第20話:ついに開いたトーク履歴。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
【湊視点】
月曜日の夜。
公園から帰宅し、自室のベッドに寝転がった俺は、手の中のスマホを見つめていた。
画面に表示されているのは、結愛とのLINEのトーク画面。
『家に着いたよ。今日は色々とごめんな。また明日、学校で』
俺が送ったそのメッセージには、すぐさま既読がつき、可愛らしいスタンプと共に返信が来た。
『うん! ねぇ湊くん、明日から覚悟しておいてね?』
「……覚悟ってなんだよ。怖っ」
思わず独り言が漏れる。
何かの冗談だろうと思いながらも、自然と頬が緩んでいた。記憶をなくしてから昨日まで、俺はこのトーク履歴を開くことがずっと怖くて、目を背け続けていた。
でも、今の俺たちなら過去の記録を見ても大丈夫な気がして、少しだけ画面を上にスクロールしてみた。
そこには、恋人同士だった俺たちの、ごくありふれた日常が残されていた。
『明日の弁当、何食べたい?』
『卵焼き!甘いやつな』
『了解!』
『今日楽しかったね! 次はどこ行く?』
『この前言ってた映画とかどう?』
『ねえねえ、今度の日曜、この服とこっち、どっちがいいと思う?(写真)』
『右のやつ。結愛に似合いそうだから』
『えへへ、じゃあ右にする!』
「うわぁ……」
俺はスマホを持ったまま、両手で顔を覆った。
文面だけを見れば他愛のない会話だ。だけど、一緒にご飯を食べる前提のやり取りや、デートの服を選び合う距離感の近さが、今の俺には妙に生々しく感じられた。
(俺たち、本当に付き合ってたんだな……)
そして、ふと冷静になって考える。
約一年。俺たちは一年間も、こんな風に日常を共有していたのだ。
ということは……必然的に、一つの疑問に行き着く。
(俺たちって……どこまで、進んでたんだ?)
手は間違いなく繋いでいただろう。写真フォルダには密着している画像がたくさんあったから、ハグも普通にしていたはずだ。
じゃあ、キスは?
いや、もしかして……それ以上とか?
気になり始めると、変な汗が出てきた。
もう一度トーク履歴を遡ってヒントを探そうとしたが、膨大な量の日常会話やスタンプ、ご飯の写真の波に飲まれ、肝心の情報を見つけ出すのは無理だった。
「……明日、直接聞くしかないか」
記憶を失う前の自分がどこまで手を出していたのか分からないというのは、男としてどうにも落ち着かない。
俺は天井を見上げながら、重いため息を吐いた。
* * *
【結愛視点】
翌日、火曜日のお昼休み。
今日は午前中、湊くんが病院の定期検診でお休みだった。午後からの授業には間に合うとLINEが来ていたけれど、お昼ご飯は一人になっちゃうな……と思っていた私を、親友の莉奈と美桜の二人が「一緒に食べよ!」と誘ってくれていた。
「へえー。じゃあ、とりあえずは仲直りできたんだ」
私のお弁当の卵焼きをつまみ食いしながら、莉奈が言う。
「うん。色々あったけど、もう一回最初からやり直すことになったの」
「そっかそっか。よかったじゃん、結愛」
美桜も自分のお茶を飲みながら、優しく微笑んでくれた。
二人の優しさにホッと胸を撫で下ろしていると、莉奈がふと真面目な顔つきになって、声を潜めた。
「でもさ、結愛。あんまりのんびり構えてる暇はないかもよ?」
「え? どういうこと?」
「湊ってさ、自分から目立つタイプじゃないけど、背高くて顔も整ってるし。周りのことよく見てて、困ってる人ほっとけない性格でしょ? 成績もいいし、控えめに言ってハイスペック男子じゃん。強いて欠点を挙げるなら、ちょっと鈍感なところくらい?」
「えっ……」
「そんな湊が記憶喪失になって、結愛っていう彼女のガードが外れた……『フリーになった』って勘違いして、密かに狙い始めてる女子、他クラスに結構いるらしいよ?」
予想外の言葉に、私は持っていたお箸をピタッと止めた。
美桜も「ああ、確かに」と頷いている。
「湊くんって元々誰に対しても優しいけど、今は記憶がなくて『まっさら』な感じがするから、余計に母性本能をくすぐるところがあるのかもね。変な虫がつく前に、結愛がしっかり捕まえておかないと」
「そ、そんな……」
焦る私を見て、莉奈がニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「だからさ、既成事実作っちゃいなよ!」
