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第3話:『三十七歳の暴走と、想定外の不協和音』

◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)

 気がつけば、いつもの交差点を左に曲がっていた。

 自宅のアパートとは真逆の方向。深夜のバイパスを、俺の車は吸い込まれるようにディスカウントショップの屋上へと向かっている。

「……何やってんだ、俺は」

 ハンドルを握る手にじっとりと汗がにじむ。

 あの日、あおいちゃんから返されたタオルの匂いが、数日経っても車内から消えてくれないせいだ。いや、消えてくれないんじゃない。俺が消したくないから、わざわざ助手席に置いたままにしているんだ。

 三十七歳の、地味な機械メーカーの課長。

 二十一歳の、派手な青髪の見習い美容師。

 

 ただの雨宿りの知り合い。名前も、お互いの記号しか知らない。

 なのに、昼間の会議中も、部下の進捗を確認している時も、頭の片隅にはずっとあの鮮烈な青が揺れていた。

 気になる、なんて生易しい言葉じゃ生ぬるい。

 俺は、彼女に会いたいんだ。

 

 その事実を自覚した瞬間、猛烈な自己嫌悪と羞恥心が襲ってきた。いい歳したおじさんが、一回り以上も若い子に狂わされている。不審者そのものじゃないか。

 引き返すべきだ。そう思いながらも、車は無情にも屋上駐車場のスロープを駆け上がっていく。

 心臓が、うるさいくらいに脈打っていた。

 

 いつもの自販機の前。

 ――だが、そこに、あの青い髪姿はなかった。

◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)

「お疲れ様でしたー……」

 夜の十一時半。サロンの勝手口を出た私の足取りは、いつになく重かった。

 今日は本当に最悪な一日だった。シャンプーの指名をもらえなくて、同期の子が一歩先に行って。先輩には「やる気あるの?」って冷たく突き放されて。

 泣かないって決めてるから、今日もアイラインは限界まで太く、鋭く跳ね上げてきた。

 誰にも舐められたくない。私は強い。この青い髪は、私のプライドだ。

 だけど、二十四時間営業のディスカウントショップの屋上へ続く階段を上るうち、張り詰めていた糸がすっと切れていくのがわかった。

 早く、課長さんに会いたい。

 

 あの優しそうに垂れた目で、「頑張ったな」って言ってほしい。

 おじさん臭い、でも落ち着くあの声で、私の青い髪を「綺麗だ」って言ってほしい。

 

 今夜は、自販機の前で待つ気力すら残っていなかった。

 私は屋上の隅っこ、照明の光も届かない暗がりのフェンスに寄りかかり、ずるずるとしゃがみ込んだ。奇抜なメイクの仮面の下で、我慢していた涙がポロポロと溢れて、止まらなくなった。

◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)

 いない。

 車を停めて周囲を見渡すが、自販機の明かりの下には誰もいなかった。

 ひどく冷や水を浴びせられたような気分だった。

 そりゃそうだ。彼女には彼女の生活がある。毎日同じ時間にここにいるわけがない。

「……何が『また会えるといいね』だ。バカだな、俺は」

 舞い上がっていた自分が情けなくて、缶コーヒーを買う気にもなれず、車に戻ろうとしたその時。

 視界の端、夜の闇に沈むフェンスの際。

 ディスカウントショップのネオンの光を微かに反射して、きらりと光る『青』が見えた。

 あおいちゃんだ。

 

 いつもなら「おじさん、お疲れ!」って生意気に笑うはずの彼女が、小さく膝を抱えて丸まっている。

 俺は、理性のブレーキをかけることすら忘れて、彼女の元へ駆け出していた――。

ついに課長さんの心が完全に「現実のルール」を突破して、あおいちゃんを求めて動き出しましたね。

いつもは強気な仮面を被っているあおいちゃんが、一番脆い姿(素顔)で泣いているところに、必死で駆けつける課長さん……。

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