。
「っ!?」
とっさにフードが取れないように頭を押さえることができたが、そのせいで体勢を崩して倒れこみながら振り返ると、開け放たれた背後の扉の横に、見覚えのある大男たちがいた。
小さな車椅子に窮屈そうに体を詰め込んでいるのは、実働部隊第二隊のベーン副隊長で、その脇に仁王立ちで長い鉄棒を持っているのは北区支部のベーン副支部長。
つまり、ベーン伯爵家の兄弟だ。
どうやらベーン(弟)副支部長が手に持っている棒で背後から殴りかかってきたようだ。
いや、なんで棒なんだよ?
身体強化をかけていて良かった。
素の状態では弱いところを見られずに済んだ。
オレが竜種みたいな巨躯魔物と対面で戦えるのは、魔術を使っているからで、魔術を封じられたら同年代との殴り合いでも負けるかもしれない。
体は鍛えているけれど、体重と体格が違いすぎるせいで、のしかかられたら負ける気がする。
「なんのつもりだ」
いつ相手が向かってきてもいいように、ゆっくりと立ち上がりながら〝内傷治療〟を使って、殴られて痛む背中を治療しながら問いかける。
学院の制服には、耐衝撃などの魔術が刻まれていないので、本当に本気で痛い。
足止めさせられたせいで、開かれた扉の向こう側に階下にいた隊員たちが集まってきたが、どうにかしてゴーグルだけでもはめられないかな。
このまま暴れたら顔を見られてしまう。
風呂や食堂で接触した覚えはないとはいえ、ベーン(兄)副隊長はオレの顔を知っている可能性があるが、(弟)副支部長と隊員たちには見られるわけにはいかない。
もしかしたら兄弟の間でオレの話が伝わっているかもしれないが、実際に自分の目で見るのと話で聞くのはかなり違うと思うから、できることはしておかないと。
「このナガレモノがぁああああ!!」
鉄棒を握りしめるベーン(弟)副支部長ががなりたてる声は、耳障りだ。
そもそも逆恨みも良いところじゃないのか。
しまったな、ナガレモノがどんな意味の蔑称なのかをニュマン副隊長に聞くの忘れてた。
ベーン(兄)副隊長も傷が治ってないようなのに、こんなことをするために北区支部で待ってたのか?
車椅子に乗って病院から抜け出してきたのかよ。
それよりも、さ。
「……腹が、減ってる」
「ふ、ふじゃけるなぁぁあぁっ!!」
ただでさえ空腹なところに現在進行形で〝身体強化〟や〝内傷治療〟を使っているせいで、血糖値が下がりすぎてクラクラしてきた。
手に持っている実働隊制服入りの鞄の中、任務の時に使うボディバッグの中にシリアルバーが何本か入っているが、それを出して齧って良い雰囲気じゃないのが本当に頭にくる。
というか、興奮しすぎて発音が変になってるぞ。
顔色も血が上って赤くなりすぎてるのか、どす黒くて気持ち悪い。
こっちは腹が減りすぎて茶番に付き合う元気も出ないってのに、一人で興奮できて器用だな。
「落ち着けルートヘル、ギュエスト、我らに従ってもらうぞ」
それまで黙っていたベーン(兄)副隊長が弟を制して、こちらへ顔を向ける。
ベーン(弟)副支部長の名前はルートヘルだったか、はなから覚える気がなかったので忘れていた、というか聞いたことがあったか?
「断る、腹が減っている」
他に理由はない。
今日は当番明けの連休初日だから、本部に戻ってからしないといけないことも特にない。
日課の筋力強化トレーニングはするけれど、ニュマン副隊長が言うには成長期に鍛えすぎると身長が伸びなくなることがある、らしいから加減している。
有酸素運動や筋トレをどちらかに偏らないように気をつけて行い、栄養補給と休息をしっかりとるように、って言ってたよな。
まあ、今までトレーニングしてるのに、全然ムキムキにならないから、やる気がなくなってきたとも言う。
色々教えてもらってすごく気をつけてるのに、二次性徴期が来る気配がないんだよ。
身長と濃い体毛と筋肉が欲しい。
顔もヒゲモジャで男くさくなったら最高か。
「……莫大な借金をなくしてやっても、そう言うか?」
「!」
こいつ、どこでそれを?
