6ー7 縁戚関係
ムーンさんの話を聞き終え、オレは呆然とすることしかできなかった。
あまりにも、荒唐無稽に思えたからだ。
オレが狙われている?
存在すら知らなかった叔父に?
ムーンさんの言葉の全てが疑わしい。
自分がイルギジャラン帝国の特務部隊の隊員だと明かし、同僚の任務内容を明かし、使節である自分の任務を放棄して、彼女になんの得があるというのか。
そんなことをする利点は、何一つない。
オスフェデア王国側が彼女を守る確証すらないのに、祖国を裏切る?
二度と祖国に帰れなくなるのは、考えずともわかるのに。
帰国と同時に拘束、なんらかの処罰を受ける未来が見えているのに。
しかし、ムーンさんの瞳に迷いはない。
オレの目が節穴なのかもしれないが、嘘をついているように見えないのだ。
誰かに偽物の情報を握らされて、騙されている可能性は?
ムーンさんにとって、オレが〝敵の敵=今は味方〟でしかない可能性は?
考えたところで、答えは得られない。
オレは自分の両親の顔を、直に見たことがない。
乳飲み子の頃に死んでいるのだから、覚えている方がおかしい。
当たり前かもしれないが両親の顔は覚えていないし、教師たちも両親の出自なんて詳しく教えてくれなかったので、そこらの流れ者が集まった傭兵団の傭兵と、その妻だと思っていた。
王国内では英雄冒険者としての肩書きの方が有名だが、両親の本当の姿は根無し草だと思っていたほどだ。
まさか母が伯爵家の娘で、父と駆け落ちして逃げてきていたなんて。
真実だとしても、どこの悲恋物語なんだよ?としか言えないし、突然、物語の登場人物にされたようで気に入らない。
オレはそんな特別な人生なんて望んでいない。
「一つ、教えて欲しいです」
「なんでしょうか」
(話が全て真実だとすれば)国の機密とも言える内容を話した緊張のせいか、顔色の悪いムーンさんの瞳を見つめる。
とても綺麗な緑だ。
何度見ても、嘘をついているようには見えない。
オレには人の心の中を見通すことなどできないし、むしろ人の心の機微に疎くて困っているのだから、騙されている可能性はある。
それでも、今は信じられると思った。
突然、この綺麗な女性が従姉妹だと言われても、どこも似ていないと思うし、血縁者がいたことに驚いている。
これまで天涯孤独の身の上だと思っていたのに、突然そんなことを言われても困るだけだ。
本当に従姉妹だとしても、オレの肩書きが隊長で彼女が隊員である以上、総隊長の前で口調を変えることなんてできないが。
「黄色の髪と瞳は珍しいのですか?」
「はい、帝国においては元より、植民地化された周辺諸国であっても、生まれつき黄色を宿す者はほとんどいません。
髪と瞳の両方が黄色い人は、これまで見たことがありません」
「……」
オレの髪と瞳の色は、見つけてくれと言ってるようなものなのか。
彼女が言うところの〝掃除屋〟がどんな人物かは知らないが、出会いたくない。
オレは属性特化魔術では、結界系魔術を含む〝影〟属性の耐性だけを持っている。
つまり、結界を含む影属性の魔術の効き目が、非常に悪い。
適性を持っていれば相殺できるのに。
結界系魔術を応用した髪と瞳の色の偽装用魔術具は、本来なら戦っている時でも偽装能力を失わないが、オレの場合は体外放出系の魔術を使うと偽装が解けてしまうのだ。
特注で作って調整してもらって、ようやく身体強化の時だけ偽装が解けないようになっているが、動き回るのがよくないのか、耐性があるからなのかは不明だ。
掃除屋に任務で魔術を使う姿を見られたら、確実にオレだとわかるだろう。
フードなんて簡単に取れてしまうし、帽子をかぶるのは、体液まみれになる可能性が高いので嫌だ。
だからこそ、学院を休めと言われたのか。
万が一の事態で学院生を巻き込みでもしたら、責任なんかとれっこないからな。
自分の知らないところで進んでいる物語に、こぼれそうなため息を飲み込んだ。
「予定ではもう少し後でしたが、知った以上は変更せざるを得ないでしょう。
ギュエスト隊長には、これより無期限で本部内での内勤をしていただくことになります。
