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【シャロン】白薔薇の仮面は微笑む  作者:
第四章 バイセン伯爵の不安

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9/11

可憐な養女1

第四章はバイセン伯爵視点です。



「シャロン。疲れたでしょ」


妻のルースが馬車に駆け寄って行く。

馬車から、侍女が二名降り、その後からゆっくりと、少女が降りて来た。


 美しく初々しい十六歳の少女。これがシャロンか。

 長旅で疲れているだろうに、そんな様子はみじんも感じさせない。生き生きとして清浄な雰囲気は、何 度も聞かされていた話の通りだ。まさしく、天使のシャロン。


 妻が彼女の手を引き、私の方にやって来る。

 少女は私と目が合うと、微笑んだ。


「バイセン伯爵様に御挨拶申し上げます。シャロンと申します」


 膝を折り、綺麗に挨拶をした。

 礼儀作法もしっかり身についているようだ。


「よく来たね。堅苦しい挨拶は終わりだよ。これから君は私の娘になるのだから。さあ、こちらへ」


 シャロンの為に用意した部屋で、歓迎の夕食までゆっくりと過ごすよう伝えた。

 何人もの侍女が彼女たち一行を取り巻き、妻も一緒になって、にぎやかに移動していく。シャロンに付き従ってきた侍女達も、嬉しそうだ。


 娘か。

 なんだか、面はゆい。

 急に屋敷の中がパッと華やかになったような気がする。

 口元がほころぶのを抑えられず、ちょっと手で口の辺りを抑えた。

 後ろに控えていた執事や従僕たちも、頬が緩んでいる。


 呆れたが、どうせ自分も似たような表情なのだろう。思わず軽い笑いが漏れた。


「伯爵さま? どうか?」


 執事に尋ねられ、私は嬉しさを隠すのを諦めた。


「若い娘がいるというのは、いいものだな。空気の色が変わったような気がする」


「この先、若い令嬢や、貴公子たちが、頻繁にこちらを訪れる事になるでしょう。そう思うと気持ちが浮き立ちます」


 老練な執事のバリイが微笑みながら言う。

 本当に彼が、少し若返ったように見える。今までは、良く言えば落ち着いた、淡々とした毎日を送っていた。

 養女が来たことで、彼だけでなく屋敷中の者たち皆が、急に生き生きし始めたようだ。

 

 夕食の時間になり、正餐室に入った私は、テーブルや部屋のそこかしこに飾られた白い花に目を細めた。


 シャロンの姿を見た侍女長は、うっとりとしてつぶやいたのだ。


「本当に、白い花のようなお嬢様ですわ。歓迎の晩餐会には、白い花をたくさん飾って差し上げましょう」


 侍女長の命で、使用人たちは近隣の花屋を回り、白い花なら何でも買い漁ったそうだ。


 執事のバリイと侍女長のメイジーの二人には、話が決まった時に彼女の境遇を話している。

 こちらに付いた時に、シャロンがどんな状態なのか全く判らなかったのだ。

 多分、疲れ切り憔悴しきった状態だろうと考えた。

 泣き崩れたって、おかしくない。

 そのサポートをするためには、二人に事情を知っていてもらう必要があった。


 王太子妃候補と言われていた侯爵家令嬢が、いきなり外国に放りだされることになるなんて。

 

「いったいどれだけ腐った国なんだ! いいや、腐った王家か」


 口をついて出た言葉に、自分でもはっとした。貴族として差しさわりのある言葉を出さないよう、長年訓練され、それが習い性になっていたというのに。


 やはり、今の私は感情的になっているようだ。

 首元のタイを直し、ゆっくりと息を吸い込んだ。今は歓迎の晩餐に気持ちを向けて、他のことは考えまい、と決めた。


 椅子に座って待つうちに、ルースとシャロンがやって来た。

 ルースは満面の笑みを湛え、その隣に並んだシャロンも晴れやかな表情だ。二人して、楽し気に言葉を交わし合っている。


「お待たせしました。ドレスを選ぶのに手間どってしまいました。こちらで用意したドレスは、ほぼ全滅ですわ。全部、仕立て直させなければね」


「叔母様、少し手直ししたら大丈夫ですわ。私このドレス、とても気に入りました。素敵です」


 そう言って、着ているドレスのスカートを指先で摘まみ、揺らして見せた。

 淡い黄色のドレスが華やかで良く似合っている。だが、よく見ると、少しウエスト周りがだぶついていた。

 私達が考えていたより、シャロンは成長しているようだ。十六歳、毎日大人に向かって変わっていく年齢なのだから。


「明日さっそく、仕立て屋を呼ぼう。他にも必要なものがあれば言ってくれ。きっと他にも色々と、準備不足があるのだろうな」

 

