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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
七 対人戦闘を考える
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7ー1 軟禁生活

 





 学院に通えなくなり、本部からも出られなくなった初日。


 ラウテルさんには昨日のうちに「本業でしばらく通えない」と連絡してあるし、サッセン隊長にクサンデルへの伝言も頼んだ。

 北区支部のマルクル隊員に、ジァラニヴィク語の循環特化型魔術の教本と、手元に買い集めていた魔術専門用語辞典を〝ギュエスト隊長〟の名前で送った。

 ついでに「研究会の進捗状況を知りたい」という走り書きも本に挟んでおいた。

 ギュエスト隊長は研究会に参加してないから、教えてる内容も知っているわけがない……から。


 研究会の教材として、もっと使いやすく初心者向けの本が見つかればいいけれど、今はこれが精一杯だ。

 マルクル隊員が所持している循環特化型魔術の教本が、当たり前のようにジァラニヴィク語で書かれていたので、こうするしかなかった。


 誰でもいいから、オスフェデア語で循環特化型魔術の教本を作ってくれないだろうか。

 術式自体は魔術専用言語なので内容は変わらなくても、説明文を翻訳しなくてはいけないせいで、循環特化型魔術研究会ではなくジァラニヴィク公用語研究会になってしまう。




 今朝の朝ごはんは、フィンケ副隊長がいつものパン屋で買ってきてくれた。

 しかし「思っていたより若いね、無理するんじゃないよ?、と商店の女性に言われました、どういう意味でしょうか?」と聞かれた時には焦った。


 お節介なおばちゃんは、オレが選ぶことが多い切り落としハムチーズ野菜サンドと、魚フライサンドを買い求めたフィンケ副隊長を、オレの家族だと勘違いしたらしい。


 オレの貧弱な語彙では説明できない。

 あー、とかうーとか言っていたら、ニュマン副隊長が助けてくれたが、こっそりと「後で詳しく教えてください」と言われたのは何故なんだ?

 言えるわけない、おばちゃんがどんな勘違いをしているか確認していないのに!


 いつもと違うサンドを頼むべきだった。

 アップルキャラメルホイップサンドとか、ホットチリハラペーニョサンドとか、気になるけどちょっとなーって思っているものにしておけばよかった。


 そして外に出なくても、一日は過ぎていく。

 今日一日だけで精神的に消耗したのを感じながら、自分の意思で出ないのと出られない、は全く違うということだけは理解した。

 巨大な棺に閉じ込められている気分でも、一日は終わるのだ。


 〝掃除屋〟を捕らえる方法は、全く思いついていない。

 容姿も不明であり、王都のどこにいるのかも情報がないので、歩き回って探す以外の方法がない。


 イルギジャラン帝国の国民に多い、赤髪と緑瞳の人物の目撃情報を集めようにも、人手を集めれば金がかかるし、ムーンさんの今後を考えるとあまり大ごとにしない方が良いだろう。


 いや、問題なのはオレの魔術適性なのだ。

 街中では〝掃除屋〟を見つけたとしても、捕まえるのが難しい。


 オレの扱う魔術のほとんどは、人が住む場所で扱うには威力が高すぎるし、住宅密集地との相性が悪すぎる。

 何もない場所で使ってこそのものばかりであり、殺傷能力や破壊力が高い魔術が揃いすぎているせいで、無傷で捕獲する方法が思いつかない。

 普通に戦ったら街をぶっ壊し、住民を何十、何百も巻き込んでしまう。

 そもそも街中で魔術を使うのは違法だ。


 三バカトリオを捕まえた時のように、王都を窪みだらけにするわけにもいかない。

 相手がどこに潜伏しているかわからないので、住民を巻き込まないように、と考えると気軽に歩き回るわけにもいかない。


 オレにも結界系魔術が使えればなぁ、と数十回目のため息をついた。


 本部内でおとなしくしていても〝掃除屋〟がやってくるとは思えない。

 こうしている内にも、ムーンさんの相棒?のエマ……なんちゃらヴァー?は、叔父さんを探しているはずなのだ。


 動けない……。

 そうか、それなら、オレが動かなければいい、迎え撃つ備えをしておびき寄せるしかない。

 餌はオレだ!


 簡単に罠の概要を考えると、ニュマン副隊長に行き先を告げて、控え室を後にする。


 第一隊の隊員たちには、緊急の出張任務以外で本部の外に出られないと伝えてあるとはいえ、肩身がせまい。

 仕事もしていないのに、ご飯を食べるのは気が咎める。


 全く気にしてません、という態度をとってくれる第一隊の部下たちには、心から感謝している。

 通常任務に復帰したら、きっちりと恩を返すから、待っていてくれと心の中で敬礼を送っておいた。




 ◆




 総隊長に考えた罠を話して、内容の訂正と命令と許可を受けとってから、コートを脱いで本部の一階広間へと降りてきた。

 もちろんゴーグルをはめて、顔の下半分をネックウォーマーで隠した格好で。


「…………え??」

「チ、いや、背が低くて黄色の髪……って、ヨドクス・ギュエスト!?」

「ほ、本物?」

「インタビュー!!!」

「逃げられないように、捕獲しないと」

「早く周りを囲めっ!」


 一瞬の沈黙の後、一斉に視線が集まってくる。

 その中に物騒な発言が混ざっているのは、気のせいだろう。

 誰かチビって言わなかったか?


