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第3章・第18話「最終決済、空白の領収書」

 右腕が、芯から白く燃えていた。

 門番が放った「確定斬」の重みが、霊殻アーマチュアの深層回路を通り抜け、俺の神経を一本ずつ焼き切るような熱となって暴れている。

 「俺が斬られる」という邪神側の勝手な帳簿。

 本来なら、その文字が書き込まれた瞬間に俺の身体は二つに分かたれ、存在権を没収されているはずだった。だが、俺の右腕にある「全ステータス1」という名の空白地帯は、その暴力的な決済を未登録の伝票として呑み込み、現実への定着ホールドを拒み続けている。

 

 ……不快だ。

 他人の人生の終着点を、相談もなしに書き換えるような傲慢な経営。そんな不良債権の押し付け、俺のタクシーじゃ一円たりとも受け付けねえよ。

 

「——おじさん、今! そこが決済ラインだよ! 全部、まとめて叩き返して!」

 

 魂の芯で、セフィラの叫びが響いた。

 彼女の指が、俺の脳内に描かれた「因果の継ぎ目」を黄金の光でなぞる。門番が確定させた結果が、まだ現実へと固定されていない、コンマ数ミリの未決済領域。俺は、白熱する右腕を突き出し、その「継ぎ目」へと指をかけた。

 バイアウト、開始だ。

 

 俺はエリアが作った「揺らぎ」を、親父が解禁した「回路」を、セフィラが見つけた「継ぎ目」を、そのすべてを一撃に束ねた。地のテラの質量に、全属性の共鳴を上書きする。

 俺の拳が、門番の胸部装甲に触れた。

 

 ドォォォォォォォォォンッ!

 

 ……通じない?

 

 驚いた。

 渾身の拳が、門番の表面で火花を散らして弾かれた。あいつは俺が拳を振るうという過程プロセスを読み飛ばし、「門番は倒れない」という結果を、帳簿の余白に強引に追記アップデートしやがった。

 

 最悪だ。

 

 圧倒的な「帳簿の上書き速度」。こちらがどれだけ有効な攻略を積み上げても、あいつが最後に一筆加えるだけで、すべての努力は無価値なコストへと成り下がる。門番の光の大剣が、俺の首筋を刈り取ろうと、物理法則を置き去りにして加速した。

 

「……カイト、諦めないで! あたしが……あたしが、その帳簿を汚してあげる!」

 

 背後でエリアが叫び、青白い水の神威が俺を包み込んだ。俺の右腕のアースが、彼女の意志を受けて一段と濃く、粘り強く変質する。

 

 変だな。

 

 弾かれたはずの俺の拳の跡に、小さな、けれど確かな「亀裂」が入っていた。門番の計算が、わずかに狂っている。俺の「空白」が、奴の確定させた結果を逆流させ、帳簿の整合性を内部から蝕み始めているんだ。

 

「……親父、持たせてくれよ。……これ、かなりの過積載オーバーロードだぞ」

 

『……ヘッ、ガタガタ抜かすな! 予備の部品いのちなら、ここにある全員が積み込んでるんだ。……いけ、カイト! その不渡り野郎に、本当の経営を教えてやれ!』

 

 通信機から響く親父の怒号。俺は回避も防御も捨て、門番の全出力と真っ向から激突した。

 

 カチリ、カチリ、カチリ、カチリッ!!

 

 骨の芯で鳴り響く、断絶した接続音。

 門番の剣と、俺の右腕。確定した死と、定義されない空白。二つの理不尽な論理が、聖域の中心で物理的な質量となって押し合う。一秒が一年のように感じる、極限の拮抗。

 

 バキィィィィィィィィィンッ!

 

 ……っ

 

 ミシミシと悲鳴を上げていた俺の霊殻の右腕が、ついに限界を超えて爆ぜた。装甲の破片が俺の顔を傷つけ、衝撃フィードバックが肺を押しつぶす。視界が真っ赤な警告色に染まった。

 

 重い。

 星の支配権を、仲間全員の命を一人で背負うってのは、これほどまでに残酷な重さなのか。

 

 だが、その重みが、今の俺には愛おしかった。背中に感じるエリアの温もり。脳内で震えながらも立ち続けるセフィラ。通信の向こうで見守る親父。一人の運転手(個人)じゃ絶対に耐えられなかったこの負債も、今の俺たちなら、不渡り(無効)として跳ね除けられる。

 

「……決済、完了だ」

 

 俺は、砕け散る寸前の右腕に溜め込まれた「確定した死」を、そのまま門番の喉元へと送り返した。因果の継ぎ目を、俺の空白で無理やりこじ開ける。

 

 ——逆流。

 

 門番が俺に強いた「斬られる」という結果を、邪神側の帳簿から切り離し、あいつ自身の存在定義へと転写トレースする。

 

「お前は、もうここにいちゃいけない客だ。……お前の存在そのものを、帳簿から『対象外』にする」

 

 ドォォォォォォォォォォォォォォォンッ!

