第1章・第13話「鉄槌の轟音、泥の王」
視界が、怒りの熱で白く濁った。
目の前の神官が掲げた杖から、暴力的なまでの「浄化の光」が吹き出す。
それは、この世界の秩序を守るための聖なる加護であり、俺のような「全ステ1」の異物を消し去るための法の裁きだ。
光の奔流が、地下室の空気を焼き、俺の身体を呑み込もうと迫る。
最悪だ。
俺は一歩、踏み出した。
逃げない。避けない。
ただ、地の底から這い上がってくるような重厚な「型」を、この薄汚れた石畳に刻み込む。
カチリ。
骨の芯で、昨日よりもずっと大きく、深く、接続音が鳴り響いた。
驚いた。
ポケットの中、ガルトが遺した「断腕の回路片」が、俺の跳ね上がった心拍に呼応して、脈打つような熱を発している。
白銀のアニマが、俺の右腕を中心に渦を巻き、一瞬で質量を肉付けしていった。
それは、もはや光の残滓じゃない。
深海の氷を削り出したような、冷酷で、かつ圧倒的な「重さ」を持った装甲の塊だ。
「……塵芥が、光に抗うか!」
神官の叫びと共に、光の刃が俺の肩に激突した。
変だな。
本来なら、俺のような「ダスト」を焼き切るはずの威力。
だが、俺の感覚に返ってきたのは、重い荷物を背負った時に感じる、ただの「鈍い重圧」だけだった。
地の型、一点
俺の肉体は、一回り大きな「白銀の巨人」の核となり、揺るぎない岩盤と化していた。
俺は、神官に続く聖騎士たちが放つ剣の閃きを、霊殻の左腕でまとめて薙ぎ払った。
グシャリ、と嫌な音が響く。
驚いた。
ハイヒューマンが誇る白銀の装甲が、俺の動かした巨腕の前では、使い古されたタクシーのフェンダーよりも脆く、簡単にひしゃげていく。
力じゃない。
俺の体術が、この世界の歪んだ法則を、質量という名の論理で粉砕しているのだ。
「……おじさん! 壊すのは世界じゃなくて、目の前のゴミだけでいいんだよ!」
俺の肩で、セフィラが叫んだ。
彼女の銀髪が逆立ち、その瞳には、この世界の理不尽を許さないという「神としての怒り」が宿っている。
彼女の声が、俺のアニマをさらに加速させ、霊殻の装甲が一段と分厚く、硬く変質する。
俺は、右拳を神官の足元の地面へと叩きつけた。
破壊の意志はない。
ただ、最短ルートでこの状況を「清算」するための、地の一撃。
ドォォォォォォォン!
地下室そのものが、巨大な鐘の中に放り込まれたみたいに激しく震動した。
最悪だ。
床の石畳が爆ぜ、支柱となっていた石柱が、紙細工のように折れる。
天井から降り注ぐ瓦礫が、神官と聖騎士たちの悲鳴を飲み込んでいった。
俺は、逃げ惑う彼らの中で、腰を抜かした神官の首筋を、アニマの巨腕で直接掴み上げた。
「……ガルトは、どこだ」
俺の声は、霊殻の胸部から重低音となって、神官の鼓膜を直接揺らした。
「ひ、ひぃ……っ! 禁忌の、バケモノ……っ!」
「答えろ。メーターはもう回ってる。時間が惜しいんだ」
俺は巨腕に僅かだけ力を込めた。
鎧が擦れ合う金属音と、神官の喉が鳴る音が混ざり合う。
観察眼が、彼の瞳の奥に宿った「屈服」の色を逃さない。
「お、王都の……地下監獄……『静寂の檻』だ……! あそこは、神威庁の管轄……貴様のような異物が、生きて出られる場所ではない!」
「そうか。……目的地は決まった」
俺は、神官を瓦礫の山へと放り投げた。
ガガガガ、と頭上の天井が本格的に崩落を開始する。
俺は膝を深く曲げ、地の型のまま、真上へと跳躍した。
爆発
ガルトの酒場の屋根を突き破り、俺はセピア色の空の下へと躍り出た。
◇
泥と煙を撒き散らしながら、俺は貧民街の路地の中心に着地した。
