4ー6 王都外出張任務 後
〝炎嵐〟を打ち込んだ後は、各地の隊員たちの報告を待つ。
「隊長!竜——認しました」
「ち、中級地竜種、目——埋牙竜と特徴が一致します!」
「まずい、数——いっ」
「迎え討て!!」
通信隊員の所持する大型通信機から、各方面に散らばった隊員たちの声が入り混じって聞こえる。
その声に重なるように、眼前の地面が盛り上がると同時に地割れのように裂けて、破裂したように土煙が舞い上がった後に全身が焼け焦げた竜種が這いずり出てきた。
その数、六頭。
焦げているせいで、一見しただけではどの地竜種なのか分からなかったが、他の穴からも、同程度の数が出てきているのか?
思いもしなかった展開に血の気が引いた。
考えなくてもわかる。
あれだけの数の〝炎嵐〟を撃ち込んでいるのに駆除しきれていないということは、目の前のこれらが下級竜種ではなかったのだと。
部下である隊員たちは優秀だが、一人で中級竜種を倒せはしない。
各自が使える魔術から考えたとして、下級竜種が相手でバディでなんとかなるか、くらいだと思う。
隊長、副隊長クラスならば戦えるかもしれないが、この場に副隊長は二人、隊長のオレを入れても三人。
隊員だけで守っている穴は二箇所。
どうしても抜けが発生する。
しかも、今のオレは満足に立つこともできない有様だ。
自分が使うべき魔術の選択を誤ったことに、ここでようやく気がついた。
下級竜種だという目撃報告を鵜呑みにせずに、もっと高位階の魔術を使って徹底的に焼き尽くすべきだったと。
「目無し——竜の弱——鼻だ!二人一組で一体ず——さえろ!
負傷時——時撤退せよっ」
ニュマン副隊長が現場に喝を飛ばしている。
〝炎嵐〟のせいで魔素が乱れているのか、音が不自然に途切れ出した通信機越しでここまで聞こえるとは、相当激昂しているらしい。
勝てないとわかっている筈なのになぜ?
撤退すべきじゃないのか。
「暴——巻き込まれないようになさい!!」
フィンケ副隊長の怒鳴り声を聞くのは久しぶりだ。
遠距離通信を受け持っている通信隊員の顔は青ざめて、恐怖でこわばっている。
退却させてやれないことを申し訳ないとは思うし、戦闘職ではないのにこの場にいるのは辛いだろうが、そんな暇はない。
次々と穴から体を引きずり出てくる竜種は、体の一部やほとんどが炭化している個体が多い。
動きはぎこちなく、動くたびに炭化した体の一部が剥落していく。
だが、竜種は腐っても最強の魔物。
腕や足の一本が炭化したり、もげた程度では止まったりしない。
頭部を切り落とすか胸部を完全に破壊する、もしくは全身を切り刻まなくては止めることができない。
手負いの獣のように興奮している竜種相手に、隊員たちが生き残れるか?
「——れます!撤退しろぉっ!」
「ぎ——っっ」
「スミ——!!」
「下がれ下がれ!即時撤退しろっ」
「結界を——直しなさいっ」
「無理ですっ、維持できませんっ」
いつもなら立て直すことのできる現場が大混乱していく、隊列が乱れていく。
だめだ、これでは第一隊が全滅してしまう。
そんなこと、させるものか。
そうだ、あれを使えば、この場を収められ……。
——覚えておきなヨー、生きていることを後悔したくなければ、こいつは人前で使うんじゃない——
……だめ、だ。
使えない、これを使うと絶対に後悔すると言われた、生きていることを呪うようになると。
でも、それなら無理を承知で、自分の命を使うしかない。
死んでしまえば、生きていることを後悔しようもない。
通信隊員の持つ大型通信機へ向かって叫んだ。
「フィンケ!薬を使うっ」
「う、しかし……いえ、分——ました、緊急避難措置として責任を——て——致しますっ」
「頼む、総員に伝える!全力でその場から退避せよっ!
