第2章・第4話「水と剣、制服を脱いだ騎士」
石畳を叩く、規則正しい金属音が近づいてきた。
明け方の地下水路。地上から差し込む僅かな光が、湿った壁に染み出す黒い煤を照らし出している。
最悪だ。
空気の底から響いてくるのは、ただの軍靴の音じゃない。
重厚な荷車が軋む音と、それ以上に耳障りな「ズズズ……」という、空気を強引に啜り上げるような不快な吸引音だ。
エリアが目撃したという、あの「徴税装置」がもうここまで来ている。
「……おじさん、三体。……ううん、五体いる。……アニマを根こそぎ持っていこうとしてる。このままだと、ドックの偽装も剥がされちゃうよ」
俺の影から、セフィラが苦しげに顔を歪めて告げた。
彼女の姿が、周囲のアニマの乱れに呼応して、ノイズが走ったように一瞬だけ透ける。
不快だ。
客の財布から無理やり現金を毟り取るような真似を、この街の「正義」は平然とやってのけるらしい。
「カイト! 正面の角、二歩先だ。……地の利はこちらにある。……迎え撃て」
ドックの重い扉の陰から、ガルトの声が飛んできた。
彼は負傷したまま、石壁のひび割れに指をかけ、地脈の動きを読み取っている。
分かっている。
俺は、地の型を深く踏み込んだ。
カチリ。
骨の奥で鳴る、重厚な接続音。
右腕から肩にかけて、岩石のような質感を持つ灰色の装甲が積層されていく。
自分の右半身が、一回り大きな「重機」へと作り替えられたような、圧倒的な質量の感覚が戻ってきた。
来た。
角の向こうから現れたのは、白銀の甲冑に身を包んだ五人の騎士たちだ。
彼らは中央に置かれた、アニマを強制吸入するための鈍色の水槽を護衛しながら、機械的に剣を抜いた。
「……発見した。……神威不敬罪、および公金横領の容疑者だ。……即刻、排除する」
騎士の言葉に、体温はなかった。
前世の深夜、マニュアル通りの言葉を並べて無理な要求を通そうとする、会社の監査役と同じ響きだ。
俺は返事をせず、地面を蹴った。
地の型、第一歩。
俺が踏み出した瞬間、霊殻の重みが石畳を粉砕し、その衝撃が通路全体を震わせる。
驚いた。
騎士たちの反応は速かった。
彼らは即座に散開し、二人が盾を構え、三人が連動して剣を突き出してきた。
洗練された、無駄のない動き。
俺の体術が「質」なら、奴らはシステムに最適化された「効率」の暴力だ。
ギィィィィィン!
突き出された三本の剣を、俺は霊殻を纏った右腕の甲で強引に受け止めた。
重い。
衝撃が霊殻を通じて俺の肩へとフィードバックされ、骨が軋む。
数で押されれば、いくら地の型といえど姿勢を崩される。
「……そこまでよ!」
頭上から、水が爆ぜるような鋭い声が降ってきた。
驚いた。
排水口の隙間から、一筋の蒼い閃光が飛び込んできた。
ボロボロのマントを翻し、騎士たちの頭上を舞う影。
着地と同時に、その影は騎士団の外套を脱ぎ捨て、隠されていた「白銀の装甲」を露わにした。
エリアだ。
だが、その姿は以前の彼女とは違っていた。
カチリ。
彼女の背中から、流体のアニマが噴き出し、細身の剣を包み込むようにして蒼い装甲が物理構築されていく。
水の霊殻。
カイトの無骨な地の型とは対極にある、流麗で、そして研ぎ澄まされた美しさを持つ機体。
「……フォレスター家次女、エリア! ……この徴税、あたしのプライドにかけて……拒絶する!」
エリアが叫び、剣を一閃させた。
変だな。
彼女の剣筋は、騎士たちのそれと同じ「洗練」を持ちながら、その奥にある「意志の熱量」が通路の空気を一瞬で沸騰させた。
噴き出した水の壁が、俺を包囲していた騎士たちを弾き飛ばし、俺の前に「盾」として彼女が立ち塞がる。
「……エリア? ……貴様、反逆するつもりか!」
「反逆じゃないわ。……あたしは、自分のハンドルを誰にも渡さないって決めただけ!」
エリアが俺を一瞬だけ振り返った。
フードから覗くその瞳は、もはや迷いによる火花を吹いてはいない。
かつての眩しすぎる光に、カイトと同じ「泥を啜る覚悟」が混ざり合った、強靭な光だ。
「……カイト、行くよ! あたしが道を作るから、あんたはあの装置を叩き潰して!」
「……了解だ。……お代は高くつくぞ、エリア」
俺は再び踏み込んだ。
共闘
エリアの水の霊殻が、騎士たちの連撃を円を描くような動きで次々と受け流し、その勢いを旋回させて敵の姿勢を崩していく。
驚いた。
彼女が道を開けた瞬間の「隙間」が、俺の観察眼には光る筋のように見えた。
俺は地の型を乗せた右拳を、中央に鎮座する徴税装置へと叩きつけた。
ドォォォォォォォォォォォン!
