再び秘書 真奈美 一
自分の失敗をやり直すべく二ヶ月前に戻った真奈美とラオウ。果たして岡村の動きを封じ込めることが出来るのか?
日曜日の昼前は、環状線の車両も比較的空いている。買物に出掛けたりレジャーに出掛ける人の姿が目立っている。
昨夜、黒服に連れられて妄想列車に乗込んだ二人は、岡村がH2O化粧品に来る前日の日曜を狙って過去に戻ってきた。
「どうやら上手く戻れたみたいだな」
「黒服さんに、天国へ連れて行かれやしないかと思ってヒヤヒヤしたわ」
「その割には楽しそうにはしゃいでいたな、列車の中で」
「楽しい所なら天国でも良いかなって思っちゃった」
「黒服に連れて行かれたら、天国へ行けるとは限らない」
「私は大丈夫よ。黒服さんに好かれているもの」
「因みに、天国って、どんな所だと思ってるんだ?」
「イケメンがたくさんいて、皆私のことを大事にしてくれるような所」
「それならホストクラブへ行った方が確実だ」
「夢が無いわね」
「夢を追って死ぬより現世でお金払って天国気分を味わえる方が良いだろう」
「わざわざ死ななくも、若くて幸せだったあの頃は天国のようだわ」
真奈美はそう言って、遠い昔を見つめるような瞳を浮かべた。
「君の妄想列車の軌道に、そんなモテ期があったのか?」
一瞬、答えに詰まった真奈美は、
「今日は良い天気ね」
と、急に話題を変えて窓の外を見つめた。季節は冬。車両の中は暖房が効き過ぎて暑いくらいだ。
「また明日から仕事に行かなきゃならないのね」
真奈美が憂鬱そうに呟いた。
「そのために過去に戻って来たんだろう?」
「仕事をするためじゃないわ」
「まあ、過去をやり直すんだから仕方ない」
「面倒臭いはね」
「岡村さんが、本当に小野方さんをそそのかしたのだとしたら、論文事件も未然に防ぐことが出来る。そうなれば君も辞めずに済むよ」
「え~!そこは繰り返したいな。五年分のお給料もらって辞めたいわ」
「じゃあ、君が小野方さんをそそのかせば良いだろう」
ラオウが微笑みながら冗談を飛ばした。
「なるほどね」
真奈美が納得した風にラオウを見つめた。
(ほんまにやりそうやな、この女)
日曜の長閑な時間の中を、環状線の電車は、いつものペースで走っては停車する工程を何度か繰り返した。
「降りるぞ」
「え?」
「あの定食屋に見覚えがあるだろ」
「ほんとだ。この駅だった」
「大丈夫か?過去を繰り返しちゃだめだぞ。明日から岡村さんが君の会社に出社する」
「私の会社じゃないってば、いや、まだそうか。まだ辞めてないんだ。でも、どうして今から事務所にいくの?」
二人は岡村の所属していた、いや、している会社に向かっている。
「今日なら、インターナショナルコンサルティングに彼の荷物があるだろう。何か手掛かりが見つかるかも知れない」
「岡村さんがいたらどうするの?」
「挨拶でもしろよ」
ラオウのジョークに真奈美は真剣に脳を回転させているようだ。
(久しぶり、なんて挨拶しそうやな)
いつか通った路地を抜けて、見覚えのある古い雑居ビルに二人は足を踏み入れた。面倒そうに階段を歩いて上った真奈美は、三階に辿り着くと大きく溜息を吐いた。
「今から運動しておいた方が良いぞ。将来の君のために」
「階段が辛いんじゃなくて面倒臭いの。単純作業が苦手だから」
「人生なんて同じことの繰り返しだぞ」
「そう言われてみると、確かに人生も面倒臭いわね」
「黒服に頼んで、いっそのこと五十年ほど先に運んでもらえよ」
「私は良いけど、ラオウさんはもう死んじゃってるわよ」
「俺も一緒に行くのか?」
そんな会話をしながら、二人はインターナショナルコンサルティング社の胡散臭い事務所の前まで歩いてきた。
「こんにちは。ここはインターナショナルコンサルティンで、あなたは留守番の方ですね。僕たちは怪しい者でも警察でもありません」
ドアを開けたラオウが一気に言葉を繋いだ。
「お久しぶり」
真奈美の笑顔とラオウの言葉に、留守番嬢は少し戸惑った様子で二人を見つめている。他には誰もいない。