第一隊の隊員も〝お客人〟の捜索に加わって頂くことにいたしましょう」
「それはやめてください」
「なぜです?」
統括部隊の隊長さん?の言葉に意を唱えると、珍しいことに顔をしかめているのを見てしまった。
この、いつも眠り猫のように穏やかな雰囲気で冷静そうな人でも、こんな表情をするのだな、と驚いていると、隊長さん?はオレの意見を待っていてくれた。
紺鼠色の瞳には、心中を探るような光が灯っている。
「第一隊は巨躯魔物駆除の特化部隊であり〝王都内で一人〟の人探しができるとは思いません。
もう一点を挙げるならば、隊員の士気を落とす真似をしないでいただきたい。
彼らは国民を守るために働いているのであり、自分の都合で動かすことは望みません」
言いながら、ちょっと言い過ぎか?と思う。
だが、隊員をオレのために働かせるなんて、嫌だ。
ただでさえ学院に通うようになってから、出張任務を任せっぱなしになっているのに。
「……く、がはははっ」
突然、それまで黙っていた総隊長が大笑いをし始めて、執務室内に笑い声が響き渡った。
「ケツに殻をつけたヒヨッコが、一丁前に言うようになったもんだなぁ?」
「はっ!申し訳ありませんっ」
口では謝っても、前言を撤回する気はない、第一隊を私物化なんてしたくないし、できない。
というか、総隊長の口調がなんかおかしい。
「お前は今、職権乱用してでも助けてやろう、と差し出された手にションベン引っ掛けて、後ろ足で砂をかけたぞ?
フン……好きなようにやれ、お前が支払える範囲でな」
目の前にいるのは本当に総隊長なのか、これが王族の末席の話し方か?
口調が、場末の酒場で安酒を飲んでいる粗暴な低賃金労働者にそっくりってのは、問題だと思う。
……まさか、これが、総隊長の素だったりしないよな?
とはいえ、場末の酒場なんて入ったことはないし、本物の低賃金労働者の知り合いもいない。
酒を飲んで騒いでいる時の教師たちと同じような話し方なので、驚きはしないけれど、これまでの総隊長の口調に慣れてしまっているので、戸惑いが隠せない。
「必要経費は、自分の借金になるのですか」
「当たり前だろうが、人に尻を拭かせんな」
そもそも、今回の騒動で必要な金をオレが支払う必要があるのか?と突っ込みたいが、それを言ったところで、総隊長には全く取り合ってもらえないのが分かっている。
隊長さん?の言葉に異を唱えたのはオレだが、職業人として当然の判断をしただけなのに。
借金を減らしたと思ったら、すぐに増やされて、全く返済が終わる気がしない。
もしかして、爺さんになるまで実働隊で働かないといけないんだろうか。
嫌な未来を幻視してしまい、ちょっとだけ心が萎えてしまう。
「あの、お願いします。
私にお手伝いをさせてください」
「それはできません」
ムーンさんの言葉を遮ったのは、統括部隊の隊長さん?だった。
「貴女の話が本当だという証拠は何一つないのですよ?
従姉妹だという話も疑わしい以上、ギュエスト隊長の近くに不審人物を置くわけにはいきません」
「いいえ、ム、彼女には頼むべきことがあります」
いつになく、オレが口を開くからだろうか。
隊長さん?も総隊長も、こちらを見つめてくる。
相手によって不遜にするか敬語にするかがややこしく、固定の話し方が決められなくて、普段はあまり話さないからな。
別に無口なつもりはないのに、気を使わなくていい学院以外では口数が減ってしまう。
落ち着かない気持ちを押さえこんで、教師たちとの会話(鍛錬内容の交渉と命乞い)を思い出しながら、言葉を紡いだ。
教師たちはオレが風邪をひいていようが、全身打ち身でアザだらけになっていようが、骨折していようが、お構いなしに鍛錬を強制する人々だった。
体調不良で集中できない時こそ、集中力の必要な魔術の知識を詰め込む好機。
全身の痛みに呻く時こそ、最低限の動きで攻撃を避ける近接戦闘の鍛錬をするべき時。
骨折している時は、痛みに耐えながら魔術を使って相手をけん制する鍛錬をするしかない!
