6ー6 クリスタル・F・ムーンの懺悔と決意
ドライヴァーに課せられた任務内容を知らないうちは、使い勝手の良い駒でも良かったのです。
しかしその気持ちも、私がまとわりつくことにしびれを切らしたドライヴァーから、秘されていた任務内容を聞くまででした。
彼は腕はいいものの、精霊魔術に傾倒している者に多い性格をしているようです。
つまり〝面倒ごとを嫌う〟のです。
私には知識が与えられていたので、精霊と契約していても面倒ごとから顔を背けないように努力をしてきました。
しかし精霊魔術士が面倒を嫌うことには正当な理由があり、これは精霊と契約する過程で、魔術士に〝制限〟が課せられてしまうからなのです。
制限への抵触を避けるために、面倒ごとを回避しようとするのでしょう。
誰もが面倒ごとを嫌うのは同じでしょうが、精霊と契約している者は、その傾向が顕著なのです。
周囲をうろつく私に、ドライヴァーは「本国には伝えない」約束で、任務内容を明かしてくれました。
その時の彼の表情は(教えたところで、お前程度には手出しできないだろう?)と言っていました。
彼のいう通りでした。
私は彼に聞いた話を、自分の胸のうちに収めることができず、かと言って、そのまま知らないふりをすることもできませんでした。
帝国は戦前、戦中のスキャンダルを、秘密裏にもみ消そうとしている。
これが彼の任務の内容であり、全容でした。
たったそれだけの理由でしかないのに、何人もの人を殺している、殺そうとしている。
こんな任務内容を教えられて、自分には関係ないと言えるのは、部外者だけでしょう。
私は部外者では、なかったのです。
サイクス伯爵家。
精霊魔術士を数多く排出してきた名家であり、力をつけすぎぬように、とあえて中級の伯爵位以上を与えられることのない名門貴族。
それが、私の母の生家です。
そして、ドライヴァーが任務で追いかけていた相手の家名でもあります。
どうして名門伯爵家の娘である母が、なんの関わりもない格下の新興子爵家に嫁入りしたのか。
貴族として生きる知識を与えられてからずっと、不思議に思っていました。
父と母は当然のように家同士の婚約で結ばれ、家族としての情は持っているようですが、そこに愛は存在していません。
むしろ母は、武で名を興した子爵という階級しか持たない我が家、ムーン家を嫌っているようでもありました。
事あるごとに、家名を高めるための功績を望んでいましたから。
なぜ、母が子爵家に嫁がされたのか。
その発端は、戦争が終わる前の話になります。
古くより帝国には、珍しい黄色を身に宿す子供が生まれることがあります。
髪や瞳に黄色を宿すことは、精霊に愛されることと同じ、と言われているのです。
サイクス伯爵家はイルギジャラン帝国における、精霊魔術士輩出の名家でした。
故に黄色を宿す子を多く出しているサイクス家は、代々に渡り精霊魔術士を輩出する名家と位置づけられ。
イルギジャラン帝国内において〝サイクス〟の姓を名乗ることは、価値のあることでした。
しかし、その家名を汚す事件が起きました。
母をはじめとするサイクス家の子供たちは、その事件の尻拭い、汚名を雪ぐ手段として、能力はあっても貴族位の低い家へ養子に出されたり、嫁がされたのです。
私の母には、黄色を身にまとっていた、六歳年下の妹がいました。
誰もが恋する愛らしい娘と形容された〝クローイ・ハーツホーン・サイクス〟。
彼女こそ、事件を起こした張本人であり、サイクス家の名を地に貶めた人物です。
帝国のために魔術士になるはずであった叔母、クローイは、傭兵団の男に恋をして国から逃げ出したのです。
伯爵家から叔母を奪った傭兵団の男は、貧民街上がりの雑草であるにも関わらず、叔母と同じように黄色を身にまとっていたと言います。
国外逃亡は明らかな国家反逆行為であり、貴族として許されることではありません。
しかし私には、二人の気持ちがわかるような気がするのです。
生まれたその時から、利用される人生しか与えらない、目立つ黄色を宿した姿。
人生を使い潰される運命から逃がれるためには、帝国から逃げだすしかない。