「僕たち、岡村さんの知り合いです」
「知り合いになる人です」
真奈美が訂正する。
「お昼ご飯まだでしょ?」
ラオウの言葉に、彼女は無言で二人を見つめている。
「これでゆっくり食べてきて下さい」
そう言ったラオウは、一万円札を彼女に手渡した。真奈美は一瞬目を見張ってラオウに何かを言い掛けたが、ふいと留守番の彼女に向き直って、
「一時間くらいはゆっくりしてね」
と念を押した。
「わかった」
女性が出ていった後、
「気前が良いのね」
と、一万円を頭に描いた真奈美がラオウを冷やかした。
「若い女の子には気前が良くなる」
「あら、私も若い女の子よ」
そう言って笑顔を残した真奈美は窓際の方へ歩いていった。
(十分過ぎるくらいご馳走してるやろ……)
「これが岡村さんのデスクよ」
真奈美が窓側にあるデスクの椅子に腰掛けた。
「どうしてわかる?」
「このノートパソコン、岡村さんのだもの」
そう言って真奈美はノートを開いた。
「パスワードわかるのか?」
ラオウの問いに彼女はニコリと微笑んで、
「manamilove」
と、口ずさみながらキーを叩いた。
「真奈美ラブ?」
呆れ顔のラオウに向かって、
「ほら、ビンゴ」
と、嬉しそうにはしゃいで見せた。
「教えてもらったのか?」
「ウウン。岡村さんが入力する時にキーを見ていたの」
「世間では、そう言うのをハッキングと言うんだ」
「へえー」
真奈美は、ラオウの言葉など全く意に介さずパソコンをいじっている。
「ちょっと失礼」
ラオウが、引出しの前にある真奈美の脚を押しやってから、引出しの中身を確認し始めた。真奈美は椅子に腰掛けてパソコンの操作に執着しているため、ラオウの行動には全く無頓着だ。
ラオウは様々な書類をチェックしながら、岡村と狭山専務の本物の契約書が無いか、隅々まで目を通した。しかし、さすがにそんな物が易々と見つかる訳がない。代わりに、ラオウは象さんのイヤリングを発見して、真奈美が二度と騙されないように、それをそっとポケットに仕舞い込んだ。
「何か真相に迫る証拠は見つかったか?」
「真相がわからないのに、探し様がないわ」
「じゃあ、何を探してるんだ?」
「女の痕跡と松山さんの想い出」
ラオウは小さく吐息を吐いてから、
「君はまだ騙されてない。岡村さんの女関係なんてどうでも良いだろう」
と言ったものの、意外に真剣な真奈美の表情に意表を突かれた。
「でも半分は松山さんなのよ」
「そっか。君の高校生時代の写真でも見つかれば良いな」
岡村の言葉が嘘だとわかっていても、信じてみたい彼女の気持ちが切なくて、ラオウは慰めに近い言葉を吐いた。
「あら、可愛い!」
真奈美が嬉しそうに叫びながら、パソコンの画面をラオウに見せた。そこには彼女の高校生時代の制服姿の画像があった。
「自分で言うな」
「やっぱり、半分は松山さんだわ」
キラキラした瞳で画面を見つめる真奈美が可愛いくて、今の幸福な気分を壊してあげたくなかったが、このままではまた岡村の嘘に騙されかねない。そう思ったラオウは心を鬼にして、
「益々怪しい。真奈美ちゃんの高校生時代をいろいろと探っていたんじゃないか?象さんのこともきっと君が誰かに話したんだよ、それを岡村さんが利用した」
と、淡々とした口調で彼女の夢想に水を浴びせた。
「夢が無いわね、ラオウさんは」
そう言った真奈美は、少しふて腐れたようにパタリとノートを閉じて小さく吐息を吐いた。だが、次の瞬間には、
「メールもファイルも空よ」
と、いつもの彼女に戻って可愛い笑顔をラオウに向けた。
「こっちもだ。収穫無し。さっさと退散しよう」
二人は静かに事務所を後にした。
「やっぱりあの子に一万円はもったいないわよ」
週明けの月曜日。狭山専務の役員室で、岡村と専務が応接ソファーで向かい合って会談をしている。
「以上が契約内容だ」
狭山が静かな声で言った。毛染めをしているのか、六十歳にしては黒々とした頭髪をしている。