繰り返す、全力でその場から退避せよ!!」
背中の鞄から、特別製の魔力突沸薬を取り出す。
作用も強いが副作用も特別強い、オレ専用に調合された緊急時専用の薬だ。
元は教師が作った滋養強壮の調合レシピが基材になっていて、他の者には絶対に飲ませられない。
中身も効能も、限りなく劇薬に近いからだろう。
最悪の事態を想定して作ってもらってはいるものの、これを使うと本部のおっさん治療術士にものすごく叱られるので、あまり使いたくないが背に腹は変えられない。
部隊の隊員たちを失うくらいなら、これを使うリスクの方が安い。
これを飲んだら、この件が解決しても数日間は学院に行けないな、と思いながら劣化防止の魔術が刻んである瓶の封を切って、油のように七色に色を変える液体を飲み下した。
「…………ぐうっっ」
言葉にできないほど、不味いっ。
喉が焼けるような感覚が胃に下っていき、うねるように全身をめぐる熱が、一気に周囲の気温が下がったような錯覚をさせる。
頭の芯が締め付けられるように痛む。
息をするだけで、胸の中に炎が灯ったように心臓が暴れた。
全身の魔力回路に魔力が荒れ狂いながら流れていくのを受けて、全身の骨と筋肉が軋む音が聞こえる。
みるみるうちに回復していく魔力を遠慮なく注ぎ込んで、オレが現在使える中で最上位位階の魔術術式を脳内で構築する。
「『火砕破流』!!」
発声発動と同時に視界が白く染まり、大気が熱で揺れる。
耳の奥でグラグラと血潮の沸騰する音がして、耳鳴りが鼓膜を叩く。
周囲で大気が急速に膨張して爆発しているのか、全身にビリビリと振動が響いた。
イヤーガードを首にかけたままだったことに気が付いたが、今、集中を途切れさせるわけにはいかない。
「隊長!」
「無茶ですっっ」
背後から叫び声が聞こえるが、振り返る余裕がない。
竜種の現れた範囲内を、隙間なく燃えて流れる土で埋め尽くす。
位階十二の魔術なら、間違いなく七クロタの範囲を埋め尽くすことができる。
そこにいただけという理由で竜種だけでなく他の命も奪ってしまうが、魔素の流れが乱れて荒れ狂う荒野に、普通の動物が存在しているとは思えない。
痛い、何も聞こえない、鼓膜が破れたか。
薬で無理やり上限以上に回復させた魔力が、みるみるうちに減っていく。
全身の血液を搾り取られるように、息ができないほど全身を締め付けられる感覚と寒気で体が震え、焼きごてを押し当てられるような熱が脳髄に残された。
過剰な魔力の供給で術式回路が焼けつく。
それでも魔力を注ぎ込む勢いを緩めることはしない。
とっさの判断だったがうまくいった、と思ったが使い慣れない〝厳粛埋葬〟で精神に負担をかけていた代償は大きかったらしい。
発動後の制御だけで精一杯になっている。
魔力は、まだ、ある。
————白い、世界が白い。
何も見えないし、何も聞こえない。
術式の制御だけは手放すな。
死にたくないし、死なせたくない。
「 」
「 」
誰かに呼ばれている?
暴れ狂う魔力が体の中に収められていることを拒否するせいで、心臓が狭い胸郭から出ようと痛むほどに不規則な鼓動を繰り返し、聞こえないはずなのに呼吸が嵐の風のように唸る。
口が渇く、息が詰まる。
白い世界にたった一人だ。
魔力が枯渇し、燃え尽きるように術式領域野が止まり、何も分からなくなった。
◆
◆
目を覚ますと、本部の治療室にいることに気がついた。
見覚えのある天井と、鼻を刺す消毒薬の匂い。
「……」
何がどうなったのかを知りたい。
しかしいくら動かそうと思っても、腕も足も動かない。
必死で努力しても視線を動かすことしかできない。
全身の感覚がない。
声すら出ない。
最後の記憶は〝火〟と〝土〟の二属性を混成使用する、位階十二の〝火砕破流〟の高威力発動を発動した……と思うところで途切れている。
無事に本部に運ばれているということは、竜種の暴走は収拾がついたのだろう。
もしもあの場で全滅していたら、二度と目覚めることもなかったはずだ。
他の隊に救援要請を出すべきだったのか?と思いつつも、頼んだ所で一度に大勢を現場に運ぶことが難しいのは知っている。
ニュマン副隊長やフィンケ副隊長が、あの場を収めてくれたと考えるのが妥当だ。
今の自分の状態は、よくわかっている。
実働隊に配属されたばかりの頃にも薬を使い、同じように役立たずになったことがある。
心臓の裏側にある、魔力を作り出す臓器の拵臓を強制的に活性化し、一度だけ体内の魔力を最大値以上に補填する、というのが魔力突沸薬の効能だ。
その効果は絶大であり、副作用も効果と同じくらい強い。
酷使された全身の魔力回路が麻痺してしまったのか、それとも魔力回路が壊れてしまったか。
回路については調べてもらわないと分からないけれど、魔力を無理に回復させたことで、拵臓が麻痺状態になって動かなくなっているのは間違いない。
人は、生命維持を心臓などの臓器だけで行なっているのではなく、体内魔力の循環にも頼っている。
