表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/56

第1章・第13話「鉄槌の轟音、泥の王」

 視界が、怒りの熱で白く濁った。


 目の前の神官が掲げた杖から、暴力的なまでの「浄化の光」が吹き出す。

 それは、この世界の秩序を守るための聖なる加護であり、俺のような「全ステ1」の異物を消し去るための法の裁きだ。

 光の奔流が、地下室の空気を焼き、俺の身体を呑み込もうと迫る。


 最悪だ。


 俺は一歩、踏み出した。

 逃げない。避けない。

 ただ、地の底から這い上がってくるような重厚な「型」を、この薄汚れた石畳に刻み込む。


 カチリ。


 骨の芯で、昨日よりもずっと大きく、深く、接続音フィッティング・サウンドが鳴り響いた。


 驚いた。


 ポケットの中、ガルトが遺した「断腕の回路片」が、俺の跳ね上がった心拍に呼応して、脈打つような熱を発している。

 白銀のアニマが、俺の右腕を中心に渦を巻き、一瞬で質量を肉付けしていった。

 それは、もはや光の残滓じゃない。

 深海の氷を削り出したような、冷酷で、かつ圧倒的な「重さ」を持った装甲の塊だ。


「……塵芥が、光に抗うか!」


 神官の叫びと共に、光の刃が俺の肩に激突した。

 

 変だな。


 本来なら、俺のような「ダスト」を焼き切るはずの威力。

 だが、俺の感覚に返ってきたのは、重い荷物を背負った時に感じる、ただの「鈍い重圧」だけだった。

 

 地の型、一点

 

 俺の肉体は、一回り大きな「白銀の巨人」のコアとなり、揺るぎない岩盤と化していた。

 

 俺は、神官に続く聖騎士たちが放つ剣の閃きを、霊殻アーマチュアの左腕でまとめて薙ぎ払った。

 

 グシャリ、と嫌な音が響く。

 

 驚いた。


 ハイヒューマンが誇る白銀の装甲が、俺の動かした巨腕の前では、使い古されたタクシーのフェンダーよりも脆く、簡単にひしゃげていく。

 

 力じゃない。

 俺の体術ソフトが、この世界の歪んだ法則ハードを、質量という名の論理で粉砕しているのだ。


「……おじさん! 壊すのは世界じゃなくて、目の前のゴミだけでいいんだよ!」


 俺の肩で、セフィラが叫んだ。

 彼女の銀髪が逆立ち、その瞳には、この世界の理不尽を許さないという「神としての怒り」が宿っている。

 彼女の声が、俺のアニマをさらに加速させ、霊殻の装甲が一段と分厚く、硬く変質する。


 俺は、右拳を神官の足元の地面へと叩きつけた。

 

 破壊の意志はない。

 ただ、最短ルートでこの状況を「清算」するための、テラの一撃。


 ドォォォォォォォン!


 地下室そのものが、巨大な鐘の中に放り込まれたみたいに激しく震動した。

 

 最悪だ。


 床の石畳が爆ぜ、支柱となっていた石柱が、紙細工のように折れる。

 天井から降り注ぐ瓦礫が、神官と聖騎士たちの悲鳴を飲み込んでいった。

 

 俺は、逃げ惑う彼らの中で、腰を抜かした神官の首筋を、アニマの巨腕で直接掴み上げた。


「……ガルトは、どこだ」


 俺の声は、霊殻の胸部から重低音となって、神官の鼓膜を直接揺らした。


「ひ、ひぃ……っ! 禁忌の、バケモノ……っ!」


「答えろ。メーターはもう回ってる。時間が惜しいんだ」


 俺は巨腕に僅かだけ力を込めた。

 鎧が擦れ合う金属音と、神官の喉が鳴る音が混ざり合う。

 観察眼が、彼の瞳の奥に宿った「屈服」の色を逃さない。


「お、王都の……地下監獄……『静寂の檻』だ……! あそこは、神威庁の管轄……貴様のような異物が、生きて出られる場所ではない!」


「そうか。……目的地は決まった」


 俺は、神官を瓦礫の山へと放り投げた。

 

 ガガガガ、と頭上の天井が本格的に崩落を開始する。

 

