第21話:彼女の猛攻にタジタジな昼休み。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
【結愛視点】
水曜日のお昼休み。
4時間目の終了を告げるチャイムが鳴り終わるか終わらないかのうちに、私は自分のお弁当箱を手に取り、湊くんの席へと向かった。
昨日、二人で手を繋いで帰ってからというもの、私の中で何かのスイッチが入ってしまったような気がする。
莉奈の言う通り、ただ待っているだけじゃダメだ。記憶をなくした今の湊くんに、もう一度私を好きになってもらうためには、私からちゃんと動かないと。
「湊くん、一緒に食べよ!」
「あ、うん。……お疲れ」
湊くんは少しだけそわそわした様子で、自分の前の席を振り返って私と向かい合わせにしてくれた。
机をくっつけて、二人でお弁当箱を開く。
今日、私が作ってきたお弁当のメインは、少し甘めな味付けの卵焼きだ。記憶をなくす前の湊くんが「結愛の卵焼き、好きだな」と褒めてくれていた、とっておきのおかずである。
「わ、美味しそう。結愛って料理上手なんだな」
「えへへ、ありがとう。……ねぇ、湊くん」
「ん?」
私は心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に堪えながら、自分のお箸で卵焼きを一つ摘んだ。
そして、そのまま湊くんの口元へとスッと差し出した。
「はい、あーんして?」
「……えっ?」
湊くんの動きが、ピタッと止まる。
目は丸く見開かれ、差し出された卵焼きと私の顔を交互に見て、明らかに動揺していた。
「な、ななな、何で……!?」
「何でって、お裾分け。ほら、口開けて?」
私は少しだけ小首を傾げて、上目遣いで彼を見つめる。
教室の中には他のクラスもいるけれど、みんな自分たちのご飯やスマホに夢中で、私たちのことなんて気にしていない。
「い、いや、でも、これはさすがに……」
「恥ずかしいの? 1から順番にって言ったのに、卵焼き一つでそんなに照れてたら、この先どうなっちゃうのかなー?」
少し意地悪に笑って煽ってみると、湊くんは「うっ……」と呻いて観念したように目をギュッと瞑り、少しだけ口を開けた。
パクリ、と。
私のお箸から、湊くんが卵焼きを口に入れる。
その瞬間、彼がゆっくりと咀嚼するのを見届けながら、私はとどめの一言を放った。
「ふふっ。……『二度目の初めて』の、間接キスだね」
「〜〜〜〜っ! ゲホッ、ゴホッ!」
その言葉の破壊力は抜群だったらしい。
湊くんは顔を真っ赤にしてむせ返り、慌てて自分のお茶のペットボトルに手を伸ばした。
「だ、大丈夫!? ごめん、ちょっと意地悪言い過ぎたかも……」
「だ、大丈夫、平気……。でも、結愛って……結構、そういうことサラッと言うんだな……」
涙目で抗議してくる湊くんの顔が、信じられないくらい赤くて、可愛くて。
仕掛けた私の方まで顔が熱くなってきそうだったけれど、それ以上に、彼が私を意識してくれていることが嬉しくてたまらなかった。
(大成功、かな)
心の中でガッツポーズを決めながら、私は自分のお弁当の唐揚げを頬張った。
隣でまだ熱い頬を手で仰いでいる湊くんの様子が愛おしくて、私のお昼ご飯はいつもよりずっと美味しく感じられた。
* * *
【湊視点】
午後の授業中。
先生が黒板に書く数学の公式をノートに写しながらも、俺の頭の中は全く別のことで埋め尽くされていた。
『二度目の初めての、間接キスだね』
悪戯っぽく笑う結愛の顔と、その甘ったるい言葉が、脳内で何度もリフレインしている。
その度に顔が熱くなり、どうにかなってしまいそうだった。
(……あいつ、絶対わざとやってるだろ)
昨日、帰り道で手を繋いだ時。俺は「まずは1から」という彼女の言葉に、純粋に安堵していた。ゆっくり時間をかけて、少しずつ関係を築いていけばいいんだと。
だが、その認識は甘かったと思い知らされた。
卵焼きの『あーん』なんて、1からのスタートにしては刺激が強すぎる。
しかも、俺が照れるのを楽しんでいる節すらあった。あんな小悪魔みたいな顔、これまでの献身的に世話を焼いてくれていた彼女からは全く想像できなかった。
俺はシャーペンを握ったまま、斜め前の席に座る結愛の背中を盗み見た。
彼女は真面目に先生の話を聞き、ノートをとっている。
窓から差し込む冬の光が、彼女のサラサラとした綺麗な銀髪を透かして、キラキラと輝かせていた。
ふと、結愛がノートに書き込むために少し前かがみになる。
肩口からハラリとこぼれ落ちた銀色の髪を、彼女が白くて細い指で耳にかける仕草。その横顔から覗く、少し琥珀を思わせるような、綺麗な黄色い瞳。
ただそれだけの、ありふれた動作。
「……っ」
それを見た瞬間、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
(……可愛い、な)
記憶をなくしてから昨日まで、俺にとっての神崎結愛という存在は、『俺の看病をしてくれる優しい人』であり、『過去に付き合っていたらしい恩人』だった。
もちろん、その時から見た目が日本人離れして可愛いことくらいは分かっていたつもりだ。
でも、今は違う。
俺に向かって無防備な笑顔を向け、手を繋ぎ、間接キスだと言って俺をからかう。
彼女は、俺を想ってくれている『一人の女の子』なのだ。
その事実が、昨日から今日にかけて、急激なリアリティを持って俺の胸に迫ってきていた。
(過去の俺は、あんな可愛い子と……あんな距離感で、毎日一緒にいたのか)
そう考えると、過去の自分がひどく羨ましく思えてくるのと同時に、今の自分も負けていられないという、変な意地のようなものが湧き上がってくるのを感じた。
ずっとやられっぱなしで、照れてばかりの自分が情けない。
俺だって男だ。彼女が俺を意識させようとしてきているなら、俺だって、彼女を喜ばせたいし、ドキドキさせてやりたい。
(今度……週末にでも、どこか出かけようって誘ってみるか?)
ノートの端に無意味な線を走り書きしながら、俺はそんなことを考え始めていた。
記憶を取り戻すための、義務感から来るリハビリ散歩じゃない。
今の結愛の笑顔が見たくて、俺から誘う初めてのお出かけ。
俺の中で、結愛に対する感情が『責任』や『申し訳なさ』から、もっと純粋で熱い何かへと、確実に変化し始めている。
それに気づかないフリをするのは、もう無理だった。
第21話をお読みいただき、ありがとうございました!
結愛ちゃんの「あーん」、破壊力抜群でしたね。周りの目を気にせず、大好きな彼氏を全力で甘やかす結愛ちゃんの姿は、まさに正妻の余裕といったところでしょうか。
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