全ての人間が魔力に身体操作を依存しているわけではないので、強度の副作用が出るのは、オレが他人よりも魔力が多く、魔力循環に生命維持の多くを頼っている特異体質だからだ、と以前に言われた。
実働隊で働くようになるまで、そんな特異体質持ちだったなんて知らなかった。
血管と同じように、全身に巡らされている魔力回路がイかれてしまえば、魔力が総身に行き渡らないせいで、体が動かせなくなるというわけだ。
オレの場合は、魔力回路が壊れるとショックで死ぬ可能性があるらしく、使用を制限されている薬でもあるけれど、今回のような事態に陥った場合、自分の命と部下二十二人の命、どちらを優先するかは考えるまでもない。
経験上、この状態からの回復には早くても二、三日かかるので、学院にも行けないし、任務にも就けない。
見事なまでに、重病人、いや穀潰し状態だ。
何もできることがない上に、指一本動かせない。
寝台の上で退屈を持て余していると、戸を叩く音がした。
「失礼します」
聞き慣れた声とともに顔をのぞかせた、どこか疲れた様子のニュマン副隊長は、オレが目を開けているのを見て、顔が二つに割れそうな満面の笑顔を浮かべた。
「気がつかれたようですね、よかった。
ちょうど体の向きを変えにきたんです」
なんのために?と聞こうにも声が出せない。
「隊長、ちょっと失礼します」
ひょい、と体を横倒しにされて、上側の腕を持ち上げられた。
「拵臓が麻痺状態で、魔力回路も機能していないそうです。
回復を早めるために、動かしますよ」
そういえば、前に同じことをした時も、おっさん治療術士に無理やり手足を曲げ伸ばしさせられた。
回復を早めるためだったのか。
てっきり、地味な嫌がらせだと思っていた。
ニュマン副隊長は自分が体を鍛えているだけあり、関節の可動域や筋肉にも詳しい。
身長を伸ばしつつ鍛錬にもなる鍛え方の助言を、いつもニュマン副隊長に頼んでいる。
適性がないので(※)治療術士や診療術士の資格は取れないが、治療士もしくは診療士の資格を持っているらしい。
肖像画でしか顔を知らない父親と同年代であり、経験豊富で多芸だ。
記憶にない父親より、頼りになる近くの副隊長だ。
痛みどころか、触られている感覚もないので、無理やり体を動かされると思うと怖かったが、ニュマン副隊長は始終穏やかな口調で話しかけてきてくれた。
それだけで、言葉が出せないとしても、かなり安心できた。
「隊長、あまり無茶をしないで下さい。
隊員たちが心配して、片付けが終わらないんですから」
もしかしなくても、ニュマン副隊長が疲れているのは、オレが倒れたからなのか?
「ですが、今回は助かりました、重傷が何人か出てしまいましたが、死者はゼロです」
そいつはよかった。
無茶をした甲斐はあったか。
瞬きだけで意思を伝えるなんて、器用な真似はできない。
ニュマン副隊長は一方的に報告を終えると、オレの体をまっすぐに戻して「またあとで来ます」と略式敬礼をして戻っていった。
誰も死なずに済んだなら、本当に良かった。
安堵しながら、寝るしかできないので目を閉じた。
※:治療術士=〝冷〟属性に適性がある外傷系治療魔術を扱う治療士
:治療士=適性がなく治療魔術が使えない
:診療術士=〝熱〟属性に適性がある内傷系治療魔術を扱う診療士
:診療士=適性がなく治療魔術が使えない
位階5の範囲魔術を二回と位階10の範囲魔術を一回では、位階10の方が高威力(習得難易度は倍以上)
作戦を立てる知識と経験の欠如に加えて、早くお家に帰る!と焦っているせいで、魔術の選択を間違え中
周囲を気遣いながら戦えないため不甲斐ない結果
ヨーが勝手に課した制限が多すぎて、色々と遠回り
大気中の魔素汚染、第一隊の隊員の生死、行方不明の隊員や集落の人たちの生存と安否確認、これら諸々を考えずに良い場合の最短解決法の提案
もしくは、もっと色々単純だったら
◆
スメールデルスとデイクストラ発見、巻き込みたくないから連絡するぞー。
「みんな穴から全速力で離れてくれー、全部まとめて燃やしちゃうよー。
『探索』、『周辺検索』(さらに無発声で多重発動)。
よし、多分生存者はいない、うん、いなーい。
(地中だと発動位置の指定が難しいな……)『火輪転落』」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
シギャー
グエェェ
ズボボゴゴゴボボゴボゴボ!!
「た、隊長、見渡すかぎり地上まで焼け野原になっちゃってますよ!!何してくれちゃってるんです!?」←筋肉
(ダメだこの人、何も考えてないだろ!)
「ギュエスト殿、説明してください!!」←縦じわ
(いきなり農地ごと焼くとか馬鹿ですか!)
「え?何って、生ゴミは埋め立ての前に焼却処分しないと」←本文よりさらに単純になったヒヨコ
「「…………えぇぇー」」
◆
以上で、解決
逃げ道を塞いだりしなくても、一瞬でジュッ!と燃やしてしまえば大丈夫!
※:火輪転落 位階12〜の火属性の範囲系魔術、発動範囲は特大(本編では未出)




