9ー4 包囲網
書架がずらりと並んだ薄暗い室内は、どこかカビ臭い。
埃っぽいわけではないけれど、独特の香りがする図書館内は静まり返っている。
クサンデルたちには先に帰ってもらった。
アルナウトは、本当に大丈夫なのか?って何度も聞いてくるし、フロールは、何かされたら教えてよ!といつになく興奮していた。
されたらって、ひどくないか?
一見すると羊系男子のフロールは、中身は狐だと思う。
なんか策を練るのが好きそうなので、敵に回したくない。
なぜか一歩引いていたようだったロキュスが、残って一緒に話を聞く!と執拗に粘っていたけれど、全員に帰ってもらった。
友人として心配してくれるのはとても嬉しいが、これが数日前から続く貴族に祟られている状態の継続なら、ろくな結末にならない気がするからだ。
今ここには頼りになる副隊長たちもいないので、一人でまともな対応ができる自信はない。
友人まで巻き込んでしまうのは、さすがに避けたい。
目の前で仁王立ちしている少年を少しだけ見上げると、口をへの字に歪めた状態でこちらを見下していた。
身長の問題ではなく、こいつらに態度として見下される理由がないので、ただただ困惑してしまう。
あれか、貴族様万歳!をしろってことなのか?
階級とか特権とか、本当に面倒くさい。
「まずは自己紹介を」
トムと呼ばれていた学生がこちらを向いてそう言ったので、相手が紹介をしてくるのかと待っていたら何故か険しい顔になっていく。
スロースとかいう学生は一人だけ椅子に座って、こちらを睥睨するかのようにゆったりと鷹揚な笑顔を浮かべている。
何も悪いことをしてないのに、なんでオレは立たされてるんだ。
「ひざまずいて庶民から名乗るのが礼儀だぞ、そんなことも知らんのか!」
怪訝な顔をしていたらトムが怒鳴るので、思わず出そうになったため息を飲み込んだ。
なんの話をするのかも分からないのに、知らない相手に付き合わされるのは苦痛でしかないし、帰れないと思ったら本格的に空腹が辛くなってきた。
今日は魚がいいな。
揚げたて熱々のフライにタルタルをたっぷり乗せて、あとは豆のスープが飲みたい。
あ、魚のフライといえば、昨日見かけたホットサンドの露店が気になるから、帰りに買い食いしてもいいな。
確か南の方から入ってきた料理で、ピリッと辛味を効かせてフライにした魚と生野菜をパンに挟んで、押しつぶしながら焼いてるから旨味が凝縮されてなんちゃら〜って看板に書いてあった。
潰してもフライのザクザク食感が残ってるのか、は気になるけれど、露店が無くなった後に食べとけばよかった、と後悔するよりいい。
いけない、あまりにもやる気がなくて意識が外れすぎた。
なんの話をして……名前か。
「ヨー・ビズーカー」
「そうか」
そうか、って何が?
さっきから要領を得ないトム少年の言葉に、こちらまで表情が険しくなってしまう。
オレは帰りたいのを我慢して付き合ってる方なんだから、もう少しわかりやすく話してもらいたい。
本格的に腹が減ってきて辛いから、今ここで筋力強化して頭部にダメージが通るように吹っ飛ばしたら、直近の記憶が消えたりしないかな。
この前、なんかそんな話を三バカトリオがしてたんだよな。
頭をぶつけて記憶喪失になったヒーロウとかいう人が、チョロなんとか?と再び出会いから!!とかよくわからん話をしてた。
記憶がなくなるほど頭をぶつけたら、脳内出血で死にそうな気がする。
……本気で帰りたい。
ここで初めてスロースが口を開いた。
「トム、彼は壁の外の住人なのだよ、もっと私の従者らしく優雅に振舞っておくれ」
「は、はいっ」
トムは顔を引きつらせてから、感激しました!と言いたげに目を輝かせつつ主人の前に膝をついた。
なんだこの茶番劇は。
スロースサマも口を開くのなら、何をオレに話したいのか直に言えば良いのに。
そう思いながらスロースへ視線を向けたが、口角をゆるく持ち上げたまま目を細めている。
笑顔とも違うし、何考えているのか全くわからない顔だ。
もう、貴族に関わるの本当にヤダ。
オレのことを壁の外の住人と言ったということは、誰かから設定の北区支部の見習い隊員だということを聞いて知っているということだ。
肩書きを知って近づいてくる奴に、ろくな相手はいないと思う。
物語だとそんな感じの展開が多い。
「スロース様はお前の所属を知ってやっても良いとおっしゃられているのだ、早く答えないか」
「所属?」
知ってやっても、とか上から目線なのはもう良い、まともに会話になりそうにないってのだけは理解した。
話したいっていうのなら、内容に踏み込んでこれば良いのに。
なんだよこの必要か不要かもわからない、不毛な時間は。
「だから、お前は実働隊の統括部隊長と会話をする程度には交流があるのだろう、所属を答えろと言っているのだ」
