5ー2 羞恥心
転入して半巡りほどしか過ぎてないのに、もう学院生活の二期は終わりに近づき、学力テストの結果が出た後は終業式を挟んで寒月休暇を待つばかりだ。
こんなにしょっちゅうテストばかり受けていたら、卒業する頃にはテストの達人になれそうだ。
いつかは文章問題も解けるようになるんだろうか。
休みの前には毎回、今回のように何科目ものテストをするなんて、学院生はすごすぎる。
「ぼくはね、隊長さんがどんな人なのか知りたいな」
未だに性格のよく分からないフロールだが、いつもぼんやりのんびりしている様に見えても、意外と周囲を見ていると思う。
油断していると正体を悟られそうな予感がするので、フロールに向かっての言動には特に気をつけている。
フロールの生家は食料品を扱う商家らしく、店で新しく出す予定のシリアルバーなどの携帯軽食品を試食として分けてくれる。
そんな時はフロールに後光が見える。
おすそ分けはありがたくいただきます!!
「俺は本部の実働部隊員になるには、何をすれば良いか教えてもらいたいな」
「無理じゃない?本部に入るには魔術が使えないとさー」
こちらを見てないくせに、北区支部の使いっ走り(という設定)のオレを意識しているのがクサンデル。
話しかけてこないのは、オレの寝不足が勤務のせいだと察して、気を使ってくれているからだろう。
友人たちとそんな会話をしているアルナウトの手の中にあるのは、昨日発行のゴシップ誌〝 ローデルス〟だ。
オレはこの雑誌を出している出版元が嫌いだ。
以前に許可なく絵姿を乗せられて、静かな生活を邪魔されたから以外の理由はない。
有名人として諦めろ?有名税?
なんだそれ、冗談はやめてほしい。
オレは人前で素顔を晒して名乗ったことなんてないし、本部勤務の隊員にさえ顔を見られないように気を使っている。
騒がれるのは苦手だし、頑張って総隊長の意向を汲んでいるのに、この仕打ちは酷すぎる。
誠意をたっぷりと込めたごめんなさいの一言と、お詫びの大盛りご飯を奢ってもらわないと気が済まない。
向こうはオレが未成年だと知らないし、あちらも仕事ですので諦めてください、とフィンケ副隊長に諭されたけど納得してないからな。
うたた寝状態だったので、四人の会話をどこか遠くに聞いていた。
自室以外で気を緩めることは滅多にないけれど、オレは四組内に敵対勢力がないことを確認している。
転入前に受け取った要注意人物リストが、かなり当てにならないことも、すでに確認済みだ。
リストに載っている学院生の情報取得先が、学院教職員がまとめた過去の考課表からだったせいで、必要とする情報と食い違いすぎていて使えない。
一般から逸脱した思想を持った人物はいないか?とか、反社会的な性格の人物が紛れていないか?とか知りたかったのに。
教職員に関しても、過去の犯罪歴とか危険思想の持ち主かを知りたいのに、これまでの勤務態度とか入れられても困る。
四人が盛り上がっている雰囲気だけを、楽しそうでいいなぁ、と半分眠ったまま思った時。
「「「「(やっぱすごいよな)ギュエスト隊長!」」」」
「はっ!」
四人揃っての突然の指名に思わず返事をして、立ち上がりながら略式敬礼までしてしまった。
「な、何やってんだ、ヨー?」
「……ぁ、え、えーと、面白い、かと思って?」
四人だけでなく、周囲にいた級友にまで注目されて、平常心がゴリゴリ削られる。
一瞬で目が覚めた。
学院内は平和だからと、気が緩みすぎだ!!
「何が面白いって?」
「いや、あの、なんの話をしてたんだ?」
「コレだよ、コレコレ!すごいだろっ!!」
笑顔のロキュスに押し付けられのは、カラー刷りの巻頭見開きページ。
そこには大きく〝第一隊のギュエスト隊長の魔術適性に迫る!!〟と書かれている。
もちろん、オレの絵姿(想像半分、背丈と髪あたりは本物準拠)付きだ。
顔をゴーグルとネックウォーマーで隠している絵姿なので、似ているかどうかすら分からない。
オレはこの雑誌を購読してない。
一冊分にしかならないが、不買運動と受け取ってもらって構わない。
第一隊の隊員たちもオレに気を使っているのか、読んでいる姿を見たことはない。
そもそも、自分の有る事無い事が書かれているのを、金払ってまで読んでどうするんだよ。
自分大好きならともかく、嘘だらけの上に推測のでっちあげを真実のように書かれているのが、恥ずかしくて仕方がない。
顔を隠していて本当によかった!
「何だこれ?」
「なんだよ、本当に知らねえの?
先月の終わりに壁の近くで活躍したって、読売に出てただろ」
アルナウトの興奮した口調に負けて頷くことしかできないが、なんだそれ、知らないぞ。
多分その読売が出た時には、まだ指一本動かせず、呻くことさえできずに、寝台の上の住人になっていたと思う。
というか、あの不様な任務内容を記事にされていたのか。
穴があったら入りたい、いや、むしろ穴を掘って入りたい!!
穴に入った後は探さないでください!!
情けないし恥ずかしすぎる。
「この本な、毎号すごいんだって!
ものすっごい細かいところまで実働隊の活動を追ってて、信じらんないくらい詳細まで調べてるんだ」
「へー、そうなんだー」
他になんて答えれば良いんだ。
読む気もないままに細かい文字列に目を走らせれば、見開きに大きく書かれているギュエスト隊長の魔術適性(予想というより妄想?)は三つ。
使用適性:火属性、?属性(おそらく攻撃系の主属性)。
魔術耐性:火属性?
