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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
五 信用と友人
35/96

5ー3 初めてのお呼ばれ

 





 たっぷりと深皿に盛られたとろとろのシチューに、大きな白ウインナーが添えられている。

 やっぱり日替わりは最高だ。


 受け取った料理を机に置いて、周りを見回す。


 オレは食前の祈りというものをしたことがない。

 戦い方や魔術を教えてくれた教師たちは他国の出身者だったし、使用人とは話したこともない。

 だからオスフェデア王国を出たことがないのに、風習などがわからない。


 目の前でクサンデルが「今日の糧を神の御恵に〜」とかやってるのを見てしまうと、一人だけ先に食べ始めるのが申し訳ない気持ちになる。

 申し訳なくなるだけで、勝手に食べ始める。


「んー、うまい」

「あ、抜け駆けすんな!」

「ねえヨー君、ベルラシュア王国って、食前の祈りをしないの?」

「それって国に関係あんのかよ?」

「おかわり買ってくる」

「ちょ、速すぎねぇ!?」


 なんだかんだ言いながら、こうやって大勢で食べる食事は楽しい。

 本部の上級隊員は貴族階級の出身者が多いので、食事の作法にも気を使う。

 マナーなんて教えてくれる人がいなかったので、本部での食事は人が多い時間帯を避ける程度は周りに気を使っているけれど、少なくともこの四人は、オレの下手くそな食べ方を気にしている様子はない。


「にしても、ちっこいのによく食うよな」

「小さい言うな」

「いや、ヨーが一年生の中で一番ちっさいんじゃない?」

「ハァ?これから伸びるから、な?」

「ちょ、待てって、お前本気で怖いから」


 イケメンのくせに、色々と抜けていることや失言が多いロキュスが青ざめるのを見ながら、ため息をついた。

 いけないな、小さいって言われるのはいつものことなのに、過剰反応してしまった。


 普段は頭一つ以上デカイ上に、横幅も厚みも二倍以上の奴らに言われるから、悔しいとか思えない。

 彼らがデカくなるだけの経験と、鍛錬を積んでいることを知っているので、悔しいとも思わない。

 しかし、同年代の学院生達はそこまで背が高くないし細いので、なんだか無性に悔しい。


 鍛錬は欠かしてないし、栄養も取ってる。

 それでも定期検診の数値は四年前と全然変わってない、体重は筋肉量が増えたという数値通りに重たくなったけれど、身長は全く変わってない。

 のどぼとけは目立たないし、声も低くならないし、ひげだって生える予兆すらない。


 両親の肖像画を見る限り……絶望的なのか?

 オレの見たことのある両親の肖像画は二枚。

 おそらく正装姿で二人が揃っているものと、知らない人ばかりの中で戦う格好をしている絵。


 集合肖像画の両親は二人揃って、背が低かった。

 いや、オスフェデア国民の背が高いのか?

 あの絵が実物を模写しているなら、オレの身長はここで打ち止めなのか!?

 イヤだ、見下ろされるばかりの人生なんてー!!




  ◆




 講義が終わり、帰ろうかと思っているところでクサンデルに話しかけられた。


「今日は親父が帰ってくるんだ、良かったら会いに来ないか?」

「え……なぜ?」


 会いたくないと言うより、なぜ会わせたいのか?と思いつつ、隊員たちと同じように頭一つ以上、上にある頭を見上げた。

 隊員と違って、クサンデルは細いから威圧感はないし、笑うと目がなくなって愛嬌がある。

 奸計を巡らせるタイプじゃないから、オレを騙してどうこうということはないと思うけれど。


「そこは、お楽しみってやつ」

「……少し待ってくれないか?」


 前回の竜種暴走の後で、オレは任務に必要な装備を全て学院に持ち込むことにした。

 毎日のことなので余分な荷物でしかないが、フィンケ副隊長に上級隊員用の男性更衣室の個人ロッカーと自室を漁らせるのは、悪い気がしたからだ。


 決して片付けていない部屋の中を見られたくないから、ではない。

 ニュマン副隊長ならいいというわけでもないし、他の隊員に見られるのもあまり望まない。

 肉体労働専門の男しか使わない場所だから、更衣室自体がかなり汗臭いし。

 私物なんてほとんどなくても、一応は私室だからな。


 クサンデルたちには「見習いだから専用のロッカーがない」とごまかしたが、アルナウトが「本物の制服!!見せてくれ!」と目を輝かせてにじり寄ってきたので本気で焦った。

 これまでに体液を浴びまくっているせいで全体的に色が変わっているし、匂いもちょっと残っている(気がする)上級隊員の戦闘用制服は見せられない。


 その時は洗濯してない!とかなんとかごまかして、翌日、広報に頼んで用立ててもらった見学者(子供)用の市街地用制服の上下を見せたら「本物だっ!すげー!!」って興奮されてしまって、記念撮影用の制服だってことがバレないといいな、と思った。


 話を戻して、つまり、オレは学院に個人携帯用の無線通信機も持ち込んでいる。

 これで緊急時に通信ができる!と思っていたが、残念なことに学院と本部の距離では携帯通信機が通じなかった。

 オレには遠くへ通信を送るのに必要な適性が足りていないので、遠距離通信には設置型の有線通信機が必要になる。


 というわけで教職員室でラウテルさんを捕まえて、据え置き型の通信機へ案内をしてもらった。


 学院生は緊急時を除き、基本的に使ってはいけないそうだ。

 そうしないと私用で使いたがる学院生が増えるし、そもそも通信用魔術具を使うのに必要な魔力が、学院生には足りないらしい。

 学院内に設置されている通信機が、魔力変換効率の悪い古い型だからと言われたけれど、教員でも魔力が少ない人は使えないってことにならないか?