「きせいじじつ……?」
「そう! 湊は記憶がないんだからさ、『付き合ってた時は毎日ハグしてたんだよ』とか、適当な嘘ついて一気に距離詰めちゃえばいいじゃん!」
莉奈のトンデモ提案に、私は「む、無理だよそんなの!」と全力で首を横に振った。
「嘘なんてつけないし、バレたら恥ずかしくて死んじゃう……っ」
「あはは! まぁ嘘は極端にしても、結愛からもちゃんとアピールしていかないと、本当に誰かに取られちゃうかもよ?」
莉奈は笑っていたけれど、その言葉は私の胸の中に小さな焦りを生んでいた。
(他の女の子に、湊くんを取られる……? そんなの、絶対に嫌)
* * *
そして、放課後。
午後から登校してきた湊くんと合流し、私たちはいつものように二人並んで帰り道を歩いていた。
冬の冷たい風が吹く中、隣を歩く湊くんは、さっきからずっとそわそわしている。チラチラとこちらを見ては、何かを言いかけてやめる、というのを繰り返していた。
「湊くん? どうかしたの?」
私が尋ねると、湊くんはビクッと肩を揺らし、観念したように足を止めた。
そして、耳の先まで真っ赤に染めながら、信じられないほど真剣な顔で私を見つめてきた。
「あのさ、結愛……。すごく変なこと、聞くけど」
「うん。何?」
「俺たちって……記憶をなくす前は……どこまで、進んでたの?」
「————えっ」
突然のストレートな質問に、私は息を呑んで立ち止まった。
『どこまで進んでたか』。
それが何を意味しているのか、分からないほど子供じゃない。
記憶を巡らせれば、手を繋いだこと、ハグをしたこと、そして……私の誕生日の帰り道で、触れるだけの小さなキスをしたこと。
色んな場面が一気にフラッシュバックして、顔がカッと熱くなるのが自分でも分かった。
(キ、キスまでしたなんて、今の湊くんに言えるわけない……っ!)
心臓がバクバクと五月蝿く鳴る。
でも、ここで黙り込んだら変に勘違いされてしまう。お昼の莉奈の『適当な嘘ついて距離詰めちゃえ!』という言葉が一瞬頭をよぎったけれど、さすがにそんな余裕はない。
「い、今は、そういうの気にしなくていいから!」
私は照れ隠しのように、少しだけ声を張って笑ってみせた。
「昨日も言ったでしょ? もう一度初めからやり直してるんだから、また1から順番に進めていけばいいんだよ」
「1から……」
目を瞬かせる湊くんに向かって、私は一歩だけ距離を詰めた。
コートの袖から覗く彼の大きな手に、自分の右手をそっと重ねる。
「だから、まずはここから、だね」
指と指を絡ませて、優しく握る。
湊くんの手は、冬の寒さに少し冷えていたけれど、すぐにじんわりとした温かさが伝わってきた。
「……っ」
湊くんは繋がれた手と私の顔を交互に見比べ、分かりやすく顔を赤くして固まっていた。
その反応を見て、私はふと嬉しくなる。
(本当はキスまでしてたんだけどね。……でも、こうやって手を繋ぐだけで照れてくれるのって、なんだかすごく新鮮だな)
記憶をなくす前の湊くんは、いつも余裕があって、当たり前のように私の手を引いてくれていた。
でも今の湊くんは、手を繋いだだけでこんなにドギマギしてくれている。まるで、本当に新しく恋を始めたばかりみたいだ。
「さ、帰ろっか!」
「あ、ああ……」
私は少しだけ弾むような足取りで歩き出した。
お昼休み、莉奈に言われた言葉を思い出す。待っているだけじゃダメだ。私からもちゃんとアピールしていかなきゃ。
繋いだ手に少しだけ力を込める。
明日はお弁当の時、私から『あーん』ってしてあげようかな。それくらいなら、きっと自然にできるはずだ。
私は冬の夕暮れ空の下で、隣を歩く湊くんの赤い横顔をこっそりと盗み見ながら、明日からの学校生活に少しだけ期待を膨らませていた。
第20話をお読みいただき、ありがとうございました。
「覚悟しておいてね」……結愛ちゃん、完全にやる気(甘やかす気)満々ですね!
そして、湊が直面した「俺たち、どこまで関係が進んでいたんだ?」という疑問。確かに、中学生の記憶しかない湊にとって、高校生カップルである自分たちが「手を繋いだのか」「キスはしたのか」などは気になるところですよね(笑)
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