第19話:美容師の卵と、誇らしきハサミの約束
第19話:美容師の卵と、誇らしきハサミの約束
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「ごちそうさまでした!」
プリンアラモードと、圭介さんの「はっぱん、ぱんケーキ」をすっかり平らげて、私たちは席を立った。お会計を済ませて扉へ向かうと、優しそうな老夫婦と、綺麗なお姉さん――凛々子さんが笑顔で見送ってくれる。
「あおいちゃん、また来てねぇ」
「はぁい! すっごく美味しかったです、また絶対来ます!」
私が満面の笑顔で手を振ると、圭介さんがふと思い出したように、凛々子さんに向かって声をかけた。
「あっ、凛々子さん。あおいちゃんのお店、良かったら行ってあげてよ」
「えっ、お店!?」
凛々子さんがパチクリと目を丸くする。私はまさか圭介さんがそんな風に私のお店を宣伝(?)してくれるなんて思っていなくて、ちょっとびっくりして彼の顔を見上げた。
「私、アシスタントなんですけど……美容師の卵なんです」
「へぇーっ! だからそんなに綺麗な髪色なのねっ!」
凛々子さんは私の青い髪をまじまじと見つめて、本当に感心したように声を弾ませた。
「あおいちゃん、是非! 行かせてもらうわ。私、ちょうどそろそろ髪切りたいなーって思ってたところなの」
「本当ですか!? 嬉しい……っ!」
まだ髪を切ることはできないけれど、自分の仕事を「美容師の卵」として誇らしく紹介してくれた圭介さんの優しさが、胸の奥にじんわりと広がっていく。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「あおいちゃん、是非! 行かせてもらうわ」
嬉しそうに微笑む凛々子さんと、それ以上に目をキラキラさせて喜んでいるあおいちゃんを見て、俺は胸の奥で小さくガッツポーズをしていた。
彼女はいつも、あの青い髪を自分のプライドだと言っていた。毎日サロンで遅くまで頑張っている彼女の努力を、俺の行きつけの、大切な場所の人たちにも知ってほしかったのだ。
凛々子さんの髪質なら、あおいちゃんのいるサロンの雰囲気にきっと合うはずだ。
「良かったね、あおいちゃん」
「うん……! 嶋田さん、ありがと」
あおいちゃんが俺のスーツの袖をきゅっと掴んで、上目遣いで照れくさそうに笑う。
そんな俺たちのやり取りを、カウンターの奥からマスターの奥さんと凛々子さんが、お腹いっぱいというような顔で見つめていた。
「それにしても……お二人とも、ラブラブで羨ましいわぁ」
凛々子さんが顎に手を当てて、ニヤニヤしながらそう言った。
「っ!!!!?」
ラ、ラブラブ――。
直球すぎるその単語が、レトロな店内に響き渡る。
さっきパンケーキを噛み倒したばかりの俺の頭は、その一言で再び一瞬にして沸騰した。
「あ、いやいや! 違うんだ、これはその、若者の付き合いに俺が必死に合わせているというか、決して浮かれているわけでは……っ!」
あおいちゃんを前にすると、本当にどうしてこうも余裕がなくなってしまうのか。
またしても頭から湯気が出そうなほどの赤面が襲ってきて、俺はカバンを握りしめたまま、おじさん特有の見苦しい言い訳をまくし立てていた。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「お二人ともラブラブで羨ましいわっ」
凛々子さんの一言に、圭介さんは案の定、一瞬で耳まで真っ赤にして「あ、いやいや! 違うんだ!」って両手をバタバタさせながら大慌てで言い訳を始めた。
若者に合わせている、なんて、本当はさっき私のこと「可愛いだろ」って自慢してくれたくせに!
「ふふっ……」
老夫婦も凛々子さんも、圭介さんのその嘘みたいに純情なリアクションに大笑いしている。
私は、真っ赤になってオドオドしている圭介さんの大きな腕に、今度はぎゅっと自分の腕を絡ませた。
「言い訳禁止ですよ、圭介さん。……凛々子さん、お騒がせしました! お店で待ってますね!」
私は圭介さんを引っ張るようにして、カランカランとベルを鳴らして喫茶店を飛び出した。
夜の涼しい風が、私たちの火照った顔を優しく撫でる。
薄いメイクのせいで、私の顔がトマトみたいに真っ赤になってるのも、きっとお店の人たちには最後までバレバレだった。でも、この人の隣にいる時の私は、世界で一番幸せな「美容師の卵」だった。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「もー、圭介さん、すぐに慌てるんだから!」
喫茶店の外に出て、夜風の中でぷくっと頬を膨らませるあおいちゃん。
腕に絡みつく彼女のぬくもりと、さっき凛々子さんに言われた「ラブラブ」という言葉が頭の中でぐるぐると木霊して、俺の赤面は一向に引く気配がなかった。
「す、すまない……。つい、お店の人たちの前だと格好をつけてしまって……」
「格好ついてないよ? 『はっぱん、ぱんケーキ』だし、顔真っ赤だし」
あおいちゃんはクスクスと笑いながら、俺の腕をさらに強く抱きしめてきた。
「でもね、私の仕事を応援してくれたの、すっごく嬉しかった。私、早く一人前になって、一番最初に圭介さんの髪をカットしてあげるね」
街灯の光に透ける青い髪。その奥にある、ナチュラルメイクに変えてからさらに輝きを増した、一人の女性としての強い眼差し。
その言葉が、その笑顔が、あまりにも愛おしすぎて、俺は今度こそ、心の声を口に出す代わりに、彼女の小さな肩をそっと抱き寄せた。
「ああ……。楽しみに待っているよ、あおいちゃん」
三十七歳の大人の理性なんて、彼女の前では何の意味も持たない。
頭の湯気はまだ消えそうにないけれど、夜の街を歩く二人の足取りは、どこまでも軽やかで、甘い色彩に染まっていた。




