第40話:戦利品と、お揃いの手袋
【湊 視点】
アクセサリーショップを出た俺たちは、ショッピングモールの中をぶらぶらと歩き、ペットショップのコーナーへとやってきた。
ガラス張りのショーケースの中では、コロコロと転がり回る子犬や、気持ちよさそうに丸まって眠る子猫たちが行き交う人々の目を惹きつけている。
「湊くん、見て見て! あの子猫、毛布にくるまってすっごく気持ちよさそうに寝てる!」
「ほんとだ。あっちの柴犬は元気だな。自分よりでかいおもちゃ振り回してるぞ」
「あはは、ほんとだ。……あ、こっちのチワワ、湊くんのことじーっと見てるよ?」
「ん? お、ほんとに目合ってるな。なんか丸っこくて可愛いな」
結愛はガラスにへばりつくようにして、目をキラキラさせながら動物たちを見つめている。
子犬の動きに合わせて右へ左へと小刻みに動く彼女の後ろ姿を見ながら、俺は(可愛い動物と結愛の組み合わせ……なかなか破壊力あるな)と、心の中でひっそりと白旗を揚げていた。
「はぁ〜、癒やされたぁ……。あんなふうに見つめられたら、飼いたくなっちゃうね」
「まぁな。……結愛は動物好きなのか?」
「うんっ! 実家じゃ飼ってないけど、見るのはすっごく好き」
ふと、結愛が振り返って、ガラス越しの子犬と俺を交互に見ながら小首を傾げた。
「もしさ……将来、一緒に暮らすことになったら。湊くんは、犬と猫どっち飼いたい?」
「俺? 俺は……」
そこまで言いかけて、俺は少し思考が止まった。
『将来、一緒に暮らすとしたら』。
それはつまり、同棲や、その先にある結婚を意味している。
俺が黙り込むと、言った本人の結愛も数秒遅れて自分の言葉の『重み』に気づいたらしく、顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。
「あっ、ちがっ! 違うの! 今のはただの例えっていうか、テレビの話みたいな感じで! 一緒に暮らすとか、そういう深い意味で言ったんじゃなくてっ!」
「……まあ、猫の気まぐれなところも嫌いじゃないけど」
「……え?」
必死に両手を振って弁解しようとする結愛の言葉を遮り、俺は少しだけ照れを隠すように視線を逸らした。
「でも、どっちかって言われたら……犬かな」
「い、犬……?」
「ああ。……なんとなく、結愛っぽいし」
「なっ……」
「飼い主見つけたら、嬉しそうに尻尾振って飛びついてきそうなとことか、そっくりだろ」
「……もうっ! 湊くんの意地悪!」
耳まで真っ赤にした結愛が、ポカポカと俺の腕を叩いてくる。
その反応すらやっぱり子犬みたいで可愛くて、俺は思わず吹き出してしまった。
ペットショップを離れ、さらにモール内を歩いていると、賑やかな電子音が響くゲームセンターの前を通りかかった。
ふと入り口付近に並んだクレーンゲーム機の中に、あるものを見つけて俺は足を止めた。
「結愛、ちょっとあっち行ってみようぜ」
「えっ? うん、いいけど……クレーンゲーム?」
俺が結愛を連れて近づいた台のショーケースには、先ほど結愛が「可愛い」と見つめていたチワワによく似た、丸っこい子犬のぬいぐるみが山積みになっていた。
「これ、さっきのチワワに似てないか?」
「あっ、ほんとだ! すっごく可愛い……」
「よし、ちょっとやってみるか」
俺は財布から百円玉を取り出し、腕まくりをしてレバーを握った。
「湊くん、がんばれっ!」
隣でぎゅっと両手を握って応援してくれる結愛の視線を感じながら、真剣にアームを動かし、狙いを定める。
一回目、二回目は惜しいところで滑り落ちてしまったが、三回目の挑戦で、アームががっちりとぬいぐるみの胴体を掴み上げた。
「あ……っ!」
結愛が息を呑む中、ぬいぐるみはゴトリと音を立てて取り出し口へと落ちた。
「よしっ」
「すごーいっ! 湊くん、かっこいい!」
取り出し口から子犬のぬいぐるみを引っ張り出し、俺はそれを結愛に差し出した。