 俺は膝を深く曲げ、地の型のまま、真上へと跳躍した。

 

 爆発

 

 ガルトの酒場の屋根を突き破り、俺はセピア色の空の下へと躍り出た。

 

 ◇


 泥と煙を撒き散らしながら、俺は貧民街の路地の中心に着地した。


 ズゥゥゥン、という地響きと共に、白銀の巨人が立ち上がる。

 

 静寂


 驚いた。


 周囲にいた貧民街の住人たちが、誰も彼もが石像みたいに固まって、俺を見上げていた。

 

 これまでは、俺を「災いを呼ぶ異物」として避けていた瞳。

 だが、今は違う。

 

 彼らの瞳に宿っているのは、恐怖を上書きするほどの、渇望に似た「予感」だ。

 

 城壁内の「法」を粉砕し、瓦礫の中から現れた、泥まみれの白銀。

 それは、彼らが何十年、何百年と忘れてきた、「理不尽に抗う意志」そのものの具現に見えたのかもしれない。


 誰も何も言わない。

 けれど、彼らの視線が、かつてないほどの熱を持って俺の背中に突き刺さっていた。

 「塵芥」と呼ばれた少年ではなく、自分たちの代表として、この泥の海に旗を立てる「王」を迎えるような、そんな静かな熱狂


「……おじさん。あっち見て。エリアちゃんが、来るよ」


 セフィラが、城壁の方向を指差した。

 

 最悪だ


 セピア色の霞を裂いて、こちらへ向かってくるアニマの気配。

 それは、神官たちの汚れた光とは違う、まっすぐで、鋭利で、けれど迷いに満ちた「水」の波長。

 

 エリア


 俺は、白銀の霊殻アーマチュアをゆっくりと解除した。

 

 カチリ、という音が逆回しに響き、四肢が急激に短く戻る。

 

 ガクン、と膝が震えた。

 全身の毛穴から熱が抜け、代わりに死ぬほど冷たい風が、泥まみれの服の隙間に入り込んでくる。

 

 俺は、ポケットの中の回路片を強く握りしめた。

 

 ガルトを救う。

 そして、この世界の「汚れた帳簿」を、すべて書き換えてやる。


 メーターは、まだ止まってくれない。

 最短ルートの入り口は、王都という名の、より深い地獄の底にあるらしい。


 ◇


【実績:ハイヒューマンの法に対する公的な異議申し立て を獲得しました】

【あとがき】

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


「鉄槌の轟音、泥の王」


地下室に迫る神官の「浄化の光」に対し、カイトは逃げることを選びませんでした。

ポケットに忍ばせたガルトの遺した回路片――「断腕」の意志を宿し、彼は骨の芯で鳴る接続音と共に白銀の巨腕を顕現させます。

物理法則すら「質量」という論理で粉砕するその圧倒的な力の前では、ハイヒューマンが誇る騎士たちの装甲も、脆くひしゃげる紙細工に過ぎませんでした。


神官から吐き出された、ガルトが幽閉された場所――王都の地下監獄『静寂の檻』

カイトは迷うことなく、そこを次の目的地として定めます。

崩落する地下室を突き抜け、泥と煙を撒き散らして地上へ躍り出た彼を待っていたのは、かつて「異物」として蔑んだ貧民街の人々の、熱を帯びた視線でした。

それは、長年忘れていた「理不尽に抗う意志」を目の当たりにした者たちによる、王を仰ぐような静かな熱狂でした。


しかし、休息の暇はありません。

セピア色の霞を裂き、かつての友であり、今は「追跡者」としての側面を持つエリアが、そのまっすぐな瞳でカイトを追い詰めます。


「塵芥」と呼ばれた少年は、今やシステムを根底から揺るがす「泥の王」として覚醒しました。

ガルトを救い、この世界の「汚れた帳簿」を書き換えるための戦いは、より深い地獄――王都へと舞台を移します。


メーターは止まらない。

エリアとの再会、そしてガルトが遺した真実の行方はどうなるのか。


泥臭くも鋭く、世界の理不尽を塗り替えていくおじさんの過酷な逆転劇を、ぜひ応援、レビューなどで一緒に見届けていただけると大変励みになります。


第14話もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