4ー4 王都外出張任務 前
詳細が通達されるより前に、現場への招集がかけられたという。
オレが不在のまま、第一隊の隊員が呼び出されたのは、隣国ベルラシュア王国との国境にほど近い、荒野と森の境目。
現場は寒季らしい、重く湿った風が吹きすさぶ内陸部。
分厚い雪雲で日照時間は減っても、一年中吹き荒れる海からの風と平坦な地形のおかげで、雪は少ないのがこのあたりの寒季の気候だ。
現在地は国境から十クロタ程の場所。
入り組んだベルラシュアとの国境線は、長く続いた戦争であやふやになっているとはいえ、現在地は確実にオスフェデア王国だ。
どこまでも続く陰鬱な曇り空を見上げて、白い息を吐いた。
普段よりもさらに湿った、冷たい風が吹いているように感じるのは、海が近いからか。
動かずにいたら凍ってしまいそうなほど、肌を刺すように痛くて重い風が、コートの裾を引きちぎろうとはためかせる。
今回の件が王都付近での暴走でなかったことに、心の底から安堵を覚えながら、同時に辺境なのに緊急度七の事態である異常さを考える。
いざという時のために魔力を温存しておくため、フィンケ副隊長に転移用魔術具を使ってもらったが、現場に到着してからは、いの一番に自分の足で周囲を見て回った。
〝探索〟を使うまでもなく、転々と大地に穴が空いているのを見てしまうと、嫌な予感で胸がざわついた。
こんなに国境に近い上に、魔素汚染が進んで大気が不安定な場所にまだ人が住んでいたのか!という驚きと、こんな場所で生きていけるのか?という驚きを押し殺して、周囲を見渡す。
現場は、まさに地獄絵図というにふさわしい惨状だった。
周囲には底が見えないほど深く、いびつに口を開く巨大な穴がいくつも空いていて、所々に壊れた家屋の残骸が残っている。
穴の点在する位置にあったのだろう集落を囲っていた柵や実りかけの畑も、ほとんどが底の見えない穴の中に消えていた。
この集落まで続いていた道も複数箇所で陥没していたので、転移用の魔術具を所持していない場合の到着はかなり遅れることが考えられる。
集落を魔素汚染や魔物から守る結界があったとしても、地面が陥没したら防ぎようがない。
複数の家が、住人ごと地の底に飲み込まれたのだろう集落は、もう人が生活することのできない、穴だらけの墓場になっていた。
穴の中に風が吹き込む時の不気味な音が周囲に響き、地表に残っているものの隙間を吹き抜ける風切り音と共に肌を切るような強風と、低く垂れ込める雪雲が周囲を陰鬱に彩っている。
前夜に集落住民から「変な音が聞こえる」と治安維持を行う衛兵隊に連絡があり、そこから王都外任務の必要があると実働隊本部に通報がされた。
衛兵隊が動くには、ここはあまりにも国境に近すぎるという。
夜のうちに統括部隊から派遣されたのが、偵察隊員四名と通信隊員一名。
緊急事態発生の通信で新たに派遣された隊員たちが、周囲の大規模な崩落を確認したのが約一刻前。
先発の偵察隊員たちと共に、集落の住民も行方不明になっている。
唯一生き残っていた通信隊員は、崩落の現場を見ていたと考えられるが、まともに会話ができる状態ではないらしい。
下級の竜種を見たという情報も通信記録からのものであり、本当に複数の竜種が潜んでいるのか、確認はとれていない。
覗き込んだ穴の底の暗さから考えても、落ちたと思われる人々の生存を望むことは絶望的だろう。
一体、ここで何が起きたのか。
「隊長閣下、お待ち致しておりました!」
「隊長くん、待ってましたー」
隊内処罰で奉仕活動中の三バカトリオも、それどころではないと招集されていて、いつもと同じように緊迫しがちな現場の雰囲気を緩めている。
いや、一人足りない?
