第13話:つま先立ちのファーストキス
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「おじさんのくせに、そんなこと急に言うの、反則だよ……?」
そう言って嶋田さんのスーツの袖を掴んだまま、私は彼を見上げた。
私の薄いメイクのせいで、赤くなっている顔が全部バレていると思うと恥ずかしい。でも、目の前でそれ以上に真っ赤になって、頭から湯気が出そうなくらい狼狽しているこの人を見ていたら、胸の奥の「好き」がもう、どうしようもないくらいに膨れ上がってしまった。
ゆうべ、電話で『俺も、君が好きだ』って言ってくれた。
今、私の目を見て『可愛すぎる』って言ってくれた。
だったら、もう待てない。
いつもはお堅い課長さんで、慎重で、私を子供扱いしようとするこの人を、私だけのものにしちゃいたい。
「嶋田さんっ……」
私は掴んでいた袖を離し、彼の胸元にそっと両手を添えた。
「ちょっと、下向いてっ……!」
少し怒ったような、だけど震える声でそう呟く。
背の高い嶋田さんと、背の低い私。普通に立っていたら、私の視線は彼の胸元あたりにいってしまう。
嶋田さんが「え? あ、ああ……?」と戸惑いながら、不思議そうに少しだけ顔を下げてくれた、その瞬間だった。
私は、ぎゅっと目をつぶって、思い切りつま先立ちをした。
自分でも信じられないくらい大胆だけど、これが私の、生まれて初めてのキス。
大好きな、大好きな嶋田さんに、私の全部を捧げるつもりで、その優しそうな唇に、自分の唇をそっと重ねた。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
「ちょっと、下向いてっ……!」
上目遣いで、真っ赤な顔をしたあおいちゃんにそう言われ、俺はわけも分からず「え? あ、ああ……?」と少しだけ上体を屈めた。
その直後のことだった。
あおいちゃんの小さな身体が、ふわりと浮き上がったように見えた。
ちゅっ、と。
静まり返った屋上に、微かな、けれど決定的な音が響く。
柔らかくて、ほんのりと甘い、温かい感触が、俺の唇に触れていた。
「っ!!!!?」
何が起きたのか、脳が理解を拒否した。
目と鼻の先には、ぎゅっと目を閉じ、長い睫毛を震わせながら、必死につま先立ちをしているあおいちゃんの姿。俺の胸元に添えられた彼女の小さな手が、緊張で小さく 震えているのが伝わってくる。
あおいちゃんから、キスを、された。
しかも、初めての……?
思考が完全にフリーズし、全身の血流が逆流するような衝撃が駆け巡る。
慌てる、なんてレベルじゃない。心臓が肋骨を突き破らんばかりに暴れ狂い、頭の中は真っ白な花火が何百発も打ち上がったかのようにパニックになっていた。
時間にして、ほんの数秒だったはずだ。
やがて、あおいちゃんのかかとが地面に下り、ゆっくりと唇が離れていく。
俺は口を半開きにしたまま、彫刻のように固まって、ただ彼女を見つめることしかできなかった。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
……しちゃった。
本当に、しちゃった。
ゆっくりとかかとを下ろして、目を開けると、目の前の嶋田さんは完全に魂が抜けたような顔をして固まっていた。口をあんぐりと開けて、目はこれ以上ないくらい丸くなっていて、顔だけじゃなく耳まで真っ赤っか。
その、見たこともないくらい慌てて、フリーズしている姿を見たら、さっきまでの私の緊張が、急に大きな恥ずかしさに変わって襲ってきた。
「……っ」
心臓が、破裂しそうなくらいバクバク鳴っている。
ナチュラルメイクに変えたばかりの私の顔は、今、間違いなくトマトみたいに真っ赤になっているはずだ。
「……っ、もう! 何とか言ってよ、嶋田さんっ!!」
恥ずかしさに耐えきれなくなった私は、彼の胸にポカポカと小さく拳をぶつけながら、泣きそうな顔で怒ったように叫んでしまった。




