第41話:光の海と、世界で一番幸せな夜
ショッピングモールを出て、少し歩いた先にある大きな公園。
そこが、今日のデートのメインイベントであるイルミネーションの会場だった。
「わぁ……っ!」
公園の入り口に足を踏み入れた瞬間、隣を歩く結愛から感嘆の吐息が漏れた。
視界に飛び込んできたのは、圧倒的な光の海だった。
入り口から広場へと続く長い遊歩道は、青と白のLEDライトで彩られた巨大な『光のトンネル』になっており、まるで別世界に迷い込んだかのような幻想的な空間が広がっている。
「すげぇな……」
「うんっ、すっごく綺麗!」
冬の冷たい夜風が吹き抜ける中、俺たちは買ったばかりのお揃いの手袋をしていない『素手』同士をしっかりと繋ぎ合わせ、光のトンネルを歩き始めた。
頭上を覆う無数の光が、結愛の柔らかな銀髪や白い肌をキラキラと照らし出している。
その横顔があまりにも美しくて、俺は周囲のイルミネーションよりも、隣を歩く彼女から目が離せなくなってしまった。
「湊くん、見て! あっちに大きな星のオブジェがあるよ!」
「ほんとだ。あっちも行ってみるか」
光のトンネルを抜け、メインエリアである広場に出る。
そこには、巨大なクリスマスツリーや、動物を象った光のオブジェが無数に飾られていた。
「ふふっ、なんだか本当に光の海の中を歩いてるみたい」
「だな。……結愛、寒くないか?」
「ちょっと寒いけど……湊くんと手、繋いでるから平気だよ」
結愛はそう言って、繋いだ手にキュッと力を込めて微笑んだ。
その健気な温もりに、俺は胸の奥が甘く疼くのを感じる。
「……もっと温めてやる」
「えっ?」
俺は照れ隠しのように短く言い捨てると、結愛と繋いだ右手をそのまま引っ張り、自分のコートのポケットの中へと突っ込んだ。
「っ〜!」
結愛が小さく息を呑み、ボンッと音が鳴りそうなほど顔を真っ赤にする。
ポケットという狭い空間の中で、お互いの手のひらがより密着し、逃げ場のない温もりが直接伝わってくる。
「……こっちの方が、あったかいだろ」
「う、うん……っ。すっごく、あったかい……」
結愛は俯きがちに頷きながら、俺の腕にぴったりと寄り添ってきた。
歩調を合わせ、ゆっくりと光の海を進んでいく。
やがて、広場の中央にある一番大きなクリスマスツリーの前で立ち止まった。
「せっかくだし、写真撮ろうぜ」
「うんっ! 撮ろ!」
俺がスマホを取り出し、インカメラに切り替える。
画面の中に、巨大なツリーと俺たち二人が映り込んだ。結愛は俺の肩にコテンと頭を乗せ、最高の笑顔でピースサインを作っている。
俺も少しだけ口角を上げ、シャッターボタンを押した。
「どれどれ、上手く撮れたかな?」
パシャリという音の直後、結愛が画面を覗き込んでくる。
だが、撮った写真を確認している最中、結愛は急にふいっと顔を伏せ、立ち止まってしまった。
「……結愛?」
どうしたのかと顔を覗き込むと、結愛の目から、ポロリと一筋の涙がこぼれ落ちていた。
イルミネーションの光を反射して、その雫がキラリと光る。
「えっ……お、おい、どうした!? どこか痛いのか? それとも寒くて……」
「……ううん、ごめんね」
慌てる俺に、結愛はふるふると首を横に振った。
そして、空いている方の手でそっと目元を拭いながら、泣き笑いのような、たまらなく愛おしい笑顔を向けた。
「あまりにも幸せすぎて……なんだか、夢みたいだなって思っちゃって」
「……夢?」
「うん。……湊くんが記憶をなくしちゃってから、すっごく不安な日もあったから。でも、今こうして、また湊くんと一緒にクリスマスを笑って過ごせてるのが……夢みたいに嬉しくて」
その言葉に、俺はハッとした。
俺は過去の記憶がない。けれど、結愛の中には『記憶をなくす前の俺』と過ごした思い出が確かにあって、俺が記憶を失ったことで彼女は誰よりも深く傷つき、不安な日々を過ごしてきたはずなのだ。
それでも結愛は、ずっと俺のそばで笑い続けてくれた。
「……夢じゃないよ」
俺はポケットから手を出し、優しい手つきで結愛の目元に残った涙を指で拭った。
「俺はここにいるし、これからもずっと、お前の隣にいるから」
「湊くん……っ」
「泣かないでくれ。結愛には、笑った顔が一番似合う」
「……うんっ。湊くん、大好き……っ」
結愛は俺の胸元に顔を埋めるようにして抱きついてきた。
俺も彼女の華奢な背中に腕を回し、光の海の中で静かに抱きしめ合う。
周りのカップルたちの視線なんて、今はどうでもよかった。俺の腕の中にある確かな温もりだけが、すべてだった。
それからしばらくイルミネーションを満喫し、閉園時間が近づいてきた頃。
俺たちは余韻に浸りながら、ゆっくりと公園の出口へと向かって歩いていた。
「すっごく綺麗なイルミネーションだったね」
「ああ。最高だったな」
夜風は相変わらず冷たいけれど、心の中はずっと温かいままだ。
公園を抜け、駅前の大通りに出たところで、俺は歩みを緩めた。
「……そろそろ、帰るか」
俺の言葉に、結愛は少しだけビクッと肩を揺らした。
『帰る』。
それは、それぞれの家に帰るという意味ではない。
「……うん。湊くんのおうちに、帰ろっか」
結愛が上目遣いで俺を見上げ、ほんの少しだけ顔を赤くして小声で応える。
その言葉の響きに、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
いよいよ、二人きりのお泊まり。
クリスマスイブの夜は、まだ終わらない。
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