第22話:ドアの向こうの彼女、キッチンで重なる影
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
スーパーで買い物を済ませて、圭介さんと一緒に私の部屋へ向かう。
この道を彼と一緒に歩いているなんて、数日前まで想像もしなかった。心臓がトクトクとせわしなく鳴って、足元がふわふわしちゃう。
「あの、圭介さん。……ここが私の部屋」
鍵を開けてドアを開ける。
圭介さんは、玄関で靴を脱ぐときもなんだかすごく緊張しているみたいで、背中がピンと伸びていた。
「圭介さん、狭いけどどうぞ!」
そう言うと、圭介さんは恐る恐る中に入ってきた。
私は急いで自分のバッグを片付けて、リビングを見渡す。昨日、彼を呼ぶと決めてから、徹夜して片付けた部屋だ。
ギャルっぽい服やメイク道具はあるけれど、掃除は行き届いているし、本や雑誌もきれいに並べてある。私の、本当の姿を見てもらう場所。
「あ……本当に、すごく綺麗だね」
圭介さんはぐるりと部屋を見回して、感心したように呟いた。
その時の彼の顔が、なんだかすごく優しくて、私はなんだか泣き出しそうなくらい嬉しくなった。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
あおいちゃんの部屋。
ドアをくぐった瞬間、そこはまるで彼女自身のような空間だった。
淡いパステルカラーのインテリアに、少しだけ添えられた青い雑貨。綺麗に整えられた棚には、美容関係の専門書や、トレンドの雑誌が整然と並んでいる。
派手なギャルメイクの下に隠されていた、彼女の「真面目で丁寧な性格」が、部屋の随所から伝わってくる。
「……あおいちゃん、すごく綺麗に整頓されているんだね」
俺は心からそう思った。
勝手なイメージで、ギャルの部屋はもっと散らかっているんじゃないかとか、そんな失礼な偏見を持っていた自分を恥じる。彼女は、自分の時間を、自分の生活を、こんなにも大切にしているんだ。
その事実に触れた瞬間、胸の奥がキュッとなるような、切ないほどの愛おしさがこみ上げた。
そんな俺を、あおいちゃんは少し照れくさそうに振り返って笑っている。
「……うん、ちょっとだけ頑張って片付けたの。圭介さんにガッカリされたくなくて」
そんなことを言われたら、もう理性がどこかへ飛んでいってしまう。
俺は慌てて鞄をソファの端に置き、自分の動揺を隠すように、少し大げさにキッチンの方へ視線を向けた。
「うん、あおいちゃん……何か手伝うよ。俺も、独り暮らしは長いから、ある程度の家事はできるはずだ」
またしても、心の声よりも先に、おじさんの必死なアピールが口から出てしまった。
何が「家事はできるはずだ」だ。彼女の手料理を食べるために来たのに、何をやっているんだ俺は。
そう思って自分の言葉に赤面していると、あおいちゃんはそんな俺の動揺を笑うように、ふふっと楽しそうに笑って、「じゃあ、玉ねぎの皮むきをお願いしてもいい?」と包丁を手渡してくれた。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
私が包丁を手渡すと、圭介さんは「お、おう!」と気合いを入れて、台所に並んでくれた。
37歳の課長さんが、私の狭いキッチンで、慣れない手つきで玉ねぎを剥いている。その姿が、信じられないくらい可愛くて、カッコいい。
「圭介さん、上手! 私より早いかも」
「いやいや、まだまだだよ。……あおいちゃんのカレー、楽しみだな」
圭介さんは照れくさそうに笑いながら、玉ねぎをまな板の上で転がした。
仕事の時の厳しい表情はどこへやら、今の彼はただの、私の大好きな圭介さん。
狭いキッチン。二人の肩が、ふとした瞬間にぶつかる。
その温もりが伝わるたびに、心臓が爆発しそうになる。
「……圭介さん。カレー、隠し味入れるからね。……もうちょっと待ってて?」
私は火にかけた鍋の中をそっと覗き込んだ。
ぐつぐつと煮える音。二人の影が、狭いキッチンの壁に重なり合って映っている。
ずっと憧れていた光景が、今、私の部屋で現実になろうとしていた。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
まな板の上で、最後の一片の玉ねぎを刻み終える。
彼女の指示通りに野菜を切り、鍋に投入する。
狭いキッチンで、彼女の体温がすぐそこにある。さっきスーパーで繋いだ手のひらの熱さが、まだ俺の全身に巡っているような気がした。
鍋から立ち上る、食欲をそそるスパイスの香り。
彼女の部屋の、いい匂い。
37歳。一人で過ごす夜は、いつも静かで、冷めていたはずだった。
なのに、今の俺はどうだ。頭から湯気が出そうなほど真っ赤になりながら、二十一歳の可愛い彼女の隣で、カレーの仕上がりを待っている。
「……あおいちゃん」
「ん? なに、圭介さん?」
玉ねぎの皮がついた手で、彼女の髪の毛に触れてしまいそうになり、慌てて手を引っ込める。
俺は、彼女が隣にいてくれるこの一瞬の時間を、一生分の思い出にするように、深く、深く息を吸い込んだ。
「……なんでもない。美味しいカレー、楽しみにしているよ」
そう言って微笑むと、彼女は「もう、楽しみにしててってば!」と、俺の腕をぽんと叩いて笑った。
狭い部屋、小さなキッチン。ここにあるのは、カレーの湯気と、二人だけの甘くて、温かい幸福な時間だけだった。




