第30話:隠しきれないプライド、微笑む未来のハサミ
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「さあさあ、お茶とお菓子、遠慮しないで食べてね」
お母さんが運んでくれたお茶とお茶菓子を前に、私は座布団の上でまだ背筋をピンと伸ばしていた。ご両親が優しくて本当に良かった……そう思ってホッとした瞬間、緊張が緩んだせいか、頭にふっと違和感が走った。
あ、やばい。お辞儀を何度も一生懸命しすぎたせいか、それとも汗をかいちゃったせいか、ピンが……。
「……あおいちゃん?」
隣の圭介さんがハッとした顔をして私を見た。
時すでに遅し。ポロッ、と黒髪のウィッグの端がズレて、その隙間から、まるで隠しきれない私の本音みたいに、鮮やかな青い髪がサラサラと溢れ出してしまった。
「あ……っ! す、すみません! 私、本当はこんな派手な髪色で……っ!」
やってしまった。騙すつもりじゃなかったのに。
一気に血の気が引いて、私は頭を押さえながら消え入りたい気持ちで顔を真っ赤にした。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「あ……っ! す、すみません!」
あおいちゃんの黒髪のウィッグがズレて、中からいつもの綺麗な青い髪が溢れ出てしまった。
慌てて涙目になりながら髪を隠そうとする彼女を見て、俺の心臓はドクンと跳ね上がった。しまった、実家に連れてくるプレッシャーのせいで、彼女にこんな無理をさせてしまっていたなんて。
俺はすぐにあおいちゃんをかばうように前に出た。顔が熱くなるのを堪え、親父と母さんに向かって頭を頭を下げる。
「親父、母さん、違うんだ! あおいちゃんは俺の両親に失礼がないようにって、慣れないウィッグをわざわざ用意してくれたんだ! 普段は青い髪だけど、それは決して不真面目なわけじゃなくて――」
必死に言い訳をまくし立てる俺の言葉を遮ったのは、母さんの「あらぁ……」という感嘆の声だった。
「まぁ……綺麗な青だねぇ。お父さん、見てごらんよ、すごくお似合いじゃない」
「うむ。今の若い者の流行りはよく分からんが……実に見事な色だ。夏の空みたいに綺麗だな」
親父も腕を組んだまま、感心したように目を細めていた。怒るどころか、あおいちゃんの髪色を真っ直ぐに褒めてくれたのだ。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「実に見事な色だ。夏の空みたいに綺麗だな」
お父さんのその言葉に、私は目を見開いた。
怒られると思って身構えていたのに、こんなに真っ直ぐに私の青い髪を受け入れてもらえるなんて。
私はゆっくりと頭からウィッグを外した。
いつもの、私のプライドである青い髪が肩に広がる。圭介さんが、隣で自分のことみたいに赤面しながら、でもすごく優しい目で私を見てくれている。
「……ありがとうございます。あの、この髪色は、私の仕事の誇りなんです」
私はご両親の目を真っ直ぐに見つめて、一歩前に出た。
「私、今はまだアシスタントなんですけど、美容師の見習い(卵)をしています。毎日遅くまでシャンプーやカラーの練習をしていて……この青い髪は、お店の先輩たちが私のために一生懸命染めてくれた、大切な髪なんです。いつか、一人前の美容師になって、圭介さんの髪を一番最初にカットするのが私の夢です!」
言い終えると、胸の奥がすうっと軽くなった。
ナチュラルメイクのせいで、私の顔がリンゴみたいに真っ赤になってるのも、圭介さんへの「大好き」がダダ漏れなのも分かってる。でも、私の大切な仕事を、大好きな人の家族にもちゃんと知ってほしかった。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「いつか、一人前の美容師になって、圭介さんの髪を一番最初にカットするのが私の夢です!」
あおいちゃんの口から飛び出した、凛とした、そして愛に満ちた言葉。
俺の心臓は、本日何度目か分からない限界突破の爆音を立てていた。
両親の前で、俺を『圭介さん』と呼び、俺の髪を最初にカットしたいと言ってくれた。彼女のそのひたむきな仕事への情熱と、俺へのストレートな愛。
あまりの愛おしさと誇らしさに、俺の顔はついに臨界点に達し、頭からポッポと本物の湯気が出そうなほど赤面してしまった。
「あ、あおいちゃん……君は本当に……っ」
声が震える。そんな俺たちを見て、親父がハハハと豪快に笑った。
「いい夢じゃないか。圭介、お前は昔から髪型に無頓着だったが、これからは安心だな。一ノ瀬さん、いや、あおいちゃん。不器用な息子だが、どうかこいつを格好いい男にしてやってくれ」
「はい! 任せてください!」
あおいちゃんは涙を拭いて、今日一番の、ひまわりみたいな笑顔を咲かせた。
ウィッグから溢れ出た青い髪は、実家の古い居間の光の中で、どんな宝石よりも輝いていた。俺は赤面したまま、テーブルの下で彼女の小さな手をぎゅっと握りしめ、この最高の婚約者を一生かけて幸せにすると、心の中で何度も親父たちに誓っていた。