 実働隊の本部は、何重もの結界を魔術具を使って重ねてあり、外からの魔術を防ぎ、中で使う魔術も漏れないようにしている。

 これがあるから鍛錬を心置きなくできるし、盗撮や盗聴を過剰に心配しなくていい。

 本部本棟一階の、情報公開をしている広間までは簡単に入れるけれど、そこからは屋外鍛錬場はおろか屋内鍛錬場やトレーニングルームも伺うことはできない。


 過剰なまでに外部から遮断されている、本部内との連絡で必要になってくるのが、番号指定の有線通信だ。

 結界の外に設けられている警ら所に通信隊員が控えていて、外部からの通信を中へ取り持ってくれる。




「こちらは実働部隊第一隊のギュエストだが、第一隊のニュマン副隊長か、フィンケ副隊長に繋いでもらいたい」

「はい、少々お待ちくださいっ」


 なぜか受け答えをする通信隊員の声が震えている。

 魔術具で渋くて男らしい声に変えているのに、何かおかしいのか?

 外から通信を入れるのが初めでで、おかしいのかどうかわからない。


「はい、ニュマンです、通信変わりました。

 隊長、何かありましたか?」

「任務には関係ないが、助言が欲しい」

「ぇ?あ、はい、了解です」

「級友に父親に会わないか?と誘われている、行っても良いのか知りたい」

「え?………えー、そうですね、構わないのではないでしょうか」

「特に規定はないか?」

「ええ、そういう規則は聞いたことがないです(というか、隊長の他に未成年がいないので、そんな規則はないです)」


 やはり、連絡をして正解だった。

 叩き上げで規則にも詳しいニュマン副隊長なら、間違った判断をしないだろう。


「そうか、では、行くことにする。

 迷惑をかけた」

「いいえ、行ってらっしゃいませ」

「ありがとう」


 通信を切ってから、ふとラウテルさんに見られていることに気がついた。


「私用で通信機を使ってしまい、申し訳ありません」

「いいえ、どういたしまして(お友達の家に遊びに行っていい?って親に確認する、幼年学科の子にしか見えないって、どういうことなのかしら)」


 休日とはいえ、学院帰りに級友の家に行くことが、実働隊の規則に抵触していないことは判明した。

 クサンデルの父親がどんな人物なのかは知らないが、人の家に行くのは初めてだ。


「ビズーカーさん」

「はい」

「学院はいかがですか?」

「……」


 突然のラウテルさんの問いは漠然としすぎて、何を答えていいのか悩んだ。

 正直にいうと授業は退屈だが食事は美味しい。

 級友たちのことは、初めこそうざったいなと思ったがすぐに慣れたし、今では必要以上にからまれることもない。

 何よりもクサンデルたちは、すごく良いやつらだ。


 ここで意見を取り繕っても仕方ない。

 オレが何を言ったとしても学院が取り潰しになることはないし、意見が反映されるとも思わない。

 本音を言っても構わないだろう。


「楽しいです。

 楽しすぎて、つらい」


 偽りのない本心だ。


 こんなに、怠惰で平穏で変化がない日々があるなんて、考えたこともなかった。

 死ぬかもしれない、と覚悟を決めないでいい生活があることなど知らなかった。

 屈託のない笑顔に囲まれているのが楽しいなんて、知らなかった。

 誰かと共に、なんの役にもたたない話をするのが、なにも考えられなくなるほど愉快で腹が痛いほど笑えると……知りたくなかった。

 オレは学院生としての生活を知りたくなかった。

 楽しいことを、知るべきじゃなかった。


「いつ死んでもおかしくない自分が、この場にいて良いのか。

 近頃はそう思っています」


 オレが死んでも、学院生達には何も変化は起きないだろう。

 転入生が来て、去っていった。

 客観的に見ればただそれだけなのに、それが嫌だと思っている。

 任務を避けられない以上、死ぬときや場所を選ぶことはできないのに、クサンデル、アルナウト、ロキュス、フロール達に忘れられたくない。

 挨拶や、必要で言葉を交わすだけの級友だって、オレに敵愾心を抱かずに笑みを向けてくれるのだ。


 無理をしても学院に通いたいと思うほど、今の生活を気に入っているなんて、誰にも言えない。

 ただ毎日を生きていることが楽しいと、知らないまま生きていたかった。


「……ごめんなさい」

「なぜ、ラウテル先生が謝られるのです?

 これは自分の個人的な見解です、誰にも責などありません」


 オレの生活はこれからも変わらないだろう。

 死なずに学院を卒業できたとしても、運が良かったで済む問題だ。


 実働隊の傷痍除隊率は高い。

 いくら魔術や薬で傷の回復を早くできるといっても、手足の欠損までは治せない。

 魔術具の義手や義足はあっても、痛みに耐えて長期間のリハビリをして、五体満足だった時の動きをとり戻せ、というのはあまりにも酷だ。

 手足を失った時の痛みと魔物への恐怖が心に残り、二度と戦闘に準ずる行為自体ができなくなる者も少なくない。


 自分が例外だなんて思ったことはない。

 死ぬときは、あっさりと死ぬだろう。


「本当にごめんなさい」


 だから、なんで謝るんですか?と言おうと顔を上げ、言葉に詰まってしまう。

 ラウテルさんが泣いていたから。


「あの?」

「すいません、では、また明日」


 ごまかされた感じはするものの、ラウテルさんは足早に立ち去ってしまったので、追いかけても仕方ない、とクサンデルの待つ教室へ戻ることにした。



 

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