表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/57

第2章・第11話「再投資の青空、不渡りの後片付け」

 眩しさに、思わず腕で目を覆った。


 瓦礫の山から這い出した俺の視界に飛び込んできたのは、吸い込まれるような、圧倒的な「蒼」だった。

 

 驚いた。


 昨日まで俺たちを押し潰そうとしていた、あの濁ったセピア色の幕はどこにもない。

 風が吹いている。

 鼻の奥を焼いていた鉄臭い煤の匂いを、新緑を揺らしてきたような澄んだ空気が、跡形もなく流し去っていく。

 

 「……きれい。……本当に、あたしたち、やり遂げたのね」


 隣に立つエリアが、煤に汚れた顔を上げて呟いた。

 彼女の水の霊殻アクアは霧散しているが、その瞳には、空の色をそのまま写し取ったような清廉な光が宿っている。

 

 「おじさーん! 見て見て、我の髪がこんなに光ってるよ! これ、最高品質のアニマが世界に満ちてる証拠だね!」


 セフィラが俺の周りを、重力を忘れたみたいに跳ね回っている。

 透過していた身体は完全に実体を取り戻し、彼女が踏む瓦礫の音さえ、今は勝利を祝う拍手のように聞こえた。

 

 悪くない。


 俺は、前世で一度だけ経験した「最悪な勤務」の後の朝焼けを思い出した。

 深夜の酔っ払いに絡まれ、車内を汚され、メーターは一向に上がらず、心身ともにボロボロになって営業所へ戻った時に見た、あの淡い桃色の空。

 あの時は「明日もまたこれか」と溜息をついただけだったが、今の俺が仰ぐこの青空は、俺たちが物理的に、力ずくで「買い戻した」成果だ。

 

 不快だ。


 ふと視線を落とせば、エリアが一生懸命に縫ってくれた俺の上着は、泥の型の衝撃と敵の熱線で、もうボロボロだった。

 だが、右肩のあたりにある彼女の不器用な「引きつれ」だけは、激戦を耐え抜き、俺の身体に誇らしくしがみついている。

 

 「……おい、オーナー。生きてるならさっさと帰ってきやがれ。……お祝いの準備は、もうできてるぜ」


 耳元の通信機から、ガルトの枯れた、だが弾んだ声が聞こえてきた。

 

 「……ああ。……今から帰還バックする。……メーター、止めておいてくれ」

 

 俺たちは、崩壊した中枢を後にして、地上へと続く階段を上った。

 

 驚いた。


 第2区の路地に出ると、そこには奇妙な「静寂」が広がっていた。

 いや、静寂じゃない。

 道を行く人々が、荷物を置いた商人が、洗濯物を干していた女たちが、皆一様に足を止め、天を仰いでいたんだ。

 

 「……空が……青いぞ……?」

 「神様は……まだ、俺たちを見捨ててなかったんだな……」


 誰かが零した震える声が、波のように人混みへ広がっていく。

 

 変だな。


 タクシーの窓越しに眺めていた、あの冷めた景色の住人たちが、今は一人の「人間」として、その表情に希望という名の温度を宿している。

 俺がやったことは、単に装置を一つ壊しただけだ。

 だが、その結果として返ってきたこの「お釣り」は、どんな白金貨を積まれるよりも、俺の胸に重く、確かな充足感をもたらしていた。

 

 「……カイト、あたし……。……母さんに見せてあげたかったな。……この空を」


 エリアが、小さく呟いた。

 

 そういうことか。


 俺の母が死んだ日も、空はセピア色に濁っていた。

 何もできず、ただ濁った空を眺めるしかなかったあの日の俺に、今の俺なら言える。

 

 ハンドルを離さなければ、道はどこまでも作れるんだ、と。

 

 ◇


 「おかえり、お前ら! ……いい走りだったぜ、カイト!」


 拠点のドックへ戻ると、ガルトが両手を広げて俺たちを迎えた。

 作業台の上には、どこから調達してきたのか、山盛りのパンと、焼きたての肉の匂いが立ち込める大きな鍋が鎮座している。

 

 「わーい! タクシー飯だ! おじさん、我、今日は三杯食べるからね!」


 セフィラが真っ先に食卓へダイブし、エリアも「あたしも、お手伝いします!」と楽しそうに皿を並べ始める。

 

