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妄想列車  作者: 夢追人
18/23

秘書 真奈美 四

新聞社で記事の真相をしった真奈美とラオウ。ことの重大さに、天然真奈美も自分を責める。

 やや古めかしくはあるが、歴史の重みを感じさせる巨大なビルのエントランスで、真奈美とラオウは来客用ソファに腰掛けている。忙しそうにエントランスを行き交う社員や受付で丁寧にお辞儀をしている来客者たちを目で追いながら、真奈美は大きなあくびをした。

「大きな口開けるなよ、良い女が台無しだ」

「やだ、良い女だなんて。照れるじゃない。も一度言って」

 真奈美が喜びながら手櫛で髪を整えていると、前方から奈川が近づいて来た。

「また、あんたたちが現れるとはな」

 奈川は挨拶もそこそこに憎まれ口を叩いて二人の対面に腰掛けた。

「見えない糸で繋がっているのよ」

 真奈美が愛想を振りまく。

「ややこしい事件に巻き込まないでくれよ」

 そう言って彼は受付嬢に合図を送った。

「奈川君も、あの後色々良い目に会ったんじゃないか?裏事情を知っていたから記事のネタにはこと欠かなかっただろ?」

と言うラオウの言葉に、

「まあね、少しは出世出来ましたよ」

と、含み笑いを零してから、

「で、何の話を聞きたいんですか?」

と、本題に入った。

派九里興業(ぱくりこうぎょう)の無人島買収の記事を書いた記者に合わせて欲しい」

「もう、会っていますよ」

「あら、奈川さんがあの記事を書いたの?丁度良かった。建設予定のリゾートホテルっていくらくらいで泊まれるの?」

 ラオウと奈川は目を丸くした。

「すまない。そこまで詳しい取材はしてない」

 奈川は困惑しながらも真面目に答えている。

「ホテルの料金も気になるが、派九里興業の無人島買収の件で、政府が何を調査しているのかを教えて欲しい」

と、ラオウが質問を改めた。

「どうしてそんなことを知りたがるんですか?」

「真奈美ちゃんはH2O化粧品で秘書業務をやっていた」

「何だ、マナちゃんじゃなかったのか」

 再び奈川の表情に戸惑いが広がる。

「私はあんなにきつい性格じゃありません」

「真奈美ちゃんは、例の活性化酵素論文事件の件でクビになった」

「ああ、論文を間違えたとか言う、あのドジな総務部担当者は君だったのか」

「彼女は人見御供にされただけだ」

 一瞬、奈川が真奈美の瞳を凝視してから、

「良くある話だな。それは残念でした」

と言って彼女を慰めた。

「本人は喜んでる。退職金をたくさんもらって」

 ラオウの解説を聞き流しながら真奈美は嬉しそうに笑っている。

「君の会社が業務提携して融資した協賛パンパニーは、派九里興業と裏で繋がっている」

 奈川が少し身を乗り出してから抑え気味の声で話し始めた。

「もう私の会社じゃないわ。辞めたんだから」

 奈川が一瞬困惑した表情でラオウを見つめた。

「余り気にしないでくれ」

 ラオウは視線で言葉を促した。

「そして、派九里興業は実質上C国の国営企業です」

「C国の?」

 ラオウの表情が硬くなってゆく。彼は真奈美の歪んだ大学時代の暗い雰囲気を思い浮かべながら、

「じゃあ、岡村さんもC国関係の人間なのかも知れないな」

と、真奈美に向かって言った。

「誰ですか?その人は」

「真奈美ちゃんは怪しい会社から来た岡村と言う怪しい男に騙されて、広野専務のパソコンにウイルスソフトを仕込んだ」

「広野専務って狭山専務と対立していたと言う専務ですか?」

「あら、うちの会社のこと良く知ってるわね」

「うちの会社?」

 奈川は真奈美を見つめて何か言おうとしたが、

「余り気にしないでくれ」

と、ラオウが遮ってから、

「その後、派九里興業への融資に反対していた広野専務が賛成に回って融資が実現した。広野専務のパソコンにあった情報が全て何処かに転送されていたようだ。トロイの木馬系のウイルスで」

と、話を繋いだ。

「知らなかったのよ、パソコンの動きを速くするソフトがトロくするソフトだったなんて」

 真奈美が弁解気味に釈明した。

(意味わかってるんか?)

