4ー5 王都外出張任務 中
心配するフィンケ副隊長に大丈夫だ、と笑みを向けながら、背中の鞄から取り出したものをフィンケ副隊長に見せる。
「魔核、を何に使うのです?」
〝魔核〟とは、中級以上のブレスを吐く竜種の喉から取り出すことのできる、石のようなものである。
つい一年ほど前に、これが魔力貯蓄のための臓器だと判明した。
戦後に竜種の異常繁殖が起き始めてから、唯一、人に利のあったことだ。
中級、上級竜種は魔核に溜め込んだ魔力を使ってブレスを放つ。
それが膨大な数の解剖や実験の末にわかったこと。
竜種の異常繁殖で素材の過剰供給がされて、竜が魔力を溜める臓器である魔核に、人でも魔力を溜めることができると判明したのだ。
竜種の体内からは、魔力を作成する〝拵臓〟が見つかっていないので、魔力の出どころはまだ判明していない。
これまでにも、地底深くで掘られる核石に魔力を溜め込むという実験は行われていた(という論文を読んだことがある)。
しかし魔力をいれることはできても、数日のうちに霧散してしまい、石の内に長期ため続けることはできていなかったらしい。
幸いなことに〝魔核〟は鱗や爪などの外殻に近い組成らしく、適切な処理を施せば腐敗することもない。
これまでは竜の喉から取れる綺麗な石、という扱いだったが、これからは魔術具の動力源として、研究が進められていくことだろう。
魔力の多少に関わらず使うことのできる魔術具が開発されるのも、そう遠くないのかもしれない。
今回持ち込んだこれらに関しては、個人的な試験段階でしかないけれど、とりあえず魔力供給源として、試してみる価値はあった。
「〝竜種魔核への長期魔力貯蔵と運用の可能性〟という論文を読む機会があって、物は試しで魔力をこめてみた。
まだ検証中で変換効率は悪いが、上級竜種の魔核で位階八の魔術発動程度の運用を確認している。
これで魔力を補充すれば、回復薬に頼らなくて済む日も来るかもしれない」
「(仕事漬けのくせに)いつの間に、そんなことをしていたのですか?」
「それはもちろん、暇な時に」
「……………そうですか」
フィンケ副隊長の咎めるような顔を見て、思わず笑いそうになった。
彼女はオレを育てた教師たちとは、正反対の方向で心配をしてくれる。
教師たちは「起きてる時は常に魔術を使え!」、「魔力を使いきったなら絞りだせ!」、「骨が折れた?それなら鍛錬しろ!」と理不尽なことばかり言いながら迫ってきた。
けれど彼女の場合は魔力を使いすぎてないか、食事を取っているのか、寝る時間は足りているのか?と、聞いてくるのだ。
初めはどう反応していいのか分からなかったけれど、慣れた今では物語で読んだ〝愛情深い母親〟のようだ、と思っている。
未婚の貴族令嬢である本人には、とても言えない。
「これがあれば広範囲、高火力の魔術を連続使用できる。
自分への心配は不要だ」
自信はあるぞ、と笑ってみせたのに、フィンケ副隊長の眉間には、縦じわが一層深々と刻まれてしまった。
何がいけなかったのだろう。
それからは、周囲の穴から竜種が這いでて来ないかを、隊員たちと通信を繋いで監視をしながら、偵察組が戻るのを待つ。
スメールデルスからの定期報告時に帰還命令を出したら、余裕のありそうな話し方をしていたが、偵察組が地下の穴をどこまで進んでいるのかが分からない。
しばらくして、統括部隊から出向してもらっている長距離通信隊員から、スメールデルスとデイクストラが外に出たという連絡がくる。
竜種の気配がトンネル中に点在していて、竜種の存在は間違いないが等級は不明。
相当数が地下に潜んでいる可能性が高いものの正確な数は不明、という内容の報告とともに。
短距離用の通信用魔術具は全員が所持しているが、長距離や一体多数の会話をするためには適性を持った媒介者が必要になる。
今回は通信隊員を派遣してもらって大正解だ。
さすがニュマン副隊長、的確な状況判断には感心するばかりだ。
姿の見える相手なら戦いやすいが、相手は地面のはるか下で、正確な個体数も等級も種族も不明で、広範囲に広がっている可能性がある。
攻撃を始める前に、隊員たちの配置を確認しておかないと、魔術の発動に巻き込んでしまう。
通信隊員に頼んで、スメールデルスとデイクストラに両腕を広げるようにと指示を出す。
「『周辺検索』」
精度を上げるために発声発動を行い、周囲の人型の存在をふるいにかけていく。
その中には、偵察に出ていた二人も含まれる。
〝周辺検索〟はざっくりと広範囲を調べる〝探索〟とは違い、魔術の発動範囲が狭い。
細かく調べるためにはどうしても範囲を犠牲にするしかないし、魔力の感知はできないので個人の特定はできないが、物体の大体の大きさは見分けることができる。
両腕を広げた形の成人男性程度の大きさのもの、ならとても探しやすい。
なんでかは知らんけど、スメールデルスはいっつもくねくねしているから、さらに見分けやすい。
調べる範囲が広すぎて一度では見つけられず、発動地点を変えて二回発動し直すことになった。
いつ崩れてもおかしくない隧道の中を、かなり遠くまで調べてくれたようだ。
スメールデルス……こういう時に有能さを見せてくれるのに、どうして普段は変なことばかりしてるんだろう?