「あらかじめ聞いている内容と相違はありません」
なぜか重い空気が二人の間に漂っている。
「そうですか。手段は君に任せます。期間内に結果を出して下さい」
「勿論です。結果を出した時は約束の件をよろしくお願いします」
岡村がそう言って軽く頭を下げた。
「わかっている。君のところの社長にも念押しをしておく」
「ありがとうございます」
岡村がそう言った時、ドアをノックする音が、二人を重い空気から引きずり出した。
「どうぞ」
「失礼します」
若い女性の声が響いてドアが開くと、小柄で愛らしい女性が立っていた。
「ああ、紹介しておくよ、秘書の真奈美君だ。こちら、経営コンサルタントの岡村さん。しばらくの間、君とは関わりが多いと思うので仲良くやってくれ」
狭山が二人を紹介した。
「おひさし、いや、初めまして、真奈美です。よろしくお願いします」
そう言って彼女は運んできたお茶を二人の前に手際よく置いた。
「岡村です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「どうだ、良い男だろ」
狭山が冗談ぽい声色で真奈美を冷やかした。
「ほんと、素敵な方。うちの女性社員を騙さないで下さいね、特に研究員には真面目な子が多いので」
と、真奈美は岡村の瞳の奥を覗き込んだ。一瞬、岡村の瞳の奥が揺らいだ。
「真奈美君は役員全員の秘書をしている。我々役員のことは彼女が一番良く知っているよ」
狭山は意味あり気な表情で岡村を見つめた。
「いろいろ教えて下さい」
岡村が軽く頭を下げた。
「私なんて、何も知りませんわ」
真奈美がしおらしく謙遜している。
「そんなことはない。全社の情報が何らかの形で真奈美君の前を通っている」
「それは頼もしいです。是非、ご協力下さい」
岡村が再度頭を下げた。
「はい、私でわかることでしたら。でも、専務の秘密は教えられませんよ、例えば化粧品協会のゴルフコンペで一〇〇を叩いたこととか……」
と言って、彼女は愛想の良い笑顔を置いて部屋を出て行った。その後ろ姿を見送った狭山は怪訝な表情を浮かべて、
「コンペは来週のはずだが」
と呟いた。
「どうだ、岡村からデートの誘いはあったか?」
ラオウがコーヒーカップを置いてから尋ねた。
「もう、毎日のように誘ってくるわ。半分は松山さんだって話もしてきた。全部断っているんだけど、何だか可哀想で」
真奈美は紅茶のカップを指で弄りながら答えた。
「おーい。ここで誘いに乗ったら同じことの繰り返しだぞー」
「わかってるわよ。わざわざ二か月をやり直してるんだから。同じ失敗はしないわ」
「そうだと良いけど」
ラオウは心配そうに真奈美を見つめた。
「でも、象さんのネックレスを渡された時には、さすがに断るのは辛かったわ」
「ネックレス?イヤリングだろ?」
「うーん。それが、ネックレスだと言われるとそんな気もして……」
真奈美が少し照れ臭そうな表情をした。
「いい加減な記憶だな」
「だって、高校生の頃の記憶よ」
真奈美がカップを口に運んだ。
「ほんの六~七年前のことだろ?」
「あっそっか。私、まだ二十四歳だった」
「一六~七年前のことじゃないぞ」
ラオウがニヤリと笑う。
「念押ししないで」
新しい客が店に入ってきた。
「小野方さんへの接触はどうだ?」
「特に目立ってはないわね」
「そっか」
ラオウはグラスの水を口を含んだ。真奈美はふと外の風景を眺めた。全面ガラス張りのこの店からは、通りの様子が良く見える。
「今夜は岡村さんの後をつけるぞ」
「え?でも帰宅は何時になるかわからないわよ」
「今日は早帰り日だ」
「内部事情に詳しいのね」
「優秀な秘書に教えてもらった」
ラオウは洒落たセリフだと思ったが、
「あら、そうなの」
と、真奈美にはさらりと流されてしまった。
「だから、会社の通用門近くのカフェで、君とこうしてお茶を飲んでいる」
「なるほど、そう言うことね。ラオウさんがお茶なんて珍しいと思った」