ずっとそう言われていたので、辛くてもそういうものだと思っていた。
生まれつきそんな生活しか知らないので、当時はそれが普通だったが、今思うとおかしいとわかる。
教師たちは戦場を駆け巡って生き残ってきた人々なので、価値観がおかしかったのだろう。
そんな教師たちでも、たった一つ、鍛錬を休みにしてくれることがあった。
それは〝知恵熱〟だ。
魔術の鍛錬で、術式を覚えた後に脳の術式領域野に術式が馴染むまでの数日間、体が拒絶反応を示すことがある。
これは記憶した時ではなく、魔術を使えるようになった時、という意味だ。
記憶した術式を十全に使いこなすには、何十回、時には何百回も魔術を発動してなじませる必要がある。
オレの場合、属性特化型魔術の耐性を持っていない〝日〟、〝陽〟の二属性の拒絶反応が強く、知恵熱を出すことが多かった。
この時だけは、脳を休ませることしかできない、と鬼教官であった教師たちも放っておいてくれた。
この時に下手に鍛錬をすると、せっかく覚えた術式がうまくなじまずに、中途半端にしか発動させられなくなる、らしい。
だからこそオレは、知恵熱なんて出てないのに、出ているフリをすることに力を注いでいた。
もちろん口先だけの仮病はすぐに見抜かれる。
教師たちの中には体調不良が本物か嘘か、一目で見分ける者がいたから、体内魔力を循環させまくって、脳を疲労させて倒れてみたり。
魔術を発動寸前で暴走させかけてから消す、という脳に負荷をかける方法で倒れてみたり。
単純に魔力を使いすぎて枯渇で倒れて……ってそんなに倒れてばっかりだったかな?
とにかく、知恵熱から何事にもやり方があることを学んだ。
「自分が〝掃除屋〟と対峙する可能性があるのなら、彼女に〝精霊施行型魔術〟を教えて頂きたいのです」
こちらに向けられたムーンさんの目が見開かれ、総隊長がニタニタと、顔が裂けてしまうのではないか?と思うような笑顔を浮かべている。
隊長さん?はしかめっ面で、ムーンさんを厳しい目つきで見ている。
「……それは」
「構わないのではないかね?
すでに帝国の情報を漏らしている以上、生きて再び祖国の土は踏めないと思って間違いない。
今からこの国に恩を売って、居場所を作っておくのはどうかな?」
「…………はい」
総隊長がムーンさんに向けた言葉は、明らかに裏で損得勘定がされたものであり、人の上に立つ者としての重みを持っていた。
口調を元に戻した総隊長は、やはり王族だった。
この国の利益になるのであれば、受け取ったそれが毒杯と知っていても、喜んで口をつけるのだろう。
とても真似したくないし、この国にそこまで真剣に向き合っていることには、ある意味感激するというか。
オレにもいつかは、命がけで守りたくなるようなものができるんだろうか?
