第31話:涙のプラットホーム、次なる門頭への招待状
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「あおいちゃん、またいつでも遊びにおいでね!」
「体に気をつけて、仕事頑張るんだぞ」
駅の改札の手前で、圭介さんのお父様とお母様が、姿が見えなくなるまでずっと笑顔で手を振り続けてくれた。
電車に乗り込み、ボックス席に並んで腰を下ろす。窓の外を流れていくのどかな景色を見つめているうちに、胸の奥から熱いものが一気に込み上げてきた。
「圭介さん……っ」
ポロポロと、堪えていた涙が頬を伝って落ちていく。
「お父様とお母様に、本当の私を見て貰えて、認めて貰えて嬉しいっ……。青い髪のままでいいって言ってもらえるなんて、思わなかったから……」
黒髪のウィッグで自分を隠さなきゃいけないと思い詰めていた分、ありのままの私を受け入れてもらえた喜びは、言葉にできないくらい大きかった。涙で視界がにじむ私を、圭介さんは優しく見つめていた。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「お父様とお母様に、本当の私を見て貰えて、認めて貰えて嬉しいっ……」
隣で涙を流すあおいちゃんを見て、胸が締め付けられるように愛おしくなった。
年の差があること、髪が青いこと。彼女がどれほどの不安を抱えて、この里帰りに付いてきてくれたのか。その健気さを想うと、俺の目頭まで熱くなってくる。
俺は「あおいちゃん」と小さく呟き、彼女の細い肩をきゅっと自分の方へ引き寄せた。
「泣かないでおくれ。君が真面目で、素敵な女の子だから、俺の両親にもそれがちゃんと伝わったんだよ。俺の方こそ、君の本当の夢を両親の前で聞けて、誇らしかった」
俺の胸に顔を埋めて、小さくコクリとうなずくあおいちゃん。お風呂上がりのような石鹸の香りと、彼女の体温がダイレクトに伝わってきて、やっぱり顔が熱くなってしまう。
だけど、この温もりを絶対に離さないという決意は、もう何があっても揺るがない。
一山越えた。これでようやく、一歩前進だ。
そう思ってホッと息を吐いた、その時だった。あおいちゃんが俺の胸から顔を上げ、涙を拭きながら、ニカッと不敵に笑った。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
圭介さんの広い胸の中で、涙がすうっと引いていく。
ぎゅって抱き寄せられた時、圭介さんの心臓がやっぱりバクバク鳴っていて、「この人も本当に緊張してたんだな」って愛おしさが爆発した。
圭介さんのご両親は、私のことを認めてくれた。
だったら、次はいよいよ、私の番。
「ふふ、圭介さん、ありがと」
私は彼の胸から離れて、少し涙目のまま、上目遣いで彼の目を真っ直ぐに見つめた。
「今度は、私のパパとママに合わせるねっ! 圭介さん!」
「えっ」と声を漏らしたまま、彫刻みたいに固まる圭介さん。その顔から、一気に血の気が引いていくのが分かって、私はちょっと意地悪に笑っちゃう。
「私のパパね、すっごく過保護で、私のこと大好きなんだ。37歳の課長さんが彼氏って知ったら、どんな顔するかなぁ? ……今から楽しみにしててね、圭介さん?」
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「今度は、私のパパとママに合わせるねっ! 圭介さん!」
あおいちゃんから笑顔で告げられた、あまりにも恐ろしい次なるミッション。
その瞬間、俺の脳内は実家での感動モードから、一転して大パニックへと叩き落とされた。
「あ、あおいちゃんの……パパと、ママ……っ!?」
声が完全に裏返る。
自分の両親に合わせるのとは、訳が違う。16歳も年下の、21歳の愛娘を、37歳のおじさんが「結婚前提でお付き合いしています」と挨拶に行くのだ。もし俺が父親の立場なら、挨拶に来た男を玄関先で殴り飛ばしてもおかしくない。
「過保護で、私のこと大好きなんだ」
あおいちゃんの追撃の一言に、俺の顔はみるみるうちに真っ青になり、それから一気に沸騰したように真っ赤になった。頭から本当にシュウシュウと湯気が出ている気がする。
「あ、あおいちゃん……君の、お父様は……その、頑固な方、かい? 格闘技とかは、されてないだろうか……!?」
本気でガタガタと震えながら尋ねる俺を見て、あおいちゃんは「あはは! 圭介さん面白すぎ!」と、お腹を抱えて笑っている。
ダメだ、想像しただけで心臓が止まりそうだ。
だけど、笑っているあおいちゃんの青い髪が、車窓からの光を浴びて綺麗に輝いているのを見て、俺は再びネクタイをぎゅっと締め直した。
怖い。恐ろしすぎる。けれど、彼女を本当に俺のお嫁さんにするためには、絶対に超えなければいけない壁だ。
「……分かった。どんなお父様でも、俺は逃げないよ。……這ってでも、君をくださいと言いに行く」
真っ赤な顔で、涙目で、それでも拳を握りしめて覚悟を決める俺。
あおいちゃんはそんな俺の腕に再びぎゅっと抱きつき、「うん、期待してるね、私のヒーロー」と、耳元で甘く囁いた。電車のガタゴトという音に混ざって、俺たちの新たな戦いへのプロローグが、静かに鳴り響いていた。