地下水路が崩落するかのような大音響。
霊殻の全質量を乗せた一撃が、アニマを啜り上げていた水槽を、文字通り塵へと粉砕した。
不快な吸引音が止まり、周囲に澱んでいた黒い煤が、浄化されるように霧散していく。
「……退け! ……一時撤退だ!」
装置を破壊された騎士たちが、エリアの水の壁に圧されながら、地下の闇へと逃げ去っていく。
沈黙
再び静寂が戻った地下通路で、エリアの霊殻がゆっくりと光の粒子になって解けていった。
疲れた。
霊殻を解除した瞬間、急に身体が軽くなり、それと同時に激しい倦怠感が襲ってくる。
俺は膝を突きそうになるのを、前世の「残業明け」の意地で堪えた。
目の前で、エリアが自分の肩にかかっていた、聖騎士団の紋章が入ったマントを手に取った。
彼女はそれを一瞬だけ見つめ、そして。
躊躇なく、泥にまみれた床へと捨てた。
「……あたしも、その不渡りを出した世界の帳簿を壊したい。……ううん、カイトと一緒に、新しい地図を描きたいの」
彼女の声は、もう震えていなかった。
俺は、捨てられたマントから視線を上げ、エリアの目を見た。
「……観察眼で確かめた結果が、これか?」
「ええ。……泥の中にしかない真実を、あんたに教えてもらったから」
エリアが、かつてのような「守られるお姫様」ではなく、泥まみれの「戦友」として、俺に手を差し出してきた。
驚いた。
俺はその手を、前世で一番信頼していた相棒と拳を合わせる時のように、無造作に、だが力強く握り返した。
「……営業所へ戻るぞ。……飯なら、不味いスープがある」
「あはは、楽しみにしてるわ」
俺とエリア、そして影の中のセフィラ。ドックの入り口で見守るガルト。
ついに、四人の「相乗り客」が揃った。
メーターは、加速していく。
不渡りを出した王都を相手に、俺たちの本当の「再投資」が、今、地下の闇から静かに走り出そうとしていた。
◇
【人脈:エリアとの協力関係の確立 を達成しました】
【知識:ハイヒューマン差別構造の根源の把握(教会の利権構造の深掘り) を獲得しました】
【あとがき】
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
「水と剣、制服を脱いだ騎士
地下水路に現れたのは、市民の魂を強引に吸い上げる徴税装置でした。王都が隠し続けた非道な「正義」に対し、カイトたちが迎え撃つ中で現れたのは、かつて敵対した騎士、エリアでした。
彼女が纏っていたのは、騎士団の制服ではなく、自らの意志で構築した「水の霊殻」。
「あたしのハンドルは誰にも渡さない」――そう宣言し、誇り高き紋章入りのマントを泥の中に捨てた彼女は、もはや守られるお姫様ではなく、カイトと共に世界を塗り替えるための「戦友」として立ち上がりました。
カイトの「地」が粉砕し、エリアの「水」が流れる。二人の連携は、圧倒的な効率の暴力である騎士団をいとも簡単に退けました。
ガルト、セフィラ、そしてエリア。ついに四人の「相乗り客」が揃い、この腐りきった王都という街を相手に、本当の「再投資」が動き出します。
騎士の矜持を捨て、泥の中に真実を見出したエリア。彼女の加入により、カイトたちの「運行」は一体どこへ向かうのか。
王都の腐敗を根底から覆すための、反撃の狼煙がいよいよ上がります!
熱い展開が続く次話も、ぜひ見届けていただけると幸いです。
皆様からの応援、レビューがカイトたちの最強の燃料です。次回もよろしくお願いします!