「……いた、西南方向、距離は四クロタ」
「了解っ」
通信隊員に再度連絡をしてもらってこちらの現在位置を伝えると共に、一旦穴の近くを離れるようにと告げる。
穴を塞いだ後に働いてもらう予定なので、撤退はしないように、と。
他の隊員たちにも総員退避を命じて、全員が穴の近くを離れたことを確認してから、呼吸を整えて精神集中をして術式に意識を向ける。
できる、と簡単に請け負ったものの、今から使うのは大規模すぎて初めて発動させる術だ。
脳内シミュレーションなら覚えた時に数回しているが、あまりにも使う機会がなかったので忘れていた。
学院で記憶した術式の整理をしている時に、あ、こんなのあったな、と思い出しておいてよかった。
今から使うのは〝土〟属性魔術の中でもちょっと変わった、広範囲をただ埋めるだけの術式。
ちょっとネーミングが不吉すぎるし、位階八の術など、鍛錬ですら使うようなものではない。
屋外鍛錬場を土砂で埋めるわけにはいかないので、これまでに使う機会がなかった。
整備係が仕事が終わらん!と嘆くのはいつものことだが、整備する鍛錬場を土砂で埋めて、かさ上げしてしまっては隊員たちも困るだろう。
使い道がないのに教えた教師たちも教師たちなら、それを使えるようになってるオレも大概だと思う。
「『厳粛 埋葬』」
最低発動位階は八相当だが、発動範囲が広いので位階を二つ分上げて高威力発動に変更する。
一度も使ったことがない、広範囲かつ威力の高い術式なので、発声発動を選択してなお魔力の変換効率が悪いのを感じた。
強引に魔力を注ぎ込んで術の威力を上げようとしても、燃費が悪すぎる。
それでも周囲の土が隆起と陥没を繰り返して、次々と埋まっていく。
隊員たちを巻き込まないように、ざっくり〝探索〟を同時発動させて確認しながら、次々と穴を外側から中へと埋めていった。
術式を管理するための精神力と一緒に、魔力がとんでもない勢いで削られていくせいで、目の前がチカチカと明滅している。
久しぶりに、踏ん張っていないと座りこんでしまいそうな、ひどい虚脱感に襲われた。
こうなると教師たちが魔術をひたすら使え!って言ってきた理由がわかる。
体感でしかないけれど、位階八の魔術で十二相当以上の魔力を使った気がする。
かなり無駄に魔力を使ってしまった。
でも、他に地面の穴を塞ぐような魔術となると……狭い範囲のものか、混成属性でもっと高位階になる。
この魔術が最適だと思うんだよな。
さてと、ちょっと不甲斐ない結果とはいえ、これで竜が出られる穴を減らせたはずだ。
もっと術式を使いこなさなくてはいけないという反省もできた。
フィンケ副隊長に短距離転移を繰り返してもらい、場所を変えて何度も〝厳粛埋葬〟を使って七クロタの範囲を埋めていく。
体感で六割程度まで減った魔力を、魔核二つの貯蓄を引き出すことで補いながら、見つかった穴の大部分を埋め終えるころには、完全に息が上がっていた。
肩で息をしながら、座り込んでしまいそうな体を叱咤する。
まだ終わっていない。
今日中に終わらせて帰るためには、急がないといけない。
地中に潜む竜種の駆除は、まだ終わっていない。
「ギュエスト殿、正直に申しまして、これは個人が使用する規模の魔術ではありません、自愛を求めます」
「いいや、この程度は土遊びにすぎない」
フィンケ副隊長の眉間のシワが、一層深くなってしまったので、答えを間違えたことだけは分かった。
安心させようと思ったのに。
いつか笑顔のフィンケ副隊長が見れる日が来るだろうか。
世話になってばかりだし、オレが険しい顔をさせている気がするんだよな。
規模が大きいのはそういう魔術だからで、魔力を無駄に消費したのは鍛錬不足のせいでしかない。
魔力を全身の回路にめぐらせて次の術に備える。
術式領域野を短時間で酷使しすぎて、立ちくらみがする。
魔力を外から補充したとはいえ、疲弊してしまった精神は回復できない。
だから、どうした?という話だが。
「続けて〝炎嵐〟いくぞ」
「え、隊長がなさるんですか?」
「他に誰がやる?」
「……それはそうですが」