ズゥゥゥン、という地響きと共に、白銀の巨人が立ち上がる。
静寂
驚いた。
周囲にいた貧民街の住人たちが、誰も彼もが石像みたいに固まって、俺を見上げていた。
これまでは、俺を「災いを呼ぶ異物」として避けていた瞳。
だが、今は違う。
彼らの瞳に宿っているのは、恐怖を上書きするほどの、渇望に似た「予感」だ。
城壁内の「法」を粉砕し、瓦礫の中から現れた、泥まみれの白銀。
それは、彼らが何十年、何百年と忘れてきた、「理不尽に抗う意志」そのものの具現に見えたのかもしれない。
誰も何も言わない。
けれど、彼らの視線が、かつてないほどの熱を持って俺の背中に突き刺さっていた。
「塵芥」と呼ばれた少年ではなく、自分たちの代表として、この泥の海に旗を立てる「王」を迎えるような、そんな静かな熱狂
「……おじさん。あっち見て。エリアちゃんが、来るよ」
セフィラが、城壁の方向を指差した。
最悪だ
セピア色の霞を裂いて、こちらへ向かってくるアニマの気配。
それは、神官たちの汚れた光とは違う、まっすぐで、鋭利で、けれど迷いに満ちた「水」の波長。
エリア
俺は、白銀の霊殻をゆっくりと解除した。
カチリ、という音が逆回しに響き、四肢が急激に短く戻る。
ガクン、と膝が震えた。
全身の毛穴から熱が抜け、代わりに死ぬほど冷たい風が、泥まみれの服の隙間に入り込んでくる。
俺は、ポケットの中の回路片を強く握りしめた。
ガルトを救う。
そして、この世界の「汚れた帳簿」を、すべて書き換えてやる。
メーターは、まだ止まってくれない。
最短ルートの入り口は、王都という名の、より深い地獄の底にあるらしい。
◇
【実績:ハイヒューマンの法に対する公的な異議申し立て を獲得しました】
【あとがき】
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
「鉄槌の轟音、泥の王」
地下室に迫る神官の「浄化の光」に対し、カイトは逃げることを選びませんでした。
ポケットに忍ばせたガルトの遺した回路片――「断腕」の意志を宿し、彼は骨の芯で鳴る接続音と共に白銀の巨腕を顕現させます。
物理法則すら「質量」という論理で粉砕するその圧倒的な力の前では、ハイヒューマンが誇る騎士たちの装甲も、脆くひしゃげる紙細工に過ぎませんでした。
神官から吐き出された、ガルトが幽閉された場所――王都の地下監獄『静寂の檻』
カイトは迷うことなく、そこを次の目的地として定めます。
崩落する地下室を突き抜け、泥と煙を撒き散らして地上へ躍り出た彼を待っていたのは、かつて「異物」として蔑んだ貧民街の人々の、熱を帯びた視線でした。
それは、長年忘れていた「理不尽に抗う意志」を目の当たりにした者たちによる、王を仰ぐような静かな熱狂でした。
しかし、休息の暇はありません。
セピア色の霞を裂き、かつての友であり、今は「追跡者」としての側面を持つエリアが、そのまっすぐな瞳でカイトを追い詰めます。
「塵芥」と呼ばれた少年は、今やシステムを根底から揺るがす「泥の王」として覚醒しました。
ガルトを救い、この世界の「汚れた帳簿」を書き換えるための戦いは、より深い地獄――王都へと舞台を移します。
メーターは止まらない。
エリアとの再会、そしてガルトが遺した真実の行方はどうなるのか。
泥臭くも鋭く、世界の理不尽を塗り替えていくおじさんの過酷な逆転劇を、ぜひ応援、レビューなどで一緒に見届けていただけると大変励みになります。
第14話もよろしくお願いします!




