7ー2 お邪魔しま……す? |д=) ジー
一旦自室に戻ってオーバーコートを羽織ってから、ムーンさんを探して、第八隊の控え室の前まで行ったものの、扉を開ける勇気がない。
昨日のように、背の高い隊員たちが大挙して押し寄せてきたら、本気で逃げ出すつもりだ。
迷いに迷ってから、ようやく戸を叩くことにした。
精霊施行魔術を使った戦闘を、どうしても見ておきたい。
全く役に立たないかもしれないが、なんらかの経験にはなるはずだ。
「失礼する」
戸を叩いてから扉を開くと、なぜか、大口を開けている女性と、フード越しに目があった。
「失礼した」
反射的に扉を閉めてしまってから、後悔する。
オレはなんで扉を閉めた!?
もう一度戸を叩くか?
白々しいと思われないか?
第一隊の隊員たちなら、こんな時どうするか?
ぐるぐると頭の中で考えが巡り、訳が分からなくなりだした頃。
小さな音を立てて、扉が開かれた。
「……ぴゃっ」
ぴゃ?
扉の方を向くと、そこには瑠璃色の髪を眉上で切り揃えた女性が腰を屈めて、プルプルと震えながらこちらの様子を伺っていた。
「……初めまして」
「ひゃ、ひゃじゅめましゅてっ」
……あれ?
どうしよう、言葉が通じてない?
言葉が通じない、としたら、可能性としては国交の多い隣国ベルラシュア王国か、ジァラニヴィク王国の言葉だろうか?
第一外国言語で習う、イルギジャラン帝国の言葉の可能性もあるか。
片言くらいならどちらも話せると思うが、第八隊にはムーンさんのような、他国の使節が大勢所属しているのだろうか?
そんな話はこれまでに聞いたことがないぞ。
確か第八隊は、極小型〜中型魔物の駆除特化部隊だったはずで、他国の使節を受け入れるにしても、一部隊に固めてしまっては、連携もできなくならないだろうか?
無言でどうしようと考えながら、女性をフード越しに見つめてみる。
鍋に放り込んだエビのように、みるみる赤くなっていく女性を見ながら、今日の昼はエビが食べたいと思った。
エビでなくてもカニでもいい。
エビフライかカニ肉入りクリームコロッケなら最高だ。
酸味の強いタルタルとの相性抜群で、ほろほろと口の中でくずれる白身魚のフライもつけたい。
「ギュエシュト隊長しゃ、様ですねっ」
「……ああ」
あ、言葉は通じているらしい。
どうやらカミカミになっているせいで、聞き取れなかっただけのようだ。
よかった、現実逃避して昼ごはんのことを考えていたから、また聞き間違えたのかと思った。
顔や耳だけでなく、シャツの襟元から覗いている首まで真っ赤になっている女性に対して、どう対処すればいいのかなんて、わかるはずもないので、態度を変えないことにした。
人生にはスルーすべき時がある、今がその時かは分からないけれど、フォローを求められても困る。
人生経験が不足していることは自認している。
「第八隊所属のムーン隊員に用がある、在室を確認したい」
「ふぁっ、はいっお待ちくだしゃいっ」
どう見てもオレより年上の女性が、カミッカミになっている姿を見ると、とたんに不安になってしまう。
他の隊の隊員に怖がられるようなことを、四年の間にしてきた覚えはない。
……もしかして、オレって嫌われてる?
「ギュエスト隊長、お待たせいたしました」
しばらく後に出てきてくれたムーンさんは、疲れたような顔色をしている。
肌の色が病的に白いので、体調が顔に出やすいのかもしれない。
「申し訳ないが、今、時間をとることは可能だろうか、昨日の件を頼みたい」
あくまで不遜に!
隊長らしく、偉っそうに!
一度年上の従姉妹、で敬語にしてしまったので、油断すると敬語になりそうだ。
「はい、少々お待ちいただけますか」
扉を開けたままムーンさんが室内に戻っていくと、しばらくたって中から怒号が聞こえてきた。
全てを聞き取ることはできないが、一方的に人を罵るような甲高い声音が、やけに気に障った。
「失礼する」
一応、誰も近くにはいなかったけれど、声だけはかけてから、第八隊の控え室に足を踏み入れた。
「——な訳がないだろう!
どうやって取り入ったかと聞いているんだ!!」
「取り入っておりません。
総隊長に伺っていただければ、真実と確認を取っていただけます」
「ふざけるな!