埋めた範囲の詳細を知っているオレが、地底の竜種の炙り出しもすれば効率がいいだろう?とフィンケ副隊長を見たのだが、呆れたような顔をされただけだった。
〝炎嵐〟は〝火〟属性の範囲系魔術で、最低発動位階は五。
発動範囲は広くないけれど、高威力発動で下級竜種が駆除できるので、オレみたいに近接で竜種を殴らない隊員たちにとっては、かなり有用だと言える。
ニュマン副隊長も複数回の行使ができる、習得率や汎用性が高い魔術だ。
オレ個人は魔力量のごり押しを使うことで、魔術の発動範囲も広げられる。
とはいえ、竜種を燃やしてしまうと素材としての価値が落ちるので、今回は苦肉の策でしかない。
〝火〟属性の遠距離魔術を使用して竜種の素材を求めるなら、最低発動位階が六の〝青火箭〟を進めたいが、一般隊員にとって位階六の魔術は習得はできても制御が難しいらしい。
ニュマン副隊長に教えてもらうまで、全然知らなかった。
「燃やし尽くすつもりではいるが、穴から出てきた手負いの駆除は任せる。
流石にそこまでは余裕がない」
「了解!」
隊員各自が携帯している国境周辺の地図を出して、残してある穴の位置を指示する。
ニュマン副隊長が二組四名の隊員を連れて、身体強化もしていないのに飛ぶような速さで走っていった。
リアル筋肉のパワーがすげーよ、どうやって鍛えたらあんな風になれるんだ?
フィンケ副隊長も同様に、四人の隊員を連れて短距離転移陣で指定した箇所へと向かった。
ヘインシウス率いる二組四名に、ランブヘレツ率いる二組四名も、指定位置に移動をしてもらう。
最後の組を見送ってから、目の前に開いている穴に意識を集中する。
崩落の中心に近いこの場には、オンナとエイク、パウエルスとクロンメリンの二組のバディと、遠距離通信要員として来てもらっている、統括部隊の通信隊員が一人残っている。
東の方向に離れているのが、ニュマン副隊長率いるホルテルとラムセラール、フレイとスミットが控える穴。
西側にはフィンケ副隊長が率いる、スメールデルスとデイクストラ、プリンスとコークが控える穴。
やや西南に離れたところにヘインシウスとスースト、アールデルスとブラバンデルの二組。
北東側にはランブレヘツとフォス、ローンとブルッヘンの二組が張り付いている。
第一隊の部隊員(総勢二十三名)の各能力から考えても、振り分けは五ヶ所が精一杯だ。
本当はもう少し残す穴の数を増やして、穴から出てくるかもしれない竜種の数を分散させたいが、隊員から死者が出る確率が高くなりすぎる。
一対一では勝てない、のに無理させて死んだら、誰が得するんだって話だ。
穴から竜種が出てくるか?も定かではないのだ。
日の光が射さない穴の中は〝探索〟や〝周辺検索〟では調べられない。
せめて這い出して来る前に焼死するように、盛大に炙ってやろう。
「『炎嵐』」
合流が遅れて迷惑をかけたお詫びに、全てを燃やし尽くす勢いを目指して、穴の中に魔術を叩き込んだ。
普通なら赤い炎が渦巻きながら燃えたぎる魔術は、やる気を表しているように荒れ狂い、焼かれた周囲の土から陽炎と蒸気が立ち上った。
穴の奥に潜む竜種が逃げられないように、隅々まで炎が行き渡るように、発動位置をずらしながら連続で発動し続ける。
さすがに移動しないで七クロタの範囲内を焼き尽くすのは、一人では無理だったかも、と不安になりながらもそれを表に出さないように術を発動し続けた。
土の中の水分が爆発しているのか、竜種が焼かれて土中で暴れまわっているのか、かなりの広範囲で地響きが聞こえて、足元がグラグラと揺れている。
地鳴りがしているのに、周囲には逃げ出す生き物の気配はない。
戦争が、豊かな大地を焼き尽くしてしまったのか、竜種に怯えて逃げた後なのか。
「……ぁ」
虚脱感に負けて、その場にへたり込んでしまう。
最後の魔核から魔力を引き出したが、魔力の残りは一割。
最低発動位階の〝炎嵐〟なら二回発動できるが、威力を高めると一回しかできない。
これで、ケリがついていたらいいが。
今までは苦にならなかった任務をこんなに辛く感じるなんて、オレはどうしてしまったんだろう。