 俺たちは、泥の匂いや油の匂いが染み付いたこの車庫で、四人で勝利の祝杯を囲んだ。

 不格好に縫い合わされた服を着たまま、肉を頬張り、くだらない冗談を言い合う。

 

 変だな。


 つい数週間前までは、一人で死ぬのを待つだけの人生だと思っていた。

 それが今や、こんなに騒がしくて、面倒で、それでいて手放したくない「家族」のような連中と飯を食っている。

 

 「……で、オーナー。……いいニュースの後は、最悪の報告だ」


 ガルトが、食後の安酒を煽りながら、一枚の紙をテーブルに叩きつけた。

 

 最悪だ。


 そこには、俺とエリア、そしてガルトの似顔絵と共に、赤い特大のスタンプでこう記されていた。

 

 『第2区徴税装置破壊犯:国家叛逆罪により即刻指名手配』

 

 「……あたしたち、世界を救ったはずよね? ……なのに、犯罪者扱いなの?」


 エリアが、信じられないといった様子で手配書を見つめている。

 

 「ヘッ、王都の連中からすりゃ、帝国の機嫌を損ねる奴は全員『不渡り(犯罪者)』ってわけだ。……さらに、客人が来てるぜ。……お前の大好きな、情報の卸売業者だ」


 ドックの影から、いつものように闇の仲介人が姿を現した。

 彼の表情は、これまで見たことがないほど、鉄のように冷たく、尖っている。

 

 「……おめでとう、タクシードライバー。……君の一撃は、帝国本国という巨大な蜂の巣を、最高に無作法なやり方で突き崩した」


 仲介人は、俺が踏み潰した通信機の残骸をテーブルに置いた。

 

 「……本国は、この事態を『経済的損失』ではなく『軍事的な宣戦布告』と受け取った。……近いうち……いや、次なる段階では、徴税官ではない。……帝国が誇る『鉄の騎士団』が、この街を物理的に更地にするために派遣されるだろう」

 

 不穏だ。


 青空を取り戻した代償は、俺たちが考えていたよりも遥かに高くつきそうだ。

 

 「……いいぜ。……正規のルートが通行止めなら、こっちはこっちで新しい道を作るだけだ」


 俺は、最後の一切れのパンを口に放り込み、立ち上がった。

 

 メーターは、止まらない。

 

 王都の闇を締めくくる青空の向こう側で、さらに巨大な、鉄臭い嵐が近づいてくるのを感じながら。

 俺は、俺たちの居場所を守るための、次なる「運行計画」を練り始めた。

 

 ……その頃、王都神威庁の最深部。

 

 窓のない、冷え切った執務室で、一人の男がモニターに映し出されたカイトの戦闘記録を見つめていた。

 

 「……空白の株、か。……ようやく、面白い変数ノイズが現れたな」

 

 男の背後で、SICの低下を告げる鐘が、低く、呪いのように響き続けていた。


 ◇


【内面:支配される側の思考からの完全な脱却(自分たちの力で空を変えられるという確信) を達成しました】

【実績:第2章「再起の境界線」完結 を達成しました】

【予兆:帝国軍事介入の予兆 と 神威庁の上位者 を配置しました】


(第2章・完)

【第2章完結・あとがき】

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!

第2章「再起の境界線」、これにて完結です。

濁ったセピア色の空を物理的に粉砕し、カイトたちはついに「青い空」を取り戻しました。泥にまみれながら戦った四人が、拠点である車庫で囲んだ焼きたての肉とパンの味は、彼らにとってどんな報酬よりも輝いていたはずです。


しかし、帝国という巨大な「蜂の巣」を突いた代償は、あまりにも過酷なものでした。

指名手配、そして更地にするために派遣される「鉄の騎士団」。

平和な日常は一瞬で崩れ去り、カイトたちの前には、再び、いや、これまで以上に高く険しい道が立ちはだかります。


「メーターは、まだ止まっていない」

その言葉通り、カイトの走りはここからが本番です。

王都の闇に蠢く神威庁の上位者、そして帝国の軍事介入。

世界の帳簿を塗り替え、不渡りを抱えた世界を、カイトたちがどう「運行」していくのか。


第2章を駆け抜けた皆様の応援が、カイトたちの最高の燃料でした!

続く第3章では、さらに加速する「チーム・地下の車庫」の戦いと、隠された世界の核心に迫ります。


この熱い物語の続きを、ぜひ第3章でも見届けていただけると幸いです!


皆様からの熱い感想やレビューが、作者のエンジンです。本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