6ー5 出会い
「おう、連れて来たぞー」
サッセン隊長の言葉が終わる前に、ブワッと室内の温度が上がったのを感じた。
「待ってましたぁっ!!」
「ほ、本物だああ!?」
「いらっしゃいませぇっ」
「うっひゃあ!ちっちぇえ!!」
外見は第一隊の控え室とそっくりな扉が開かれると、フードが取れそうな風圧と共に、見知らぬ隊員たちが飛びついてきて、思わず後ずさってしまう。
野太い歓声をあげられても、どう反応しろってんだよ。
あと最後の奴の発言が失礼すぎる。
フードが取れなくてよかった。
本部の中ではゴーグルをはめていないので、素顔が見られてしまうところだった。
「お茶と珈琲、どっちを飲まれますかァ?」
「おやつは甘いのと辛いの、どっちがお好みですかぁ?」
髪色、瞳が杜若色で髪型以外そっくりな女性二人組が、するすると背の高く横幅のある隊員たちをかき分けてすぐ目の前にやって来る。
初対面なのに近すぎる。
制服は一番上のボタンまで閉めておかないと魔術的防御能力が落ちてしまうのに、何で無駄に胸元を開けているんだ?
それより何より、やっぱり近すぎる!!
なんで膝を折って腰を屈めてにじり寄ってくるんだ!?
「サ、サッセン隊長、失礼するっ」
これ無理!と開いたままだった扉から逃げ出した。
「……はぁ」
廊下に逃げ出したものの、好意で誘ってくれた(と思われる)サッセン隊長に悪いことをしたか、と気になって自室に戻るわけにも行かずに戻ってきてしまった。
何か用があったのかもしれないし。
先に用件を聞いておくべきだった、と思いながら、閉めてしまった扉を叩くこともできずに、ためらっていると。
「うちに何かご用ですか、ギュエスト隊長?」
背後から、冷たい氷を思わせる女性の声がかけられた。
〝解析〟を使いながら振り返ると、そこにはダークレッドの髪とフォレストグリーンの瞳の女性が立っていた。
氷の下に水草や魚が見えるように、肌の下の血管が透けて見えそうな艶やかで白い肌。
触れるだけで溶けてしまう薄氷のように繊細で、端麗な顔立ち。
身長はラウテルさんとほとんど同じだが、女性らしい体型をしているのが、市街地用制服を着ていても見てとれる。
髪と瞳の色からも、明らかにオスフェデア王国の出身者ではないが、口にしたのはオスフェデアの言葉。
この女性も第八隊の隊員なのだろうか?
解析結果では上の下の適性区分、しかし、何かを側に連れているような気配を感じる。
熱を持った風圧とでもいうか、うまく説明できないが、何かがそこにいる。
説明できないけれど、どこか懐かしい気配。
「初めまして、クリスタル・F・ムーンと申します。
イルギジャラン帝国より友好の使節として、先月より出向いたしております」
イルギジャラン帝国。
〝精霊施行型魔術〟を専有し、文明の遅れた地の多くを植民地化している強国の使節。
王国が、戦勝国である帝国との間に、戦前から各種友好条約や通商条約を結んでいるのは知っている。
当然のことだが、国力では叶わない。
オスフェデア王国はイルギジャラン帝国の食料庫として、侵攻を免れているのだ。
海戦大国イルギジャランと、オスフェデアの背後を覆う強国ジァラニヴィクが牽制を続けているから、友好的な関係が築かれている、と行っても過言ではない。
これは総隊長からの受け売り知識でしかないが。
故に彼女が、何らかの理由で送り込まれた諜報員だとしても、驚きはしない。
「初めまして」
言葉を返すと同時に、ふわり、と窓もないのに動いた風が頬を撫でていった。
ムーン隊員の瞳が何かを追いかけるように動き、驚いたように目を見開く。
「……それで、どのようなご用でしたでしょうか?」
「いや、用があるわけでは……」
サッセン隊長に強引に連れてこられた、と言ってもいいけれど、何も知らない女性相手に言いづらい。
知らない隊員たちがグイグイくるのにビビって逃げ出した、とはさらに言いづらい。
……オレって本当に人見知りなのか、ダサすぎる。
「なんだよお前ら、おれのせいにするなよ、あ、まだいたのか!」
第八隊の控え室の扉が開き、サッセン隊長が姿を見せる。
明らかに安堵した様子の顔が、ふとムーン隊員に向けられると、隊長の顔に今までに見たことのない表情が浮かんだ。
「こんなとこで何してんだ?」
言い捨てるサッセン隊長の顔にあるのは、もしかしたら嫌悪か?
それは、お世辞にも他国からの使節に対する態度として相応しいとはいえず、オレは戸惑うことしかできなかった。
人当たりの良さはクサンデルと同じ、と思っていたサッセン隊長が、明らかに女性に対して不機嫌な表情を浮かべていることに戸惑いつつ、この場の空気を何とかすべきか迷う。
オレには関係ない、とはいえないのか?