「……担任に聞け」
トムの言葉を聞いて、盛大に出てしまいそうなため息を飲み込んだ。
こいつら面倒臭い。
話をするとか言いながら、なんとか・スロースが一切口を開かないので会話になっていない。
お貴族様の作法を知らないからこそ、百歩譲って従者越しの二度手間な会話はまだ許せるとしても、その従者が会話をする気がないとしか思えない。
オレの身元を隠すための工作は、学院側に投げて良いはずだから、適当に終わらせてしまおう。
「失礼する」
どうしたらいいか分からなくなるから、まどろっこしいのは苦手だ。
巧遅よりも拙速を尊ぶのが魔物駆除の現場であり、巧速が一番なのは考えるまでもないが、作戦を立てている間に、王都に攻め込まれたらなんの意味もない。
ウロウロと周囲をうろつく暇があるなら、切り込んで来いって。
「おい待て!」
「断る」
トム少年の声を背中に受けながら、手だけで挨拶をして図書館を後にした。
追いかけてくるかと思ったが、誰も駆けてくる様子がなかったので、その場で一息ついて鞄を抱え直す。
明日、アルナウトとフロールになんて話せば良いんだろうな。
ありのまま、話にならなかった、で良いか。
◆
明日、友人たちになんて話そうかと考えながら北区支部へ向かったら、途中で露店に寄るのを忘れてしまった。
なんでだよ、本気で腹減った。
オレの魚フライのホットサンドが……。
今から戻ってもいいが、それなら本部に戻って夕食を大盛りにしたほうが早い。
口惜しさに落ち込みながら北区支部の建屋内に入ると同時に、数人に周囲を阻まれた。
ピリピリとした雰囲気は普段の北区支部のものと違うし、オレを囲んでいるのもいつも遠巻きに見てくる支部隊員じゃない。
未だに名前は知らなくても、二ヶ月も通っていれば所属している隊員の顔くらいは覚える。
今ここにいるのは、知らない顔ばかりだ。
「ギュエスト隊長、ご同行お願いできますでしょうか」
なんだよ、今日はオレに空きっ腹を抱えさせる日なのかよ。
声をかけてきたのは実働部隊の制服は着ているが、初めて見る顔の男性。
過度に緊張している隊員に四方を囲まれた上で、更にお伺いします口調なのに、ノーを言わせる気がないとしか思えない態度。
誰の差し金なんだろうか。
「総隊長の命令なら従うが、それ以外は断る」
「それは困ります、いかなる手段を用いてもお連れするように、と言われておりますので」
無言で通り過ぎても良かったけれど、隊員の表情が気になったので本音で答えてみた。
声を変える魔術具を使ったのに、警報音が響かない。
本格的にまずいことに巻き込まれているらしい。
声をかけてきた隊員の、オスフェデアでは珍しい黒みがかった瞳にあるのは、どんな感情なのか。
顔色が悪いし、目元が痙攣するように引きつっている。
その上で襟元のシャツの色が変わるほど汗をかいてるってことは、過度に緊張してるんだろうが、誰かに弱みでも握られて命令されているとか?
本当に実働部隊の隊員なら、オレの火力もある程度は理解しているはずだ。
公開鍛錬に参加したのは昨日だし。
まあ、反応から判断するなら、とりあえずこいつらは敵じゃない。
無力化しても良いが、手出ししないのが無難だろう。
「腹が減ってるから断る、『土壁』」
牽制に気がつくように一度だけ発声発動して、それに重ねるように無発声の〝土壁〟を多重発動する。
フードが取れないように手で押さえるのと同時に、バラの花が綻ぶように重なり合った何枚もの土壁が板張りの床を突き破って伸び上がって来る。
初めの一回は発声したけれど、何枚も壁を重ねて作るには無発声発動が必要だ。
多重発動で何度も発声していたら、早口言葉で遊んでる?とでも思われかねない。
他に効率よく多重発動する手段があればいいが、ニュマン副隊長曰く「多重発動ができるのは隊長だけです」って言われた。
オレは魔術を使うだけで、開発や改良なんてできない。
周辺の破壊を最小限にするために、極薄の壁にしたので強度はないけれど、相手の視界を塞いで手出しを躊躇わせるには十分。
「お、追いかけろ!」
目の前にいた隊員の慌てる声を無視して、身体強化二割をした脚力で隊員たちの間をすり抜けて、階段を駆け上った。
魔術を使用して攻撃していないことで、戦う気はないよと伝わってるといいんだが。
壁なら〝土槍〟みたいに尖ってないから、ぶつかっても大丈夫だろう。
地面から伸び上がってきた壁のせいで、支部の床が破壊されてしまったけれど、燃やしてしまうより被害が少ない……本当だよ?
魔術具だけでなく魔術まで使ったのに、前のうるさい警報音はしていない。
警報用の魔術具を解除している、もしくは壊したっていう解釈でいいんだろうか。
支部が乗っ取られていると仮定するなら、本来の支部隊員たちはどうしてるんだ。
生きてます(*´꒳`*)




