第44話:夜中の侵入者と、朝のチーズケーキ
「……よし、こんなもんか」
「湊くん、ごめんね。私がベッド使っちゃって」
「いいって。結愛を固い床で寝かせるわけにいかないだろ」
押し入れから来客用の布団を引っ張り出し、ベッドのすぐ横の床に敷き終える。
部屋のメイン照明を消し、オレンジ色の小さな常夜灯だけをつけると、部屋の中は一気に『夜』の静寂に包まれた。
結愛はベッドの布団に潜り込み、俺は床に敷いた布団に寝転がって天井を見上げる。
暗闇の中、すぐ近くから結愛の衣擦れの音と微かな呼吸音が聞こえてくる。
「……なんか、変な感じだな。結愛が俺の部屋で寝てるの」
「ふふっ。私も、すっごくドキドキしてる」
「だよな」
「うん。……でも、同じ部屋に湊くんがいるって思うと、すごく安心して眠れそう」
「……そっか。じゃあ、ゆっくり休めよ。今日一日、歩き回って疲れただろ」
「うんっ。湊くん、メリークリスマス。……おやすみなさい」
「おう。おやすみ」
少しの緊張と、大好きな彼女と同じ空間にいるという圧倒的な幸福感。
それらに包まれながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
***
――ふと、息苦しさと妙な温かさを感じて、俺は目を覚ました。
スマホに手を伸ばして時間を確認すると、深夜の二時を回ったところだった。
「……ん?」
寝返りを打とうとして、右腕にずっしりとした重みを感じる。
視線を落とした俺は、心臓が口から飛び出そうになった。
「は……!?」
ベッドで寝ていたはずの結愛が、なぜか俺の布団の中に潜り込み、俺の右腕にすりすりと顔を埋めて熟睡していたのだ。
お揃いのスウェットから香る甘い匂いと、密着した腕から伝わってくる柔らかな感触。
(お、おいおい、なんでこっちに……!)
一階には両親が寝ている。親公認とはいえ、万が一この状況を見られたら弁解の余地がない。
というか、俺自身の理性がヤバい。
「……結愛、結愛。ベッド戻れって」
「んぅ……湊くん、あったかい……」
小声で肩を揺すっても、結愛はうにゅうにゅと俺の腕に抱きついてくるだけだった。
俺は天を仰いで一つ深呼吸をすると、覚悟を決めて結愛の背中と膝裏に腕を差し込み、そっと抱き上げた。
「……風邪ひくぞ」
極力起こさないようにベッドへと運び、静かに寝かせてからしっかりと首元まで掛け布団を覆ってやる。
その後、俺は自分の布団に戻ったものの……腕に残る感触のせいで、しばらく寝付くことができなかった。
***
「……んぁ」
カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日で、俺は再び目を覚ました。
時計を見ると、朝の八時。
「よく寝た……って、あれ?」
目を開けた俺の視界には、すぐ目の前に見慣れた銀色の髪と綺麗な寝顔があった。
夜中にベッドへ戻したはずなのに。
結愛はまたしても俺の布団に潜り込み、今度は腕どころか、俺の胸元にガッツリと抱きついてスヤスヤと眠っていた。
(……やばい、理性が…。お経覚えておけばよかった)
大きなため息をつきつつも、その無防備で可愛い寝顔に見惚れていると、結愛の長いまつ毛がゆっくりと震え、パチリと目が開いた。
「……ん、あ。湊くん……おはよう」
「おう、おはよう。……って、結愛。お前なんでまたこっちにいるんだよ」
「えっ?」
俺の指摘に、結愛は自分が俺の布団の中にいることに気づき、パチクリと瞬きをした。
そして、顔を真っ赤にして慌てて飛び退く……かと思いきや。
「あ、えへへ……。あのね、寒かった」
「寒かったって、お前な……ベッドの方が絶対布団あったかいだろ」
「ううん。湊くんの隣の方が、絶対にあったかいもん」
上目遣いで、少しだけイタズラっぽく微笑む結愛。
昨夜の無意識の寝ぼけとは違う、明らかに確信犯なその甘い言い訳に、俺は抗うすべもなく白旗を揚げるしかなかった。
***
着替えて一階のリビングへ降りると、家の中はしんと静まり返っていた。
「あれ?おじさんたち、まだ寝てるのかな」
「いや、リビングのテーブル見てみろ」
ダイニングテーブルの上に、一枚のメモ用紙が置かれていた。
『急なトラブル対応で、朝から仕事行ってきます! 二人でゆっくりクリスマスの朝を楽しんでね。――母より』
「相変わらず忙しい人たちだな……」
「ふふっ。でも、お仕事頑張ってくれてるんだね。……それじゃあ私、朝ごはんの準備するね!」
結愛は昨日持参したエプロンを再び身につけ、キッチンへと向かった。
昨日のクリームシチューを温め直し、こんがりと焼いたトーストがお皿に乗せられる。
そして、冷蔵庫から取り出されたのは、一晩しっかりと冷やされた『ニューヨークチーズケーキ』だった。
「わぁ、いい感じに固まってる! 湊くん、ケーキ切るね」
「おう。なら俺はコーヒー淹れるよ。チーズケーキにはコーヒーが合うだろ」
「うんっ! 湊くんの淹れてくれるコーヒー楽しみ」
俺は棚からドリッパーを取り出し、二人分のコーヒーを丁寧に淹れた。
淹れたてのコーヒーの香ばしい匂いと、手作りのベリーソースがたっぷりかかった濃厚なチーズケーキ。
「「いただきまーす」」
フォークでケーキを切り分け、一口食べる。
チーズの濃厚なコクと、ベリーソースの甘酸っぱさが口の中で完璧に混ざり合った。
「……やば、めっちゃ美味い」
「ほんと!? よかったぁ……! コーヒーもすっごく美味しいよ、湊くん」
向かい合って座り、笑い合いながら朝食を食べる。
夜中のドキドキするハプニングも、こうして迎えた穏やかな朝も。記憶がない俺にとって、これ以上ない最高のクリスマスプレゼントだった。
(……この幸せな時間が、ずっと続けばいいのにな)
コーヒーを飲みながら、俺は心の中でそっと願った。
お泊まりデートは大成功に終わり、二人の距離は確実に縮まった。
だが、冬休みはまだ終わらない。
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