第21話:蛍光灯のワンダーランド、繋いだ手の温度
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
自動ドアが開くと、ひんやりとした空気と一緒に、見慣れたスーパーの匂いが鼻をくすぐった。
いつもなら仕事帰りに一人で、スマホを見ながら適当に惣菜を選んだりするだけの場所。だけど、すぐ隣にカチッとしたスーツ姿の圭介さんが並んでいるだけで、いつものスーパーがまるでテーマパークみたいに特別に見えてくる。
「えっと、まずは野菜コーナーだよね」
私は備え付けの買い物カートを引き出して、前に進めようとした。
その時、ふと頭をよぎるものがあった。ここは私の職場の近くでもあるし、圭介さんの生活圏内でもある。時間的には、仕事終わりのサロンの先輩や、圭介さんの会社の部下の人たちが夜食を買いに来ても全然おかしくない時間帯だ。
ナチュラルメイクに変えた私と、37歳の渋い課長さん。
もし誰かに見つかったら、なんて言われるかな……。
ちょっとだけ不安になって、カートを握る手に力が入った、その時。
すっ、と横から伸びてきた圭介さんの大きな手が、私の手を包み込むようにして、カートの持ち手を一緒に握った。
「え……?」
驚いて見上げると、圭介さんはやっぱり耳のあたりまで真っ赤にしながら、だけど真っ直ぐ前を見つめていた。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
明るい蛍光灯に照らされた店内。
平日のこの時間、近所のスーパーには仕事帰りの会社員や、近所の住人がそれなりに買い物をしている。
正直に言えば、怖くなかったといえば嘘になる。
もしここで職場の部下や、取引先の人間に会ったらどう言い訳すればいいだろう。16歳も年下の、髪の青い女の子と2人でカートを押している姿を見られたら、どんな噂を立てられるか分からない。そんな大人の保身が、一瞬だけ頭をよぎった。
だけど、隣を歩くあおいちゃんが、少し不安そうに周囲を気にして、カートの持ち手をぎゅっと強く握りしめるのが見えた。
――何を怯えているんだ、俺は。
周りにどう思われようが、関係ない。俺は、この一ノ瀬あおいという女の子を愛しているんだ。付き合う時に「一生大事にする」と、心の声を暴走させてまで誓ったじゃないか。
彼女を不安にさせるくらいなら、おじさんのプライドや世間体なんて、今ここで全部ドブに捨ててやる。
「あおいちゃん」
俺は彼女の小さな手に、自分の手をそっと重ねた。
あおいちゃんが驚いたようにこちらを見上げるのが分かった。顔がカッと熱くなって、また頭から湯気が出そうになる。それでも、重ねた手を離さず、指を絡めるようにして、しっかりと彼女の手を握りしめた。
「一緒に押そう。……知り合いに見られたって、構わないから」
口から出た言葉は、震えていたかもしれない。けれど、これが今の俺の、一番毅然とした覚悟だった。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「一緒に押そう。……知り合いに見られたって、構わないから」
圭介さんの声は少し緊張で引きつっていたけれど、私の手を握る力は、驚くほど強くて温かかった。
横を見ると、彼は顔を真っ赤にして、相変わらず頭から湯気が出そうなくらいオドオドしている。なのに、目はすごく真剣で、私のことを守ろうとしてくれているのが痛いくらいに伝わってきた。
誰かに見つかるかもしれない恐怖なんて、その温もりだけで一瞬でどこかへ飛んでいってしまった。
「……うんっ」
私は繋いだ手にキュッと力を込めて、彼の腕に身体を寄り添わせた。
薄いメイクのせいで、私の顔が嬉しさで真っ赤になってるのも全開でバレちゃう。でも、今の私は、世界一誇らしい気持ちでこの人の隣を歩いていた。
「じゃあ、圭介さん! カレーの材料、選ぶよ!」
2人で1つのカートを押しながら、私たちは並んで歩き出す。
「タマネギはね、ちっちゃいのだと剥くのめんどくさいから、このおっきいやつね!」
「あ、ああ、なるほど。勉強になるな……。お肉はやっぱり、ビーフにするかい?」
「ううん、私のカレーはチキンなの! 鶏もも肉、そっちのパック取って!」
私が指差すと、圭介さんは「よし、任せてくれ」と言って、嬉しそうにパックをカゴに入れてくれた。そのたびに、繋がった手のひらから、彼の弾む心臓の音が伝わってくるみたいで、胸の奥がずっと甘く痺れていた。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「私のカレーはチキンなの! 鶏もも肉、そっちのパック取って!」
元気よく指示を出してくれるあおいちゃん。
言われた通りに鶏肉のパックをカゴに入れながら、俺は胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。
カートの持ち手の上で、ずっと繋がったままの俺たちの手。
すれ違う主婦の人や、サラリーマンが、一瞬俺たちに視線を向ける。だけど、もうどうでもよかった。あおいちゃんが隣で、ナチュラルメイクの綺麗な笑顔を弾けさせながら、「次はカレールーだよ、圭介さん!」と俺の名前を呼んでくれている。その事実だけで、俺の心は無敵になれた。
「ルーは、やっぱり中辛がいいかい?」
「うーん、私は辛いの平気だけど、圭介さんおじさんだから、甘口の方が胃に優しかったりする?」
「これでも一応、辛口までいける口だよ!」
そんな他愛もない会話を交わしながら、カゴの中にじゃがいもやニンジン、カレールーが溜まっていく。
いつもの見慣れたスーパーの、冷たい蛍光灯の光。
だけど、彼女と繋いだ手の温もりがあるだけで、まるでお互いの未来を少しずつカゴに詰め込んでいるような、そんな、たまらなく愛おしくて温かい空間に変わっていた。