「二人でカフェに入ったのは初めてじゃないか?」
ラオウがそう言って外に視線を向けた時、
「あら、岡村さんよ」
と、真奈美が嬉しそうに指を指した。
「見つからないようにしてくれ」
二人は店を出て、適当な距離を置きながら後をつけた。人混みの中の尾行なので、気付かれる心配は少ない。
「寄り道せずに真直ぐ帰ってくれよ」
ラオウが呟く。
「変なお店に入ったら良いのに」
「変な店?」
「エッチなお店」
真奈美が楽しそうに笑っている。
「岡村がそんな店に入っても嫌じゃないのか?半分は松山君だろ」
「良いの。私も入ってみたいもの」
「変わってるな。でも入れてもらえない」
「女だから?」
「当然。お店の女の子が困る」
「そっか。つまんない」
真奈美が膨れ面を浮かべながら、高層ビルにくっついている電光広告を見上げた。
「でも裏口からなら入れてもらえると思うよ」
ラオウが笑みを浮かべながら、女性スタッフ募集の看板を指差した。
「お給料たくさん貰えるかしら?」
「君なら売れっ子になれるよ」
「ラオウさんもお客で来てくれる?」
真奈美の言葉にラオウが鼻で笑った時、横断歩道の信号待ちをしていた岡村が歩き始めた。
岡村は大阪駅に入ってから環状線ホームに向かった。
「どうやら真直ぐ帰るみたいね」
真奈美がつまらなさそうに言った。
「残念でした」
岡村はホームに上がると、内回りの電車に乗り込んだ。
「どうして内回り?岡村さんのマンションは外回りなのに」
真奈美が不思議そうに言った。
「岡村さんのマンションに外回りで行くのは君だけだ。普通の人は内回りで行く」
「エッ!ウソ!」
「この前も、外回りで帰ると大阪駅まですぐだった」
ラオウの言葉に、真奈美は虚空を見つめて考えていたが、
「もう、内とか外とか良くわからないわ」
と、理解を諦めた。
そんな話しをしている間に岡村が下車した。二人も降車して岡村の後を付けてゆく。前にも歩いた道だ。
マンション街に入り込んでしばらく進んでゆくと、見覚えのあるマンションが現れた。だんだんと人通りが少なくなってきたので、気付かれないように更に距離を置き、マンション近くでは路地に身を隠して様子を窺った。
岡村は何の警戒心も持たずに、さっさとマンションのホールへと足を運んでいった。
岡村がホールに消えたのを見届けた二人は、路地から通りに出てマンションを見上げた。
「結局どこへも寄り道しなかったな」
「残念だわ。ラオウさんがエッチな店に連れてってくれれば良いのよ」
真奈美がそんな冗談を零した時、突然、正面から走ってきた黒いワゴン車がハザードランプを点滅させて二人の横に停車したかと思うと、中から機敏な動きで飛び出してきた数人の男たちが、瞬く間に二人を取り囲んだ。
そして、一瞬間でラオウの左右と正面を屈強な男たちが固めた。ラオウは身構える間も無く、動きを封じ込められてしまった。
「何だ、あんたたちは?」
ラオウはこの男たちが岡村の背後にある組織の者のように思えた。「怪しい者ではない」
「こんな振る舞いをして、十分怪しい」
「少し話しを聞きたいだけだ」
「だったら身分を明かせ」
ラオウが正面の男を睨みつけた。
「警察だ」
男は内ポケットから警察手帳を取り出してチラリと見せた。
「林さんか」
「なかなか動体視力の良い奴だ」
「もったいぶる名前でもないだろ」
一瞬、不快な表情を浮かべた林は、
「車に乗れ!」
と、命令したが、その命令口調にムッとしたラオウは、
「断る」
と冷たく跳ね付けた。
「後悔するぞ」
「どういう意味だ。強迫か?」
「お願いしているだけだ」
「それがお願いする態度か?」
ラオウは更に男を睨みつけて、
「いくら警察でも強制は許さない!」
と、少し声を荒げた。
「そうか。だが、連れの女は喜んで乗ったぞ」
林は車の方を顎で示した。
「ワアー革張りのシートじゃない!ウーハーは積んでるの?」
ワゴン車のシートに腰掛けた真奈美が楽しそうに叫んでいる。
(何で乗るねん?)
