第2章・第10話「帝国徴税官、鋼の強欲」
内臓がせり上がり、上下の感覚が霧の中に消えた。
最悪だ。
足元の石畳はもはや存在しない。
帝国製の重装霊殻が放った暴力的なまでの出力は、この空間の支配権を限界まで削り取り、物理法則そのものを砂に変えて崩壊させていた。
俺の身体は、砕け散ったドームの残骸と共に、底なしの闇へと放り出されている。
不快だ。
空気を掴もうとしても、指先を通り抜けるのはアニマを啜り上げる不気味な緑の燐光だけだ。
「……おじさん、だめ……我が、我が削れていくよ……っ!」
俺の裾を掴むセフィラの叫び。
驚いた。
彼女の小さな身体が、古い映像のノイズみたいに激しく明滅している。
実体化したはずの指先が、砂時計の砂みたいにサラサラと崩れ、透けていく。
「セフィラちゃん! だめ、行かないで!」
隣で同じように闇へと落ちていくエリアが、必死に手を伸ばした。
だが、その指先は透過したセフィラの身体を虚しく通り抜け、空を切る。
「いやよ……あたしの目の前で、また誰かが消えるなんて……そんなの、絶対に嫌っ!」
エリアの悲鳴が、重力を失ったドーム内に空虚に響く。
「……清算の時間だ、不法占拠者諸君。……この区域の債権処理は完了した。……諸君らという『不良債権』も、このままアニマの塵として焼却されるのが妥当な結末だ」
頭上、三機の重装霊殻に守られた徴税官が、冷徹に見下ろしてくる。
不快だ。
前世にもいたよ。客の事情も、運転手の苦労も知らないで、効率の数字だけで配車を決めるバカな運行管理者がな。
「……あいにくだが、徴税官。……俺のメーターは、あんたの勝手な『清算』じゃ止まらねえよ」
俺は、砕けかけた地の型の霊殻を強引に維持しながら、徴税官を睨みつけた。
「おじさん、もう……無理だよ……。星の底が、あんなに大きく口を開けて……我が、食べられちゃう……」
セフィラの身体が、腰のあたりまで完全に透けて消えようとしている。
「……させない。……絶対に、あたしがそんなことさせないんだから!」
エリアが、俺の手を真っ直ぐに握りしめた。
その瞬間、彼女の胸の奥から、ドーム全体のノイズを掻き消すほどの「蒼い鐘の音」が鳴り響いた。
カチリ。
驚いた。
落下していた俺たちの身体が、空中で静止した。
エリアの背中から噴き出したのは、ただのアニマじゃない。それは重力を凍りつかせる、神威の奔流だ。
砂になって浮いていた瓦礫が、彼女を起点に蒼い結晶へと再構築され、足場として凍りついていく。
「……セフィラちゃん、あたしを見て! あたしの側にいて!」
エリアの叫びに応えるように、透過していたセフィラの身体が、蒼い光を浴びてパッと実体を取り戻した。
「……冷たい……。でも、懐かしい……。……ねえアクア、お姉ちゃんを助けてくれるの?」
セフィラが、うっとりとした目でエリアを見つめる。
エリアの白銀の装甲が、流麗な蒼い結晶体へと書き換えられていく。
水の神の断片
エリアの瞳が蒼く輝き、その細い身体が、絶望的な緑の燐光を塗り替える「美しき侵略者」へと変貌する。
「……カイト……使って。……あたしの全部、あんたにあげるからっ!」
エリアが俺の手を、万力のような力で握りしめた。
熱い。
握られた手から、俺の右腕へと、氷河を溶かしたような冷たく、それでいて心臓を跳ねさせるほどの熱量を持ったアニマが流れ込んでくる。
来た。
俺の「空白の株」が、その巨大なエネルギーを受け入れ、瞬時に変質を始めた。
設計図なら、もう脳内に焼き付いている。
地の型と、エリアの水の型。
それが俺の空白の霊殻の中で混ざり合い、ひとつの異質な質量へと昇華される。
驚いた。
俺の右腕に構築されたのは、もはや岩石の装甲じゃない。
それは、全てを飲み込み、鉄の出力さえも無効化する、重粘土の巨腕。
泥の型
「……馬鹿な。……アニマの波長が計測不能……? ……そんな不安定な属性で、帝国の鋼を貫けると思っているのか!」
徴税官の声に、初めて焦りが混ざった。
三機の重装霊殻が、一斉にアニマを臨界まで加速させ、連装砲の火蓋を切る。
ドシュゥゥゥゥゥッ!
空間を焼き切る熱線。
不快だ。
俺は、泥の巨腕を、ただ静かに前に突き出した。
ジュゥゥゥゥ……ッ!