クローイと傭兵は戦争で命を落としたと報告が上がり、サイクス家の醜聞はそこで終わったかに思えました。
しかし、今になって、二人の子供が生きている、という情報が帝国にもたらされたのです。
その名は〝ヨドクス・ギュエスト〟。
何の因果か、両親譲りの黄色を身に宿し、人外じみた魔術の才能を持っている人物だと言います。
帝国がそんな人物を放っておくわけがないのです。
しかし、王国はギュエスト氏の引き渡しを拒否し、王国で生まれ育った者を、道具のように売り渡すことはできない、と拒絶してきたのです。
王国は帝国に逆らわない。
そのはずだったのに。
王国に拒否された帝国は、ギュエスト氏獲得のために秘密裏に動き出しました。
ここで、帝国がギュエスト氏獲得に動いていることを、サイクス伯爵家が知らなければ、私がドライヴァーと共にに派遣されることはなかったのです。
しかし、情報の経路は不明ですが、サイクス家はギュエスト氏の存在を知ったのです。
長きに渡り、帝国の槍であった誇り高きサイクス家は〝国を捨てた許しがたい娘の子供〟であり〝サイクス家を没落させた娘の子供〟の存在が許せなかったのでしょう。
サイクス伯爵家は飼っていた〝掃除屋〟を、王国へ送り込んだのです。
伯爵家には〝掃除屋〟がいる。
それを知ったのは、私が大人になってからでした。
しかし私は、その人を知っています。
何度も遊んでもらったことがあるのです。
その人の名前は〝ジェレマイア・ヘイスティングズ・サイクス〟。
私と六歳しか年の離れていない、若い叔父さんで、母の一番下の弟。
そして、養子や婚姻で子供達がいなくなったサイクス家に、たった一人残された子供。
サイクス家の醜聞を闇に葬る掃除屋。
——サイクス家の〝掃除屋〟が〝ヨドクス・ギュエスト〟を狙っている。
〝掃除屋〟の存在を王国に知られる前に始末せよ——
これが、ドライヴァーに与えられた任務でした。
ドライヴァーが言うには「掃除屋を殺すついでにヨドクス・ギュエストも殺していいって話だけどね」とのことです。
掃除屋を始末するのは、オスフェデア王国に対して優位性を保ち続けるため。
ヨドクス・ギュエストに手を出さないのは、オスフェデア王国を食料庫として確保し続けるため。
帝国が大国であるとはいえ、戦争で減った働き手は簡単には増えはしませんし、帝国の国土は作物を作るには向かないので、どうしても王国からの輸出に頼るしかないのです。
私は、自分の手に負えないこの件を、知らないふりするべきだったのでしょう。
望まれた役割である〝従順な貴族出身の使節〟として振舞うのが正しい選択です。
しかし、顔も知らない従兄弟であるギュエスト氏に、危険を知らせるくらいなら、と思ったのです。
会ったことがないとしても〝掃除屋〟である叔父は、ギュエスト氏の叔父さんでもあるのですから。
叔父に甥が殺されるなんて、許されることではありません。
子爵家令嬢や、諜報、特務部隊の隊員なんて肩書きがあっても、誰も救えない。
私は国のために、家族や大切な人を救うために、自分の人生を捧げてきたというのに。
全てはこの想いに動かされた、突発的なものでした。
私の動きが不審である、と実働隊のトップから尋問を受けたのは数日前。
あくまで使節に対する節度を保っていてなお、厳しい視線を向けてくる総隊長と統括部隊長のお二人に、私は何もかもを洗いざらい話すことしかできませんでした。
そして今日、私は、従兄弟に会うことができたのです。
◆
噂に聞いていた鮮烈なまでの鮮やかな黄色の髪は、深くかぶったフードに顔と一緒に隠されて、背が低いと聞いてはいたものの、子供のような背丈を見てしまうと驚きが隠せませんでした。
「初めまして」
フードの下から聞こえてきたのは、低い背丈にしてはやけに落ち着いた男性の声で、違和感しか感じませんでした。
さらに、ギュエスト氏は帝国官憲ではないので、精霊と契約を行なっていないはずなのに、私のナーティが彼に甘えるようにじゃれついたのです。
精霊が契約者以外に甘えるなど、見たことも聞いたこともないというのに。
ギュエスト氏には、精霊の姿が見えていなかったようですが。
一体、何歳なのか?
