第9話:深夜二時十五分の告白、もう戻れない二人
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
「……間違いでも、嬉しいよ。だって、嶋田さんの声、聞けたもん」
そう口にした瞬間、心臓の音が耳元でうるさいくらいに脈打ち始めた。
受話器の向こうの嶋田さんは、小さく息を呑んだまま、何も言わずに私の言葉を待っている。
夜の静寂が、私たちの間を埋めていく。
昼間の私なら、もっと生意気に、からかうように言えたかもしれない。でも、暗い部屋で、パジャマ姿で、ベッドの中で嶋田さんの声をダイレクトに聴いている今は、もう誤魔化しがきかなかった。
「私ね……課長さん……嶋田さんのことばかり、考えちゃって……」
一度溢れ出したら、もう止められなかった。
出会った時のこと、屋上で泣いていた私に缶コーヒーをくれたこと、本名を知ってあんなに真っ赤になってくれたこと。
「私……嶋田さんのこと、す……」
最後のひと文字が、喉の奥に張り付いて、かすれた吐息になる。
恥ずかしくて、怖くて、だけど伝えたくて、スマホを握る指先がぎゅっと白くなった、その時――。
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
『私……嶋田さんのこと、す……』
あおいちゃんの、今にも消え入りそうな、震える声が鼓膜を揺らした。
その瞬間、俺の頭の中で、これまで必死に維持しようとしていた「三十七歳の大人の理性」や「十六歳差という高い壁」が、音を立てて完全に崩壊した。
何を怯えていたんだ、俺は。
彼女はこんなにも真っ直ぐに、傷つくかもしれないのに、俺に向き合おうとしてくれている。それなのに、俺ときたら、いつまで格好の悪い「おじさん」の後ろに隠れているつもりだ。
「あおいちゃん――」
俺は彼女の言葉を遮るように、受話器に向かって声を張った。
「俺も……俺も、君のことばかり考えているんだ。会社にいても、家に帰ってきても、君のあの綺麗な青い髪を想像するだけで、胸が苦しくて、どうしようもなくなる」
一気にまくし立てる。もう、指が滑ったわけじゃない。これが俺の、嶋田圭介という一人の男の、剥き出しの本心だ。
「俺も……君が好きだ」
言ってしまった。
静まり返った部屋に、自分の声が寂しく響く。
だけど、胸の奥は不思議なほどに熱く、昂っていた。もう、引き返す道なんてどこにもなかった。
◆ あおいちゃん視点(21歳・あおい)
『俺も……君が好きだ』
受話器から響いた嶋田さんの声は、いつもの優しい課長さんの声じゃなかった。
低くて、少し掠れていて、ものすごく真剣で――紛れもない、一人の男の人の声だった。
「っ……!」
心臓がドクン、と大きく跳ねて、目頭が急に熱くなった。
嶋田さんが、私のことばかり考えてるって言ってくれた。私の青い髪を、愛おしいって言ってくれた。
年の差なんて関係ない。おじさんだからって引け目を感じてたあの人が、私のために、そのプライドも理性も全部捨てて「好きだ」って言ってくれたんだ。
「……嶋田さん」
嬉しくて、涙がポロポロと頬を伝って枕に染み込んでいく。だけど、声は不思議と弾んでいた。
「ずるいよ、私のセリフ遮って言うなんて。……でも、すっごく、すっごく嬉しい……!」
毛布を頭から被りながら、私はスマホを両手で包み込むようにして耳に押し当てた。
画面の向こうの彼が、今どんな顔をしているか、見なくても分かる。きっと、深夜の部屋で、また年甲斐もなく真っ赤になっているはずだ。
「私も、嶋田さんが大好き。おじさんで、LINE下手くそで、真っ赤になる嶋田さんが、大好きなの」
◆ 課長さん視点(37歳・嶋田)
『私も、嶋田さんが大好き』
耳元で泣きそうな声で笑う彼女の告白を受け止めた瞬間、俺はソファの背もたれに頭を預け、深く息を吐き出した。
案の定、顔は火傷しそうなほどに真っ赤になっていた。
だけど、さっきまでの情けない赤面とは違った。胸の奥を満たしているのは、信じられないほどの幸福感と、彼女を絶対に大切にしなければならないという、心地いい責任感だった。
「ありがとう、あおいちゃん」
俺は液晶画面に映る、緑色のアプリの中の、彼女の青髪のアイコンを見つめた。
「明日……いや、もう今日だな。仕事が終わったら、またあの屋上で待っていてもいいか? 今度は、ちゃんと君の目を見て、今の言葉を伝えたい」
『うん……! 絶対、絶対行く。遅刻したら怒るからね、嶋田さん』
深夜二時すぎ。
冷え切っていたワンルームの部屋は、いつの間にか、琥珀色のビールよりも深く、甘い熱気に包まれていた。