一隊員の嘘を調べるために、ハーヘ閣下にお伺いなど立てられるもんかい!!」
「あの、廊下で隊長様がお待ちでしゅ、す」
部屋を区切っている仕切りの奥から、苛烈な響きを持つ女性の声が、ムーンさんの声と交互に聞こえる。
時折、先ほどのカミカミだった女性の声も混じっている。
現在部屋の中にいるのは、女性三人らしい。
書類を収めた棚やソファの配置から見て、奥には隊長、副隊長たちの執務机が並べられているのだろう。
「失礼する」
「なんだい!う……あ、ギュエスト隊長っ!?」
「ギュ、ギュエシュト隊長しゃまっ」
扉を開けたままだったので、廊下まで怒鳴る声が丸聞こえだったと気が付いていないのだろうか。
いくらオレが世間知らずでも、女性ってのはみんな嫋やかで心優しい、なんて勘違いはしてない。
それでも先ほどの怒号は、魔物も怖がって逃げ出す勢いだった。
そう考えてみれば実働隊の隊員にはふさわしいのかもしれないが、人相手にはちょっとやりすぎだと思う。
「ムーン隊員の知識を借り受けたいのだが、不都合でも?」
「そ、そんなこと突然言われてもっ」
「全ての責任は自分が負う、緊急任務の際は繋ぎを頼む」
「ひゃいっ」
きつい口調でムーンさんを罵っていたのは、上級隊員の制服と副隊長の階級記章をつけている女性だった。
第一隊のフィンケ副隊長縦じわ美人が、彼女のような感情的な女性でないことに感謝しながら、その紺藍色コンアイイロの瞳へ、フード越しに視線を向けておく。
フードが遮蔽していても、見られていることくらいは気がつくはずだ。
頼むから反対しないでくれよ、と視線だけで頼んでいるつもりなんだが、これで足りないなら何も思いつかない。
オレには出直している時間などない。
〝掃除屋〟を最も効率よく捕縛する戦法を、考えないといけないのに。
「失礼する」
「あ、あのっ」
「……」
話しかけてくる副隊長をあえて無視して、かなり強引にムーンさんを連れ出した。
廊下を足早に進みながら、背後の白い顔を振り返った。
フィンケ副隊長と同じように小さく一つにまとめた赤い髪がほつれて、白い頬に血が垂れているように見えた。
やつれているような姿が、似合っているのは何故だ。
薄幸の令嬢なんて肩書きは、似合わない方がいいだろうに。
「突然、申し訳ありませんでした」
「それは、こちらの言うべきことだと思います」
ムーンさんは小さく息をついて「自分で蒔いた種ですから」と呟いた。
まるで悲劇の中の登場人物であってもおかしくない、青ざめた表情は、鮮やかな緑の瞳にやけに似合っていた。
やはり彼女の心の闇は、深くて暗いようだ。
過度の接触は避けることにしよう。
鬱々と考えるのは、オレの性には合わない。
「昨日の件を頼みたいのですが」
「はい」
従姉妹ではあってもムーンさんとの関係は、仕事だけであってほしい。
この件が終わった後、彼女が国で保護してもらえるかどうかは、総隊長の判断次第だ。
オレにできることなんて、いい方向に話が向くことを心の中で願うくらいしかない。
◆
広い屋外鍛錬場は、当たり前だが無人だった。
低位階の範囲魔術の使用を想定しているせいで屋根がないので、肌を切り裂きそうな寒風が吹きさらしになっている。
吐く息はたばこの煙のように濃く白い。
水気を含んだ重たく冷たい風は、むき出しの頬に刺さるようだ。
「……寒いですね」
「すいません、無人の場所としか考えていませんでした」
「いいえ、大丈夫ですから」
急いでいたので、お互い防寒着を用意していない。
オレは普段から体格をごまかすために、制服の上にサイズの大きいオーバーコート(私物)を羽織っているが、建屋内利用を目的とした薄手素材なので風は防げない。
「攻撃を見たいのでしたね。
私の〝××××××××〟は攻撃手段が少ないのですが、試しに使ってもらいますね」
今、彼女は〝精霊言語〟というもので、契約精霊の名前を口にしたのだろう。
全く聞き取れなかった。
少なくともオレが知っている言語の中で似ているのは——。
——いいかヨー、理解なんてしなくていい、これはおれらの言葉じゃないんだ——
ダメだ、これは考えるだけでもダメなことだ。
頭の中で聞こえた気がする声を意識して追い払って、ムーンさんの言葉を傾聴する。
ムーンさんの話では、精霊は〝精霊言語〟で〝お願い〟することで、その能力を魔術として施行してくれるのだそうだ。
精霊に〝お願い〟することが魔術術式になるのか、ただ言語が違うだけの〝お願い〟なのかが分からない。
何らかの形で魔力を込めているのかもしれないが、それを知ることができない。
こうなると、相手が精霊施行魔術の使い手である場合、先手を取られるのは確定か。
戦うには厄介な相手だと、覚えておこう。




