5ー4 こんなことって…… 前
教室へ戻ってクサンデルに合流すると、そのまま学院を後にする。
北区支部までの道はもう通い慣れて、襲撃された場合でも戦える場所の見当も数箇所つけてある。
人が襲ってくることなんてないと思うけれど。
しかし、それ以外の場所は歩いたこともなく〝探索〟では細々としたところは分からないので、新鮮な気持ちで町並みを眺める。
もちろん初見の場所なので気を抜くことはしない。
「ちょっと待っていてくれ」
クサンデルは途中で数件の店に立ち寄って、野菜や肉を購入した。
学院に近い大通りには生鮮食品の店が見当たらなかったが、道を外れてしまうと、中央区の裏道で見慣れた小規模商店が立ち並ぶ街並みが現れた。
北区の大通りには学生向けの店ばかりで生活感がなくて、ここに暮らしている人たちは、いつも外食しているのか?と思っていたが、それは大通りのみだったようだ。
道の両側にずらりと並んでいるのは、各種生鮮食品の店舗、穀粉専門店、パン屋、八百屋、肉屋、魚屋、喫茶店、露店のポテトフライ屋。
この前の美味しい焼き菓子の露店もある。
店のある場所と店主が違うけれど、軒先の看板が同じなので系列店なのかもしれない。
昼食をたくさん食べたはずなのに、辺りに漂ってるポテトフライの匂いで、腹が鳴ってしまう。
今日は魔力の鍛錬をまだしてないのに、なぜ腹が減るんだろう。
あれかな、ついに成長期が到来したとか?
「……食ってくか?」
「いいのか?」
「飯作るの俺だし、あ、晩飯はウチで食ってくだろ?」
「いいのか?」
「いいんだよ」
夕食前なので一番小さいサイズを頼み、マヨネーズのたっぷり乗った熱々のポテトを二人でつまみながら、クサンデルの家に向かった。
寒い時に食べる熱いものってのは最高だ。
外はカリカリで中がホクホク、酸味を抑えたマヨネーズがすごく合う。
しばらく歩くと、四、五階建ての家々が並ぶ区画に入った。
外壁の色も、外見も同じような家が道を挟んで並んでいる。
白塗りの壁と柱の黒い木が等間隔に並んでいて、思わず見惚れる綺麗な通りだった。
規格化されたものというよりも、前からあった家に新しく建てる家も合わせた、という感じがするもので、町並みを保つための配慮を感じた。
街灯の数が最低限な上に、石畳が馬車用の平坦なものではないから、この辺りは観光地ではないと思うけれど、外から来た人間の目を意識しているのかもしれない。
腰の辺りまである土台の石材の大きさは違うものの、色味は揃えられているし、窓枠の黒が同じ高さで続いていることに美しさを感じる。
「ここだ、遠慮せずに入ってくれよ」
その中の一軒、五階建てのアパートメントの一角がサッセン家だった。
五階立ての内の二階、二〇三号室に案内され、ちょっと座って待っててくれよ、とソファに押し込まれる。
家の中には初めて見るものがいっぱいで、物珍しさから周囲を見回していると、不意に押し殺した笑い声が聞こえた。
振り返ると、そこには陶器製のカップを持ったクサンデルがいた。
「なにが面白いんだよ?
珍しいものなんてないのに」
「ああ、うん、まあ」
実は、他人の家に入ったのが初めてだ、と言わないほうがいいんだろうか。
白塗りの壁に飾られたどこかの風景画、網をかぶせたような天井の照明魔術具、ソファの布地の不思議な幾何学模様。
オレの部屋には本当に何も置いてない、と今更のように思ってしまう。
ただ寝るだけの部屋と、生活をする場所という違いを嫌が応にも感じる。
何もかもが新鮮で、いくつか綺麗な物を室内に置くだけで、こんなに居心地のいい空間になるのか、と感心しているとクサンデルに器を渡された。
中身は暖かいカフェオレで、クサンデル自身の器の中身は黒い。
コーヒーには牛乳を入れる、のを見られていたんだろうけど、別にブラックのコーヒーが飲めないわけじゃない。
これ、子供扱いじゃないよな?
「親父さ、明日から二連休だから、ちょっと付き合ってくれよ。
絶対にヨーに会わせたかったんだ」
「夜は帰る」
「もちろん、いきなり泊まってけとか言わないよ」
だから、その親父さんってナニモンだ?