オレの養育費用が借金になっていることを知っているのは総隊長と、多分ヴュルフさん。
あとはオレの給料が毎月天引きされているのを知っているだろう、事務部隊の人?くらいだろう。
「お前が借金返済のために実働部隊にいることは調べがついている。
借金を無くしてやるから、ついてこい」
骨折が治っていないのか、ベーン(兄)副隊長の顔色は悪くて呼吸も荒い。
それでもその鼠色がかった青色の瞳には力がある。
この人は本当に、公開鍛錬でオレに難癖をつけてきた、ビバ!お貴族様と同一人物なのか?
「少し時間が欲しい」
具体的にいうなら、小腹を満たす時間が。
「誰にも知らせるな、もちろんお前を傷つけはしない」
「弟に言え」
「……すまなかった」
高圧的だったベーン(兄)副隊長が素直に謝ってきたことで、一気に毒気が抜けた。
態度がこのままなら、少しくらい付き合ってもいいかなと思い始めた。
少なくとも相手と対話せずに、他人を間に入れる貴族のボンボンよりは、誠意を感じられると思う。
扉の前には大勢の隊員がいるが、腰が引けて引きつった表情でこっちを見ていて、(弟)副支部長は親の仇でも見るような顔をしている。
(弟)副支部長に関してはフォローをするつもりはない。
背中は話している間に〝内傷治療〟で治したが、背後から金属棒で殴るなんて、普通なら打撲で済まずに骨が折れるぞ。
オレの方が先に、こいつの兄貴の全身をへし折ったから、文句は言わないが。
視線を扉の方へ向けたまま、鞄の中からゴーグルを取り出して、顔を見られないように気をつけながらはめる。
ついでにシリアルバーも引っ張り出してかじった。
これはフロールにもらった試食品で、香ばしいナッツとドライフルーツがぎっしり詰まっていて、食べ応えがあって腹持ちもいい。
フロールの家は食料品関係の商売をやっているらしく、実働隊隊員向けの高栄養価保存食の試食としてシリアルバーを受け取っていた。
フロールには「よかったら、他の人たちにも勧めてくれる?」と言われたけれど、どんな顔で部下たちに言えばいいのかわからないので、一人で食べてしまって悪い!と思っている。
出張任務時には食事を摂る余裕さえない時があるので、受け取ったうちの何本かを突っ込んである。
水のボトルも取り出して中身をあおる。
二本目のシリアルバーを取り出して、お、こっちはチョコとクルミだ。
「……本当に腹を減らしていたのか」
「?、そう言ったはずだ」
なんでそこで驚くんだよ?
貴族ってのは駆け引きのしすぎで、相手の言葉を疑いすぎてるのか?
学院の魔術関係の講義中は、暇つぶしをしているせいで腹が減る。
脳内の術式整理はすでに終わっていて、今は術式の熟達度合いを上げているところだ。
発動可能な状態になるまで術式に魔力を流して、そこで解除することで、術式が意識野に定着する。
何百回か繰り返せば、とっさに出てくるようになる。
発動を完璧に制御できないと危険すぎるが、室内でできることは限られる上に、これも腹が減る。
多分、自分の体内で魔力を動かすと腹が減るんだ。
攻撃系魔術なんかで外に魔術として放出するのは、そこまで腹減らないし。
二本目のシリアルバーも食べ終えて、包み紙などのごみは鞄の中に戻しておく。
えーと、支部長室のごみ箱に捨ててもいいのかな。
しばらく待っていれば満腹には程遠いものの、クラクラするほどの空腹状態は解消されるだろう。
「待たせた」
「……いや、もういいな」
ベーン(兄)副隊長は、制服の胸元から握りこぶし程の大きさの涙型の装飾品を取り出す。
毎日のようにオレも使っている転移陣用のマーカーだが、これは複数人を同時に転移させるためのものだろう。
伯爵家ってのは金持ちなんだな。
オレのそんな内心に気がついたのか、ベーン副隊長がおかしな表情を浮かべた。
なんだか、ニュマン副隊長に似ていた。
ありがとうございます