「スメールデルスは?」
「デイクストラと地下の偵察任務に出ております、お待ちしてました隊長」
現場の指揮は、ニュマン副隊長がとっていた。
今日も胸筋、僧帽筋から三角筋までがくっきりと紺青色の制服の上に浮き上がっている。
戦闘用制服の生地って、かなり分厚いんだけどなぁ??
マッチョで背が高い隊員たちの中にいると埋没してしまうけれど、対面するとその筋肉が実用性だけを追求して鍛えられたものだとよくわかる。
適性がなく魔術で筋力強化できないからとはいえ、筋力だけで体格のほとんど変わらない隊員を二人担ぎ上げる姿を見てからは、畏怖の対象だ。
「遅くなってすまない」
到着が遅れたのはこちらが悪い、と明示しておく。
学院に通うのは(便宜上は)任務であるが、緊急性のある任務ではない。
個人的な案件である学院通いを、隊の士気低下の原因にしたくない。
「いいえ、本当は隊長にご迷惑をかけずに済ませたかったのですが」
「ありがとうニュマン、方針は?」
オレは隊長だが、作戦や行動方針を決める時には可能な限り、ニュマン副隊長とフィンケ副隊長の意見を元にしている。
二人ともオレより長く生きているし、本部実働部隊で生き延びてきた叩き上げのニュマン副隊長は、経験則からの的確な判断を下してくれる。
もう一人のフィンケ副隊長は貴族階級出身であり、一般人では知り得ない様々な知識が豊富で頼りになる。
未熟な隊長の先導役として、この二人が副隊長にされているのだと、気がつかないほど馬鹿じゃないつもりだ。
本当なら二人のどちらかが隊長をしたほうがいい、と思っている。
「偵察組が戻って情報が揃い次第、穴の中に隊員を送り一固体ずつ駆除を始めるつもりだったのですが、どうやら地下トンネルの内壁が予想以上に脆く、入り組んでいるようなのです」
これまでの定期報告の内容を告げる、ニュマン副隊長の表情は曇っている。
三バカが隊内処分を受けた件で、視覚遮断:隠蔽という高位階の魔術を使ったデイクストラがいれば、偵察中に見つかる可能性は低いだろう。
偵察で一組だけというのは不安だが、隠蔽系の魔術を全員にかけられる者は第一隊にはいない。
位階が高すぎて、隊長格でも使える者がいるかどうか微妙な術だ。
隠蔽なしに複数人で中に入ると見つかる可能性が高いだけでなく、壁や天井が崩れる可能性が高く、安易に動けば犠牲者が増える……か、厄介だな。
〝土〟属性の地竜種ならば、相反属性にあたる〝風〟属性の攻撃魔術が比較的によく効く。
だが、入り組んだトンネルの中に攻撃魔術を充満させるには、かなり高い位階の魔術を発動させなくてはいけないだろう。
風系の攻撃魔術といえば、我が隊ではスメールデルスが筆頭だが、点在している穴の範囲と距離を考えるに、オレがトンネルの中を埋めるか焼き尽くしたほうが良い気がする。
これは、ただの事実だ。
毎回血まみれでひどい目にあうのに、自惚れて自慢なんてしても仕方ない。
本当なら、最前線に出ないで後ろでそっくり返って、指示を出していたいくらいだ。
できるものなら、であり、軍の指揮や兵の運用なんて学んだことはないので、それもまた無理な話でしかない。
「地下空洞の崩落を前提にして〝炎嵐〟を打ち込むのはどうだろう」
「逃走経路になる穴が多すぎます」
「それならば、先に穴の先を埋めて逃げ道を減らして追い込む」
「……確かに」
未だに姿は見ていないけれど相手は竜種だ。
高い知能を持つ、巨躯の魔物。
報告によれば十を超える数の下級竜種が見つかっているというが、厄介極まりない。
今回は対象が地下にいるせいで、分類上の種類も個体数もわからないというのも、状況を複雑にしている。
地這竜種の地下に潜るタイプは、何種類見つかっているんだったか。