「なるほど。退職金泥棒と言うのは君のことだったのか」

 奈川がH2Oの取材で耳にした言葉を思い出した。

「小熊が話したのね。退職金は悟空代よ」

 奈川が困惑顔でラオウに助けを求める。

「余り気にしないでくれ」

 そこへ受付嬢がお茶を運んできてくれた。そのお茶をひと口飲んだ真奈美は、

「何のために無人島なんかにリゾートホテルを作るの?」

と、急に声色を変えて、真剣な表情で質問した。

「そうだ。派九里興業が実質上C国の国営企業なら、奴らの狙いは何だ?」

 ラオウも彼女と同じ疑問をぶつけた。しかし、奈川は少し俯いて口を閉ざしている。

「奈川さんはもうわかったんですか?奴らの狙いが」

 真奈美が更に突っ込む。

「当然だ。とても不味い状況になっている」

 奈川が静かに顔を上げて二人を交互に見つめた。

「不味い?」

 ラオウが呟いた。

「リゾートホテルがどこかのホテルの完全パクリだとか?」

 真奈美も自分なりに考えているようだ。

「地図を良く見て下さい」

 奈川の深刻な声に急かされるように、真奈美が携帯を開いて無人島付近の地図を表示した。ラオウが目を細めて凝視している。

「老眼?」

 真奈美が老人を労るような口調で尋ねた。

「乱視だ」

「陸からも近いし、ボートでホテルへ向かうのもオシャレね」

 真奈美はホテルへの興味が尽きないようだ。

「勝浦にそんな宿があった」

「勝浦温泉?良いなあー。私も行きたい」

 真奈美がラオウにねだるような視線を送る。

「もし良かったら、温泉話は後にしてくれませんか?」

 奈川が小さく溜息を吐いた。

「はーい」

 真奈美が可愛く返事をしながらラオウを肘で小突いた。

(俺かよ)

「いいですか、島の付近に何があるのかよく見て下さい」

 奈川が鋭い瞳で二人を見つめた。地図を凝視する二人。重い空気が三人を包み込む。

「アッ!」

と、突然真奈美が小さく叫んだ瞬間、

「原発!」

と、ラオウも思わず叫んだ。奈川が静かに頷く。真奈美もドヤ顔で頷いている。

「そうです。原発の目と鼻の先の島をC国の企業が買収したと言うことです」

 ラオウの表情が重苦しく沈んでいった。

「それがどうして不味いの?」

 奈川とラオウがポカンとした表情で真奈美を見つめた。

(あんた、ほんまは何を見つけたんや?)

「この島にC国がミサイルでも持ち込んでみろ。いや、そんなたいそうな物は要らない。ショルダータイプのロケットランチャーひとつで日本は数十万人の人質を取られる」

 ラオウが真奈美に向かって説明した。

「ショルダータイプなら小さな漁船でも運べる」

「武器なんてそんなに簡単に持ち込めるの?」

 真奈美が半信半疑な口調で言った。

「日本にどれだけのC国スパイがいると思ってる?C国だけじゃない。世界中のスパイや諜報員が日本で活動している。小型武器くらい簡単に持ち込めるさ」

 奈川が真奈美に日本の現状を教えた。

「スパイを取締れないの?」

「法律が無い」

「日本だけ?」

 奈川が頷く。

「スパイを取締ると人権侵害に繋がって、暗黒の時代になるらしい」

 ラオウも口を挟んだ。

「意味不明」

 真奈美は理解することを諦めて、

「スパイはさておき、島の買収は何とか止められないの?何かの法律違反とかで」

と、奈川に質問した。

「無理だ。奴らはあくまでも合法ビジネスとして購入している。日本には日本の民間企業が土地買収を阻止する法律はない」

 奈川が悔しそうに説明した。

「派九里興業はC国の企業なんでしょう?」

「実質上だ。法律的には日本企業の条件を満たしている」

「この国は全く呑気な国だ。そのうち本当にC国に占領されてしまうぞ」

 ラオウが怒りを零しながらひとり言を言った。

「そんな怪しい企業にうちの会社が十億も融資したのね」

「島の買収価格は五十億だから、他の企業からも融資を受けているのだろう」

 奈川は、売国奴のような企業が他にも複数ある事実を苦々しく口に出した。

「しかし、どうにかして島の買収を止めないとな」

「もう、遅いんでしょう?」

 真奈美が奈川を見つめて言った。

「正式の手続きは終わっていない。契約前にうちがスッパ抜いた」

「政府が事実をつかんだら何か対策を打てるかも」

 ラオウが薄い期待を寄せてみた。

「無理だろう。ひととおり調べてみたが、派九里興業の経営は健全だ。特に不正は見当たらなかった」

「何かでっち上げれば?」

 真奈美の瞳がキラリと輝いた。

「君はC国でも生きていけるよ、きっと」

 ラオウが溜息混じりに彼女をほめた。

「じゃあ、このまま奴らの好きにさせる訳?そんなの絶対許さない!ラオウさんももっと責任感を持ちなさいよ。日本男児でしょ!」

 なぜか真奈美が急に熱くなった。

(俺、何で叱られてるの?)