どんな人物なのか?
声を聞くに、男性なのは間違いなさそうですが、年齢がよくわからないギュエスト氏に、どうにかして叔父のことを話したいと願いましたが、そのチャンスはサッセン隊長に邪魔されてしまいました。
自らが撒いた種とはいえ、私は第八隊のお荷物になっています。
使節という肩書きを利用して、隊員として負う責務と任務を放棄して、ドライヴァーを追いかけ回していたツケが、ここにきて表面化しているだけ、と理解しています。
受け入れようとしてくれていた第八隊の隊員たちの善意を、私は自分から踏みにじったのですから。
この場では素直に引き下がることにして、考えを巡らせました。
私はナーティにお願いして、ギュエスト氏の動きを追いかけてもらうことにしました。
第一隊の控え室の前で彼が戻るのを待っていると、なぜかは分かりませんが、ギュエスト隊長は本部の建物内を歩き回り、ようやく控え室に戻ってきました。
話しかけようとして、何を言えばいいのか、分からなくなりました。
帝国の内情を漏らしている時点で、私は犯罪者です。
叔母と同じ反逆者になったのです。
もう、帝国に帰れないかもしれません。
それでも自己憐憫の甘さに浸って、自己保身に走り、何も見なかったことになんてできません。
国に所属する者としては、間違っています、身を滅ぼすほどに、選んだ道を誤っています。
しかし私は誇り高きサイクス伯爵家の血と、武辺者から成り上がったムーン子爵家の血を引いているのです。
家族、血縁の者を守るのが、長女であり、次期家長を継ぐ私のすべきことなのです。
人としてのあり方と愛国心が天秤の両側に乗っていて、心が揺れ動いているのは事実ですが、私はもう選んだのです。
生まれ育った愛する国だからこそ、薄汚い方法に手を染めることを良しとしないでほしい。
どこまでも透過して見えるような清廉潔白は無理でも、臣民に我が国は真っ当な道を歩いているのだ、と示してほしいのです。
上辺だけを虚飾で美しくしているのでは、帝国の礎石として生きることも辛いだけです。
これが独りよがりの綺麗事に過ぎないとしても、愚かと罵られても、反逆者と恨まれても、たとえお母様に泣かれたとしても、私は、自分の心を貫かなくてはいけないのです。
それが私がナーティとの互助契約の際に誓った〝誓言〟なのです。
精霊魔術士として歩むと決めた時に、私は間違いを「間違っている!」と声に出すことを決めたのです。
愚かな選択をしたと理解しています。
子供の振りかざす正義感だと言われても、反論できません。
間違っていると言われても、精霊との契約を破棄しない限り、この誓言は曲げることはできないのです。
精霊は嘘を嫌います。
心からの誓いでなければ、彼らは力を貸してはくれないのです。
精霊との誓言を破る時は、死ぬ時。
それはすべての精霊術士にとっての常識。
命がけで守る誓いこそ、精霊の信用を得るために必要なもの。
イルギジャラン帝国が、精霊施行魔術を自国の外へ広めないのは、発見されている精霊の数が少ないこともありますが、誓いを破ると死んでしまう精霊魔術士を守るためでもあるのでしょう。
「……ギュエスト隊長」
「ムーン、さん」
なぜか戸惑ったように〝さん〟をつけられ、戸惑いました。
その時、契約精霊の〝ナーティクラウデェパッピ〟が、私にフードの下のギュエスト隊長の容姿をイメージとして送ってきました。
癖のある柔らかそうなミモザ色の髪を後ろに撫で付け、黒目がちで大きな瞳を戸惑うように瞬かせる、気の弱そうな幼い顔立ちの少年……そんな、嘘でしょう?
子供?
どうみても未成年の子供が、魔物を駆除する任務に奔走しているというの?
「お話を、させていただけませんか?
できれば、総隊長室で」
考えるより前に、体が動いていました。
本当に私の悪癖です。
でも、後悔も反省もしません。
まさか、ギュエスト氏が、まだ幼い子供だったなんて。
記憶の中で優しかった叔父に、彼を殺させるわけにはいかない。
何としても、ギュエスト氏と叔父を守らなくては。