下級竜種は十を超える単位で行動することもあるが、等級が上がれば上がるほど、竜は群れなくなる。
上級竜種に至っては群れる必要もないのだろう。
竜にとっては、おのれの頭よりも小さな人間など踏み潰してひき肉にすれば、それで終わる。
しかし今回は幸運にも下級竜種が駆除対象なのだから、トンネルごと全てを火炙りにしてやれば倒せるのではないだろうか。
尻を火で炙ってやれば、慌てて冷静さを失ってちりぢりに逃げるかもしれない、という期待もある
バラバラになったところを一個体ずつ撃破すれば、多数を相手にするよりも攻略は確実だろう。
何よりも、オレは早く終わらせたい。
可能ならば今日中に決着をつけて、学院に戻りたい。
悠長に穴の規模を調べて、竜種の個体数を調べている時間が惜しかった。
今までなら時間をかけて着実に結果を出すことを選んだはずなのに、焦る気持ちがある。
「穴を埋めるのは、自分がやろう」
「……それは」
時間と人員に余裕がある状況なら、他の隊員との連携策を打ち出すニュマン副隊長が、オレのスタンドプレーに意見を言わないのは、状況がかなりマズイ時だ。
偵察で生存者の確認ができたのならともかく、今の所、それらしい報告も上がっていないのだろう。
万が一とはいえ生きている可能性があるので、魔術を打ち込むのは躊躇われる。
とはいえ、このまま状況観察で時を過ごし、竜種が王都へと大挙して押し寄せては困る。
全てを調べてから、と自体の解決を長引かせてしまうと、他の集落への被害が広がる可能性もある。
竜種が王都に向かっていると考える根拠など、そこに餌が多いからで十分だ。
相手が地中にいるせいで状況が把握しにくいのも、ニュマン副隊長を悩ませているのだろう。
地上から判別できる穴の範囲内で、地中の隧道が終わっているかも不明。
本当に竜種がいるのか?も確証が持てない。
副隊長が二人とも難しい顔をしている現状では、オレの適当な推測もそう的外れとはいえないのかもしれない。
今回は、手早く終わらせるのが一番だと思うんだ。
ニュマン副隊長はオレの提案を聞き、しばらく考えこむ仕草を見せる。
実現可能かどうか、思考内でシミュレートしているのだろう。
フィンケ副隊長は眉間のしわをさらに深くして、小さく首を振った。
「無理です。
上空からの観測報告によれば、穴はこの集落の東を中心に七クロタ以上に渡っているという話です。
穴のある位置だけでも、広すぎて範囲内を囲うことができません」
「問題ない、相手は土の中だ」
「いくらなんでも魔術を行使する範囲が広すぎます、自殺行為でしかありません!」
フィンケ副隊長の意見は正論だ。
広範囲用の攻撃魔術を使用するときは、周囲に魔術に対する障壁結界を張り巡らせて、周辺被害を減らすのが普通だ。
直径七クロタの結界など一人で張れる規模でないし、そんな広範囲の攻撃魔術も個人で発動するものではない。
隊員の中で〝影〟に適性があるものを集い、合同で結界を張ったとしても、七クロタ四方を制圧できる魔術を使える者がいない。
オレ以外には。
今回に限っては、結界がなくても対象が土の中なので、魔術行使による被害は少なめに見積もっても良いだろう。
集落の周囲にあるのは畑で、近くに他の集落はないという話でもある。
ベルラシュア王国との国境近くに集落があるのも、畑の管理のための移住民なのだろうと予測できる。
とはいえ、大規模な崩落が起こるような魔術は避けるべきだろう。
「それも問題ない」
オレはフィンケ副隊長に向かって笑みを浮かべた。
学院に行くようになって三日目だが、笑顔がだいぶ上手くなったと思うんだ。
って、なんで、そんな目を細めた顔でこっちを見るんだよ。
1クロタが約450メートル
10クロタは約4、5キロ
7クロタは約3キロ




