第14話:心の声の暴走、そして一生の約束
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「……っ、もう! 何とか言ってよ、嶋田さんっ!!」
真っ赤な顔をして、俺の胸をポカポカと叩きながら泣きそうに怒るあおいちゃん。
その小さな拳の感触と、まだ唇に残る柔らかい熱が、フリーズしていた俺の脳細胞を無理やり叩き起こした。
ああ、もうダメだ。格好をつけるのも、大人ぶるのも、全部おしまいだ。
二十一歳の彼女が、初めてのキスを俺にくれた。必死につま先立ちをして、怯えながらも飛び込んできてくれたんだ。
ここで何も言えない男なら、今すぐ男を辞めてしまった方がいい。
「あおいちゃんっ……!」
俺は彼女の両肩をそっと、だけど逃がさないようにしっかりと掴んだ。
心臓が耳元で爆音を鳴らしている。喉がカラカラに乾いて、声が激しく震える。それでも、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて、胸の奥底にある一番重い本音を、全力でぶつけた。
「俺とっ、俺とお付き合いしてくれますか!? 一生、大事にしますからっ……!!」
――静寂。
夜の屋上に、俺の叫び声のような大声が響き渡り、そのまま吸い込まれていった。
はっと我に返った。
お付き合いしてくれますか、まではいい。その後の言葉は何だ。
「一生、大事にしますから」……?
「あれっ!? 俺っ……心の声が……またっ……!?」
自分の口から出たあまりにも重すぎるフレーズに、俺は自分の口を手で押さえ、血の気が引くのを感じた。
付き合う前から「一生」だなんて、これじゃあまるでプロポーズじゃないか。ただでさえ十六歳も年上のおじさんなのに、こんな重いセリフを言われたら、彼女が引いてしまうに決まっている。
「す、すまない! 今のはその、誓いというか、それくらい真剣だという比喩であって、ストーカーみたいな意味じゃなくてっ……!」
またしても頭から湯気が出そうなほど赤面し、俺は世界一情けない言い訳を始めていた。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「俺とっ、俺とお付き合いしてくれますか!? 一生、大事にしますからっ……!!」
肩を掴まれて、嶋田さんの大きな声が鼓膜を震わせた瞬間、私の身体はピキッと硬直した。
お付き合い……。
しかも、いっ、一生……!?
「あ……」
驚きのあまり、声が出なかった。
目の前では、嶋田さんが「あれっ!? 俺、心の声が、また……!?」って、自分の口を手で押さえながら、ものすごい勢いで顔を青くしたり赤くしたりして狼狽している。
ストーカーじゃない、比喩だ、なんて、必死になっておじさん特有の言い訳を並べているけれど。
「っ……ふふ、あはははは!」
私は我慢できなくなって、お腹を抱えて笑ってしまった。
目からは、嬉しさと愛おしさで涙がじわりと滲んでくる。
本当に、どこまで不器用な人なんだろう。
普通、最初の告白で「一生大事にする」なんて言わない。重すぎるし、真面目すぎる。でも、それが嶋田さんなのだ。私のことをそれくらい真剣に、一時の遊びなんかじゃなく、人生を賭けるくらい大切に思ってくれている証拠だった。
「……嶋田さん」
私は笑うのをやめて、まだオドオドと言い訳を続けている彼の口元に、自分の人差し指をそっと当てて、その言葉を止めた。
もう、メイクが薄いから赤くなってるのなんて、どうでもいい。
私は満面の、今日一番の輝くような笑顔を彼に向けた。
「言い訳禁止。……はい、喜んで」
私は指を離し、今度は自分から、嶋田さんの大きな手をぎゅっと包み込むように握りしめた。
「『一生』だからね? 嘘ついたら怒るから。……これからよろしくね、私の課長さん」
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
『はい、喜んで。……これからよろしくね、私の課長さん』
あおいちゃんの小さくて温かい手が、俺の右手をしっかりと握りしめていた。
ガラス細工のように繊細で、だけど輝くような笑顔。その瞬間、俺の胸の中にあった不安や焦りは、春の雪のように一瞬で溶けて消え去った。
「ああ……。こちらこそ、よろしく。あおいちゃん」
俺は、握られた彼女の手を、今度は俺の手で優しく包み込み返した。
また心の声が漏れてしまったし、格好悪いところばかり見せてしまったけれど、彼女はそれを受け入れて、隣で笑ってくれている。
ピカピカに磨いたセダンのボンネットに、夜空の星が映り込んでいる。
三十七歳になって、まさかこんなに瑞々しくて、胸が苦しくなるような恋ができるなんて思ってもみなかった。
頭の湯気はまだ完全に引きそうにないけれど、握った手のぬくもりだけは、絶対に離さないと心に誓った。




