6ー4 不穏な空気
「隊長、総隊長から呼び出しが入りましたよ」
「了解した」
報告書を提出して戻って来たヘインシウスに、伝言を告げられた途端に重たくなった体を引きずって、総隊長室へと向かう。
また、学院生活の報告をしなくてはいけないらしい。
報告なんて一巡りに一回で十分だと思うのに、数日おきに呼び出される。
でも、いっつも同じ報告をしている気がする。
いつでも「特に報告するようなことはありません」としか言えない。
「ヨドクス・ギュエスト第一隊隊長、入室いたします」
扉を開けて最敬礼をとりながら、禿頭男性の喉元に視線を固定する。
珍しくこちらを見ていたハーへ総隊長は、こちらには興味なさそうに手元の書類へと目を向けた。
「学院での生活はいかがですか?」
声をかけて来たのは、いつも総隊長の部屋にいる総括部隊の隊長さん?だ。
眠たい猫によく似た雰囲気であることに安堵を覚える。
安定の癒し系であることに安心してしまう。
「特に報告するようなことはありません」
今日もいつも通りの報告内容だ。
普通の任務の報告書は決められた書式に従って書いているが、学院に通うことは個人的な任務だ。
なぜかは知らないが、報告書として提出を求められることはなく、口頭でのやり取りで終わっていた。
「そうですか」
なぜか、そう答えた隊長さん?の顔が寂しげに見える。
以前、友人を大事に、と助言をくれたことと関係あるのだろうか。
「級友たちとは会話もしますし、試験も課題もこなしています。
学院生向けの循環特化型魔術の習得も、少しずつですが進めています。
支部の隊員たちと会話をすることはないので、問題はありません」
他に言っておくことはあっただろうか?
……思いつかないな。
「そうか、楽しそうで何よりだ」
ハーへ総隊長が低い声で答え、視線で何かを伝えようとしてくる。
珍しい、いつもは何を言っても「そうか」で終わるし、説教以外でこちらに目を向けることが少ないのに。
すると、隊長さん?が顔を曇らせて、若干言いにくそうに声にした。
「近々、学院を長期に渡り休んでいただく必要が出てくるかもしれません」
「……はっ」
これまでに出張任務が予告される、なんてことはなかった。
竜種暴走が発見されたら、速やかに行動に移すのが当たり前なので、事前の告知はしようがない。
学院に行けなくなるのか、行ってはいけないのか、どちらにしても嫌な予感しか覚えられない。
「今後の流れはわかりませんが、意識だけはしておいてください」
「はっ」
最敬礼をして、総隊長の執務室を後にした。
そのまま第一隊の待機室に戻ってきたが、誰にも相談できない、という結末に落ち着いた。
任務?の詳細を教えられていないのに、一人で考え込んでいても仕方ない。
気持ちを切り替えるために、食事を摂ることにした。
空腹で色々考えるから、思い悩むんだ。
悩んだ時は思い切り体を動かして、お腹いっぱい食べれば悩みなんてどうでも良くなる。
……現実逃避だけどさ。
「こんにちは」
「あら隊長さん、今日の日替わりはポテトフライとウインナー、ポテトサラダと豆スープだよ」
「サラダと豆スープ、野菜大盛り、チェダー追加」
「はいはい、いつもと同じね」
寒季という季節柄、日替わり定食は毎日のように、保存性の高い芋料理が並んでいる。
ちなみに新芋の季節にも毎日、芋料理ばかりになる。
新鮮な魚介類が豊富な時期でもあるので、芋と魚ばかりと言ったほうが正しいのか。
休みの日にクサンデルに教わっているのも、オスフェデアの郷土料理だ。
年間を通して安価で食べる機会の多い、基本の芋料理から教えてくれるので、作れるようになった料理も芋料理ばかり。
地道に料理を教わることで、オレは皮むきのたびに芋に逃げられ、不必要な傷を手に作りながらも〝葉野菜入りポテトサラダ〟と〝ポテトフライのマヨネーズソース添え〟を作れるようになった。
マヨネーズソースは、店売りのものを買ったほうが早い上に美味いという結論に達した。
料理を習うことで、食堂のおばちゃんたちに対して、今まで以上の感謝の気持ちを持つようになった。
それまで知らなかった、すぐに逃げだす芋と格闘しながら調理してくれているという事実に気がついたからだ。
保存性の良い食料品の代表は穀物類、豆類、芋類だという程度はオレでも知っているし、一次産業で国を守っているオスフェデアでは穀物類は輸出品目の第一位になる。
周辺国家が戦争で疲弊している間も、せっせと作物を作り続けて、食い物をチラつかせて飢えた他国同士を牽制させて侵略を防いだこの国は、オレが知らないだけで外交がものすごく上手い国なのかもしれない。
とにかく、オスフェデア王国では芋、豆が同列一位、次点で穀物が多く食べられている。
穀物の多くが国外に輸出されてしまうので、一大穀倉国なのに地元の人間は芋と豆ばかりというのは、本当に矛盾していると思う。
パンは美味いけど、一日に一回は芋か豆の料理が食いたい。
芋と豆でオスフェデア国民はできている気がする。
「はいよ、お待たせ」
「ありがとう」
そういえば以前に露店で買った焼き菓子は、北区の名物らしく、おばちゃんたちの評判が良かった。
あれ以来、時々お土産にしているので、露店のおじさんに顔を覚えられた。
そしておまけをくれるくらいには仲良くなった。
知らないおじさんと仲良くなってどうするんだ、と思っているものの、毎回サービスをしてくれるからついつい同じ露店にいってしまう。