「ほら。さっきの分身」
「もう、分身じゃないもん! ……でも、えへへ。湊くん、ありがとうっ」
結愛は満面の笑みでぬいぐるみを受け取ると、愛おしそうにギュッと胸に抱きしめた。
その嬉しそうな顔を見て、やっぱり挑戦してよかったと思った。
「はぁ……結構歩いたな。足、痛くないか?」
「うん、大丈夫。でも、ちょっと喉渇いちゃったかも」
「じゃあ、少し休憩するか」
歩き疲れてきた頃、俺たちはモールの中にあるオシャレなカフェに入った。
運良く窓際の席が空いており、向かい合って座る。結愛は自分の隣の空いたスペースに、先ほど取った子犬のぬいぐるみをちょこんと座らせていた。
俺はブラックコーヒーを、結愛は期間限定の『苺と生クリームのパンケーキ』を注文した。
「んーっ! すっごく美味しい!」
「よかったな。めっちゃ幸せそうな顔してんぞ」
「だって本当にフワフワだもん。……あ、湊くんも一口食べる?」
結愛はパンケーキを一口分フォークで切り分け、たっぷりと生クリームをつけて、俺の口元へと差し出してきた。
「えっ」
「はい、あーん」
俺はビクッと肩を揺らし、周りの席をチラチラと気にするように視線を泳がせた。
店内はクリスマスイブを楽しむカップルや家族連れでほぼ満席だ。
「お、おい……ここ外だぞ。人いるし」
「えー? せっかく美味しいから、湊くんにも食べてほしいのに」
フォークを下げず、小首を傾げて上目遣いで見つめてくる結愛。
その破壊力に、俺は「うっ……」と小さく呻き、諦めたように深い息を吐いた。
「……わかった」
「ふふっ、やった」
少しだけ顔を熱くしながら、身を乗り出して結愛の差し出したフォークからパンケーキをパクリと口に入れた。
「……甘っ」
「美味しいでしょ?」
「……美味いけど。お前、外でそれやるの本当に心臓に悪いからな」
「あはは、ごめんね?」
照れてコーヒーを流し込む俺を見て、結愛はついつい意地悪な笑みを浮かべている。
記憶がない俺をこんな風に自然に振り回してくる彼女のペースが、今はたまらなく心地よかった。
パンケーキを食べ終え、温かいカフェの中でゆっくりとくつろぐ。
ふと窓の外を見ると、いつの間にか太陽は完全に沈み、冬の空は濃い群青色から真っ暗な夜のベールへと変わり始めていた。
「もうすっかり夕方だね」
「ああ。……外、かなり冷え込んでそうだな」
俺は少し考えてから、立ち上がった。
「結愛、外に出る前にちょっと雑貨屋寄ってもいいか?」
「うん? いいよ。何か買いたいの?」
「手袋。結愛の分、俺が買うよ」
俺の提案に、結愛は少し驚いたように目を丸くしたあと、嬉しそうに微笑んだ。
「……それなら、お揃いのがいいな」
「お揃い?」
「うん。だって……」
結愛は俺の隣に並んで歩きながら、少しだけ恥ずかしそうに俯いて言った。
「片手は、ずっと湊くんと手、繋ぐでしょ? だから、お互い片手分しか手袋いらないもん」
「っ……」
その破壊力満点のセリフに、俺は一瞬言葉を失った。
「……わかった。じゃあ、二人で使うやつ探しに行こうぜ」
「うんっ!」
雑貨屋で、男の俺でもつけやすいシンプルなネイビーと、結愛用の少し明るいグレーの色違いの手袋を見つけて購入した。
モールの出口の前に立ち、買ったばかりの手袋を、お互いの『外側』の手にはめる。
「あったかいね」
「ああ」
そして俺たちは、空いたままの素手同士を、指を絡めるようにしてしっかりと繋ぎ合わせた。
手袋越しではない、直接肌から伝わってくる結愛の体温が、冬の寒さを忘れさせてくれるほど温かい。
「それじゃあ……今日の本番、行くか」
「うんっ!」
期待に胸を膨らませ、俺たちは自動ドアを抜け、冷たい夜風が吹く外のイルミネーション会場へと歩みを進めた。
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