「総隊長殿」
「ヴュルフ、これは命令だ」
「……はっ」
声を上げかけた隊長さん?を遮り、総隊長はオレとムーンさんに、いつもと同じ厳つい顔を向ける。
隊長さん?の名前はヴュルフさんと言うらしい、覚えておこう。
「もう一度言うが払える範囲内だ、よく考えて動くことを勧めるぞ、ギュエスト隊長?」
「はっ、了解いたしました」
その後の総隊長はいつもの無関心顔に戻ってしまい、すでにこちらには興味をなくしたかのように、机の上の書類へと手を伸ばしていた。
ムーンさんと一緒に執務室を後にして、話をする場所が第一隊の控え室しかないことに気がつく。
本当に従姉妹だとしても、年頃の女性を自室に連れ込むことなどできないし、鍛錬場や遊戯場で話ができるわけもない。
「ついてきてください」
「は、はいっ」
あれ?なんかムーンさんの態度が変わった?と思いつつ、控え室へと足を向けた。
控え室で当番が終わるまでの時間、話しを続けた。
話している間は、控え室の扉は開けておいた。
いくら控え室とはいえ、別の隊の女性と二人っきりで過ごしたと、余計な詮索をされたくはない。
従姉妹で年上なら、普通は敬語だよな?と思ったので話し方も敬語に変えた。
叔父の外見的特徴はともかく〝掃除屋〟としての戦い方は、想像もつかないそうだ。
ムーンさんが叔父に会っていたのは、子供の頃だったという。
現在ムーンさんは二十二歳で、叔父は二十八歳だろうとのことだ。
叔父とオレが十二歳しか違わないというのは、複雑な気持ちになる。
待機当番の時間が終わりに近づいたので、話を切り上げて風呂に行こうかと思い、ムーンさんに次に予定が空いている時に、控え室に来てくれるように、と頼む。
オレが第八番の控え室に行くのは無理だ。
あの部屋を訪ねるのは難関すぎる。
「ありがとうございました」
「……?」
深々と頭を下げられ、思わず首を傾げてしまいそうになる。
こんな時は口下手な自分が憎い。
言いたいことを簡潔に、かつ軽い口調で伝えられればいいのに!
「助けてくださいましたよね。
私がここにいても、糾弾されないように」
「……そのようなつもりは」
「いいえ、私はずっと願っていたんです。
自分だけができることが欲しい、自分だけを必要とされたいと、でも、本国では私は有象無象の中の一人で、使い潰されるだけの駒でしかなかった。
たとえ今回の件が終わってしまえば始末されるとしても、あなたに会えたことを神に感謝いたします」
どうしよう。
ムーンさんがなにを言っているのか、全くわからない。
確かに彼女に〝精霊施行型魔術〟の指導は頼んだけれど、それはムーンさんを助けるためなんかではない。
全て、オレ自身のためだ。
単純に〝掃除屋〟の手の内を少しでも知ることができれば、と対策として望んでいるだけだ。
なぜ、こんな勘違いをされてしまった?
「その、あ、?」
困っていると頬にふわりと風が吹き寄せた。
「あ……ごめんなさい、ダメよ〝ナーティ〟」
「え?」
「ああ、私の契約精霊の呼称です。
精霊は一体ずつ契約呼称を持ってまして、本当は精霊言語による発音なのですが、魔術の施行を頼む時以外は、人の言葉に変えて呼んでいます」
「理由があるのですか?」
「お分かりになるのですか?」
ふわふわと周囲を駆け回っている?ような気配に注意を向ける。
「精霊との意思疎通には精霊言語が必要ですが、必須というわけでもないのです。
しかし、魔術の施行を媒介する時は精霊言語でなくてはいけないので、必要に応じて使い分けるのが普通です」
「なるほど」
精霊言語なんてものがあること自体、初めて聞いた。
循環特化型魔術もそうだが、一朝一夕で修められるものではないのだろう。
時間ができたら、精霊施行型魔術の戦い方を見せて欲しい、と頼み込んで、強引にお礼だの何だの、という話をぶった切ることに成功した。
ムーンさんの外見は色白の綺麗な女性だが、心の内側には暗鬱たる闇が蠢いているようだ。
あまり、近寄らない方がいいかもしれない。
こんな気分の時は、学院に行きたくなる。
クサンデル以下、いっつも気の抜けたような会話ばかりしている級友たちに会いたい。
オレは学院に行くようになってから、腑抜けてしまっている。
こんな心持ちでは、命をかけるべき場で道を誤るかもしれない、そう思っていても、胸の奥で燻る平凡な日々への憧憬は燃え尽きることはなかった。
明日から、オレは〝掃除屋〟を捕らえる方法を模索する。
そして、一日でも早く学院に通う日々を取り戻す。




