可憐な養女1
第四章はバイセン伯爵視点です。
「シャロン。疲れたでしょ」
妻のルースが馬車に駆け寄って行く。
馬車から、侍女が二名降り、その後からゆっくりと、少女が降りて来た。
美しく初々しい十六歳の少女。これがシャロンか。
長旅で疲れているだろうに、そんな様子はみじんも感じさせない。生き生きとして清浄な雰囲気は、何 度も聞かされていた話の通りだ。まさしく、天使のシャロン。
妻が彼女の手を引き、私の方にやって来る。
少女は私と目が合うと、微笑んだ。
「バイセン伯爵様に御挨拶申し上げます。シャロンと申します」
膝を折り、綺麗に挨拶をした。
礼儀作法もしっかり身についているようだ。
「よく来たね。堅苦しい挨拶は終わりだよ。これから君は私の娘になるのだから。さあ、こちらへ」
シャロンの為に用意した部屋で、歓迎の夕食までゆっくりと過ごすよう伝えた。
何人もの侍女が彼女たち一行を取り巻き、妻も一緒になって、にぎやかに移動していく。シャロンに付き従ってきた侍女達も、嬉しそうだ。
娘か。
なんだか、面はゆい。
急に屋敷の中がパッと華やかになったような気がする。
口元がほころぶのを抑えられず、ちょっと手で口の辺りを抑えた。
後ろに控えていた執事や従僕たちも、頬が緩んでいる。
呆れたが、どうせ自分も似たような表情なのだろう。思わず軽い笑いが漏れた。
「伯爵さま? どうか?」
執事に尋ねられ、私は嬉しさを隠すのを諦めた。
「若い娘がいるというのは、いいものだな。空気の色が変わったような気がする」
「この先、若い令嬢や、貴公子たちが、頻繁にこちらを訪れる事になるでしょう。そう思うと気持ちが浮き立ちます」
老練な執事のバリイが微笑みながら言う。
本当に彼が、少し若返ったように見える。今までは、良く言えば落ち着いた、淡々とした毎日を送っていた。
養女が来たことで、彼だけでなく屋敷中の者たち皆が、急に生き生きし始めたようだ。
夕食の時間になり、正餐室に入った私は、テーブルや部屋のそこかしこに飾られた白い花に目を細めた。
シャロンの姿を見た侍女長は、うっとりとしてつぶやいたのだ。
「本当に、白い花のようなお嬢様ですわ。歓迎の晩餐会には、白い花をたくさん飾って差し上げましょう」
侍女長の命で、使用人たちは近隣の花屋を回り、白い花なら何でも買い漁ったそうだ。
執事のバリイと侍女長のメイジーの二人には、話が決まった時に彼女の境遇を話している。
こちらに付いた時に、シャロンがどんな状態なのか全く判らなかったのだ。
多分、疲れ切り憔悴しきった状態だろうと考えた。
泣き崩れたって、おかしくない。
そのサポートをするためには、二人に事情を知っていてもらう必要があった。
王太子妃候補と言われていた侯爵家令嬢が、いきなり外国に放りだされることになるなんて。
「いったいどれだけ腐った国なんだ! いいや、腐った王家か」
口をついて出た言葉に、自分でもはっとした。貴族として差しさわりのある言葉を出さないよう、長年訓練され、それが習い性になっていたというのに。
やはり、今の私は感情的になっているようだ。
首元のタイを直し、ゆっくりと息を吸い込んだ。今は歓迎の晩餐に気持ちを向けて、他のことは考えまい、と決めた。
椅子に座って待つうちに、ルースとシャロンがやって来た。
ルースは満面の笑みを湛え、その隣に並んだシャロンも晴れやかな表情だ。二人して、楽し気に言葉を交わし合っている。
「お待たせしました。ドレスを選ぶのに手間どってしまいました。こちらで用意したドレスは、ほぼ全滅ですわ。全部、仕立て直させなければね」
「叔母様、少し手直ししたら大丈夫ですわ。私このドレス、とても気に入りました。素敵です」
そう言って、着ているドレスのスカートを指先で摘まみ、揺らして見せた。
淡い黄色のドレスが華やかで良く似合っている。だが、よく見ると、少しウエスト周りがだぶついていた。
私達が考えていたより、シャロンは成長しているようだ。十六歳、毎日大人に向かって変わっていく年齢なのだから。
