第42話:夜のスーパーと、エプロン姿の彼女
イルミネーションの光の海を抜け、俺たちは駅前からの帰り道を歩いていた。
お互いの素手を俺のコートのポケットの中で繋いだまま、ゆっくりと足を進める。
「……ふふっ」
「ん? どうした?」
「ううん。イルミネーションに見惚れすぎちゃって、すっかり時間過ぎちゃったね。もう夜の七時だ」
「ほんとだな。まあでも……めっちゃ楽しかったし、いっか」
「うんっ! すっごく楽しかった!」
寒空の下でも、ポケットの中の結愛の手は温かい。
ニコニコと嬉しそうに笑う彼女を見ながら、俺はふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、夕飯の買い出しして帰らないとな。母さんがお金出してくれてるし」
「あっ、そうだね! よーし、湊くんにとびきり美味しいご飯作るからね。近所のスーパー寄ろっか!」
俺たちは寄り添うようにして歩幅を合わせ、家の近くにあるスーパーへと向かった。
クリスマスイブの夜七時過ぎ。
店内には定番のクリスマスソングが流れ、お惣菜コーナーにはチキンやオードブルが所狭しと並んでいる。
カートを押す俺の横で、結愛は真剣な顔をして精肉コーナーのパックを吟味していた。
「うーん……本当は丸鶏をオーブンでドーンって焼きたかったんだけど。今からだと焼き上がりが夜の十時になっちゃうから……」
「それはさすがにお腹ペコペコになるな」
「でしょ? だから、フライパンですぐに皮をパリッと焼ける『骨付きモモ肉』にするね! これならすぐにご馳走になるから」
「お、いいな。絶対美味いやつだ」
結愛が特大のチキンレッグを二本カゴに入れる。
「あとは、あったかいクリームシチューにするね。それと……デザートのケーキなんだけど」
「ケーキも作ってくれるのか?」
「うんっ。ニューヨークチーズケーキと、手作りのベリーソース! ……なんだけど、チーズケーキって焼いた後に冷蔵庫でしっかり冷やさないといけないの」
「ってことは、今日中には食べられない?」
「そうなの。だからケーキは……明日の朝、一緒に食べよ?」
少し上目遣いでそう提案してくる結愛。
朝から手作りケーキが食べられるのも最高だが、何より『明日の朝も一緒にいる』という事実を再確認させられて、俺はなんだかくすぐったい気持ちになった。
「朝からケーキか。めっちゃいいな、楽しみにしてる」
「えへへっ。あ、そうだ湊くん。ご飯食べて、お風呂にも入ったあと、寝る前に二人で映画とか動画見よ?」
「お、いいな」
「じゃあその時用に、シャンメリーとチョコレートも買っちゃお!」
結愛は楽しそうにお菓子コーナーからチョコをいくつか選び、緑色の瓶に入ったシャンメリーと一緒にカゴへ入れた。
その手慣れた買い物の様子や、「明日の朝」「お風呂のあと」なんて自然に未来の予定を話しているこの空気が、なんだか本当に同棲している新婚夫婦みたいで……無自覚に頬が緩んでしまう。
両親からもらった封筒からお金を出してお会計を済ませ、重いレジ袋は俺が二つとも持った。
真っ暗な家に帰り着き、玄関の電気をつける。
「……ただいま」
「お、お邪魔します……っ」
両親はまだ仕事で帰ってきていない。家の中には、俺と結愛の二人だけだ。
親公認とはいえ、高校生の男女が家で二人きりという状況に、玄関に立った瞬間急にお互い少し緊張してしまった。
「さ、寒かったな。とりあえずリビング行こうぜ」
「う、うんっ」
リビングに荷物を置き、暖房をつける。
部屋が少しずつ温まってくる中、コートを脱いだ結愛は、自分のカバンからゴソゴソと何かを取り出した。
「それじゃあ、早速作っちゃうね!」
結愛が取り出したのは、淡いピンク色で、裾にフリルがあしらわれた可愛らしいマイエプロンだった。
それを頭からすっぽりと被り、後ろ手で一生懸命にリボンを結ぶ。
ニットワンピースのデート服という『特別感』から一転、エプロン姿という家庭的な可愛さへの突然の切り替わりに、俺は完全に目を奪われてしまった。
「……似合う?」
「っ……あ、ああ。すげー可愛い」
「えへへ、やった。よーし、気合い入れて作るぞー!」
腕まくりをしてキッチンに立つ結愛。
俺は慌てて我に返り、彼女の隣へと歩み寄った。
「俺も何か手伝おうか? 野菜切るとか、それくらいならできるぞ」
「ううん、大丈夫! 今日は私に全部任せて!」
結愛は振り返り、両手を胸の前で小さく振った。
「湊くんは、そこのダイニングテーブルに座ってて。……ううん、私のことそこで見ててくれるだけで嬉しいから」
「……っ」
少しだけ恥ずかしそうに、でも真っ直ぐに俺を見て微笑む彼女。
その破壊力抜群のセリフに、俺は完全に言葉を失い、大人しくテーブルの椅子に座るしかなかった。
トントン、とキッチンから聞こえてくる心地よい包丁の音。
俺の家で、俺のために夕食を作ってくれている大好きな彼女の後ろ姿。
二人きりのクリスマスイブの夜が、静かに始まろうとしていた。
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