「そもそも、真奈美ちゃんが岡村なんかに騙されたのが事の発端だ」

 ラオウは真奈美に反撃した。

「男のくせに、済んだことをくどくどと言わないの!」

「君は少しくらい済んだことを振り返った方が良いと思うけど。たまには反省してみるとか」

 ラオウの言葉に、熱くなっていた真奈美がシュンと俯いて、珍しく神妙な表情を浮かべながら冷めたお茶を口にした。

「反省したわよ」

「ハヤ!」

「もう、男には騙されない」

 真奈美が顔を上げてニコリと微笑んだ。

「そうだな、それは賢明だ」

 やや小馬鹿にしたようなラオウの言葉に、真奈美は何やら含み笑いをしながら二人の男を見つめた。

「何だ?その不気味な笑いは……」

 奈川が不安げに彼女を見つめている。

「不気味って……。可愛いと言いなさいよ」

「はいはい、君は可愛いよ。で?」

 奈川がサラリと流して話を促す。

「反省したら良いことを思いついちゃった」

「何を?」

 奈川が少し身を乗り出している。

「余り期待しない方が良い」

 ラオウはお茶を飲みながら奈川に釘を刺した。

「とにかく夜桜を見にいきましょう」

 真奈美が意味ありげに微笑んでいる。

「何で夜桜?」

「今夜辺りが見頃だもの。ビール買ってね」

 そう言った彼女は残りのお茶をグイと飲み干して、

「ウッ」

とゲップをした。


 夜になると、大川沿いの桜並木は、たくさんの花見客と酔払いで埋もれてしまう。芝生にシートを敷き、BBQコンロまで持ってきている団体もいる。露天もたくさん立並び、イカ焼きのソースが焦げる香りが香ばしく漂ってくる。

「ね、見頃でしょう?」

 ベンチに腰掛けておでんを頬張る真奈美は、ドヤ顔でラオウに缶ビールを手渡した。

「ニュースで言ってたからな」

 ラオウは缶ビールのプルトップを開けて彼女に返した。

「ありがと」

 真奈美は受け取ったビールをあおって、

「アー、ウマ!」

と言ってから、箸で摘んだ大根をラオウの口の前に持ってきた。ラオウは一瞬躊躇したが、少し照れ臭そうに口を開けて大根を受け取った。

「アツッ!」

「美味しい?」

 ラオウは慌ててビールを口に流し込む。

「君の舌は耐熱か?」

「あら、竹輪は熱くなかったわよ」

「大根食ってたんじゃなかったのか」

 ラオウはそう言ってもう一度ビールを口に含んだ。

「仕方ないなあ。フーフーしてあげる」

 真奈美はもう一度大根に箸を入れて、念入りに吹き冷ました後、恐る恐る開いたラオウの口に放り込んだ。

「美味しい?」

 しかし、ラオウは鼻を摘んで目を細めた。

(どれだけカラシ塗ってんねん!)

 カラシに苦しむラオウの姿を見て真奈美がケラケラと笑っている。

ラオウは涙を流しながら、ライトアップの灯りにほんのりと浮かんだ彼女の笑顔が堪らなく可愛いと感じて、このまま抱き寄せてチューしたくなった。

 この時代にいる間にチュウー出来れば、未来に戻っても真奈美は覚えていてくれるらしい。

「ちゃんと確認しないとだめよ」

 真奈美はまだ笑いが止まらない。

「大根の裏側までチェックするような用心深い男は嫌いだろう?」

「そうね、小熊みたいで嫌だわ」

 ようやく笑い終えた真奈美が、おでんを器ごとラオウの渡し、缶ビールをゴクリと飲んだ。 

「で、そろそろ君のアイデアを聞かせてくれよ」

「え?何のアイデア?」

 真奈美は素で疑問顔をしている。

(何しにきたん?)

