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第3章・第1話「鋼の正義、清算の軍靴」

 王都ロイヤル・ヴェルディアの朝は、かつてないほど「正しく」塗り替えられていた。


 神威庁の尖塔に掲げられたヴェルディア王国の旗は、音もなく降ろされた。代わりに翻ったのは、黄金の天秤と鉄の剣を配したエーデルラント帝国の軍旗だ。それは略奪の開始ではなく、厳格な「資産管理」の始まりを告げる合図であった。


 接収された司令部のテラスから、一人の男が街を見下ろしている。

 エーデルラント帝国「鉄の騎士団」を率いる男、ヴェスター。彼の瞳には、解放されたはずの青空も、民衆の歓喜も映っていない。そこにあるのは、ただ膨大な「損害報告書」と「再建計画」だけだ。


「……ひどいものだな。帳簿上の数値と実態がこれほど乖離しているとは」


 ヴェスターは、手元の魔導端末に表示された神威係数(SIC)の推移を指先でなぞった。かつてこの国を支えていたアニマの循環は滞り、土地は腐敗し、無能な貴族たちが私利私欲のために支配権を食い潰している。

 彼にとって、この街はもはや「国家」ではなかった。経営破綻し、不渡りを出した「不良債権」の集積地である。


「閣下、第十七歩兵連隊、ならびに魔導霊殻大隊の進駐が完了しました。王都全域の検問所、稼働を開始。配給制度の登録も順調です」


 背後に控えた副官の声に、ヴェスターは短く頷いた。

 帝国の正義は、秩序という名の効率化にある。無秩序な自由が民を飢えさせるなら、厳格な管理によって生存を保証する。それが彼らの信じる「慈悲」であった。


「良し。これより本都市の『債務整理』を開始する。抵抗勢力は『資産運用の妨げ』と見なし、迅速に排除せよ。特に——徴税中枢を物理的に粉砕したという例の『ノイズ』は」


 ヴェスターの視線が、手元にある一枚の「指名手配書」に落ちた。

 全ステータス1。既存のいかなる加護システムにも合致しない、理解不能なバグ。カイト・クラウス。


「この街に『予定外の行き先』は必要ない。全てを、我々の管理ルートに乗せろ」


 ヴェスターは冷徹に言い捨て、鉄の軍靴を鳴らして作戦室へと戻っていった。彼の背後で、王都の空は帝国の管理色に染まり、風さえもその自由を失い始めていた。


        ◆


「——最悪だ」


 俺は、地下の車庫ドックの湿った空気を肺いっぱいに吸い込み、そう吐き捨てた。

 地上から伝わってくる振動が、昨日までとは明らかに違う。王都の騎士団が奏でていた、あの不揃いで傲慢な足音じゃない。一歩の狂いもなく、機械的なまでに統制された「鋼の律動」


 エーデルラント帝国軍

 闇の仲介人が持ってきた情報は、予想以上に最悪のタイミングで的中したらしい。


「カイト、エリアちゃん! これ以上は無理だ。センサーに帝国製の重装霊殻の反応が出始めた。奴ら、地下水路の鼠穴まで『検収』するつもりだぞ!」


 親父が、血相を変えて奥の作業場から走り出てきた。その左手には、使い古された大型のレンチではなく、緊急時用の爆破回路の起動スイッチが握られている。

 一拍、視線が落ちた。

 親父が長年守ってきたこの場所。俺たちが「営業所」として、ようやく自分たちの目的地を選び始めたはずのこの車庫。


「……全くだ。事前の連絡もなしに乗り込んでくるなんて、マナーの悪い客どころの騒ぎじゃないな」


 俺は無理やり口角を上げ、おちゃらけた冗談で喉の奥の震えを誤魔化した。

 変だ。

 手のひらに嫌な汗が滲んでいる。

 前世で、理不尽な理由で営業許可を取り消されそうになったあの日の朝と同じ、胃の奥がせり上がるような不快感。


「カイト。そんなこと言ってる場合じゃないよ! ほら、セフィラも言ってる、あいつら『無音』だって!」


 エリアが俺の袖を強く引いた。

 彼女の隣で、実体化したセフィラが青ざめた顔で宙を浮いている。いつもは腹ペコだの何だのと騒がしい神様が、今は不気味なほど静かだった。


『……音がしないの。あいつらのアニマ、個人の色が消えてる。まるで一つの巨大な機械に塗りつぶされたみたいに。おじさん、これ、今までの奴らとは質が違うよ』


「ああ、分かってる。セフィラが黙るってことは、メーターが回る暇もないほどの急ぎ案件ってことだろ」


 俺は、無意識に指先を「ハンドルを握る形」に固定した。

 情報。地上のメインストリートは封鎖。地下水路も帝国の管理下。

 感情。腹が立つ。俺たちがようやく手に入れた「運行ルート」を、あいつらは不良債権と呼んで勝手に書き換えようとしている。

 反応。——なら、こっちはこっちで勝手にルートを再検索させてもらうだけだ。


「親父、ここは捨てる。荷物は最低限でいい」


「……本気か、カイト。ここは俺の——」


「『営業所』は、建物じゃないさ。俺たちと、あのアホみたいにデカい霊殻アーマチュアの設計図があれば、どこだって走れる。……それに、客(民衆)を降ろす場所も決めてないのに、ここで廃車になるわけにはいかない」