何度も行くうちに感心したように「孝行して偉いな」と言われたので、曖昧に肯定しておいた。
食堂のご飯はあいからわず美味しいのに、学院で友人たちと過ごすひと時を知ってから、やけに味気ない。
味は変わらないはずなのに、なぜだろう。
空きっ腹を抱えていては何もできないので、大盛りを食べるのは変わらないけれど、一人で食卓につくことが虚しい。
食堂で夕食を終えた後は、本部での待機当番も終わって勤務終了なので、第一隊の控え室に片付けに戻る。
現在、控え室は無人だ。
何もせずに座っているのが苦手な隊員たちは、報告書を書いたり昼寝するなどの用がない限り、控え室に寄りつかない。
外は寒いので大抵は屋内鍛錬場かトレーニングルームにいるか、遊戯室でたむろしているはずだ。
オレは今、昼夕の待機当番期間中だ。
本当なら待機当番中も自室で過ごしたいものの、オレが本部内に住んでいることは、第一隊の隊員たちと、総隊長、総隊長室付きの統括部隊の隊長さん?くらいしか知らない。
行方不明になった!と誤解されたり、居場所を探されると困るので自室にはこもれない。
書類の片付けが終わったら自室に戻って、風呂が空く時間まで茶でも飲みながら教科書を読もうと思っていたら、控え室の扉を叩く音がして、戸口から大男が姿を見せる。
「よう、ギュエスト隊長はいるか?」
白髪混ざりの短く刈り込まれた青い髪と、機嫌よく細められた瞳の人物も、ここ半巡り強で随分見慣れた。
見慣れたというよりも、クサンデルと一緒にオレの料理の先生になっているせいで、ものすごく気安く話しかけてくるようになった。
調理中の不器用なオレの手つきを、憐れむような顔で見てくるのが気に入らないが、父親ってこういうものなんだなーと感じる機会も多い。
「サッセン隊長」
「なあ、暇か?」
「勤務明けだ」
「そっか、そんなら暇だよな」
「……」
誘いを断る理由が、教科書を読み込みたい、では弱いだろうか。
長期休暇前の試験の結果について、総隊長から直に言及されることはなかったけれど、未だに学ぶ必要性が理解できない国歴を教えて欲しいと、クサンデルに頼んだ時に「得意と不得意がしっかり別れてんなぁ」と言われたのだ。
傷ついたわけではないけれど、得意や不得意ではないと言い返しにくかった。
問題の読み解き方が分からないだけだ。
自室でお茶を飲むから忙しい、もおかしいよな。
早すぎる夕食も食べてしまったし、鍛錬して時間を潰そうにも、屋外鍛錬場は寒風が吹き荒れているので行きたくない。
室温が管理された屋内鍛錬場とトレーニングルームは、人でいっぱいだろう。
そうなると、できるのは魔術鍛錬だけで、本日の分はもう朝のうちに済ませてしまった。
「ちょっと付き合わね?」
「……」
「なに、悪いようにはしないって」
クサンデルに似ている、いや、息子のクサンデルの方が似ているのだが、目が細くなり無くなってしまうような、愛嬌たっぷりの笑顔を向けられてしまうと、拒否しにくい。
サッセン隊長とは、これまで本部内で接点を持っていなかったので、誘いに乗るべきか迷う。
正直いうと、勉強以外の予定がないのは事実だ。
教科書を読んでしまったら、循環特化型魔術の未訳本の翻訳に挑戦しようか、と考えている程度には。
術式の理解の前に、まずは術式を説明しているジァラニヴィクの言葉を翻訳しないといけない。
辞書と首っ引きで単語をひとつずつ調べていくのも、なかなか骨が折れる。
会話はできるけれど、文字として書かれたジァラニヴィク語には明るくないので、文章と単語がうまく繋がらない。
ある程度文章の内容を理解できたら、その後は魔術術式の構築でよく出る簡単な単語一覧表、でも作ろうか、と本気で思い出している。
まずは単語を覚えないと使えないとはいえ、「〜を」や「〜に」、「〜する」や「〜を出す」などの、ほとんどの術式で必要になる単語をまとめておけば、覚えやすいだろう。
と、こんなことを考えている間も、サッセン隊長はこちらの様子を伺うように、黙って待っている。
なおさら断りにくい。
「わかった」
「よっしゃ、じゃ、出張が入った時のために書き置きだけしといてくれよ。
第八隊のとこ行くってよ」
「……」
え、二人じゃなくて、第八隊の控え室に行くのか?というオレの表情に気がついたらしく、サッセン隊長は眉を寄せた。
「前から思ってたんだが、もしかして人見知りか、人嫌いなのか?」
ごまかされるつもりがない表情のサッセン隊長の言葉に、渋々と肯定を返す。
「……人が多いところは苦手だ」
四年前まで〝見知らぬ他人〟がいない環境で育った。
相手に他意がないとしても、鼻息荒く近づいてくる巨躯の隊員たちを、好きになれるはずがない。
「おいおい、筋金入りの箱入り坊ちゃんなのは知ってるけどもよ、男は度胸ってもんよ」
「意味がよくわからない」
そう言いながらも、豪快すぎるサッセン隊長に引きずられるように、一度も足を踏み入れたことのない第八隊の控え室へと向かう。
本部の四階は第一〜第八隊の控え室兼、執務室になっている。
広い控え室の中に、隊長と副隊長たちの執務を行う場所が区切られている、という形になり、待機当番の隊員などが過ごしていたり、休憩していたりするのに使われている。
とはいえ、オレは第一隊の控え室以外に入ったことはない。
顔を覚えてもいない第八隊の隊員たちが友好的ならいいが、と漠然とした不安を抱きつつ、廊下を進んでいった。




