第39話:ショッピングモールと、甘い未来の予感
隣町の大きなショッピングモールへ向かうため、俺たちは駅のホームから休日の電車に乗り込んだ。
クリスマスイブということもあり、車内は買い物客やカップルでかなりの混雑を見せている。
俺たちは運良くドア付近のスペースを確保できたものの、座ることはできず吊り革に掴まって並んで立つことになった。
「ふぅ……結構混んでるね」
「だな。人酔いしてないか? 大丈夫か?」
「うんっ。湊くんが一緒にいてくれるから平気」
ガタンゴトンと揺れる車内。
結愛は俺のコートの袖口をきゅっと掴みながら、見上げるようにして微笑んだ。
その笑顔があまりにも無防備で可愛らしくて、俺は内心で(心臓に悪い……)と一人で天を仰ぎたくなる。
だが、そんな結愛の「圧倒的な可愛さ」に気づいているのは、どうやら俺だけではないらしかった。
ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れた席に座っている男子高校生のグループや、通路を挟んだ向かい側に立つ若い男たちが、チラチラと結愛の方を見ているのだ。
『……おい、あの子見ろよ。めっちゃ可愛くね?』
『やば、モデルか何か? スタイルいいし服もすげぇ似合ってる……』
ひそひそと話す声や、あからさまに値踏みするような視線。
今日の結愛は、ミルクティー色のコートに白のニットワンピースという最強のデート服だ。
ただでさえ目を引く容姿なのに、気合いを入れてドレスアップしているのだから、周りの男が放っておくはずがない。
……別に、結愛が悪いわけじゃない。
だが、自分の彼女が他の男からジロジロと見られるのは、控えめに言って最悪の気分だった。胸の奥で黒い独占欲が渦巻くのを感じる。
「……結愛、こっち」
「えっ?」
俺は結愛の肩を引き寄せ、電車の壁と俺の体で彼女をすっぽりと隠すように立ち位置を変えた。
周りの男たちからの視線を完全に遮断する壁となり、牽制するように鋭い視線を周囲へ向ける。
俺の態度に気づいた男たちは、気まずそうにさっと目を逸らした。
「み、湊くん……?」
「……ごめん。なんか、他の奴に見られるのが嫌だったから」
少しだけ不機嫌な声でそう零すと、腕の中にすっぽりと収まった結愛は、目を丸くした後……やがて、頬をりんごのように真っ赤に染めた。
「っ〜〜〜!」
「結愛?」
「……ばか。そんなこと言われたら、嬉しすぎて……」
結愛は両手で顔を覆いながら、俺の胸元にこつんと額を押し付けてきた。
照れ隠しのようにすりすりと頭を押し付けてくる彼女の可愛さに、俺の機嫌も一瞬にして急上昇してしまう。
その後、目的地に着くまで、俺たちは誰にも邪魔されることなく二人だけの甘い世界に浸っていた。
電車を降りてショッピングモールに到着すると、そこはもう完全にクリスマスの世界だった。
吹き抜けの中央広場には巨大なクリスマスツリーが飾られ、館内のBGMはマライア・キャリーの定番ソングが流れている。すれ違うのは幸せそうなカップルばかりだ。
だが、どんなカップルとすれ違っても、俺の隣を歩く結愛が一番可愛いと本気で思えた。
「わぁ……! ツリー、すっごく綺麗!」
「ほんとだな。あとで写真撮るか」
「うんっ! あ、湊くん、あっちの雑貨屋さん見てみてもいい?」
繋いだ手を少しだけ引っ張るようにして、結愛が指差したのは、キラキラとしたアクセサリーや小物が並ぶオシャレなショップだった。
【結愛 視点】
お店の中に入ると、ショーケースにはたくさんの綺麗なアクセサリーが並んでいた。
クリスマスの限定品なのか、雪の結晶をモチーフにしたものや、小さな星が輝くネックレスなど、見ているだけで胸が踊る。
「ネックレスも可愛いなぁ……。あ、このピアスも綺麗」
「結愛はそういう、小ぶりでさりげないやつが似合うかもな」
隣から覗き込むようにして、湊くんが真剣に感想を言ってくれるのが嬉しい。
店内を見て回るうち、ふと、部屋の奥にある一つのショーケースの前で私の足が止まった。
そこには、シルバーやゴールドで縁取られた『ペアリング』がいくつも並べられていた。
柔らかな照明に照らされてキラキラと輝く二つの指輪。
それを見た瞬間、(いつか、湊くんとお揃いの指輪をつけられたら……)という憧れが、ぶわっと胸の奥に広がった。
指輪は、特別な意味を持つものだ。彼氏とお揃いのリングをつけるのは、女の子にとっての憧れでもある。
「……結愛? 欲しいのか?」
「えっ!? う、ううん! なんでもないよ!」
湊くんが隣に来て覗き込もうとしたので、私は慌ててショーケースから離れた。
もちろん憧れはあるけれど、ペアリングなんて高校生にはまだ少し早いし、何よりお値段も張る。
今日はお父さんたちからデート代をもらっているとはいえ、それは二人で美味しいものを食べたりするためのものだ。
「綺麗な指輪だなって、ちょっと思っただけだから! ほら、次行こっ、湊くん!」
「……そうか? まぁ、結愛がいいならいいけど」
私は湊くんの腕にぎゅっと抱きつき、少しだけ誤魔化すように明るい声を出してお店を出た。
【湊 視点】
アクセサリーショップを出た後、俺たちは館内をぶらぶらと歩き、ペットショップのコーナーへとやってきた。
ガラス張りのショーケースの中には、コロコロと転がり回る子犬や、気持ちよさそうに眠る子猫がたくさんいる。
「湊くん、見て見て! あのチワワ、すっごく可愛い!」
「おお、元気だな。あっちの柴犬もずっと尻尾振ってるぞ」
ガラスにへばりつくようにして子犬を見つめる結愛。
無邪気にはしゃぐ彼女の後ろ姿を見ながら、俺は(お前の方が何倍も可愛いけどな)と心の中で突っ込んでいた。
「はぁ〜、癒やされたぁ……」
「飼いたくなったか?」
「うん、すっごく! ……ねえ、湊くん」
ふと、結愛が振り返って、ガラス越しの子犬と俺を交互に見ながら聞いてきた。
「もし……もし将来、一緒に暮らすとしたらさ。湊くんは、犬と猫、どっちがいい?」
「俺? 俺は……」
答えようとして、俺は結愛の言葉の『重み』に気づいた。
将来、一緒に暮らすとしたら。それはつまり、同棲や、その先にある結婚を意味している。
俺が黙り込むと、言った本人の結愛も数秒遅れて自分の言葉の意味を理解したらしく、ポンッと音が鳴りそうなほど顔を真っ赤にしてパニックになり始めた。
「あっ、ちがっ! 違うの! 今のはその、友達同士の会話みたいな感じで、深い意味はなくてっ! あの、将来って別にそういう意味じゃなくて……!」
「俺は、犬かな」
「……え?」
必死に弁解しようとする結愛を遮って、俺は少しだけ照れを隠しながら真っ直ぐに彼女の目を見た。
「どっちかって言われたら、犬がいい。……なんとなく、結愛っぽいし」
「なっ……」
「嬉しそうに尻尾振って飛びついてきそうなところが、そっくりだから」
「み、湊くんの意地悪……っ!」
耳まで真っ赤にしてポカポカと俺の腕を叩いてくる結愛。
その反応がまた子犬みたいで可愛くて、俺は思わず吹き出してしまった。
まるで新婚夫婦の休日のような、くすぐったくて甘い空気が、俺たちの間にゆっくりと流れていた。
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