「お前も乗れ!あの女をひとりにする訳にはいかないだろう」
林が凄んで見せた。
「そうだな。あんたたちが気の毒だ」
そう言ってラオウも車に乗り込んだ。真奈美とラオウの両側に男が座り、二人を挟んでいる。真奈美がシートポケットの中を漁り始めた。
「何をしてる?」
「手錠と目隠しはどこ?」
「はあ?」
「目隠しをして、どこかの倉庫に拉致するんでしょう?」
なぜか真奈美は楽しそうにはしゃいでいる。
「こいつらは警察らしいぞ」
「あら、警察が拉致するのはまずいんじゃないの?」
「だから拉致などしない。話しを聞くだけだ」
「な〜んだつまらない」
と言って真奈美は背もたれに身体を投げ出した。
「で、何を聞きたい?」
ラオウが林に向かって言った。林は助手席に乗り込んで、上体を捻った形で二人と話している。
「お前たちは岡村とどういう関係だ?どうしてあの男を尾行している?」
「未来で私を裏切った男だからよ」
即座に真奈美が答える。
「この女、大丈夫か?」
「たまにこうなる」
と、ラオウが林に告げてから、
「裏切られる以前に付き合わないとな」
と真奈美をからかった。
「付き合うために尾行しているのか?」
林が半信半疑で真奈美に確認した。
「だったら私ひとりで尾行するわよ。何でオヤジと一緒なのよ」
真奈美が呆れ顔で林をねめつけた。
「この人は化粧品会社の秘書だ。岡村たちが画策して、協賛カンパニーに高額融資をさせようとしている。だから時々奴の私生活も監視している」
ラオウが引き締まった表情で答えた。
「協賛カンパニー。どんな会社だ?」
「あんたたち、公安だろ?ブラックリストに載ってないのか?」
ラオウの言葉に男が目を光らせた。
「何で公安だと思う?」
林が恐い表情を浮かべている。
「岡村の背後とC国が繋がっていそうだからだ。その岡村をマークしているとしたら公安だろう」
と、ラオウが言った時、突然真奈美が大きな声で話し始めた。
「この人も未来から来ているのよ、私たちは日本の危機を救おうとしているのに、もう少し丁寧に扱いなさいよ」
真奈美はラオウの太腿に膝を着き、身を乗り出して林にクレームを付けた。
(痛いんやけど)
「座りなさい!」
真奈美の横にいた男が真奈美の胴回りに腕を回して後ろに引き戻そうとした。
「キャア!胸を触らないでよ!」
「触ってない」
「ウソ、つかんだでしょう!」
真奈美が両腕で胸を隠すようにして叫んでから唇を尖らせた。
「つかめないだろう」
ラオウが素朴な表情で彼女の胸を見た。
「何でラオウさんがこの人たちの味方するのよ」
「何にしても誤解だ。偶然当たったのかも知れない。許してやってくれ」
林が少し謙虚な態度になって詫びた。
「まあ、良いわ」
真奈美が大人しくなって元どおりに座った。
「岡村の背後関係を教えてくれ」
今度はラオウが要望を口にした。
「何で民間人に教える必要がある?」
「これは取引だ。協賛カンパニーと、C国の某国営企業が繋がっている」
「本当か?」
林がラオウの瞳の奥を見据えている。
「自分で調べてみろ」
ラオウは自信たっぷりに言って、更に、
「俺のことを」
と言い掛けた時、
「俺たちでしょう」
と真奈美が割って入った。
「俺たちを信じられるようになったら連絡をくれ。そうしたらもっと重要な情報を教えてやる。ただし、その時は岡村に関する情報をすべて教えろ」
「素人が偉そうに」
林は忌々しそうな表情を浮かべている。