 集まる視線にうつむきたくなるのを堪え、各社新聞社の記者へと声をかけた。


「読売に記事を載せてほしい。

 〝公開鍛錬に出る〟と」


 本部一階の広間で(変声用の)魔術具を使用することは、事前に統括部隊の警備隊に伝えてある。

 魔術使用を感知する魔術具の、設定の変更方法は不明だが、起動しても警報が鳴らなかったので安堵した。


 本部の一階で複数の絶叫や歓声が上がり、一階に部屋のある統括部隊広報隊だけでなく、上の階から事務部隊の隊員たちまで顔を見せる。


「〝明後日、凍月30橙の日に、実働隊本部の屋外鍛錬場〟で行われる公開鍛錬に参加する」


 蜂の巣をつついたかのように、にわかに騒がしくなる一階の広間をゆっくりと見回してみる。

 本当にこんなのでうまくいくのか?と総隊長の手が入った計画とはいえ、不安になってきた。


「急げ!号外だ!夕刊と明日の朝刊にも載せろ!」

「今すぐ印刷所に連絡しろ!」

「誰か走らせろ!」

「通信飛ばせ!」


 ううん、なんというか、記者という人々は、実働部隊の隊員と同じくらい頑強でタフなのかもしれない。

 興奮して唾を飛ばしあっている姿を見て、そんな風に思った。

 ゴシップにはうんざりしているのに、彼らもまた玄人なんだな、と感心してしまう。

 騒がれたくないので有名になる気はないが、少しくらいなら付き合うのも悪くないか。



 公開鍛錬とは、読んで字のごとく、隊員たちが普段の鍛錬の成果を国民にお披露目する場である。

 予約して席料を払えば、読売や雑誌の記者だけでなく庶民でも観覧できて、時には貴族ですら観覧することがあるらしい。


 当たり前だが、姿を隠しているオレはこれまでに参加したことはない。


 今までひた隠しにしてきた姿を晒すのは危険だが、今回の問題が長期化して表に出てしまえば、身バレでは済まない。

 オレ自身も知らなかった出自が周囲に知られた時に、今までと同じように暮らしていけるかわからない。

 表沙汰になってしまった場合、明確な後ろ盾のないオレは、あっさりと帝国に売り渡されるかもしれない。


 この国のために生きたいと思ってはいないが、生まれ育った国であり、それなりに今の生活を気に入っている。

 せっかく学院生活にも慣れてきて、友人と過ごすことを楽しいと思っているのだから、それを放り投げるような真似をしたくない。

 今の生活を守るには、自分で行動するしかない。


 〝掃除屋〟を正面から迎え入れて、正々堂々と人前で打ちのめす。


 そうすれば帝国への牽制になる。

 お前らが屋根裏のネズミのようにこそこそと動いていたのを、こちらは知っているぞ?と脅すことができる——ちなみにこの考え方は総隊長から「本部内なら派手にやっていい、むしろ派手に暴れろ」という指示とともに与えられたものだ。

 初めはこっそりと倒せばいいと思っていたが、総隊長曰く「力の差を見せつけてやれ」と。


 これは、オレが〝掃除屋〟に勝つことが前提の罠だ。


 こちらを殺す気でいる相手を、オレは無力化するだけに留めなくてはいけない。

 事故、故意に関係なく殺してしまっては心証が悪い上に、帝国がどう動くかが分からない。


 教師相手の鍛錬以外で人と戦うのは初めてだ。

 端から覚悟が違うのに、勝てるのか?なんて弱気にはならない。

 負けるつもりなんてない。

 借金が山積みで、学院すら卒業していないのに、死ねるはずがない。


 ムーンさんに精霊施行型魔術の戦闘を見せてもらおうかな、と階段を登ろうとしたその時。


「ギュエスト隊長っ」


 背中に受けた声は、聞き覚えのあるものだった。


 振り返ると、華奢な体格と花色の瞳と髪が視界に入って、思った通りの人物だったことを確認しつつ不思議に思った。

 なぜ、講義をやっている時間なのに、ラウテルさんが本部に?

 あくまで初対面という態度を崩さないように気をつける。


「あの、その、こ、これをっ」


 紙を束ねたものを、オレに押し付けたラウテルさんは、逃げるように走っていった。

 ……なんで、また泣いてるんだ?


 ラウテルさんが何を考えているのか、よくわからない。

 年上の女性の思考が推測できるはずもないが、こちらを見るたびにうろたえられるのは、正直不愉快でしかない。

 泣かれるとどうしたらいいかわからない。


 一度、面と向かって話し合うべきなのか。

 何か誤解されているような気もするし。


 ラウテルさんから受け取った紙を手に持ったまま、再び階段に足をかけた。


「ギュエスト隊長!」


 振り返らなくてもわかる。

 ラウテルさんがオレに何かを渡したのを見ていた記者たちが、死骸に湧く蝿のように集まってきたのだ。

 悪いが、この後は用があるので、記者の相手をする気はない。

 そういうのは広報に丸投げしておくに限る。


「申し訳ない、失礼する」


 話しかけてこようとするのを、革手袋をはめた手を伸ばして制し、その場から逃げ出した。



 

ラウテル先生は、ギュエスト君が自己犠牲で苦境の中に身を置いていると考えています

借金返済と逆らう気力も理由もないから、と知りません

持ってきた手紙は、マルクル隊員からの進捗報告書

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