↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/32

第15話:夕暮れのサロン、初めてのお迎え


◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)

「あおい、今日なんかずっとソワソワしてない? 時計見すぎ!」

「えっ!? あ、あはは、気のせいですよ先輩! ちゃんと床掃いてます!」

 慌ててほうきを動かしながら、私は自分の顔がニヤけそうになるのを必死で堪えた。

 先輩の言う通り、今日の私は完全に心ここにあらずだった。だって、今日は金曜日。そして――

『仕事が早く終わりそうだから、もしよければ、あおいちゃんの職場の近くまで車でお迎えに行ってもいいかな?』

 お昼休みに届いた、嶋田さんからの少し慣れたLINE。

 まさか、私の職場にお迎えに来てくれるなんて!

 嬉しすぎて、メッセージを見た瞬間にサロンの休憩室で小さく飛び跳ねてしまった。

 時計の針は、夜の八時半を回ろうとしている。

 付き合い始めてからも、私のメイクはナチュラルなまま。笑顔が増えたねって、最近はサロンのお客様からもすごく褒められるようになった。全部、嶋田さんのおかげ。

 片付けを終えて、私は大急ぎで私服に着替えた。

 カバンを持ってサロンの勝手口を出ると、夜の街並みの向こう、少し離れた通りのパーキングに、見慣れたピカピカの黒いセダンがハザードランプを点滅させて停まっているのが見えた。

「嶋田さん……っ!」

 胸がキュンと跳ねて、私はヒールの足元も気にせず、小さく走り出していた。

◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)

 チカ、チカ、と規則的に鳴るハザードランプの音を聴きながら、俺は運転席でハンドルをトントンと指で叩いていた。

 時刻は夜の八時四十分。あおいちゃんの勤めるサロンから少し離れたコインパーキングに車を停めて、彼女が出てくるのを待っている。

 正直に言って、生きた心地がしなかった。

 三十七歳の男が、二十一歳の、それもあんなに華やかなサロンで働く女の子の職場にお迎えに来るなんて、客観的に見てどうなんだろうか。もし彼女の先輩や同期に見つかって、「あの子の彼氏、随分とおじさんだな」なんて言われてしまったら……。

 そんなネガティブな妄想が頭をよぎり、スーツの襟元が妙に窮屈に感じられて、ネクタイを少し緩める。

 その時、サイドミラーに、夜の街をまっすぐに走ってくる『鮮烈な青』が映った。

「あおいちゃん……」

 俺は慌てて運転席のドアを開けて、外に出た。

 カバンを抱え、こちらに向かって走ってくるあおいちゃん。街灯の光に透ける青い髪と、ナチュラルメイクに変えてからさらに輝きを増した、愛おしい笑顔。

「嶋田さんっ!」

 俺の目の前まで来ると、彼女は勢いよくその小さな身体を俺の胸に飛び込ませるようにして、ピタッと足を止めた。

 ふわりと、あの夜に返ってきたタオルと同じ、甘くてお洒落なシャンプーの香りが夜風に乗って俺を包み込む。

◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)

「嶋田さんっ!」

 車の前で待っていてくれた嶋田さんの姿を見つけた瞬間、周りの目なんてどうでもよくなっちゃった。

 

 かっちりとしたビジネススーツを着て、少し緊張したみたいに立っている嶋田さん。いつもの屋上駐車場じゃなくて、私の職場の近くに、この大好きな大人の人が存在していることが、なんだかすごく不思議で、信じられないくらい嬉しい。

「お疲れ様、あおいちゃん。……その、急にお迎えなんて言って、迷惑じゃなかったかい?」

 嶋田さんは周りを少し気にしながら、申し訳なさそうに眉を下げて笑った。

 おじさんのくせに、まだちょっと遠慮がちで、私のことを一番に気遣ってくれる。

「もう、迷惑なわけないじゃん! すっごく嬉しかったんだから!」

 私は彼の腕に自分の腕をぎゅっと絡めて、わざと顔を近づけた。

 薄いメイクの私の顔が、彼のすぐ近くにある。嶋田さんは案の定、一瞬で耳のあたりまで真っ赤にして、「あ、あはは……そうか、よかった」と視線を泳がせている。

「ほら、早く車乗ろ? 嶋田さんの車の中、落ち着くから好きなんだよね」

 助手席のドアを開けてもらいながら、私は彼を見上げてニカッと笑った。

 今日一日の仕事の疲れなんて、この人の優しい目を見た瞬間に、全部どこかへ消えちゃっていた。

◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)

「ほら、早く車乗ろ? 嶋田さんの車の中、落ち着くから好きなんだよね」

 そう言って、嬉しそうに助手席に滑り込んでいくあおいちゃん。

 俺は運転席に戻り、ドアを閉めて一息ついた。密閉された車内。外の喧騒が消え、急に二人きりの空間になる。

 助手席のあおいちゃんは、シートベルトを締めると、本当に嬉しそうに「ふぅ」とシートに背中を預けた。

 

「今日も一日、頑張ったんだね」

「うん! 先輩にね、笑顔がすごく良くなったって褒められたの。嶋田さんのおかげだよ?」

 真っ直ぐに俺を見て、はにかむように微笑む彼女。

 ギャルメイクの仮面を脱ぎ捨て、一人の「青い髪が似合う美しい女性」へと変わり始めている彼女の姿が、助手席の至近距離で見つめるには、あまりにも眩しすぎた。

「可愛すぎる……」

 ――あ、またやってしまった。

 気がつけば、また心の声がそのまま口から漏れていた。

「あ、いや! 今のはその、本当にそう思ったからで……!」

 慌ててハンドルを握り直し、前を向く。

 またしても顔中がカッと熱くなり、頭から湯気が出そうなほどの赤面が襲ってくる。付き合い始めたというのに、俺の余裕のなさは相変わらずだ。

 すると、隣から「ふふっ」と、あの夜と同じ愛おしそうな笑い声が聞こえて、俺の手の甲に、彼女の小さくて温かい手がそっと重ねられた。

「言い訳禁止。……早く出そう? 私の課長さん」

 いたずらっぽく笑うあおいちゃんを乗せて、俺は真っ赤な顔のまま、ゆっくりと車を走らせた。

 夜のハイウェイを走る愛車の車内は、彼女の甘い香りと、二人の弾む心臓の音で、どこまでも優しく満たされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。