 親父は、俺の目を見て、それから自分が握っていたスイッチを強く握りしめた。

 苦い沈黙。

 彼がどれほどの思いでこの場所を維持してきたか。没落した騎士としての意地を、どれだけこの錆びた鉄骨に託していたか。それを一番知っているのは、弟子である俺だ。


「……ハッ、生意気な運転手だ。目的地は決まってるんだろうな?」


「ああ。最短ルートで、誰もいないはずの『終着点』まで。……エリア、準備はいいか。ここからは、俺たちが『犯罪者』として王都を走る番だ」


「……分かってる。あたしの剣は、もう帝国の管理下にはないから」


 エリアが水の型で自らの剣を覆い、静かに頷く。

 俺は、壁に貼られたままの「俺たちの指名手配書」を乱暴に剥ぎ取ると、それをポケットに突っ込んだ。不景気な似顔絵だ。


「よし。親父、頼んだ」


「ああ。……あばよ、俺の城。次は、帝国あいつらに高い修理費を請求してやる」


 ガルトさんがスイッチを押し込む。

 ズォォォン……と、地下の奥深くで重苦しい振動が響いた。拠点の入り口と隠し通路を岩石で封鎖し、帝国への「譲渡」を物理的に拒絶する爆音。


 俺たちは、湿った地下の闇へと足を踏み出した。

 背後で、かつての居場所が瓦礫の下に消えていく。


 タクシー運転手の観察眼が、暗闇の中で情報の波を拾い始める。

 地上では、帝国兵たちが規律正しく「平和」を配給しているだろう。だが、その平和の裏側にあるのは、行き先を奪われた民衆の死んだ瞳だ。

 俺は、前世で何度も見た「理不尽な渋滞」を思い出した。道路を塞いでいるのは、自分たちが正しいと信じて疑わない大型車両だ。


「……渋滞は避けるものじゃない。自分たちで、新しいルートを切り開くもんだ」


 俺は、耳の奥で鳴る「カチリ」という接続音を、かつてないほど鋭い意志で確認した。

 アニマの出力が、怒りに呼応して肺を焼く。

 神威係数(SIC)なんて数字はどうでもいい。

 俺は、横を走るエリアの呼吸と、後ろを守る親父の足音、そして俺の脳内で道を示すセフィラの気配だけを信じて、王都の闇を加速した。


 帝国軍「鉄の騎士団」——あんたたちの運行計画せいぎは、俺が不渡りにしてやる。


 目的地:王都再買収。

 乗客:俺たち、そしてこの街の全員。

 お代は——あんたたちのその、高慢な「管理権」で支払ってもらう。


 俺たちは、迷路のような地下を抜け、雨の降り始めた地上の死角へと這い出した。

 そこには、青空を失い、鉄の色に塗り固められた「新しい王都」が冷たく横たわっていた。

【あとがき】

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

第3章、ついに開幕です。


王都は帝国の「資産管理」という名の統治下に入りました。

効率と秩序を至上とする鉄の騎士団・ヴェスターの登場により、街の景色は一変。

彼らにとって、この街は国家ではなく、ただの「不良債権」に過ぎません。


カイトたち「チーム・地下の車庫」にとっても、最大の危機が訪れました。

長年住み慣れた拠点を自らの手で爆破し、追われる身となった四人。しかし、カイトは決して屈しません。

「正規のルートが通行止めなら、新しい道を作るだけ」――かつて孤独な運転手だった男は、今は確かな目的地を持ち、仲間と共に闇の中を加速しています。


ガルトの城を捨て、雨の降る王都の死角へ。

帝国という巨大な「管理システム」に対し、カイトたちが突きつける反撃のチケットはどんなものになるのか。


第3章では、帝国の「鋼の正義」と、カイトたちの「泥臭い執念」が激突します。

さらに加速する運行、そして新たなる戦場。

次回、帝国の軍靴に抗うカイトたちの反撃が始まります!


皆様からの応援、レビューがカイトの唯一の燃料です。

第3章も、ぜひ最後まで見届けていただけると幸いです!

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