第3章・第7話「不採算部門の強行突破」
背後で神威庁の正門が、瓦礫の雨となって崩れ落ちた。
視界を埋めるのは、粉砕された石材が巻き上げる白煙と、鼓膜を執拗に刺し続ける警報の咆哮だ。
俺は一歩、踏み出した。
神威庁のメイン回廊は、白煙の向こうに整然と並ぶ盾の列で埋め尽くされていた。
帝国製の霊殻部隊が、隙間なく陣を敷き、三層に重なったその重厚な陣形は、逃げ場のないガードレールのように通路を完全封鎖している。
……面倒な路上駐車だな、おい。
だが、タクシーの運転席から見れば、こんなのはただの不適切な障害物でしかない。
「親父の設計図が、この程度の渋滞で止まると思うなよ」
俺は思考のメーターを一段階跳ね上げ、最短ルートの選択を霊殻の駆動系に転写した。
親父が調整してくれた換装コアが、俺の「型」に呼応して、かつてない精度で噛み合う。
カチリ、カチリ、カチリ——!
重層的な接続音が耳の奥で和音を奏で、アニマの密度が身体の境界線を越えて硬質化していく。
俺は正面から突っ込むと見せかけ、左の壁を垂直に蹴り上げた。
重力を置き去りにする火の型。
左右の余裕は、霊殻の肩幅から見てわずか数センチ。だが、俺の脳内にある車幅感覚は、その針の穴を通すような隙間を、広大なバイパスとして認識していた。
敵の最前列が盾を突き出そうとするよりも早く、俺はその頭上を滑るように通り抜ける。
死角。
着地と同時に、一番後ろで指揮を執っていた個体の懐へ、最短距離の掌底を叩き込んだ。
ドォォォンッ!
アニマの爆縮が敵の装甲を内部から引き裂き、一瞬で「廃車」へと変える。
連鎖的に崩壊する陣形。響き渡る金属の悲鳴。
手応えは、ある。
一撃一撃が、親父の執念をアニマに変えて、帝国のシステムを物理的に解体していく。
俺は立ち止まることなく、瓦礫を蹴り飛ばしながら中央階段を駆け上がった。
「……セフィラ、エリア。振り落とされるなよ」
『おじさん、真っ直ぐ! アニマがドロドロに熱いよぉ!』
「ええ、この乗り心地にはもう慣れたわ。……行きましょう、カイト!」
中層に差し掛かった時、鼻を突くオゾン臭と共に、視界の端で色彩が抜け落ちた。
セピア色の古い写真のような風景に、一瞬だけ世界が切り替わる。
上位者の干渉。
その不自然な静寂を破ったのは、天井のスピーカーから響く、ヴェスターの事務的な声だった。
『——これより、不採算セクションの切り捨てを実行する』
直後、回廊の至る所に仕掛けられた魔導回路が、赤黒い光を放って炸裂した。
俺たちを仕留めるための爆発じゃない。
俺たちを足止めするために、そこで迎え撃とうとしていた自軍の兵士たちを、廊下ごと埋め殺すための遅滞戦術だ。
ドガァァァァァンッ!
