第29話:故郷のチャイム、愛と覚悟のファミリーヒストリー
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
特急列車がガタゴトと音を立てて、俺の生まれ育った田舎の景色を駆け抜けていく。
「圭介が里帰りする」と話した時、あおいちゃんは少しも躊躇わずに「私も行く」と言ってくれた。嬉しかった。だけど、実家の最寄り駅に近づくにつれて、俺の隣に座るあおいちゃんの身体がどんどん強張っていくのが分かった。
彼女は今日のために、いつもの黒髪に近い落ち着いた色のウィッグをつけ、おとなしめの清楚なワンピースを着てくれている。大好きな青い髪を隠してまで、俺の両親に誠意を見せようとしてくれているのだ。
カチコチに緊張して、膝の上で小さな拳を握りしめているあおいちゃん。
16歳も年下の、まだ21歳の女の子だ。俺の両親に「年の差」を理由に反対されたらどうしよう、拒絶されたらどうしようと、不安で押しつぶされそうになっているに違いない。
――大丈夫だ、あおいちゃん。
俺はそっと、彼女の冷たくなった手を上から包み込んだ。
びくっと肩を揺らしたあおいちゃんが、不安げな瞳で俺を見上げてくる。顔が熱くなるけれど、今回は「心の声」をパニックで漏らすわけにはいかない。男としての、本気の覚悟を伝えるんだ。
「大丈夫だよ。何があっても、俺が君を守るから。両親には、俺が一生をかけて君を幸せにすると、ハッキリ伝える。だから、俺を信じて」
そう言って微笑むと、あおいちゃんの瞳にじわっと涙が浮かんだ。彼女の手を引いて駅の改札を出る。実家の門を叩くその足取りに、もう迷いはなかった。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
のどかな田舎の風景が広がるたびに、心臓が口から飛び出しそうなくらいバクバクしていた。
圭介さんのご両親に会う。
今日の日のために、サロンの先輩に相談して、一番お堅く見えるお嬢様みたいなワンピースを選んで、大好きな青い髪も黒髪のウィッグで全部隠した。
だけど、外見を取り繕っても、胸の中の不安は消えてくれなかった。
37歳の圭介さんと、21歳の私。
世間一般から見たら、やっぱり「騙してるんじゃないか」とか「若気の至りだ」って思われちゃうのかな。もし、すっごく怖いご両親で、「息子と別れてくれ」なんて言われたら……。
そう考えたら怖くて、涙が出そうになって、膝の上の手がガタガタと震え出した。
その時、圭介さんの大きくて温かい手が、私の手をぎゅっと握りしめてくれた。
「大丈夫だよ。何があっても、俺が君を守るから」
真っ直ぐに私を見つめる圭介さんの目は、いつものオドオドしたおじさんの目じゃなくて、頼りがいのある大人の男の人の目だった。
「……うん。圭介さん、ありがとう」
繋がった手の温もりだけで、張り詰めていた心が少しだけ解けていく。
あおい髪を隠した今の私は、ただの臆病な女の子。だけど、この人の隣にいる時だけは、どんな未来だって怖くないって思えるんだ。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
懐かしい実家のインターホンを押す。ピンポーン、という音が静かな住宅街に響いた。
「はーい、圭介かい?」
ガラガラと引き戸が開き、少し白髪の混じった優しい顔の母さんと、その奥から不骨な顔をした親父が顔を出した。
あおいちゃんは俺の後ろで、息を呑んで小さくなっている。
「母さん、親父。久しぶり。……今日は、俺の大切な人を連れてきたんだ」
俺は一歩横にズレて、あおいちゃんを両親の前にそっと促した。
あおいちゃんは、顔を真っ赤にしながらも、丁寧に頭を下げて挨拶をしてくれた。
「は、初めまして! 一ノ瀬あおいと申します……! 圭介さんと、お付き合いをさせていただいています!」
一生懸命に声を振り絞る彼女。
俺はそんな彼女の肩をそっと抱き寄せ、両親の目を真っ直ぐに見据えた。
「母さん、親父。驚くかもしれないけれど、聞いてほしい。俺は、あおいちゃんを心から愛している。年齢は離れているけれど、彼女は誰よりも真面目で、ひたむきで、俺の人生に欠かせない人なんだ。……俺は、彼女と結婚することを前提に、付き合っています」
静寂が満ちる。親父が腕を組み、じっと俺たちを見つめていた。
顔面から火が出そうなくらい緊張していたけれど、俺の腕の中にあるあおいちゃんの存在が、俺に無限の勇気をくれた。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「俺は、あおいちゃんを心から愛している。……彼女と結婚することを前提に、付き合っています」
圭介さんの口から、ご両親の前で堂々と放たれた『結婚前提』の言葉。
私の肩を抱く彼の腕が、これ以上ないくらい力強くて、胸の奥が熱いもので満たされていく。この人は本当におじさんで、普段は赤面してばっかりだけど、ここぞという時は世界一カッコいい私のヒーローなんだ。
圭介さんのお父さんが、じっと私たちを見つめて、それからふうっと大きな息を吐いた。
あ、怒られる……!? と思って私が身構えた、次の瞬間。
「……圭介。お前、何をそんなに力んでいるんだ?」
お父さんの口から出たのは、呆れたような、でもどこか優しい声だった。
「お前がそんなに真っ赤な顔をして、必死に守ろうとするお嬢さんだ。悪い子なわけがないだろう。……一ノ瀬さん、だったね。不器用な息子だが、よくこんな男を選んでくれた。狭いところだが、さあ、上がってくれ」
「え……あ、はいっ……!」
お母さんも後ろから嬉しそうに涙を浮かべて、「本当に可愛らしいお嬢さんねぇ! 圭介にはもったいないわ、ほら、上がって上がって!」って、私の手を優しく引いてくれた。
張り詰めていた緊張が解けて、今度は嬉しさで涙がポロポロと溢れてきちゃう。
ウィッグの下の私の頭は、圭介さんのご両親の温かさと、彼の愛の大きさに、今日一番の熱さでポッポと湯気を立てていた。