 シャロンは椅子に座ると、真面目な表情になり、私と妻に向かい合った。


「急にお願いしたのはこちらです。こんなに突然の事なのに、快く受け入れていただけて、本当に感謝しております」


 隣に座ったルースは、シャロンの方を向いて、おろおろと声を掛けている。

 

「シャロン、私はあなたが来てくれて、とても嬉しいわ」


 私も声を掛けた。


「その通り。私だって大歓迎だよ。屋敷の者たちも同様じだ。君が来てくれたおかげで、殺風景だった屋敷が急に華やいだ」


 その言葉に、シャロンは目を瞠ると、ポロッと涙を一粒流した。

 シャロンに従って来た侍女がサッと近より、ハンカチを渡した。シャロンはそれで涙を押さえ、ニコッと笑った。


 まだ化粧も必要ではなさそうな綺麗な頬に、涙の跡が一筋光っている。

 その涙を、この先絶対に流させまいと、私は心に誓った。


 食事は和やかに進み、テイル侯爵や、シャロンの弟、ミシェルの近況も話題に上った。

 テイル侯爵は、侯爵という爵位のわりに気の良い温厚な男性で、私は好感を持っている。ミシェルに遭ったことは無いが、きっと綺麗で天使のような子に違いない。

 シャロンを見ながらシャロンの語るミシェルを想像すれば、そうとしか思えない。


 楽しい食事が終わり、私はシャロンに優しく声を掛けた。


「ゆっくりとここになじんでいってくれ。私達も、この屋敷の使用人たちも、みな君を歓迎している」


「叔父様。こんなに良くしていただけるなんて、もうそれだけで感謝しております」


「慌てなくていいからね。王家への顔合わせも、ずっと先にしてもらったから、他の事は何も考えずに、安心してゆっくりと過ごしたらいいよ」


 そう言った瞬間、シャロンの目が光った気がして、驚いて見直したら、目に涙をためていた。


「叔父様、そこまでのお気遣いをしていただけるなんて。私は何て恵まれているのでしょう。感謝いたします」


 やはり、気が張っているのだろう。可哀そうに。

 もう少し、せめて一ヶ月くらいは外部との接触は控えて、のんびり過ごさせたほうがいいだろう。


「ドレスの用意や他の諸々も、一ヶ月くらいたってから始めようか」


 それを聞くと、シャロンはまたポロッと涙を一筋流した。


「いいえ、それはいけませんわ。私はこの家の娘になるのです。王家へのご挨拶は、何を置いても優先しなくては。ですから、ドレスの用意も早くしませんと。私は侯爵家の長女として生きてまいりました。ですから、貴族界での身の処し方はわきまえております」


 横に座っているルースが、目頭を抑えた。


「そうね。母親が早くに亡くなって、それから女主人の役割もある程度は努めて来たのでしょう。年よりもっと、意識が大人なのでしょうね」


 そう言ってから、シャロンの腕に触れて言う。


「でもね、もうここでは十六歳の娘として気楽に過ごして大丈夫よ。私たち二人があなたの親としてあなたを守るし、侯爵家程の重責もないわ。王家へのご挨拶にしても、二か月内に行えば、全く失礼には当たらないのよ。侯爵家なら、人物確認として、もっと早いお目通りが必要だったでしょうけどね。ここでは万事、気楽にしていて大丈夫よ」


「まあ、そうなのですか?」


 シャロンは驚いている様子だ。

 この子はどれだけの重責を、その細い肩に背負って生きてきたのだろう。

 私は胸がつかえるような気分になる。

 それなのに、こんな年端も行かない娘を、隣国の王家は排斥したと言うのか。シャロンが憐れで仕方が無い。



「シャロンの好きなようにしなさい。執事か侍女長に伝えてくれてもいいよ。すぐに取り計らおう」


 休みはたった一日しかいらないと言い、こちらに着いて3日目から、シャロンは精力的に動き始めた。 妻もそれに付き合い、浮き浮きと外出を重ねている。

 衣装サロンでドレスを新調したり、軽めの宝飾品を揃えに行っているようだ。

 帰宅すると、新しい帽子や、ショール、バッグなどを見せに来てくれる。


 娘がいるというのは、いいものだ。

 テイル侯爵家は陽が消えたようだろうな、と思うと軽い罪悪感を覚える。



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