崩落する天井の下、若い帝国兵が瓦礫に足を挟まれ、絶望的な声を上げていた。
その光景が、売上のために運転手を使い潰し、事故を起こせば真っ先に切り捨てていた前世のブラック会社の社長と、嫌なほど重なる。
……ああ、最悪だ。
吐き気がするほど、その「経営判断」が気に入らない。
「……ふざけんな。客も、仲間も、道具じゃねえんだよ」
俺は雷の型を内包した加速で、崩れ落ちる巨大な瓦礫の直下へと滑り込んだ。
アニマの密度を拳の一点に集中させ、落下してくる「死」を正面から殴りつける。
粉々になった石材が四散し、退路を失っていた兵士たちの前に、出口への道が拓かれた。
「エリア、あいつらを逃がしてやれ。……渋滞の整理は俺がやる」
「……ええ、分かったわ! あなたらしいわね、カイト!」
エリアが俺の肩から飛び降り、動けなくなった兵士たちを誘導し始める。
俺は一人、立ち込める塵煙の先——そこで呆然と立ち尽くすレオンへと歩みを進めた。
SIC制御室の前。そこが、俺とレオンが正面から対峙する最初の停車場だ。
レオンの銀色の鎧は、ヴェスターの爆破に巻き込まれ、無惨に剥げ落ちていた。
かつての輝きを失ったその瞳は、守ろうとしたはずの規律が仲間を殺したという矛盾に、深く、暗く沈んでいる。
……重いな。
だが、迷いがあるあんたの剣は、今の俺には届かない。
「……カイト。どうして君は、そんなに迷いなく、この街の理を壊せるんだ。私は、この街を救いたかった……誰もが飢えない完璧な管理を……」
レオンが震える手で剣を構える。その剣先は、一度も俺の目を直視できていなかった。
「……レオン。あんたは『正しさ』っていう、他人が勝手に作った運行スケジュールに従ってただけだ。だがな、客の目的地を聞かない運転手は、ただの誘拐犯と同じだぜ」
「……黙れ……! 不渡りの犯罪者が、正義を語るな!」
絶叫と共に放たれたレオンの全力の刺突。
俺はその直線を半歩だけ横にズらし、剥き出しになった彼の懐へと踏み込んだ。
地の型。
霊殻の全質量を乗せた一撃が、彼の腹部に突き刺さる。
衝撃が鎧を貫き、彼のアニマの循環を物理的に停止させる感触が、拳を通じて俺の脳にフィードバックされた。
レオンは力なく膝をつき、剣を石畳に落とした。
その瞳に、初めて「自分の痛み」としての光が戻る。
「……目的地はな、自分で選ぶもんだ。誰かに与えられたハンドルを握って、泣きながら人を殴るのが、あんたの望んだ『騎士』かよ?」
「……私は……私は、何を……」
膝をついたレオンを置き去りにし、俺は奥にある巨大な鉄扉——神威庁の心臓部である「帳簿の保管庫」へと視線を向けた。
カチリ、カチリと、耳の奥で霊殻の接続音が一段高いオクターブで響き渡る。
行くぞ。
俺は再びエリアを呼び寄せ、帝国の心臓部へと、最短ルートのアクセルを全開にした。
その扉の向こうには、ヴェスターが隠し持っていた、この世界の「真の負債」が眠っている。
俺たちは警報の悲鳴を置き去りにし、不渡りの営業を完了させるための最後の扉を、迷いなく蹴り破った。
【あとがき】
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
「不採算部門の強行突破」
カイトの前に立ちふさがったのは、逃げ場のない重厚な帝国軍の陣形でした。
しかし、親父が磨き上げた「高密度」の霊殻を纏ったカイトにとって、それは渋滞以外の何物でもありません。
針の穴を通すような最短ルートを駆け抜け、神威庁を物理的に解体していきます。
しかし、そこで彼らを待っていたのはヴェスターによる非情な「切り捨て」でした。
敵の命を顧みず、自軍の兵士すらも足止めのための瓦礫として埋め殺す——。
ヴェスターの「経営判断」が引き起こした凄惨な光景に、カイトはタクシー運転手としての怒りを燃やします。
「客も、仲間も、道具じゃねえんだよ」
戦いの最中で敵兵を救い出し、迷いを抱えたレオンをその「正義の檻」から物理的に解放するカイト。
その姿は、かつての友への救いであり、彼自身が掲げる「誰一人降ろさずに目的地へ届ける」という誓いの証明でした。
「目的地はな、自分で選ぶもんだ」
その一言を残し、カイトはついに「帳簿の保管庫」——帝国の心臓部へと辿り着きます。
そこに眠る「世界の真の負債」とは一体何なのか。
そして、この理不尽な管理社会を維持するために、ヴェスターは何を隠しているのか。
理不尽な渋滞を終わらせ、真の「終着点」を見つけられるのか?
次回の更新も、ぜひ見届けていただけると幸いです!
皆様からの熱い感想やレビューが、カイトを走らせる最高の燃料です。本当にありがとうございました!