「まあ、好きにしてくれ。俺は、いや俺たちはどちらでも良い」
と、ラオウがクールに言ってから、
「じゃあ、失礼するよ」
と言って車のドアを開くように目で促した。真奈美もシートポケットから自分の携帯を取り出して、
「お尻触らないでよ」
と、窓側の男に釘を刺した。
「そんな所に携帯を入れていたのか?」
「だって他に置く所がないもの」
真奈美の言葉などさらりと聞き流されて、林はドアを開けてラオウたちを外に誘った。
「ありがと」
真奈美は、男たちに涼しい笑顔を残して車を降りた。
「じゃあな、連絡を待ってる」
そう言ってラオウが男たちに背を向けて歩き始めた。
「約束守ってよ!」
真奈美が男たちを振り返って笑顔で叫ぶ。
「何の約束だ?」
「岡村さんに関する情報を全部教えてくれるって」
「約束した覚えはないな」
林が悔しげな表情で強がっている。
「あら、そんなこと言っても良いの?この携帯でみーんな録画してたのよ」
一瞬、男たちの表情が固まり、ラオウも驚いて真奈美を振り返った。
「その人が私の豊満な胸を鷲づかみにしたところも撮ってるわよ!」
しかし、男たちは小さな吐息を吐いてから、彼女の言葉は黙殺して車に乗り込んでいった。
「何よ、皆。何で無視なのよ」
そう言ってラオウを見上げた。ラオウも絶句したまま言葉が出ないでいる。
「嘘だと思ってるの?」
「かなり嘘が混じっている」
「ほら、ちゃんと撮れてるわ」
真奈美が映像を再生してラオウに見せた。
「明らかに君が擦り付けているようだけど。しかも微妙に届いてない」
「そんなことないわよ、ちゃんと見て」
そう強気で言い放った彼女だが、もう一度自分で動画を覗いてから、
「ま、雰囲気、雰囲気」
と言ってパチリと携帯を閉じた。
公安のワゴン車が静かに走り去っていった。
「岡村は、もう公安にマークされていたのか」
ワゴン車を遠目に見送ったラオウが呟いた。
「帰りましょうよ」
「小野方さんが来るかも知れないぞ」
「来ないわよ。二人はまだそんな仲じゃないわ。話もしていないはずよ」
「明日、小野方さんの住所を調べてくれ」
「あら、秘書の私に情報漏えいしろと言うの?」
「どうせ辞める積もりなんだろ?」
「五年分のお給料もらえたらね」
「良く考えてみたら、俺たちが知っている事実は、岡村と小野方さんがこのマンションの同じ部屋に入ったと言うことだけだ」
「それで十分でしょ」
「元々どちらのマンションなのか調べていない。岡村のマンションに小野方さんが来ていたのか、その逆なのか」
「だから?」
「もし、小野方さんの住所がここだったら、既に二人ができていることになる」
「岡村さんがうちに来てからまだ二週間よ。そんなに早く男女関係になるなんて考えられないわ」
真奈美が笑いを零しながらラオウの考えを否定した。
「二週間もあれば十分だろう」
「あら、自信たっぷりね。実績があるの?」
真奈美が、悪戯顔でラオウの瞳を覗き込んだ。
「じゃあ、もう少し待ってみるか?小野方さんがやって来るかも知れない。早帰り日だしな」
今度はラオウが真奈美の動揺を探るように瞳を覗き込んだ。
「お腹空いた」
真奈美は、ラオウの言葉を無視するかのように、少し拗ねたような口調で話題を変えた。
「良く減るお腹だな」
「ラオウさんみたいな失業者じゃないの。いち日働いてきたんだからお腹も空くわよ」
そう言い残して彼女はさっさと歩き始めた。
「駅はこっちだぞ」