 

 白銀の世界が、内側から裏返るような爆音。門番の巨躯が、物理的に破壊されるのではなく、古いデータのゴミが消去されるように、端からパラパラと灰色のノイズとなって崩れていく。感情のない門番の瞳が、初めて「理解不能」という驚愕に揺らめき、そして——霧散した。

 

 物理的な死ではない。邪神が管理する「世界の資産リスト」から、門番という項目が、俺の空白によって一括削除デリートされたのだ。

 

 沈黙。

 

 耳を劈いていた警報も、不快なアニマの呻きも、すべてが止まった。俺たちの目の前にあった巨大な「門」が、主を失って音もなく開き、その先にある聖域の深淵を露わにする。

 

 ……最悪だ。

 

 勝利の確信と同時に、全身の毛穴からすべての熱が抜け落ちた。視界が急速に狭まり、膝の感覚が消失する。

 だが、倒れ込む俺の視界に飛び込んできたのは、平穏な終わりではなかった。

 

 開かれた門の向こう側。

 そこには、これまで俺たちが「世界」だと思っていた景色を何十倍も上書きするような、広大な「帳簿の迷宮」が広がっていた。空を貫く白銀の書架。その間を縫うように、邪神に支配権を奪われ、化石のように固まった「他種族(旧株主)」たちの影が、無数に浮遊している。

 エルフ、ドワーフ、そして見たこともない獣人。彼らは死んでいるのではない。支配権という名の魂を差し押さえられ、この聖域の維持管理パーツとして強制労働スタックさせられているんだ。

 

「カイトッ!?」

 

 エリアが駆け寄り、崩れそうになる俺の肩を抱きかかえた。

 

「……ああ。……メーターは、一旦止まったみたいだが……」

 

 俺は、上着のポケットに忍ばせていた一枚の汚れたメモをエリアに手渡した。

『目的地:最高の青空。運賃:生きて帰ったら請求』

 

「……エリア。……王都の空は買い戻したが、この『本店』の帳簿はまだ真っ黒だ。……あの客(他種族)たちを、このまま放置して廃業するわけにはいかないだろ」

 

「ええ。……これだけの『負債』、あんた一人に背負わせるわけにはいかないもの」

 

 エリアの泣き笑いのような声と、実体化したセフィラの「おじさん、すごーい!」という歓喜の声が、聖域の冷たい空気に響く。

 

 門番を消した。入り口はこじ開けた。

 だが、俺の観察眼にははっきりと見えている。この「始まりの聖域」の奥深く、まだ誰も触れていない千年前の不渡りの記録と、そこで救いを待っている膨大な数の「客」たちの気配が。

 

 ……次の営業所ルートは、この聖域の中だな。

 

 俺は、深い、深い眠りに落ちる寸前の意識で、開かれた扉の先を見据えた。

 右腕に宿った、支配権を背負った代償としての奇妙な拍動。それが、次のバイアウトへのカウントダウンのように刻まれている。

 不渡りの営業所、王都編・完走。

 そして——聖域内部、真実解明編のメーターが、今静かに動き出した。

【あとがき】

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


「最終決済、空白の領収書」


門番が突きつけた「斬られる」という運命の帳簿。

それはカイトの回避も防御も無効化する、絶対的な不渡りの通知でした。

しかし、カイトは一人の運転手としてではなく、乗客(仲間)の想い全てを背負う「運行責任者」として、その衝撃を真正面から受け止めます。


「俺のタクシーは、不渡りの決済は受け付けねえんだよ」


エリアが作り出した「揺らぎ」を、親父が解禁した「リミッター」を、セフィラが見つけた「継ぎ目」を

すべての想いを「空白の株」に詰め込み、門番という不条理なシステムごとデリートする――。カイトという「バグ」が世界の理を逆流させた瞬間でした。


門番という大きな壁を崩し、入り口を開いた先で彼らが見たもの。それは、この星の支配権を奪われた無数の魂たちが囚われた「帳簿の迷宮」でした。


王都を救い、一時的に青空を取り戻したカイトたち。しかし、彼らの走りはまだ終わりません。

この星の根源にこびりついた「千年前の不渡り」と、救いを待つ魂たちを解放するために、聖域の深淵へと足を踏み入れます。


第3章・王都編、ここに完走です

ここまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。王都という狭い車内を飛び出し、物語はより広大な星の運命を賭けた「真実解明編」へと加速します。

カイトたちのメーターは、これからも止まることはありません。


次章の冒険も、どうぞお見届けいただけると嬉しいです!

皆様の評価やレビューが、カイトたちの次の燃料になります。

いつも本当にありがとうございます。

次回の運行でお会いしましょう!

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