使節でもあるこの女性は第八隊の隊員のようなのに、サッセン隊長の態度は部下に向けるものらしくない。
一方の女性も、鮮やかな緑の瞳を細めて、相手に警戒していることを分からせるように口元を引き締めている。
「ムーン殿、悪いが、あんたの仕事はないよ。
どこかで休んでいてくれ」
「了解しました」
口を挟めないまま、険悪な雰囲気の二人はそれぞれに背を向けあう。
「さ、ギュエスト隊長、中に入ってくれよ」
「……申し訳ないが、またの機会にする」
「お、おいっ」
サッセン隊長には申し訳ないが、オレは自分の心に従うことにして、第八隊の控え室を後にする。
追うのは、先ほどの氷のような透き通った声を持つ女性、ムーン隊員だ。
女性隊員しか入れない区画に入られると困る。
まずは周囲に〝探索〟を広げてみるが、隊員ばかりの実働隊本部の中で、一人を見つけるのは無理だった。
時間的に〝周辺検索〟は使えないので、これ以上は自分の足で探すしかない。
別棟に向かったとすれば、見つけられる気がしない。
なんというか、誰かに見られているような、何かがまとわりついてくるような感覚を覚えつつ、ウロウロと周辺を歩いてみる。
当たり前だが、ムーン隊員が見つかるわけもない。
しばらく腹を減らした熊のように本部の中をうろついた後、諦めて第一隊の控え室へと戻ると、控え室の前に、誰かがいた。
「……ギュエスト隊長」
「ムーン、さん」
別の隊の隊員を何と呼べばいいのか、を知らないことにここで気がついた。
名前と肩書きで〝〜隊員〟って呼ぶべきなのか。
とりあえず、年上の相手なので〝さん〟をつけてみたものの、ひどくぎこちなく聞こえたことだろう
「お話を、させていただけませんか?
できれば、総隊長室で」
おずおずとかけられた思わぬ言葉に、その場で立ち尽くしてしまった。
彼女の望みは不明のまま、二人きりでないのなら、危害を加えられることはないだろうと了承する。
面会予定はないままに総隊長室に向かうと、いつも通りこちらに視線を向けない総隊長と、統括部隊の隊長さん?が迎えてくれた。
「お茶をどうぞ」
「ごちそうになります」
「頂戴します」
ここ数ヶ月で、完璧に調度品の配置まで覚えてしまった総隊長室だが、お茶を出されたのは初めてで、何かの罠なのかと疑ってしまう。
「ギュエスト隊長に話したのですか?」
「いいえ、まだです」
隊長さん?の言葉にムーンさんは眉を寄せ、まるでフィンケ副隊長のように渋い表情になった。
美人の眉間にしわが寄っていると、妙な迫力があるので、やめてくれないだろうか。
「まずは、謝らせてください」
「……」
なんで謝られてるんだ?と思っている間もムーンさんは言葉を止めない。
全ての事の起こりは、オレの両親が出会った事。
そして、二人が恋に落ちた事。
そんな風にムーンさんの話は始まった。
◆ ◆
◆ ◆
イルギジャラン帝国は、古くより続く、強い国です。
私の名前は〝クリスタル・フォレスター・ムーン〟。
ムーン子爵家の長女であり、帝国の諜報、特務部隊の隊員です。
精霊施行の才能を見初められた私は、幼少時から特務部隊の構成員候補として訓練を受けていました。
幼い頃は、大人になったら国のために己の才覚を使う!、と意気込んでいたものです。
周辺諸国の言語や文化を学んできたものの、これまでは、裏方としての仕事しか与えられることはありませんでした。
それなのに何があったのか、突然のオスフェデア王国行きを命じられました。
オスフェデア王国は国土は小さいですが、帝国の食料庫と言っても遜色のない国であり、ジァラニヴィクに占領されるわけには行かない重要な友好国です。
ようやく自分の努力と実力が認められたのか、と思うと同時に、何か裏があるのではないか、と怖くてたまりませんでした。
相方兼従者として、共に行動することを命じられたのは、同じ特務部隊の隊員〝エマニュエル・ドライヴァー〟でした。
彼が、供につけられたことで、一つだけわかったことがありました。
私の使節派遣には〝裏〟がある、のです。
ドライヴァーは、特務部隊で一番と言ってもおかしくない精霊魔術士です。
赤みの強いファイアブリック色の髪、深く濁った沼の底を思わせるダークグリーンの瞳。
いつもヘラヘラしていて、底の見えない瞳が非常に不気味な男性です。
オスフェデア王国に来てから、事あるごとに彼に似ていると言われるのは、非常に心外です。
この国の人々は、青みがかった髪と瞳の人々がほとんどなので、髪と瞳の色がちょっと似ているだけで、人を見分けられなくなるのでしょうか?
それとも、目がおかしいのかもしれません。
……こんな話をしたかったのではなく、ドライヴァーの負っている任務の話です。
私は赴任してから、配属された隊の人々の不興をかっているのを知った上で、ドライヴァーの周りをうろつきました。
おまけの従者としてついて来たドライヴァーには、実働隊の本部に席はありません。
彼は私の部下ではないので、知らせる事なく何かをしているとしても、報告義務すらないのです。
いくら腕の良い精霊魔術士であっても、ドライヴァーは庶民出。
〝帝国からの使節〟に庶民出を選出することなどありえない以上、反抗的でない貴族出身の隊員を、ドライヴァーの任務のおまけとして使節に、という考えだったのでしょう。
今回の使節は、ドライヴァーがオスフェデア王国に来るためのものであり、おまけは私の方。
私は、使い勝手の良い駒でしかない。
その真実が、ひどく苦しいのです。