「ヨーなら、絶対喜ぶから!」
くしゃりと細くなって目のなくなる満面の笑顔でそう言われてしまうと、頷いて待つしかなかった。
クサンデルの笑顔を見てしまうと警戒心がなくなる。
◆
クサンデルが夕食の準備をすると言うので、一人で座っているのも暇だからと手伝いを申し出た。
カウンターの向こう側のキッチンには、いろいろな道具が並んでいるけれど、オレはそのほとんどの使い方を知らない。
大人しくクサンデルの指示に従うことにする。
夕食のメインは、本部でも学院でもよく出るマッシュポテトだ。
オスフェデアでは広く知られる家庭料理なので、週に一回は食堂の日替わりにも入っている。
中に入っている野菜や添えられている肉類、ソースの種類が違うだけで毎食でも食べられるくらい好きな料理だ。
芋の皮をむいて芽(ってなんだ、どこだ?)をとって、適当な大きさに切る。
手動のチョッパーで細かく刻んだキャベツと一緒に、柔らかくなるまで煮る。
湯を切って、牛乳を少しずつ混ぜながらつぶす。
塩胡椒してしっかり混ぜたら完成だ。
これにスパイスソースをかけて、燻製したソーセージか焼いた肉を添えればいい。
個人的にはソーセージフライもありだと思う。
芋を取りだした時に、そこから作るのか?と驚いたが、さすがにソースまでは手作りしないらしく、瓶詰めのものを吊り戸棚から取り出した。
ソースの作り方なんて、想像もつかない。
料理なんてできない、したことがないオレには、煮てつぶした後の芋を混ぜるくらいしかできない。
茶色くて丸い、一見すると石みたいなものが芋だというのも、実働隊に入ってから知った。
包丁?持ったことがない。
魔術の炎や土で作った刃なら振り回せると思うが、こんなに小さな刃物で野菜や肉を切るなんて、やったことがない。
クサンデルの手慣れた鮮やかな手際が、毎日調理をしている本部の食堂のおばちゃんたちと重なった。
おばちゃん達もこうして食事を作ってくれているのか。
「いつも、自分で作っているのか?」
「まあ、大体な。
うちはお袋が小さい頃に死んでるし、親父は半巡りに一回帰って来ればいい方だしな」
「……」
「おいおい暗くなるなよ、今時、片親だけなんて珍しくないだろ?
ヨーだって親いないって言ってたろ」
暗くなったわけじゃない、ただ驚いただけだ。
「まあ、親父が仕事を優先するようになったのは、俺が高年学科入ってからだしな。
親父は親父なりに、俺のことを育ててくれたよ。
お前の親戚もそうなんだろ?」
「あ、ああ、まあ」
正確には、オレには親戚なんていない。
いるかもしれないが、どこの誰かすら知らない。
教師である六人の傭兵と無表情な上に話せない使用人が五人、いや五体?、それがオレが十二歳になるまでの世界の全部だった。
「よし、完成、あとは時々混ぜて、食う前に味を見りゃいいか」
オレが手際悪く芋を混ぜている間に、魔術でも使ってるのかと思う手際の良さで豆と刻んだ玉ねぎ、人参、セロリなどを鍋に入れて炒めてから、水を入れて煮ていた。
手慣れてるなぁと感心していると、目があった。
「まだ腹は減ってないだろ?
親父が帰ってくるまで、高度魔術の宿題やりたいんだけど、どうする?」
「ああ、やる」
二人で居間の机に教科書を広げて、暖かいお茶を飲みながら宿題を解いていく。
意味のわからない文章問題は放置した。
そんなこんなで窓の外が暗くなってきた頃、「帰ったぞ」と気だるそうな低い男性の声が玄関から聞こえた。
「ちょっと待っててくれよ」
「ああ」
玄関に向かったクサンデルが「前に話した、学校の新しい友達を連れてきた」とか「そうそう、北区支部の見習い」とか、オレのことを説明しているのが聞こえる。
これは、第一印象が悪くないように、ちゃんとした口調で話さなくては!と思ってもいまいち評判の悪い、教師たち相手の言葉使いしかない。
生まれて初めて、友人の父親というものに遭遇する。
どんな態度がいいかなんて分からないが、緊張してきたっ。
廊下から姿を見せた背の高い男性に向け、精一杯生真面目な顔を作った。
「——そうか、なんて名前の子だ……っ!?」
「はじめ、まっ!?」
顔を合わせた瞬間。
オレと、クサンデルの父親は同時に言葉に詰まり。
「ギュエスト隊長!?」
名前を呼ばれた。
「サッセン隊長!」
髪と瞳の色、更に髪型も変えているので、第一隊の隊員以外には分からないと思っていた。
見抜かれたことに動揺して反応が遅れてしまう。
まさか、分かるなんて思いもしなかった。
どうして分かった?
「…………は?、はぁっ!?
え?なに?どういうことだよっ!?」
クサンデルの叫びの後、凍りついたように静まり返った室内で、オレはサッセン隊長に視線だけで、勘違いだ!ってとぼけてくれ!!と想いを送った。
頼む!と。
「な、なんでウチに第一隊のギュエスト隊長がいるんだよ、デル!?」
「ギュエスト隊長って……誰がだよ!?」
……おおおぉい、ぜんぜん届かなかった。