驚いた。
帝国製の高出力熱線が、俺の泥の装甲に触れた瞬間、音もなく吸収され、無害な蒸気へと変わった。
「……お代の計算を間違えたな、徴税官。……あんたの傲慢な帳簿、俺が物理的に『バイアウト』してやるよ」
俺は、凍りついた瓦礫の足場を蹴った。
最短ルート。
俺は、回避行動すら取れずに固まった帝国機の懐へと、一息に滑り込んだ。
「地の型・真伝――『泥沼』!」
ドォォォォォォォォォォォォン!!
俺の泥の拳が、帝国重装霊殻の胸元に食い込んだ。
驚いた。
王都規格の五倍の出力を誇るというその巨躯が、俺の拳が触れた場所から、ドロドロとした泥へと溶けて崩れ落ちていく。
一機、二機、三機。
鋼の暴力が、ただの汚れた泥となって、闇へと滴り落ちていく。
そして、最後
俺はドームの中央、アニマを啜り続けていた「世界の口」を見据えた。
「……よくも、セフィラを泣かせたな」
俺は、残された全ての神威アニマを、その「穴」目掛けて叩きつけた。
ドガァァァァァァァァァァァァァン!!
アニマ送金の核となっていた装置が、内側から泥に押し潰されて爆散した。
瞬間、耳を劈くような金属の悲鳴が上がり、ドームを縛り付けていた「黒い鎖」が次々と弾け飛んだ。
驚いた。
帝国への送金が止まったことで、奪われていたアニマが、猛烈な勢いでこの空間へと逆流してきた。
砂となって消えかかっていた床が、壁が、天井が、アニマの還流によって急速に実体を取り戻していく。
眩しい。
天井の裂け目から、本物の陽光が差し込んできた。
セピア色じゃない。
抜けるような、蒼い空の色だ。
疲れた。
膝から力が抜け、俺はその場に座り込んだ。
霊殻が霧散し、エリアが縫ってくれた上着の感触が戻ってくる。
「……やった……やったわ、カイト!」
エリアが、蒼い翼を消して俺の隣に舞い降りた。
その瞳はいつもの、少し泣き虫な幼馴染の瞳に戻っている。
「おじさーん! 我、生きてる! 我、透けてないよ!」
セフィラが、実体を取り戻した小さな手で俺の頭をわしわしと撫で回してきた。
「あ、妹! 久しぶりだねアクア! ……って、あれ? また寝ちゃったの?」
セフィラがエリアの胸元を覗き込むが、エリアは「えっ、誰が妹?」と首を傾げるだけだ。
不穏だ。
泥にまみれた徴税官が、瓦礫の陰で震える声で通信機を握りしめていた。
「……こちら……第2区徴税中枢……。……不測の事態により……債権回収に……失敗……。……本国へ……軍事介入の……要請を……」
よし。
俺は立ち上がり、徴税官の目の前で、彼が落とした通信機を無言で踏み潰した。
メーターは、まだ止まっていない。
見上げれば、中枢の廃墟から空へと、青白いアニマの光が柱となって昇っていた。
「……営業再開だ。……次の客は、もっと手強いぞ」
俺の言葉に、エリアが強く頷き、セフィラが「お腹空いた!」とおどけて笑った。
俺たちは、本来の青さを取り戻し始めた空の下、次なる理不尽をバイアウトするため、迷わず次の一歩を踏み出した。
◇
【実績:第2の楔(帝国の徴税中枢)の物理的粉砕 を達成しました】
【力:属性共鳴「泥」の型の獲得 を達成しました】
【人脈:エリアの中に眠る「水の神アクア」との接触 を獲得しました】
【実績:神威係数(SIC)の一時的な回復と空の青色の奪還 を達成しました】
【あとがき】
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
「帝国徴税官、鋼の強欲」
崩れゆくドームの中、セフィラがノイズとなって消えかける絶望的な状況下で、エリアの内に眠っていた「水の神の断片」がついに目覚めました。
エリアから流し込まれた氷河のような冷たさと、心臓を跳ねさせる熱量。
カイトの「空白の株」は、その二つの属性を融合させ、帝国が誇る鋼の強欲さえも泥へと変える、新たな型「泥」へと昇華しました。
「お代の計算を間違えたな、徴税官」
物理的な力押しだけを信じ、人の営みをただの数字として処理していた帝国に対し、カイトは最強のバイアウトを突きつけました。
物理的に破壊された中枢、そして奪還された「青い空」
チーム「地下の車庫」が掴み取ったこの勝利は、ただの反撃ではありません。
世界の帳簿を書き換えるための、確かな第一歩です。
しかし、徴税官が最後に送った「軍事介入の要請」という文字が、次なる嵐を予感させます。
帝国の本国が動く時、この街は一体どうなってしまうのか。
神の断片、帝国の影、そしてカイトたち四人の絆。
第2章を駆け抜けた彼らの物語は、いよいよ物語の中核へと突き進みます!
皆様からの応援、レビューが、カイトたちの「メーター」を回し続ける最高の燃料です。
次回からの新展開も、ぜひ見届けていただけると幸いです!