「明日さっそく、仕立て屋を呼ぼう。他にも必要なものがあれば言ってくれ。きっと他にも色々と、準備不足があるのだろうな」
シャロンは椅子に座ると、真面目な表情になり、私と妻に向かい合った。
「急にお願いしたのはこちらです。こんなに突然の事なのに、快く受け入れていただけて、本当に感謝しております」
隣に座ったルースは、シャロンの方を向いて、おろおろと声を掛けている。
「シャロン、私はあなたが来てくれて、とても嬉しいわ」
私も声を掛けた。
「その通り。私だって大歓迎だよ。屋敷の者たちも同様じだ。君が来てくれたおかげで、殺風景だった屋敷が急に華やいだ」
その言葉に、シャロンは目を瞠ると、ポロッと涙を一粒流した。
シャロンに従って来た侍女がサッと近より、ハンカチを渡した。シャロンはそれで涙を押さえ、ニコッと笑った。
まだ化粧も必要ではなさそうな綺麗な頬に、涙の跡が一筋光っている。
その涙を、この先絶対に流させまいと、私は心に誓った。
食事は和やかに進み、テイル侯爵や、シャロンの弟、ミシェルの近況も話題に上った。
テイル侯爵は、侯爵という爵位のわりに気の良い温厚な男性で、私は好感を持っている。ミシェルに遭ったことは無いが、きっと綺麗で天使のような子に違いない。
シャロンを見ながらシャロンの語るミシェルを想像すれば、そうとしか思えない。
楽しい食事が終わり、私はシャロンに優しく声を掛けた。
「ゆっくりとここになじんでいってくれ。私達も、この屋敷の使用人たちも、みな君を歓迎している」
「叔父様。こんなに良くしていただけるなんて、もうそれだけで感謝しております」
「慌てなくていいからね。王家への顔合わせも、ずっと先にしてもらったから、他の事は何も考えずに、安心してゆっくりと過ごしたらいいよ」
そう言った瞬間、シャロンの目が光った気がして、驚いて見直したら、目に涙をためていた。
「叔父様、そこまでのお気遣いをしていただけるなんて。私は何て恵まれているのでしょう。感謝いたします」
やはり、気が張っているのだろう。可哀そうに。
もう少し、せめて一ヶ月くらいは外部との接触は控えて、のんびり過ごさせたほうがいいだろう。
「ドレスの用意や他の諸々も、一ヶ月くらいたってから始めようか」
それを聞くと、シャロンはまたポロッと涙を一筋流した。
「いいえ、それはいけませんわ。私はこの家の娘になるのです。王家へのご挨拶は、何を置いても優先しなくては。ですから、ドレスの用意も早くしませんと。私は侯爵家の長女として生きてまいりました。ですから、貴族界での身の処し方はわきまえております」
横に座っているルースが、目頭を抑えた。
「そうね。母親が早くに亡くなって、それから女主人の役割もある程度は努めて来たのでしょう。年よりもっと、意識が大人なのでしょうね」
そう言ってから、シャロンの腕に触れて言う。
「でもね、もうここでは十六歳の娘として気楽に過ごして大丈夫よ。私たち二人があなたの親としてあなたを守るし、侯爵家程の重責もないわ。王家へのご挨拶にしても、二か月内に行えば、全く失礼には当たらないのよ。侯爵家なら、人物確認として、もっと早いお目通りが必要だったでしょうけどね。ここでは万事、気楽にしていて大丈夫よ」
「まあ、そうなのですか?」
シャロンは驚いている様子だ。
この子はどれだけの重責を、その細い肩に背負って生きてきたのだろう。
私は胸がつかえるような気分になる。
それなのに、こんな年端も行かない娘を、隣国の王家は排斥したと言うのか。シャロンが憐れで仕方が無い。
「シャロンの好きなようにしなさい。執事か侍女長に伝えてくれてもいいよ。すぐに取り計らおう」
休みはたった一日しかいらないと言い、こちらに着いて3日目から、シャロンは精力的に動き始めた。 妻もそれに付き合い、浮き浮きと外出を重ねている。
衣装サロンでドレスを新調したり、軽めの宝飾品を揃えに行っているようだ。
帰宅すると、新しい帽子や、ショール、バッグなどを見せに来てくれる。
娘がいるというのは、いいものだ。
テイル侯爵家は陽が消えたようだろうな、と思うと軽い罪悪感を覚える。