当たってる、確かに当たってるんだけどさ……。
どこが、信じられないくらい詳細?
オレの使用適性は、火、土、日、熱、礫、陽の六属性だっての!
まあ、一般住民にすぎない雑誌の記者が王都を出て、実働隊の任務に随行することなんてないから、想像するしかないのは分かる。
一般人の二割しか属性特化型魔術への適性を持っていないから、複数の属性を持っているとしても二つか三つだろうと思われるのも分かる。
本部の広報が、魔術適正などの個人情報を漏らすはずもないから、推測するしかないのだろう。
だが、オレは去年の寒季の事件で、普通に〝日〟属性を使っていた。
攻撃魔術ではなかったとはいえ、どんな魔術を使っていたのか、見抜かれなかったことに安心するべきなのか、記者の見識のなさにがっかりするべきなのか。
いや、魔力を探知する魔術具があっても、どんな魔術を使っているかまでは分からないんだったか。
街中で使える〝火〟属性魔術なんて、基点に熱を纏わせる〝燃焼〟か照明として使える〝火光〟くらいだ。
一般的に〝火〟属性持ちの隊員がよく使う〝赤刃〟で杖の先に炎の刃を作る?
もしくは遠距離攻撃手段の〝火弾〟を撃つとか?
どちらも位階は低いとはいえ、住民に火傷や怪我の被害者が出たら責任問題になるし、火事になったら困る。
姿を絵姿にできるくらい見ていたのに、使っていた魔術がわからないってどうなんだよ。
改めて、実働隊本部と、王都の住民の危機管理に対する温度差を感じる。
いや、魔術適性の有無のせいなのか?
「そういえばさ、ヨーの適性ってどうなんだ?
支部の見習いになれるってことは、主属性なんだろ?」
「ああ、火、かな?」
「なんで疑問なんだよ、自分の適性なのに」
アルナウトとロキュスに詰め寄られ、言葉に詰まる。
実は級友たちには〝解析〟をかけていない。
その必要もないだろうと思ったのは、実際に生活魔法以上を使える者がいないようだったから。
級友のうち、何人に素質があるのかが分からないまま、不用意は発言をするのはまずい、ってぐらいは分かる。
国民の八割が属性特化型魔術への適性を持っていない、ってのは、常識だよな?
騒ぎになるのが分かっているので、複数の属性が使えます、とか言えない。
「いや、まだ訓練させてもらってないし」
苦し紛れの言い訳は、嘘に聞こえないと良いな……というレベルのもので、絶対に怪しまれると思った。
新人の見習いに魔術の訓練をさせなかったら、将来的に隊員として使いものにならないだろ!って。
しかし、意外にも四人は「そりゃそうか」とあっさり興味の矛先を変えてくれた。
助かった。
◆
その日は、食堂でも他の学院生たちがゴシップ誌〝ローデルス〟の話をしていた。
クサンデルにそれとなく聞いてみたけれど、発売日の翌日は大体こんな感じらしい。
不意に「ギュエスト隊長」と聞こえると、反応しそうになってしまうのは条件反射なのか、眠くてぼんやりしてるオレが悪いのか。
ものすごく居心地が悪い。
押し付けられたのでローデルス誌に軽く目を通したけれど、オレの特集なんかより、後半の〝人類の敵【黒賤】現る!?〟の方が気になる。
黒賤ってなんだ?
人類の敵って、すごい大言豪語をしていると思う。
眠たすぎて文字が頭に入ってこないのと、斜め読みにしたせいで、なんか珍しい生き物みたいな感じ?程度にしか理解が及んでない。
珍しい魔物か幻の珍獣かなにかだろうか、子供の頃に絵本で読んだ雪山の山男みたいな。
そんなことを思いながら、窓口にいるクライフさんの前に立つ。
「こんにちは」
「やあ、ビズーカーくん……なんだかご機嫌が斜めなのかな?」
「いいえ、ちょっと寝不足で」
「なるほど、睡眠は大事だよ」
「そうですね」
少しだけ会話してから、今日も日替わりに決める。
寒い時期になると、スープやシチューがとても美味く感じる。
特に寒い外から帰ってきてからの暖かい夕食なんて、最高だと思う。
冷え切って痺れている指先に触れる器の暖かさとか、口から腹にかけて芯からじんわりと温められる心地よさとかは、うまく言葉にできない幸せな時間だ。
そう、今日の日替わりはシチューだ。
しかも、旨味たっぷりのチーズシチュー。
これが美味くないはずがない。
いや、子供の頃に使用人が作ってくれたのとか、実働隊の本部で食べたりとか、それなりに何箇所かで食べているが、不味かったことがない!
芋と乳製品を使った料理に外れはない、と勝手に思っているほどだ。
「一人分の範囲内の大盛りで」
「あー、もう、ごめんって」
「冗談です」
「ビズーカーくんにまでからかわれたぁ」
以前の魚フライ山盛り事件、はオレが級友たちと早く馴染めるように、とクライフさんと調理師の男性(まだ名前は知らない)が結託したイタズラ?だったらしい。
日替わりの四倍の値段を払えと言われた時に、オレか周りが気がつくと思っていたら、気がつかずに素通りしてしまったので、そのまま決行したと言われた。
クライフさんと男性は、悪かった、と謝ってくれたのでここでおしまい。
確執を残しておいても仕方ない。
料理そのものは美味かったから文句はない。
本部の食堂に比べて、学院の食堂は薄味で甘めの味付けが多い。
体を動かさないのに塩を取りすぎるのは良くない、とニュマン副隊長に教えられたので、丁度良い。
学院の講義としての(※)運動能力の実技は鍛錬と考えるには足りないから、薄味でいい。
※運動能力:体育の実技




