第24話:シンクの残り香、運命を変える招待状
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
圭介さんが丁寧に、手際よくお皿を洗ってくれる姿を、私はソファからぼんやりと眺めていた。
大きな背中、スーツのジャケットを脱いでシャツの袖を捲った腕。どれもこれも、私の部屋には少し大きすぎるくらいだけど、すごく素敵。
洗い物を終えて、圭介さんがタオルで手を拭きながら戻ってきた。
「ご馳走様、あおいちゃん。本当に美味しかったよ」
ニコッと笑う圭介さんに、私は胸がいっぱいになる。
「ううん、お手伝いしてくれて助かったよ。圭介さん、ありがとう」
時計を見ると、もう夜も深まっている。
圭介さんはきっと、そろそろ帰らなきゃって思ってるはず。でも、私はまだ離れたくない。このまま彼が帰ってしまうなんて考えただけで、胸がギュッて痛くなる。
勇気を出して、私はソファから立ち上がった。
心臓が爆発しそう。でも、顔を真っ赤にしながら、私は精一杯の笑顔で彼を見上げた。
「……あのね、圭介さん。もう遅いから。今晩は、お泊まりしましょうねっ!」
心臓の音が、部屋中に響いちゃうんじゃないかと思うくらい、ドキドキしながら彼の反応を待った。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「……今晩は、お泊まりしましょうねっ!」
あおいちゃんからの、トドメの一撃。
その言葉の意味を、俺の脳が完全に理解するまでに数秒の空白があった。
お泊まり。彼女の部屋に、このまま朝まで。
付き合いたての、二十一歳の彼女の部屋で、三十七歳の俺が。
「っ……!!」
心臓が、肋骨を突き破って飛び出しそうなほど強く鳴った。
さっきまでのカレーのスパイスなんて吹き飛ぶくらいの、強烈な衝撃が全身を駆け巡る。思考がまたしてもショートし、血の気が引いたかと思えば、次の瞬間には顔面から耳の先まで、これまでで一番の赤面が襲ってきた。
「お、お泊まり……っ!?」
声が裏返った。
頭から湯気が出ているどころじゃない。もう、沸騰して蒸発してしまいそうだ。
あおいちゃんは、そんな俺の狼狽ぶりを、とろけるような笑顔で見つめている。
このままここにいたら、俺は一体どうなってしまうんだ。
彼女の寝顔を朝まで見守るのか。同じ空間で、同じ夜を過ごすのか。
三十七年の人生の中で、これほどまでに理性が試される夜が来るなんて。
「……あおいちゃん。俺、その……本当に、ここにいていいのか?」
震える声で尋ねる俺の目線の先で、あおいちゃんは「ダメ?」と小首を傾げた。
その破壊力は、どんな業務命令よりも重く、どんな交渉よりも抗い難いものだった。
「……分かった。……お言葉に、甘えさせてもらうよ」
俺はネクタイを外し、ジャケットを整えながら、なんとか大人の男としての面目を保とうと必死だった。
けれど、握りしめた拳は緊張で震えていたし、心臓の音はきっと彼女にも聞こえていたに違いない。
彼女の部屋の、優しい灯り。
カーテンの向こうに広がる夜空の下で、俺たちの新しい夜が、静かに、ゆっくりと幕を開けようとしていた。