「無人島の買収を止める良い考えがあるんだろ?」

「ああ、そうだった。あまりに桜が綺麗だから、すっかり忘れてた」

「ビールが美味いからじゃないのか?」

「それもある」

 そう言った真奈美は、口を開けておでんを催促した。

「ほんとは良い考えなんてないんだろ?」

 ラオウはカラシのお返しをしようかと思ったが、面倒なのでジャガイモを割って彼女の口元に差し出した。

「失礼ね、反省したら神様のお告げが閃いたのよ。正確に言うと神様の使徒のお告げかな」

 真奈美は口の中でジャガイモをホクホクさせながら反論した。

「使徒って、あの無愛想な黒服か?」

「あら、私には優しいわよ」

「それは奴に下心があるからだ」

「やめてよ、まだ死にたくないわ」

「いや、下心と言えば普通……」

と、ラオウがもうひと言言おうとした時、

「だったら俺を呼び出したりするなよ」

と、二人の背後から黒服が声を掛けた。

「いつからそこにいる?」

「ね、見頃でしょ」

 黒服が無愛想に真奈美の真似をした。

「もっと早く声を掛けろよ」

「良い雰囲気だったしな。お前が例の行動を取る積りなのかと思って見ていた」

「何?例の行動って」

 真奈美が不思議そうな瞳を黒服に向けた。

「何でもない」

「オッサン二人の秘密?キモ~イ!」

「それより何をしに来た?」

 ラオウが不機嫌に尋ねた。

「ひとを呼んでおいて、その言い方はないだろ」

「人じゃないでしょ?」

 真奈美がお茶目な表情を浮かべている。

「俺は呼んでない」

「反省したら、失敗を取り返す方法を思いついたの」

 真奈美が、黒服を呼んだ理由を告げた。

「岡村の命を奪うのか?」

 ラオウが、真奈美の考えを恐る恐る確かめてみる。

「俺に殺す権限はない。神様に頼め」

「そんな野蛮な真似しないわよ」

「じゃあどうするんだ?」

 ラオウは少し安堵した。

「昔に戻るのよ。岡村さんに会う前に戻るの。そしたら今度は絶対に騙されないわ」

 真奈美が自信たっぷりな表情で言った。

「どうやって戻るんだ?」

「黒服さんが知ってる」

 ラオウが黒服を見つめる。

「今の妄想列車は、未来には進めないが過去には戻ることが出来る」

「人生とは真逆だな」

「キャア、カッコ良いセリフ」

 真奈美が嬉しそうにはしゃいでいる。

「ただし一年以内の過去だ。それ以上は精度が落ちる」

「また変な社会に迷い込むんじゃないだろな」

 ラオウが猜疑の目で黒服を睨んでいる。

「保証はしない。だが真奈美の話だと、ふた月ほど昔らしいじゃないか。それなら大丈夫だろう」

「何だ、もう話してるのか」

「黒服さんは、呼んだらいつでも来てくれるもの」

「ほう」

 ラオウは探るような視線で黒服を見つめた。黒服は桜を見上げてうそぶいている。どこかの花見集団から歓声が沸き起こった。

「じゃあ、今から向かうぞ」

 黒服が冷たく言った。

「ええ!こんなに桜が綺麗なのに、もう行くの?」

真奈美が口惜しそうにすねてみせた。

「二ヵ月後にまた見られる」

 黒服が素気なくあしらった。

「ビールぐらい飲ませてよ。まだ四本もあるのよ」

「あまり飲みすぎると太るぞ」

「未来に戻ったら、体型も戻るんでしょ?」

「カードの使用履歴も消えるんだろうな?」

 ラオウも不安そうな声で確認した。

「俺は何も言っていないぞ。真奈美はそう思い込んでいるようだが」

 ラオウと真奈美は顔を見合わせて目をパチクリさせた。

「マジか?」

 ラオウの声が緊張気味だ。

「マジなの?」

 真奈美も驚いて黒服を見つめた。

「俺は忙しいんだ。今夜も二人、あの世に送らなければならない」

 黒服が面倒臭そうに大きな声で言った。

「二人って。まさか!私たちを騙して、あの世に送り出すんじゃないでしょうね!」

 真奈美が不安気に叫んだ。

「お前と話していると、時々そうしたいと思うことがある」

 黒服がそう言ってニヤリと口元を緩めてから、

「しかし、俺にそんな権限はない。それに神様も、今のところお前たちに興味はない」

 と言って鼻先で笑った。

「このままずっと忘れてくれたら良いのに」

「そう伝えておく」

 そう言い残して黒服はさっさと歩き始めた。

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